あめだよ。

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:06月08日〜06月11日

リプレイ公開日:2006年06月17日

●オープニング

 六月だよ。

 六月はつゆっていうんだよ。つゆっていっても、おすまし汁のことじゃないんだよ。梅雨――梅の雨って書いてつゆって読むんだよ。でも梅は降ってこないんだよ。梅の実が降ってきたら、こつこつって頭をたたかれて痛くなって、みんな困るんだよ。梅はすっぱいから、つなでは好きじゃないんだよ。でもケンコーにいいんだよ。ケンコーってコケコッコーととてもよく似てるんだよ、けれどもぜんぜん違うんだよ。つなでは、コケコッコー頭からがじがじするけど、ケンコーはがじがじできないよ。コケコッコーはおなかが一番おいしいんだよ。
「で、依頼は?」
「いらい? 『つゆ』って『いらい』ともいうんだよ?」
「云わねぇよ」
 先行きどしゃぶりな口上でギルドをまどわせる、本人はいたって悪気はないこの少女、名を、つなで、という。いろいろ尋常じゃないところは多いが、それは人の世に照らし合わせるからで、実は人の子ではないつなで、娑婆の境目に浮かせてみれば適正や中庸になんとか引っかかるやも――いや、やっぱり、おかしいわ(結論)。
「つなではつゆが好きだよ。つ、が、いっしょなんだよ。つゆは雨ざーざーだよ。でも嫌いじゃないけど、ちょっと嫌いなんだよ。ぜんぶ好きになりたいんだよ。つなで、みんなといっしょに、好きになるのにがんばるんだよ」
 ‥‥このままではいつまでたっても日照り雨のようなものなので、明けぬ雨空はないはずだ、以下、適度にはしょる。
 要はつなで、「雨天は好き。雨の降るのはおもしろいから、好き。でも、遊び友達がすくなくなるから、それは嫌い」と云っているらしい。そりゃそうだ。なんだかんだですべったりころんだりしやすい雨に出て、わざわざ身をあぶなくしたがるやつも、ともしい。
「だから、つなで、あそぼうって云いに来たんだよ。みんなであめのおそとにいくんだよ」
 それを請うためだけに、伊賀、名張郡から上京してきて、まっさきにたずねたのがギルドってあたり。頼りにされている、というよりは。――‥‥いらぬ根性、いたずらな不屈。それをなにか別のことに当てられれば、ジャパン、もうすこし夜明けはまぢかいのかもしれない(今って真夜中だったか?)。
「んなこと云ってもなぁ。いくら梅雨だからって、そう都合よく雨降りになるとはかぎらないし」
「やだよ。あめーっ」
「そんなん、お天道さまの気分でどうにだってなるんだから、俺に云ったってしかたがない‥‥」
 と、云ったところに。ちょうど折良く、外界はにわかにかきくもり、鉛をいちめんに貼ったような曇天から、百千の火花をいっせいに立てる音をさせて大粒の雨垂れがいくつもいくつも地上をたたく。
「‥‥あぁ。降ってきちゃった」
「やったよーっ。あめ、あめ、あめーっ」
 というわけで、依頼は残念なことに成立なってしまう。
 これ、つなで、を、連れて、笑顔たやさず、心地好く、どこかへ遠乗りなどして(京都市内でもかまわないけれど)「雨」をともに愉しむこと。
「おうちのなかはダメだよー」
 さぁ、外、へ。



>つなで
正体は、蛇女郎(ラーミア)。人間を襲うまで成長してないので、安全といえば安全な妖怪。たんに、アレげなだけですが。

●今回の参加者

 ea0841 壬生 天矢(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5796 キサラ・ブレンファード(32歳・♀・ナイト・人間・エジプト)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7780 ガイアス・タンベル(36歳・♂・ナイト・パラ・イスパニア王国)
 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

鷲尾 天斗(ea2445)/ 高槻 笙(ea2751)/ 真神 美鈴(ea3567)/ 藍 月花(ea8904)/ ミュール・マードリック(ea9285)/ 狩野 柘榴(ea9460)/ 神哭月 凛(eb1987)/ 六条 素華(eb4756

●リプレイ本文

●一日目・支度
 雨は降る降る、水の針が逆落ちし続けてはまるで銀の竹林。絶え間ない疎雨を、北方の出で立ちの少年、跳ねるような勢い冷めぬままギルドの入り口をくぐる。
「買ってきたよ!」
 どどどっ、と、小山を崩すいさましさでマキリ(eb5009)が両腕いっぱいから降ろすのは、手拭いの束、束。いたく幸福な溜息をついてから、あのね、と、報告を継ぎ添える。
「安くしてくれるって。これ、おまけ。越後屋さんって優しいね」
 さっと取り出したる、てるてる坊主。
 そりゃ安いだろ。販促品だし。
「‥‥欺されてるぞ。いいのか?」
 鷲尾天斗に問われて、壬生天矢(ea0841)はゆるりとかむりをふる。
「蝦夷から出てきたばかりの、いたいけなカムイラメトクの心を傷付けたくはない」
「さすがだな。幼女だけでなく少年の純真も手玉にとるとは、隻眼の若獅子はひと味ちが‥‥」
「あ、これとおんなじだ!」
 一瞬でやってくれました。首からぶらさげられて、天斗、マキリはてるてる坊主と見比べ感嘆の声を上げるけど、それ、見た目どおりの首縊りだから。ちあのーぜ。
「私のときはいただけませんでしたけどね‥‥」
 伊庭馨(eb1565)も越後屋に寄ってしつらえたのだけど、それは年齢のちがいってことで。そのままだと晴天を呼びますからね、と、マキリのてるてる坊主を直してやるついでに天斗もあべこべに修繕する、思いやり(むしろ重厭裏)。
 どこまでもどこまでも、漣の反復するような、雨降り。
「『卯の花くたし』といいますなぁ」
 卯木の花も腐らせてしまうくらい長いこと降水が続くから。伊能惣右衛門(eb1865)、格子窓のあいまから打ち見つつの独言、しかしタマは感銘ないらしく、円くなったまま、ほわん、と大きいあくびをひとつきり。律儀に相槌打つのは、ガイアス・タンベル(ea7780)。故国――イスパニア王国――は降水の少ない気候だから、花が腐るまで、という言い回しは想像をぽちりとぽちりと芽吹かせる。
「『つゆ』っておもしろいですね! お蕎麦は要りますか?」
「あ、あぁ、そういうことですか。いえ、必須ではございませぬよ」
 馨、長崎帰りの高槻笙と話題の交換をしながら、立ち話に仄めく花を咲かせるところへ、
「「ただいまー」」
 二重の挨拶が高くも低くも唱和して、ギルドの表口はまた束の間、騒がしい。下見に行っていた狩野柘榴につなでの帰還。柘榴、そこは忍びの鵜の目鷹の目といっていいのか、はやかった。笙と馨がそれぞれ携えていたもの、かすていら、へ目を留める。
「俺も俺も!」
 明日行けないのだから今寄越せ、と、ガイアスが油紙に果物(今なら枇杷に山桃や)や米菓子を包んでいるのもむろん見遁さない。
「えーと、でもこれは、明日のおやつで」
「そのまえにやることがあるだろう」
 キサラ・ブレンファード(ea5796)が柘榴につなでの首根っこ、ひょいと持ち上げ小山の袂に据える。
「手拭いが、ある」
 拭け、と云いたいのだろう、キサラは。実際にはそうとは一言も云ってはいないのに、なんとなく逆らえない。共振したようにそろって乾布をつかみに駆ける。キサラ、べつだん急かすでなく、じぃっと榛の眼光を計るように、しかし値踏みというには虞れの多いような、揺らぎを多くし、つなでのほうにさしむけた。
「つなで、話しておきたいことがある」
「ん?」
「‥‥いや。あとにしよう」
 奇妙なはざまに、つなでは不思議そうに首をかしげたが、伊能惣右衛門(eb1865)がなにげなく発した一言にすぐさま気をとられた。
「そういえば、つなでさま。刀自‥‥おばあさまはご壮健でいらっしゃいますかな?」
「あのね、だよ」
 ふがふが、と、どうしてだか手拭いを噛みそうになっているのに、惣右衛門、目元の皺を笑みにじませる。
「あとからゆっくりお聴かせいただければ、よろしいのですよ。」
 ところで、ジュディ・フローライト(ea9494)は、たいへん、おろおろしている。救護係は明日から、と思っていたのに、とっくに病人らしきのが起きてしまったのだ。かすていらを口にした途端、柘榴が卒倒。それを打ち見た笙が遠い長崎へ思いを馳せるように、墨色の瞳をかすませる。
「世にも珍しい、辛子入りのかすていらを長崎で見つけましてね‥‥」
 並みのかすていらじゃつまらないでしょう、と、つぶやいて――馨「つまり、私が食べる可能性もあったんですか?」うん。

●二日目・遠足
「いってらっしゃいませ」
 三つ指突いて送り出す六条素華に、ヲーク・シン(ea5984)、気難しやなドワーフとは思えぬにこやかさで、どことなくしまらない格好を付ける。
「素華さんは行かないの? 碁、将棋? そんなものはいつでもできるって、けれど俺の弁当が食べられるのは今日だけ! いや、君が望むなら毎朝毎晩の食事の支度に異存はないし、その代わり俺が素華さんを少しだけ食べられれば」
 馨が越後屋であつらえておいた捕り縄がさっそく用立てられる。連行します。
 ――今日、蛍狩りへおもむかないか、と、惣右衛門の発案、反対するものはいなかったのだが、なかでもひときわ感銘したのはジュディ。いかにもきちんとした躾をされたのだろう、人柄のよさそうなつぶらな瞳を、夢見る少女のそれへ偏光する。
「私の姓のフローライトは、ジャパン語では蛍石という意味だそうです」
 そもそも蛍はイギリスにはほとんどおらぬ(亜熱帯から熱帯にかけての昆虫なのだ)。だからこそ、心から楽しみだった。ギルドで尋ねたところ、先日の戦乱の跡地が実は蛍の名所らしいのだが、血の汐の引かぬはざまは遠慮したい。
「広くて見通しの良い草原みたいなトコがいいな」
「清滝は条件にぴったりなんだがな‥‥じゃあ、宝ヶ池」
「はぁい、ありがとうございます」
 ぺこん、と、頭を下げてガイアスは出て行くのだが、観察者が客観的に眺むればまたちがった感慨をいだいたろう。
 ――なにしろ都のどまんなかで、鯨が馬を引いている。なにひとつ誇張ではない。雨の中ってことは水の中ってことなんだから、と、総身を鯨にし、つまり、まるごとホエールを着込んで馬匹を手繰り寄せる――「まるほえくん」と呼んでいいらしい。
 ところで、まるごとホエールはいちおう防寒服だから、あれを着ながらぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷを続けると――‥‥、
「だ、だいじょうぶですか。ガイアスさん?」
 やっぱり、こーなる。目的地へついた安堵もあって、ガイアス、さっそく鼻梁からてろりと罪なき紅色をしたたらせる。ぱったり(行き倒れ)。慌てて、ジュディ、神よりさずかる彼女の務めをはやばやと果たさんと彼へ近付こうとしたが――お約束はあくまでもお約束だから、形式美。
「きゃんっ」
 ‥‥二次災害。ジュディ、ぐでりと、前のめりになって三日月型の弧をえがく。水飛沫を芸術的な座標に飛び散るのがうつくしい。――それを、わくわくとなにかを期待する目で見守る、つなでと、何故かマキリ。
「つなで、それは新しい遊びじゃないぞ」
 天矢、微笑とも苦笑ともつかず青い左目の底のかすかな憂いを淡くしたのだが、馨のほうはもはやひたぶる微笑みとなって、葦のずいを覗くよう、こちらを通じてあちらを見る。
「気持ちは分かりますよ。私も幼い時分は母のいさめるのもかまわず、よく雨の中へ飛び出したものです」
「そういうことを云うから、喜んで跳ね回りだすんだ。‥‥あぁ、ちょうどいいのがあった。つなで、見てごらん」
 花泥棒は罪ではない。天矢の折った若木には蝸牛が一頭、角状の出眼を、にょっきり、二刀流よろしく右へ左へつんけんしている。
「食べていいんだよ?」
「‥‥まぁ、食べられないことはないが」
「あぁ、なつかしいですね」
 馨はもうほんとうに芯から朗笑している。小さいころは見つけ出した、というだけで嬉しくなって、それに手を出すでも塩をふるでもなく、蛇の目でつくった即席の小屋の中から見澄ましていたものだ。マキリは、なぜか期待はずれのように、顔付きしばし悄々を浮かせた。
「これがじーさんの云ってた『ホタル』?」
「ホタルじゃないんだよ。かたつむりだよ。殻があるから」
「‥‥腹が減ったんだな。ラウドはかじらないでくれよ」
「ふっふっ。俺の出番ですね」
 最新流行の縛りに包まれてちょっぴり嬉しい(帰ってこい)ヲーク、拘束から放されてちょっぴり寂しくもあるヲーク(「これが美人な彼女になら、二十四時間、逮捕されちゃってもいいけどね!」‥‥置き去りにしようか)、そろそろお昼にしましょう、と、皆で示し合わせて、名もない仏刹の軒先を借りる。
 なにせ、前日から案を練って練って、ムダに(あ)実力のある家事の手管をいかんなく発揮したのだ。れでぃーすあんどじぇんとるめーん、と、妙な出だしで語り初めるヲーク、歯切れまで女性を口説くときとは別種の立て板に水。
「ジャパンの人は肉ではなく魚って聞きましたからね。まずは、イサキの燻製をご用意いたしました。でも、今日はジャパン出身じゃない方も多いから、魚が苦手なあなたには、地鶏のワイン蒸し。それからあとは蕎麦屋に生地をもらいに行って」
「やっぱりお蕎麦って必要なんですね!」←ガイアス
「え? それはともかく、それでイサキと地鶏を包んだのと、別に葉菜で包んだもの。揚げ出し豆腐もあります、どうぞ御存分に御賞‥‥」
「まずくはない」
 速攻だった。キサラ、ぐまぐま、と、ねじこむようにしてヲークの御菜を無表情にほおばる。
「顔のわりに、腕はいいようだな」
「そりゃあ、どうも。キサラさん、男は顔じゃない。心臓だ。だからキサラさん俺といっしょにっ!」
「よし、『みんなで』遊ぶか」
 速攻だった。キサラの食べるのが速いというわけではなく、ヲークがあまりに料理の講釈に熱を入れすぎるあいだに、とっくに他の者は腹を満たしていたのだ。ただ急かすたちではない惣右衛門だけが「ほぅ、ほぅ、それは興味深いですなぁ」と、一箸、一箸、止めつつ付き合ってはくれていたが、しかし彼は彼である。彼女ではない。
「せ、せめて、ばーさんなら。下は零歳から上は百歳まで、年齢は問わないから、性別だけは!」
 年齢、も、問え。場合によっては、犯罪だ。
 ――で、犯罪者に鉄槌を、ではない。キサラ、右手に小柄、額に般若、側頭部には山羊の角(な飾り)、とえらく、気合いが入っている。
「鬼ごっこだったな‥‥昔はよく刃をダメにしたものだ」
 科白の前後の関係が、おかしい。が、気付いてないのは当人だけで、とにかくやる気は満々。
「負けませんよー、キサラさん。ライトシールドが僕を守ってくれます!」
 てってけてー、と、ライトシールドを頭に被ったガイアス、雨蛙のごとくはしっこく逃げ出した。この二人だけ見てると、ほとんど模擬訓練。まさか誰も子どもの鬼ごっこがはじまったとは思わない。
「つなで、来て御覧」
 でも、ちょっと隠れん坊もまじったりして。天矢、つなでをとある木陰に呼び出す。これを揺すぶるとおもしろいことがあるよ、と、教えたのだけど、
「きゃんっ」
 揺するまでも、なかった。逃げ場をうしなったジュディが迷い込み、ごちん、と、真正面から樹木にぶつかったので、ざああ、と、赤目四十八瀧がごとく白く全幅から注ぐから、天矢にしろジュディにしろ、むろんつなでも、どこにも逃げようがなかった。
「本来は、もうちょっとかわいらしいんだがな」
 まぁ、いいか、と、水もしたたるいい男は苦笑するしかない。いいお父さん。

●二日目・温泉
 雨中の行進なのだから事後に温泉へ浸かってさっぱりしないか――そう誘ったのが誰だったかはもはやはっきりしないが、断然乗り気であったのがヲークであったのは、まずまちがいない。
「そこに山があるから俺は登る。そこに女性がいるから俺はのぞく。これぞ大自然のおしおきよ!」
 チュプオンカミクルにしばかれれ。けれどもチュプオンカミクルは本日の面子にいなかったので、ヲーク、るんるんと、いざ秘境。
「‥‥昨日、言いかけた話だがな。つなで」
「ふぁい?」
 女風呂には、あたりまえながら、女性だけが浴する。ジュディ、とうに湯気にあてられてぐだりとしてるが、キサラは望外手馴れていたもので、百を数えるんだぞ、と、なかなか通なふうにつなでを諭したあと、おもむろに切り出す。
「私は秋頃に一度パリに帰ろうと思う」
「パリ?」
「月道の向こうの、向こうの街だ。分かるだろう?」
 月は、遠い。異国は異界。ノルマンとジャパンは
「昨日の驢馬――ミュール・マードリックというんだが――もしものときはあれを頼れ。私は‥‥」
 ちなみに、そのときは真神美鈴もいた。つなでと喧嘩?するようなかたちの藤林の隷下にあたるというのに、まったく忍びの自覚のないまま、やっぱり手拭いとごろごろしていた。
「私は‥‥こっちでうまく云えないが、なにかを掴んだ気がする。依頼を持ってきてくれたのは、つなでだからな。だから、」
 呼吸、
「礼を言う」
「うん‥‥また逢おうねだよ」
「みゅう」
 おかしな合いの手が入ったが、完全にのぼせまくったジュディが、湯中りにはリカバーにはきかないようで、とうとう槌矛(なんでそんなの風呂に持ち込む)を、もーこんなのいーや、とばかり、ごでっと蹴飛ばしたことに端を発する。火事場のなんとやらならぬ、風呂場のなんとやら、それは流星と化しそうなすさまじさで外部へ転がり、たまたま(必然)そこに立っていたドワーフの頭部をさわやかに打ち抜き、血っぽいのを数滴ひろげたあと、音を立てて繁みに落ちくぼむ。突然の闖入に驚いたのは先住者たちだ、火矢というにはあまりに細っこい輝線をたなびかせながら、夜の穴へなだれていった。
「あ、きらきら!」
「あれが蛍ですじゃ」
 男湯、マキリが指を差す。ほほぅ、と、惣右衛門、感じ入る。雨の日でも葉隠れで蛍の光ることはある。が、こんなに数を尽くして火の粉のように舞い散らばるのは珍しい。蝦夷や名張からの客人を歓待しているのでしょうかね、と、惣右衛門――イギリスの蛍石とのぞきドワーフの健闘だとはまさか夢にもおぼえず。手のひらにとろうとしたガイアスの鼻先で、ちょん、と、羽をやすめるあたり、実に頃合いというのをよく心得た蛍たちだ。
「俺んとこだったらニンニンケッポっていうんだよ。『消え消えするもの』って意味」
「消え消え‥‥ですか」
 えらくさみしいような、見えない枢要を突いてくるような、奇妙に味わいのある呼称だ。おなじ感慨を心に深めたか、天矢、馨にならって曇天を胸へ押し込めたようにしばしつらくなったが、見返るときにはいつもどおりにいつもどおりなのである。
「用済みだ。天斗、好きなときに帰ってくれ」
「あのー。俺って昨日からぶらさがりっぱなしでしたか?」
 真っ正直に約束を果たす俺ってちょー武士べりーかっこいーと天斗、シメをさらっていくあたり、どうやら今日一番おいしいかもしれない。