女の子はお嫁さんにあこがれるときがある。

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2006年07月02日

●オープニング


 つったかたったったっ。
 赤目四十八瀧の次代のヌシ――とあらわすとものすごげだけども、その実情はただのちんけな蛇女郎だ――のつなで、実はまだ京にいる。以前、京を訪れたときは急ぎの用事だったからゆっくりしておられなかったけれども、目下のところ明日をどうこうするような急迫もなく、せっかくの上京なのだから都のとりどりを見て回ってきたらいいと彼女の敬愛する「おばあちゃん」の許しも得て、のんびり――というよりは、つったかたっと木製の自動おもちゃみたいに、踵を鳴らして京のそちこちを練り歩いている。
 彼女は今にひじょうに満足しているし、そしてまた満足していない。
 今回の一番の目的であるところの「雨の中でみんなで遊ぶ」(それでいいのか、という気はしないではないけれど、いいとしておこう。歓びは本人の自由なのだし)は達せられて御機嫌ではあった。鄙にはみられぬおもしろいものもたくさん見られたし、そろそろ帰ったほうがいいのかもしれないともちらとも思うが、まだまだ、と、よくばるつもりのほうが大きい。あと、ひとつ。あとひとつ。おもしろいものを見つけたらそれで帰ろう――が、そのひとつがなかなか見あたらないのだ。いや、愉快なこと可笑しいことは、ここは歴史と道楽と信仰の都市だもの、あくびしたくなるくらい散々ある、が、仮初ではあっても最後にしてもいいとおもえるほどの素敵はそうたやすくなくって――要するに、ちっとばかし贅沢になっていた、無自覚に――噂にだけ伝え聞く宝を探す人の懸命さで、つなでは、蛇の嗅覚をたよりに、二本にかたちを換えた脚をつらつら交互にさせる。
 京というのはつなでにとって、果てしない縁日のような気がする。人は多いし、夜は遅い。明かりは水のようにふんだんで、その分くるぶしをひたす影は濃い。そのなかでのとっときを見付けようとして迷い込んだのは、京に無数にあるお宮のひとつで、夏至にかけて、深緑をいきれるほどしげらせるその真下で、つなでと似たような年格好の少女がひとり、布を巻いた腕や、金属の飾りをつけた脚やで、波長の高い輪を響かせているのだ。音もないのに。
「あ」
 ――小さいことで過去を演ずる。
 ――大きいことで未来を兆す。
 だが、あるのはあくまでも現実の現在の現象。嘘のない動作で謳歌する、時間の移り変わりの空恐ろしさ、慈悲深さ。
 舞っているのはめずらしい――冒険者との遭遇も慣れたつなでにとってはそろそろ馴れてはきていたが、エルフの少女だ。彼女がひととおりの所作を終えると、つなで、なにをしているんだよ、と、無邪気に問いかける。
「れんしゅう」
「なんの? だよ?」
「おどりの」
 つなでもよほど言語能力に不安はあったが、見た目どおり、少女のほうも似たようなものだったからか、ぎこちないのも切れ込みがうまくそぐえばほどほどになるのか、なんとなく、なんとなーく会話はなりたった。自己紹介。
「つなでだよ」
「出雲阿国」


「つなではね、きれいになりたいんだよ」
 ――結果だけでよかろう、ふたりは仲良くなった。
 つたないなりにいろいろと境遇の交換をしあっていたのだが、が、どうもおしゃべりの雲行きが怪しい。知らぬは本人らばかりなり。服の汚れるのもかまわず腰をおろして交わされるのは他愛なくいたいけな四方山話だけれども、舵をとらぬ船がふらふらと行き先がさだらまぬように、手綱をとるのは
「どうして?」
「つなでは蛇女郎だからだよ」
 自身の秘密をあっさりと暴露するが、だってしかたがないじゃないか、秘密を秘密だと認識しきっていないんだもの、だいいち阿国も蛇女郎がなんたるかをよく知らなかった。
「蛇女郎だときれいじゃなくっちゃいけないの?」
「うん。出雲ちゃん」
「阿国のがいいなー」
「じゃ、阿国ちゃん。阿国ちゃんはきれいだよ?」
「きれいじゃないよぅ」
 ぷ、と、ふくらむ頬のかたちの食欲をそそる丸っこさからいって、卑下とはかんがえられなかった。
「きれいってのはね、お嫁さんだよ」
 ほぅら、だから、おかしくなるってばよ。お嫁さん、といった阿国の目付き、とろんとつなではふぃと小首をかしげた。
「どんなの? だよ?」
「んっとね。きれーな服きてねー、きれーな髪してねー、いいにおいがしてねー」
「ふぅん? やってみたいんだよ」
「やってみたいね」
 大海のような沈黙。
 彼女らはお互いに目配せしあった。
「冒険者ギルドって知ってる?」
「知ってるんだよ」
 森林のような沈黙。
 彼女らはお互いにうなずきあう。それですべてが了解された。
「じゃあ、そこで頼めばお嫁さんにしてもらえるかな?」
「してもらうんだよー」
 雪原のような沈黙。
 それはぜんぜんあたりまえ。もはやそこには、誰もいない。ふたりの少女は、てくてくと、毎日毎日の騒動の発端をめざす。境内の霊木は、思慮深げに、梢をふわりとくゆらせる。


 というわけで、依頼の内容は――‥‥、
「およめさんにしてください」
「だよー」
 ムリ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

>つなで
だから、蛇女郎(ラーミア)の子供。魅了が使えないのは、実はちょっとコンプレックスだった。

>出雲阿国
名前はこんなだけど、エルフのジプシー。やっぱり子供。
ものすごく、ひさしぶり。難はありますが、日常会話はこなせるようになりました。

●今回の参加者

 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3567 真神 美鈴(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4090 レミナ・エスマール(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

シャラ・ルーシャラ(ea0062)/ 綾都 紗雪(ea4687)/ 狩野 柘榴(ea9460)/ 蘇芳 正孝(eb1963

●リプレイ本文



「祝言をあげたい‥‥というのとはまた違うようですね」
 低い目線の二人組の所望をひととおり聞き終えたあとで、御神楽澄華(ea6526)、独吟するようにひとりごちれば、祝言、それもまた耳新しかったのか、依頼人ら、くぃっとそろいであごをあげる。
「しゅーげん?」
「お嫁さんになるってこと?」
「じゃ、しゅーげんしたいんだよ」
「祝言にはとってもお金がかかるんですよ‥‥わ、私もしたことはありませんけれど」
 祝言。ジャパンが地元の依頼人の片割れですらおぼつかない発音を、レミナ・エスマール(ea4090)、公的の達筆を読み上げるようによどみなく。きちんと意義までわきまえる証拠に、あわい肌、鬼灯が熟するようなぼぅと色が付いた。
「ものすごくかかるんです。御饅頭百個よりも‥‥ただの御饅頭じゃあありません、お砂糖はどっかり、大きさもこーんな、餡も粒餡・白餡・えいりあん・こめでぃあん・とれびあん等」
「ところで「およめさん」にも色々ありますでな。どのような「およめさん」がお好みですかな?」
 そりゃすでに食い物じゃあねぇ(レミナの知っているわけはない単語が一部まじったが、その場の勢いだ、気にするな)、と順当かつ厳粛な指摘のはいる手前、伊能惣右衛門(eb1865)がやんわり分け入ると、はっとレミナは我に返って、
「そうです。えぇと、量産型お嫁さん、水陸両用お嫁さん、対空お嫁さん、ブランでできたお嫁さんですともっと天井知らずで」
 それもすでに生き物じゃあねぇ(どっから吹き込まれた?)、そのままではなにげに世界がほろびそうで、八幡伊佐治(ea2614)、はいしどうどうとレミナの肩を叩く、役得。次は依頼人のほうへ、それはそれはきりと眉を上げる、まるで坊主が説教をするみたいに凛々しく――坊主だけど。
「誰彼構わず「お嫁さんにしてください」なんて、言っちゃあいけないよ。お嫁さんの綺麗な服は一生に一度着れば十分だから」
 が、その言い回しが勘違いの呼び水で、きょとりと、つなでが木の実のように目を丸くする。
「お兄さん、お嫁さんになったことがあるんだよ?」
「祝言と似たようなのなら、しょっちゅうかの。まばゆい白い光(※1)の中、僕は運命の相手(※2)とともに新たな人生に旅立った(※3)のだよ」
 ※1 自作のホーリーライト
 ※2 惜しむらくはアンデッド
 ※3 というより、人生が終わりかけた
「へぇ」
 興味津々の依頼人ら、にもう一名、榊清芳(ea6433)、伊佐治のやけに怪しい能弁ひどく真に受けた。
「昨今は男性の、あまつさえ仏法へ帰依した身でも、花嫁になれるのか‥‥」
 いや、だから。
「八幡さんの角隠し‥‥(想像の翼がファイヤーバード)‥‥い、いや、分け隔てはいかんな。女性ならたしかに誰でも憧れるもの、男性にだって憧れる権利はある‥‥」
 む、と、やけに必死な形相、伊庭馨(eb1565)は興をそそられるまま、水を向ける。
「清芳さんもお嫁さんに憧れるのですか?」
「ん‥‥。三三九度は甘酒ではいけないのだろうかとか、水引は飴のようで実においしそうだとか」
「‥‥とても清芳さんらしくて素敵ですね」
「話の腰を折って申し訳ありませんが――」
 明明後日の見当へ津々浦々と漂泊するのを、澄華、義理がたく断ち切って、けれども罪悪の愁いが、簾のような直ぐな前髪の合間から、顰みにうっすらにじむ。
 依頼人らの心づもりをまとめて、「綺麗になりたい」でしたか。
「なら、簡単だ」
 天螺月律吏(ea0085)、利き足を「群雲」なる卵に立てかける――○○kgがよしかかった、とか、書いたら怒られるかなぁ、書いたけど――見得を切るよう貫禄たっぷり小太刀をふりまわしながら、後ろ髪がなびく風情はさも切り岸にそびえる赤獅子。
「「キレイは、体の内側から」という言葉を知っているかな? 二人とも。お嫁さんは体が丈夫でないといけないんだぞ」
 ここで、休止。深く、広く。
「丸太のように丈夫で強くって長持ちするのが喜ばれる秘訣――そう、まさに健康こそ美の真髄っ!」
「律吏あねさま、チョーきれいですー」
「えぇ、きれいですね。槍で突いても剣で斬っても死なないくらい」
「そう、律吏殿は不死者なみに永遠不滅。今ここで律吏殿が仆れたとしても、これですべてが終わったわけではない。第二、第三の律吏殿がいつか必ずやよみがえるだろう、それくらいキレイじゃな」
「全員あとから百字以内で本音を提出しろ」
 個人情報の保護のため、誰がどの台詞の受け持ちかは敢えて伏せます。
 ――とまぁ、依頼の真の、べつに隠してたわけじゃないが、どうにかこうにかあきらかになった以上、それぞれがそれぞれの遣り様で分かれる前、誰が云ったか花嫁衣装をしつらえるのもいいね、と。すると、真神美鈴(ea3567)、私知ってるよ、と、両手、両足までおまけにつけそうないきおい、どしどし挙げる。
「結婚するまえに花嫁衣装を着ると、婚期を逃すっていうけどね☆」
「‥‥」
「ふーん、そっかー。花嫁衣装ってすごい韋駄天さんか。そんじゃあ私は疾走の術で追っかけよう」
 全方向一分の隙なし、ぼけっぱなし! それを隙あり、と、ふつうはいう。


 だん・だん・だんだん♪ 威嚇ふりまく、変調の五拍子。
「私のけんちん汁へようこそ、美鈴です。あ、その音楽大好き☆」
 ――さーて、来週の、じゃなかった、今回のお役目は、
 伊賀国・赤目四十八瀧の刀自の動向を探ること。真神美鈴は長(藤林ってゆーんだよ、怖い顔・きっぱり)の指示を受け、先週より諜報活動を開始した。それでは、じゃんけんぽん☆
「じゃんけんは予告に欠かせないよね! じゃんけん大好き☆ 本日はパーでした」
「‥‥一から十まで口にだしてますね、あれは」
「見えない、聞こえない、感じるんだ(何を)。そういうふりをするのもおとなの流儀なんだよ、きっと」
 おとなのを実践するかのように、惣右衛門、阿国へ声を掛ける。ただ目の上から卸すでなく、腰を曲げて膝を折って彼女らに目線を合わせて、矍鑠たる身体でも半端な前屈は髄に掛かるから、棒杖をたよりにする。
「阿国さん。お久し振りですなぁ。お元気でいらっしゃるようで何よりですじゃ。つなでさんと仲良くなられたのですな」
「うん、ともだち」
「おくにちゃん、ひさしぶりです〜」
「阿国殿、久しいな。近頃見かけぬと思っていたら、伴侶を見つけていたのだな」
 シャラ・ルーシャラがぎゅぅと阿国を寄り縋り、蘇芳正孝はしみじみ誰も修正してくれぬ誤解にふける、そのノリ。美鈴もまた、つなでちゃん、と、あまったつなでへ親しげに、
「つなでちゃん、おばあちゃん元気ー?」
「うん。元気だよ」
 ところへ、即座に紙へなにかをしたためる美鈴。
「『刀自息災』よし、できた。簡素にして的を射た報告書だね‥‥でも、これだけじゃ寂しいかも。うさぎさんに折っちゃえ。報告書の折り線は、栄光への架け橋だ☆」
 もはや、なにもいうまい。ってゆうか、いえない。
 ――そうして依頼人らの無聊をつぶすあいだに、清芳と馨、京の町をそろりそろりと散策に。清芳の手には、依頼人らに試しに描かせた「お嫁さん予想図」。レミナの口伝で和洋折衷風の――まちがった、折衷はしていない。
「ありとあらゆる要素がつめこんでありますね」
 そこらへんが子どもらしい、というか。愛着に折り合いをつけられないから、矯正もせず、ただ詰められるだけ詰め込んでしまったのだろう。墨だけでの作図のはずが、色や質感までがたつきの多いたどたどしい字で指し示されるの仄々と愉快、馨、くっくっと喉を鳴らす。
『これだとたいへんお金がかかってしまいますよ』
 たちまちレミナは算式をしあげる、ジャパンではそれこそ貿易商人ぐらいしか用いないであろう算用数字でこしらえられたそれ、暗号みたいなものだったのだけれども。
『山を売っても足りないくらいです。山といったってふつうの(もういい)――そうですか?』
 レミナ、慣れぬ異国の地で布教にはげむ、いたいけで努力家のクレリックなのだ。それが何故か計算がかさむと多少――かなり――人が変わる。つまづきがちの口調もしゃんとする。
『その日までしっかり貯金にはげみましょうね。心も体も手先もみがけば、自分で作れるようになって、ずっと安上がりです』
 ――結論として、金銭は魔性だ。良かれ、悪しかれ。
 馨、それは他人事ではないですね、と思案。何故ってそれはまぁ、男は甲斐性だから、いざというときには余裕綽々に抱え込めるくらいでないとねぇ?
「清芳さんはどんなお嫁さんがお好みですか?」
「そうだな、私は――‥‥」
 わざとらしく、ふっつり言葉が切れる。
「‥‥言わない」
「どうしてですか? 憧れるんでしょう?」
「憧れといっても、雰囲気のことだ。言わないったら、言わない。だいたいどうして伊庭さんに教えなきゃいけないんだ」
「私が、聞きたいからです。清芳さ‥‥清芳、偶には素直に聞きなさい」
「‥‥ぜ、ぜったいに言わない」
「じゃあ、私も告げたりはしませんよ。ぜったいに」
「何を」
「何でしょうねぇ」
 やれやれ、と、芝居じみて異国めいた仕草に首をすくめるので、馨が、清芳はとうとうむつかしい顔になり、応酬どころかほんとうに何も云わなくなる。沈黙の道連れ――それをからくりおもちゃの観察がごとくさしのぞく二組の目。
「何やってんだと思う?」
「鈍いもの同士が鈍さを競い合っているのではないでしょうか?」
 いつになく辛辣な、というよりは必要悪、綾都紗雪。狩野柘榴、ふぅん、としたり顔。
「伊庭さんもいい歳なのに大人気ないよね」
 ――それでもって慌ただしいが、戻ることの又もや、とりのこされた依頼人の側。
「‥‥私個人としましても、着飾るより中身を磨くことのほうが綺麗につながるのではないかとも思いますが、」
 と、澄華が訝りを多分にふくみながら独りごちる理由は、たんに律吏がどこまでも律吏だったというだけである。
「キレイの秘訣、その一。それは食事から!」
 ね。
「だから好き嫌いはいけないぞ、なかなか我が侭のとおらない世ではあるけれど」
「僕ぁ酒が苦手かなぁ」
「なにっ。伊佐治、私が指導してやろう」
 しばし割愛(理由:描写の凄惨度合いが倫理規定を超えます)。
「キレイの秘訣、その二。雨や風にも負けない強靭な体、といってもムリな運動は体に毒だ。そこでっ」
 じゃきっと雑巾を二揃え取り出したる律吏のうしろに、よっぽど雑巾っぽい人型っぽいのが見え隠れするが、気にしない一休み、祝言っぽいのをあげたらよみがえるだろうから。推定。
「これで床をぴかぴかにするんだ、これで体も心も床も彫琢すればまさしく一石三鳥。すでに試練の場も支度してある、周防町の三十六番地だー!」
「ちゃっかり自分ちだね☆」
「依頼人から報酬をひったくるだけでなく、自宅の清掃まで押しつけてしまわれるなんて」
 美鈴は図星、レミナはいたく感銘。うん、まぁ好きにして。
「あれはむしろ外側を磨いているような気がするのですけれども、」
 それとも、いっしょに内側を磨いてるのでしょうか、と、澄華、ひとしきりの苦慮――そうなのでしょうが、そうみえないのは何故でしょう。澄華、より苦慮に苦慮をずっとずっとかさねて――律吏が律吏だからという、自然で異端な結論は、澄華も澄華であるから、なかなか出てきやしない。青銅の像のようにひとえに思索にふける、ところへ、
「御神楽様もおでかけですか、それでは途中までごいっしょいたしませんか?」
「あ、はい」
 あぁ、そうだ。伊庭様たちだけにまかせてはいけないと思って、薫物屋に出かけるという惣右衛門とも連れ立って、出かけようとしていたのだ。依頼人ら正直に周防町は駆けてしまったから、これ以上頓着する理由もなくなったことだし。
「なんだか釈然としないのですが」
「可愛い子には旅をさせよ、と申します。長い目でみれば、ひたぶる小石とて金剛石の研磨に役立つこともございます」
 それでもまだまちがっているような、とは、澄華、云ったりしない。そうですね、と、真っ向に惣右衛門の意を胸底にしまう。

 で、


「おぉ、キレイにめかしこんで。‥‥ひとり増えてる?」
「じゃーん☆」
 ほら、だいじょうぶっていったじゃない。伊佐治はそのときになればきちんと回生するのだ、律吏のように(←どんな直喩だ)。が、ずたぼろだった彼がめざめたころ、
「‥‥えーと、ふたりじゃなかったっけ?」
 花嫁ごっこ、といってもたいしたもんじゃない。略服にだってそれっぽいのはいくらでもある、それを彼女らの好むように仕立てて、じゃらじゃらと多すぎる手絡や帯止めのたぐいは、赤に黄、展翅されたようなふわりと生花の飾り付け。
 まぁ遠回しにいうまでもなく、それらを持ってきたのも、だけでなく我が身にもきっちり澄ましたのは美鈴なんだけど。
「おやおや、三人に増えましたか。三人寄れば文殊の知恵ともいいますし(誤用)、重畳重畳」
 ひぃな遊びの着せ替え人形のようでもございますなぁ、と、まなじりを上品に奥めながらの惣右衛門、すでに現状を了解しているようだ。彼女らの保護者へ知らせるための絵師までねがってきたとなれば、仏道の後身として(もう全然関係ないけど)、ひくわけにもいかぬではないか、伊佐治。彼にやれることといえば?
「ちょいちょい、お二人さん」
「ん?」
「おめでとうを云わせてくれ」
 ぱ、ぱ、ぱ、と、孔雀の飾り羽のような、彼の後背にホーリーライトめくのが見えたなら、もしかするとそれは真性。
「つなでちゃんは蛇女郎だけあって、太陽のように輝く目、もぎたての果物のような潤んだ唇、筋は通っているが出しゃばらない絶妙な鼻‥‥(続々)」
「そ、そうだよ?」
「阿国ちゃんはまるで欧羅巴の妖精のようだ(延々)」
「ありがとうございます」
「美鈴ちゃんは‥‥」
「わくわく」
「かわいいよ(省略なし)。じゃっ」
 逃散の伊佐治、花街の方角。
「えーっ、せっかくこれから人遁の術つかおーとしてたのに」
 こーんなふうにね、と、伊佐治好みのぐらまらすに変化の美鈴。一時間だけね。銘々の着飾りの出来をみて、澄華、心労以外の理由で少しばかり、夢見がち、赤らみがち。
「私もいつか心のうちがまにあいましたら‥‥え、あ、殿方を見付けるのが先かもしれませんが」
「‥‥ん」
 と、協調の清芳。というのも、清芳、真に受けてたり気にしてたりすることは、他にいくらでもあったから。
「嫁ぎ遅れたくはないしな」
「‥‥だから、私が今ここで」
「伊庭さん、なにか?」
「なんでもありませんよ」
 律吏がキレイのしあげに温泉へいざない、けれども湯を浴めば流れて潰えてしまう、瞬間の魔法の美。
 だが、清芳の指には銀製の指輪。そして、彼女らには思い出が残る。ためいきのような。――当分はそれでよいのだろうか。あぁ、自分も温泉にのこりゃよかったかも、と、伊佐治の遠いつぶやきは別として。