●リプレイ本文
●起は起床の起
めざめると‥‥めざめさせられた冷たくやわらかな触感に。天鳥都(ea5027)が体を起こすと、一拍ずれて、額からそれがずるりと滑り落ちる。拾い上げる。安物の手ぬぐい、ゆるめに絞られたずぶぬれの。それから少女の、真昼みたいにあかるい声。
「ぶぇのすでぃあーす♪ 起きたぁ?」
「‥‥はい」
「やったってカンジぃ?」
フィアーラ・ルナドルミール(ea4378)が、シフールお得意に空中停止しながら都の鼻先のまんまえで、期待五割純真五割の瞳を輝かせている。そうか、彼女がおしぼりを都の額に落としたから、醒めたのか。それにしてもフィアーラがなにか違うようだ、と思った理由は、彼女がここへ来るまでに愛用していた外套を脱いでいるせいだと気づいた。「おもーいっ、飛べないしぃ」とぼやいてたっけ。
都の覚醒に満足したフィアーラは、「じゃあねっ」と手ぬぐいを回収せずに向こうへ飛んでゆく。実験台にされたのだ、とは、寝ぼけていてもなんとなく理解できる。
すべての間仕切りをはずした邸から見える景色は、ほとんど屋外とかわりない。熟した枇杷のような黄金の光は天蓋の西にうすくたなびくだけで、空の位相は深淵の彩度へとだんだん変調している。夜がすぐそこまで来ている。熱気と切望と虫の声と、省略と続編をはらんだ夜が。都が四肢をのばして骨を鳴らすと、藤浦沙羅(ea0260)がご機嫌うかがいにやってくる。
「天鳥さん、おはようございます。よく寝れました〜?」
「たぶん。めざめもすっきりしてますし」
「あれ、けっこう効きますよね」
「沙羅さんも?」
「はい♪」
♪の意味がよく分からないけれど‥‥まぁいいか。
部屋にはすでに膳が行き渡っている、宴の準備はおおかたできているようだ。寝ててくれ、と言われたからそのとおりにしたのだが、村の婦女が立ち働いているのをみると、怠けたようでちょっと悪い気もする。おまけによく見たら菊川響(ea0639)も手伝っているのだから。
「お。おはようさん」
「すみません、任せてしまって」
「気にすんな、俺は夜には強いから。そうだ。まだ眠いなら、これでも食べてみっか?」
小皿をつまみあげる。
「なんですか」
「山菜の三倍辛子味噌和え」
「へぇ。どんな味がするんでしょう?」
――――‥‥‥‥。
「さ、はやく並べよ」
「味見してないんですね」
それぞれがそれぞれのことをこなしてそれぞれの夜を待つ。
●承は承伏の承
村中のお年寄りたちをまえに、御子柴叶(ea3550)はいつものような、いいや、いつもの倍ちかく皓々とした笑顔を放出している。この日のために用意されためずらしい菓子を供され、至極極楽ご満悦。きっと年寄りの彼らは、幼い顔つきの叶が孫のように思えるのだろう。でも叶の実年齢は、この場にいる冒険者中誰よりも高く、老人たちとあまり変わらない、なんて云わぬが花。菓子の礼にと、叶は華国の思い出話をはじめる。
「華国はですね、ほんとうは華仙教大国っていうんです」
「ほう」
「でね、『導士』って人たちがいるんですよ」
「どーしってなんじゃ」
「死体をあやつる人たちのことです☆」
「‥‥‥‥」
「動死体たちは、自分たちが死そのものであるからでしょうか、生あるものとなると見境なくおそってきます。きちんと眠らせてあげるにはもう一度彼らを殺してあげなければいけないんですが、もとが死体だから刀で1回突いたぐらいじゃ死ねなくって、痛がって苦しがって泣き叫んで」
「キャッ」
沙羅が着物のすそをひるがえし、隣の都の首にかじりつくようにして抱きついた。都はやさしく抱き止め、髪まで指で梳いてやる。
「だいじょうぶですよ、今のはすべてお話ですから」
そう、ただのたわいない空言である。もっとも、都と沙羅のそばで、白河千里(ea0012)がせつなそうに、ゴボウとネギ(注:挿すものではないです)をにぎりしめ、半端にひらいた両腕を閉じたりもう一度ひらいたりしているのは、現実であったけれど。――野菜体操?
こほんけほん、と千里が空咳ひとつふたつしてるまに、秀真傳(ea4128)がひょこり顔を出す。
「すまぬ。やはり風どおりが悪いかのう」
傳がおこなった風の精霊魔法ウインドレスにより、空間の一部は流動が停止している。ハレの晩に不快指数が倍加する、が、むしろそのほうが夜を明かすには都合がいいだろう。すずしげな笑顔でそういう傳、だけどほんとうは彼が一番あついはずだ。ウインドレスの中心にいつもいるのだから。
「い、いや、だいじょうぶだ」
「それならかまわぬのじゃが。おぉそうじゃ、今の悲鳴はどうしたんじゃ?」
「あぁ、それもたんに叶殿の悪ふざけだ」
「えー? 僕はただ華国のお話を」
「いや、それぜったい怪談になってたから」
「あれ、凌さんは?」
高澄凌(ea0053)の不在を、沙羅がおそるおそる指摘する。いくら外の見張りの担当だからって、ここまで極端な悲鳴があがればすこしくらい顔をみせてもよさそうなものだが。とかなんとかいってると、人の気配が、縁側から、ずるぺたと。
「ここだ。べつに寝てたってわけじゃないぞ」
「キャアアアア」
沙羅、先程のが絹を裂くよなら、今度は月までまっぷたつに割りそうな叫びをあげ、ふたたび都の胸元に逃げ込む。縁側から軟体生物のように這い上がってきたのは、叶の話にあった動死体、によく似た、凌。充血した眼球、ばらけた頭髪、口元からきらりと月影に光るものが一筋。傳は凌に近づき、冷静に指摘した。
「寝てたんじゃな?」
「だから寝てないって」
「ここに、濁酒があります」
「泥のように眠ってました」
『た』のあたりでおもいっきり開放された凌の口に、傳は濁酒の代わりに、響特製の赤くはない三倍〜を詰め込む。それから、声も出ずにのたうつ凌をひっぱって、ふたたび外回りに帰って行った。
そして。
「みんなぁ、ぼーっとしてたらおやすみしちゃうかも〜?」
しばし義務を見失い呆けていた、冒険者たち。すると、フィアーラが上から降りてきて、ひとりひとりの頂でぽよよんはずんでいった。このままぼんやりしてたら、おしぼりを投げつけられる可能性もなきにしもあらず。もとどおりへ、散開する。
●転は回転の転
さて、フィアーラが天井付近を廻遊していたのには理由がある。犯人(?)が天井裏にでも潜んでいないかと索敵にはげんでいたのだが、さっぱりひっかかってくるものはない。そうこうしてるうちに、幾人かの子どもから声がかかる。シフールなど初見の彼らに、フィアーラは人生最高潮(かもしれない)にもてていた。
「ねー、フィアちゃん。いっしょにごはん食べようよ」
「あたしはキミたちより年上なんだから、おねーさまって呼ぶのーっ」
あまりおねーさまにはおもえない言動で、フィアーラがひとしきりむきゅむきゅやる。むきゅむきゅ‥‥はっと気を取り直す、今のはあまりにも大人げなかった。
「ごめーん。村の人の祭りが大事なように私はご主人様が大事だしぃ、そのご主人様より先に食べたり、飲んだり出来ないって聞いてるぅ? 代わりに踊るからゆるしてねぇん☆」
「踊ってーっ」
「にぎやかですね」
見上げた都が、くすりと笑んだ。子どもの笑顔はいいものだ、心を優しく洗ってくれる。彼らを守るためならなんでもできるような気がする。都のつぶやきに、千里はすこしくちびるをとがらせた。
「そっかぁ? やつら、散々、俺の芸術をけなしていきやがって」
髪を一度かきあげようと、千里は手を上にやる。装束の袖がするると流れて、二の腕まであきらかになった。そこにはなんというか‥‥前衛の彫り物? いいや、ただの墨で描かれた落書きだ。子どもたちに絵を教えてやろうと描きだしたものだが、体を張ったわりに評判は散々だった。それを知っている都が、なんとか千里をなぐさめようとする。
「すてきな山猫ですね、まぁ立派なおひげ」
「三猿だ」
「‥‥(ひ、髭があるのに?)。そ、それはともかく、子どもたちを叱る気はないのでしょう?」
「まー、げーじゅつだからな」
「沙羅も芸術がしたいです」
沙羅が千里に天上の笑みをおくる。不満げな千里の表情がだんだんとゆるむ。
「それでは、藤浦殿にはあたらしい芸術を献上しよう、此度は音楽だ」
「天鳥さん、おねがいしますね」
「え゛」
本日2回目の、ハズレクジ。千里が精神的な右往左往にまよいこんだあいまに、都は千里にうなずいてみせ、横笛にくちびるを添える。
はじめたばかりで自信ないといっていたが、意外に上手なものである。たしかに旋律は単調なものであるし、時々音の代わりに息だけが響いたりしたが、努力はときに美をともなう。それに沙羅がかぶせる、唄。人という原初の器からほとばしる、ウインドレスさえふるわせそうな音、声。が、千里はいちどはゆるめた顔をふたたびきびしく
「ええい、聞いちゃおれん。私も、笛手として、まぜておらおうか」
ぎぃぃぃぃぃ。
「やーん、あたしの踊りを邪魔しないでぇ!」
フィアーラがふたたびむきゅむきゅした。
「ひでぇめにあった」
が、おかげで目は覚めた。必要以上に。
天に星。ひとつ、ふたつ、みっつ、たくさん。だがその隙間すきまに、季節にないはずの小さな星が時折みえる。舌の上にも星は残っている、それは別の名を『刺激』という。凌は縁側にもたれて星とそうでないものを区別するたわむれをはじめた。
そこからすこし離れた、でも目にはとどく距離で、傳と響がなにやら立ち話に興じているようだ。
「物事は一面だけとかぎらぬ」
「はい?」
「響殿。これを見てみぃ」
響の目前に傳が突きだしたのは、木ぎれが一片。それはよく見ればきれいに鉈のはいったらしい片面はすべらかだが、もう一方はでこぼこになっている。すべらかながわには、筆を走らせたらしい跡がある。一息にこの句を詠み上げればよいのか、と思ったが、どうやら違うらしい。
「ほれ、たったこれだけのものも、いろいろの角度から見れるじゃろ」
「そうですけど」
結論が、よく分からない。
「わしらは犯人が外=横か、天井=上か、そのどちらかから来るものと思っておったが、ほんとうにそうじゃろか」
「ん?」
ジャパンの家屋の特徴として、湿気対策のため、床を高くつくってあることがあげられる。そこは、野良の犬が住み着いたりするなど、比較的入り込みやすい。たしかに穴を開けるような細工は天井よりもやりにくい面はあるが、今回は成功すれば2度め、要するに以前のなにかを再利用すればいいだけだから‥‥。
「床下だ!」
しかし、気づくのがいくぶん遅すぎた。もしも昼間に家屋を見分していればなんらかの異常が発見できたかもしれないのだが。あわててかがみ、縁側の下をのぞきこむ。すると、たしかに小さい灯らしきものがちらり、だがそれは剣や腕をちょっとのばしたくらいではとどかない距離に、揺れる。響は小刀をとりだした。これを投げればあたるかもしれない、だがこの体勢には無理がある、いいや、下手に命中して当たり所が悪ければそのほうがよっぽど寝覚めが悪い。
「そうだ。凌殿、伏せ!」
「ふせぇ?」
しかし凌は素直に従ってしまった。響が凌を指名したのに、深い理由はない。ただ凌のほうが縁側に近く、また彼はほぼ座り込むようにしていたので『伏せ』もやりやすく、つまり必然だったのだ。
響は凌の体に両手をあてがう。力を込める。
せーのっ!
ころがした。力一杯、凌を、床下へ。
「ちょっと待たんかそりゃたしかにいざとなったら体当たりしてでも犯人を止める気でいたがこれはなにかが違うっぎゃっ(舌、噛んだ)」
凌の全身が、土を巻き込み砂を蹴立てて、遠くへ遠くへ。数瞬のちに、男とも女ともつかない奇声が世界をつんざく。ただ、それが凌のものでないこと、声を発した相手がなんらかの痛手を負ったであろうことだけは、確実であった。
「響殿。やるではないか」
「はぁ、間一髪だった」
「とうとい犠牲だったのぅ」
「死んでねぇ!!」
●結は解決‥‥ちがうね。
「けっきょく逃がしちゃったのぉ?」
「あんなところであんなめにあわされて、そのうえ犯人まで捕まえられるようなら、俺はとっくにどこかに仕官できてたろうよ」
叶のリカバーで細かな傷を治療した凌は、湯浴みもさせてもらい、見た目にはだいぶまともに戻っていた。心の傷? それはおいおい。
「まぁ、からくりはあばいたし。この村にはもう出てこられないさ」
「そう考えると、なんだかさみしい気がしますね」
もしかしたら、おともだちになれたかもしれないのに。沙羅はしょんぼり肩を落とすけれど、それは沙羅が優しすぎるからだ。こういう場合、ふつうはせいせいした、と感じる。都は沙羅のあたまをなでてやる。きっとどこかで逢えますよ、とささやいてやる。
「庚申の日には、願をかけるものだと千里さんから教えていただきました。ごいっしょにやってみませんか?」
「‥‥うん」
「では、私はあなたの願いが叶うように、とねがいましょう」
あとからなかにのこったものたちに訊いて分かったことだが、じつは一度だけ、春花の術――これが睡眠をまねいた原因だった――は行使されたらしい。都の澄んだ感覚は、くぅ、と舟をこぎはじめた人数の急増をみのがさなかった。
「がんばったんですよっ」
叶がどん、と胸を張った。
「まず、響さんのつくってくださった巨大団扇でばさばさあおいで、香を外に流して」
ちなみに、この団扇は記念として村に残されることになった。どこに飾るのだろうか
「おじーちゃん、おばーちゃん、逝っちゃやだーっっと泣きついて」
「いいのか、白の僧侶」
「でも、ほんとうに逝ったかたはおられませんし」
「‥‥訴えられるから、やめて」
「それじゃ、ま」
千里がぱん、と両手をたたいて場をしずめた。さすがに野菜はもうない。
「憂いは去ったことですし。宴会ふたたび、といこっか」
「愉しみですぅ」と、叶。
「あ。あたし、折り詰めとかほしいしぃ」と、フィアーラ。
「たのしみ、たのしみ。僕がんばります」と、またまた叶。‥‥何をがんばる?
「すると井戸の中から、いちまーいにまーい‥‥いちまいたりなーい、って」
「なぁ。怪談好きな白の僧侶ってあり?」
「ま、恐怖にふるえてるほうが、ちょうどいいくらいだろう」
肩をすくめて、千里、さりげなく手をやった懐に、猿を型取ったお守りがそっと忍ばされている。これの背に願をつらねるのだ。じつはもうとっくに書かれている。あとは吊すだけ。
『出会う人々の笑顔が永遠に続くように』