●リプレイ本文
●できあがるまで
二義にゃ動いてもらわにゃならん、と、彼は云った。図書寮の小僧なら俺たちにかしずく義務がある、と、高らかな声明。
「腹減った! 飯!」
「はぁい。僕を食べますか、それとも僕に食べられますか?」
で、××あって――ちなみに、発言者は後者が御希望だったらしい。
「‥‥疲れんなぁ」
そりゃあそれだけ暴れたら。
片桐弥助(eb1516)が肩をごきりと鳴らすうしろ、「動く」まえに人事不省に送られた京都御所図書寮小間使い・西中島二儀、でろでろと腐ってます。カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は「あー、先手とられちゃった」二儀君これ長崎のおみやげだよ、と、透かし模様の褌を小間使いの額に結ぶ、紙冠の仕様――幽霊の三角頭巾――お、意外と役に立ったよっ。
「‥‥なに遊んでんだ」
白翼寺涼哉(ea9502)、褌はそういう使い方もあるのかという内心はぴっちりと鎖ざして、琥珀の瞳を濡れる妖刀のごとき光に流す。
「時間がないってんだろ」
たったの六日間。ギルドの手代が諭したように、明け暮れかまわず続けて続けても、どうにかなるか、というところ。図書寮の一室にこもりきってはや○日目には修羅の巷、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)、ついにべたりと臥す。夏の終わりの蝉のように、やわやわと四肢が微風にすらたなびくのがいっそう哀れ。クリエイトアンデッドを掛けるにはちょうどたけなわ、ふつうはリカバーが先?
「あーっもう。つかれたぁぁぁ」
困憊もゆがめば、自棄のやん八になる。けれど、あらかじめ筆記具――インキに羽根ペン――を持ち込んだのは正解だった。ためしに毛筆もこなしてみたが、あんなふわふわした棒っきれでどうやってまともな線を引けるのだ。ジャパン語の書記は不得手のクロウ、二儀に祐筆おねがいしようとしたが、そのために菓子折まで携えてきて、肝心のおてつだいはああやって斃れてるばかりだし、
「たしか二儀君って書道苦手だったはずだよ」
付き合いの長さにおけるどつきあいの深さ故か、意外と二儀の性格をのみこむツヴァイが口添えする。それまで文机に向かい、車輪のような一心不乱さで用筆を坦々とすべらせていた御神楽澄華(ea6526)、はじめて向き直り、枳殻の花のような笑みをひとしきり咲かせた。
「清書は私がお引き受けいたします」
死人憑き寸前だったり、天然に精神的逃亡をはかったりする面々の中、澄華、なかなかおちついているのはフレイムエリベイションで自発を高めてた――炎の力により努力と根性を誘発します――というのもあったかもしれない。ずるじゃないよ、志士として平和的な活用見本です。
「ん、俺でもいいぜ。手分けすりゃ二分の一だ」
今日はロハでいいぞ――と、冒険をしてない日は代筆業にいそしむ弥助、にっかりと、すがすがしく笑いかければ、ツヴァイも勧める。ツヴァイ? それなりに言語方面には自信がある、だけど七面倒まで引き受けるつもりはさらさらない。
『これ、律吏と夏沙の。よろしくー♪』
と、弥助にわたしたのは天螺月律吏・著の血文字の羅列と里見夏沙・著の蟻の豆字の集合体。――いやがらせかい。
「‥‥で、ツヴァイはこれ見て、狂化平気なんか?」
「しまった、忘れてたーーっ」
そんなこんなで。
「それに差し入れなら、西中島君の場合、折り詰めよりもっといいのがあるって」
ああいうの。ツヴァイが意味ありげに、なんとか赤くはない視線を走らせると、ジェームス・モンド(ea3731)、二度死んでも四度くらいは生き返ってきそうな(推定)計算の合わない男が、折良くたったひとつの出入り口から姿をあらわした、彼は神聖魔法より白い皓歯を光らせながら、やはり折り詰めらしいものをかかげて、
「差し入れを持ってきたから、余裕がある奴から食べてくれ」
図書寮にはろくな炊事施設がない、おかげで毎度屯食ばかり。御所内に店屋物をとるわけにもいかないし、では外食におもむけばよかろうが、実はクロウが、外へ出かけられぬ理由があるのだ。今、御所を出ればまちがいなく、やられる。母鳥からの給餌を待ち受ける燕の子のような目をした彼女に。背に腹は代えられないと、自主的にお籠もりにかかっていたが、胃袋はすでにきゅうきゅう。万歳で迎える。
「余裕ある、ありまくり! 休憩にしようぜ」
「では、お茶の用意をします」
正坐にたたんだ両膝をとき、澄華、湯を沸かしに立つ。弥助、それを見やって、
「んなもん二儀にまかしときゃ‥‥あ、俺が潰したのか。それじゃ熱すぎず温すぎずで頼む」
「はい」
「‥‥ん、じゃ。喰ってる最中に無粋で悪ぃが、編集会議いくぜ」
ジェームスの持ってきたのはまたしても保存食、屯食も保存食の一種だ、だったのだけど、久方ぶりの外気の塩味はそれぞれの五臓六腑に青空に遊ぶような解放感をゆきわたらせる。
くりかえすが、六日というのはほんとうに短い。少なくとも一冊できあがったのを十部、百部の写本までもっていくのはとてもじゃないが、ムリだ。だから初日から閉じきってそれぞれの草稿にはたらいていたわけだが、中にはジェームスのように飽き飽きした食膳のことまでつい思いやってしまうのもいるけど、書いただけでは書籍にはならない、編集作業という地道な盤石のあってこそ、それは現実のかたちになるのだ。
「ノリが軽くてさ、娯楽性の高いものから順番にならべてったらいいんじゃねぇの?」
涼哉はしずかにあごをひく。
「妥当だな‥‥まぁいちおう西中島に聴いておくか」
冒険者並みに強健な二儀、澄華に起こされてぼんやりしながら曰く、
「アニキとアニキに挟まれるのって、気持ちがいいと思います」
「クロウの案にしよう」
書き手の予想以上にはげしく役に立たない図書寮小間使い見習いだった。親子で川の字推奨派の涼哉「ち、これでもっと肉が付いてたら」と、下の方角からのつぶやき聞こえないふりして――と、ツヴァイがぐるぐる二儀の脳味噌周辺をかきまぜているようだが、あれは介抱しなくてもだいじょうぶな類の処置だとわりきって、ふたたび作業に集中する。
「ふむ、楽しみだな」
郷に帰った時、嫁いでった娘たちやご近所に自慢出来るものにしあがるといいのだが――懐かしい祖国イギリスを思いやる――ジェームス、目尻の皺を色濃くしながら、本音ではそれをけっこう深く確信している。
●カヤ・ツヴァイナァーツの章「京都現代史、偉人列伝」
長い歴史をもつ京は都市の発展としては江戸に一歩譲るものの、ジャパンの政都であることは今もって尚変わらず‥‥京にあたるのは、検非違使、新撰組、黒虎部隊、我らが冒険者ギルドも陰陽寮の外郭団体という位置づけながら(「あぁもういいよ、夏沙に書かせると長いから、適当に飛ばしちゃって」)。
新撰組の局長は、近藤勇と芹沢鴨。それぞれの副長が、土方歳三、新見錦。それぞれについて、新撰組一番隊の隊士が解説を――、
『いのちがおしいからかもしはわからない。こんどうさんはおとうさん? ひじかたさんは』(べたべたな朱筆で)
‥‥もう帰っていいよ、律吏。
それから黒虎部隊の鈴鹿紅葉隊長(別に、総隊長ってわけじゃないらしいよ。)にギルドの元締めの弓削是雄氏への突撃会見、安祥神皇どっきどきの秘密、あれやこれをまとめた別冊付録、なんと今ならたったの百両でご提供中! 手数料・送料はこちらで負担いたします!
ツ『じゃーんっ。どう、この親しみやすくも、知的あふれる章は!』
ク『軽いってゆうより‥‥』
澄『あまりに軽すぎてお空の向こうへ飛び込んでいるようですね』
ジ『では、下で受け止めるものがいるだろう。騎士としては逃げるわけにもいくまい、最後にどっしりかまえよう』
ク『さりげなくトリ努める気満々っ!?』
●クロウ・ブラックフェザーの章「ゴジョーを待ちながら」
はじめはなかなか働き者だったよなぁ、五条の宮さん。
「この平和に見える京で、争いを鎮める力を持つ者など幾らでもいるであろう。さぁ、我こそはと思う者はいないか。秀逸な働きをみせたものは、追加の報酬も考えている」
ギルドへ来たときも、なんつってさ。俺のいる黒虎部隊や見廻組にもじゅうぶん発破かけてたし。
「この程度の依頼、そなたらの力をもってすれば時間をかけることなく解決できるはずであろう? 人手が足りぬのなら冒険者を集め、即座に事件を解決せよ! そなたらの力を京の都じゅうに轟かせるのだ!」
あ、ギルドマスターの弓削是雄さんに話し掛けてるのも、俺、実は目撃してたんだ。
「かような事件が起こっているというのに見て見ぬふりをするのはあまりにも愚か。にらみ合いばかりで動けぬ現体制の代わりに、この五条が動いてみせましょう」
こう考えると、それなりに優秀なヤツだったかもしれねぇなぁ。あのままいってたら、後世伝わる名守護になれたかもしんえのに。
‥‥いいヤツか悪いヤツかなんて俺はよく知らないけど、京に乱をもたらそうとしたのは、やっぱよくねぇよ。
ク『知的ってのはやっぱこうすんだよ。さりげなくきいた気配り、見出し、どう?』
ツ『ダジャレじゃないの?』
弥『ダジャレだな』
涼『おい、云っていいことと悪いことがあるぞ。あんまりいじめてやるな、親父ぎゃぐだとか子どもの冗談だとか』
ク『‥‥高尚なもじり、って云ってくれよ』
●片桐弥助の章「京徒然記」
魔都・京都考。
――江戸暮らしの知己にいわせると、地形的に封鎖された気色だとか、化けもんばっか?とか、人にも人でなきものにも謎が多いとか、どうにも暗い印象が多い。
八百万の神に守護された聖都、にも拘らず多くの襲撃を受ける魔都でもある。また内部や近隣周囲にも魑魅魍魎が跋扈し、その種類をあげれば枚挙に暇が無い。
分けても注意すべきは性別不明の輩の多い事である。筆者も遭遇するも外見は普通、駄菓子菓子内部は異種族と言うべきか。珍妙な思考回路が人心を惑わせ阿鼻叫喚と曖昧模糊なる世界を作り上げる。これは鈴鹿紅葉がツンデレな事が要因と思われ、故平織虎長や源徳家康の髪が逆立っているのも因子の一つとみられる。詮ずる所、藤豊秀吉が異質だと思われるのは、月代をよそおい禿頭を隠しているところにあろう。
弥『おっと、忘れてた。協力、伊珪小弥太、片桐惣助‥‥書いとかねぇとうるせぇしな』
澄『京都ってずいぶんおそろしいところだったんですね』
ク『その性別不明の項、五条の宮を入れてもいいんじゃねぇか?』
弥『それ、もらった』
涼『おまえら‥‥もうちょっとまじめにやれよ』
澄『??(ふざけているつもりはいっさいない)』
●御神楽澄華の章「京の精霊」
京のような大都市ともなると、人界とはあまり関わろうとはしない精霊も、そこそこ目撃談が報告されるようです。
私がこちらでお会いした精霊は、三笠大蛇様でした。五行龍という方々のところへも面会に出かけたことはございますが、それは丹波国の出来事ですから、また別の機会におはなしすることもございましょう。
三笠大蛇様は、あちら側からの帰還の報告がまったくない、実に奇妙な異界に通じるという月道を管理されるお方で、私はその試練のために手合わせをねがったのですが、その実力はやはりその名と棚雲のようなお身体にふさわしいものでした。
たなびく体毛に逞しき爪牙。試練とはいえわずかですが傷付けてしまったのが心苦しいです。他の冒険者のお力を借り、大和で助け出されたとお聴きしますが、そのあとはいったいどうなったのでしょうか。見廻組に所属した今、あのように人ならざる方の力も借りて守った京都の未来と道、たいせつに守り継ぎたいものです。
ク『三笠大蛇ってルームかぁ。どんなだった?』
澄『そうですね‥‥上位精霊とおうかがいしてますのに、ずいぶん気さくなお方でしたね。特に、女性に対しては』
涼『(微妙に親近感)』
二『たくましき(どきどき)』←帰れ
●白翼寺涼哉、将門雅、所所楽銀杏、共著の章「けふを生きらん」
私は京都に住む医師である。
五条の乱の影響か、暴動で怪我をする者が増えている。一度に多くの者を診察したり無料で診察する事も少なくない。
だが、京都の医療を支えてるのは医師だけではない。特に私の取引先である万屋「将門屋」は「縁」を大切にしてる。
『せや、せや。うちは患者さん診れんしな。せめても薬物ぐらい使いよぅ融通せな、持ちつ持たれつ、助け合いちゅうんや』
医師は決して儲かる職業ではない。だが私は、人を助ける事に誇りを持っている。誰かの為だけではなく、自分の為に。人の命が私の腕に掛かってるからこそ、決しておろそかには出来ない。京都に住む者達が互いに支え合ってるからこそ、京都で生きる事が出来ると私は考える。
最後に、国を憂い京で生きる者達にこの歌に送る。
『君憂う 緑散るらん 朝曇り 縁繋ぎつ けふを生きらん』
涼『雅、銀杏、おつかれさん。あとはゆっくり休んでくれ』
弥『協力じゃなくって共著なんだ?』
涼『いろいろてつだってもらったからな』
澄『結構まじめなんですね』
涼『まぁな。‥‥銀杏、おまえの「著迷人見聞記」はそう修正しておく。褌まにあで埋め尽くさないように』
●ジェームス・モンドあらため主水の章「ぶらり京都純情派」
(金閣寺っぽい構図な落書き)
(五条橋っぽい構図な落書き)
(なぜか石ころっぽい構図な落書き)
(それでも主水は最期までペンを放しませんでした)
ジ『(絶賛不死者中←まちがい)』
ク『なんだか静かだと思ったら、あれからずっと書きどおしだったんのかよ』
涼『‥‥哀れ。身を張ってオチをつけたか』
●できあがったので、
「意外とばらついたな」
涼哉が紙をぱらぱらとめくりながら点すのはそれぞれの執筆の量、意気込みの方法がちがったのだから当然の帰結というべきか。
「いいんじゃね? でこぼこも味わいあるだろ」
弥助が清書きをたのまれることもある、御所の博士が首っ引きでしあげるような読み物ははなから期待されていない、藤四郎と言い切るのも微妙な面子だが、個性のある読み物をもとめられたのだから、これはこれで情趣がある。
「しかし、けっこうな荒行だったな。国に帰ったら若いもんの為にも提案してみるか」
五度(増えた)生き返る男、なジェームスがいつのまにやら復活し、涼哉から借りた原稿を感慨深げに打ち見ながらつぶやくけれど、どちらかといえば自分で荒行度を高めたのではないか、だがきちんと自力で復活してるのが六度(増えすぎ)の所以なのだろう。
「それじゃ、皆様おつかれさまでした。僕、これ綴じておきますね」
それぐらいはやらせます。転んではまた起きて転ぶ二儀に託して、各各ひさびさの家路へ、クロウだけは洛外を抜けそうなほど遠回りだったが‥‥たぶんムダ。
数日後、神聖暦千一年の「みんなの京都」が、依頼人の手元へとどけられる。そしてまた、図書寮の一室にその写しもおさめられた。