お く す り
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■ショートシナリオ
担当:一条もえる
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 96 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月17日〜10月24日
リプレイ公開日:2004年10月29日
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●オープニング
その領主は、領民の評判が大変によい。
もちろんその男も、家を継いだときからそうだったわけではない。
しかし、人間の真価というものは苦境に立ったときに初めて明らかにされるもの。1つ1つの積み重ねによって、今がある。
例えば、税の件。不作で苦しんでいる農民からは税を減らし、特に困窮している者には逆に金を貸し与えたこともある。さらに、不作が続いて返済できそうもないと見ると、再び返済の期限を延ばしたりもした。
あるいは、村人が怪物に襲われていると聞くと、自ら兵を率い、救出に向かったりもしたこともある。
そうした行いに、領民は感謝し尊敬した。この領主には、恤民の心があると感じたからである。
ところが今、領民は曇った表情を寄せ合っていた。
領主が、病に倒れたのだ。病は思いのほか篤く、楽観は出来ない。
しかし、慌てることはない。キャメロットにも、あるいはイギリス中にも、優秀な医人はいる。病にかかったのなら、彼らの診察を受ければよい。
普通ならばそうする。ところが、ここしばらくの「財政難」で、そのような名医を招くだけの余裕がないのだ。そもそも、日々粗食に耐え続けていたことも、体を弱らせた一因ではないかと思える。
「どうにかならないものか!?」
臣下も領民も頭を悩ませたものの、もともと大きくも豊かでもないその所領は、家臣からも領民からも金が出すことは出来ず、ため息ばかりが漏れた。
「おぉ、そういえば!」
森の奥にひっそりと住む、偏屈な老医の存在を、誰かが思いだした。
名医には違いない。しかし、世の騒がしさを嫌って隠棲してしまった男で、誰が頼みに行っても治療をしてくれないらしい。大金を積むと治療どころか怒声を放って追い返すというから、そのあたりが大金を持たない彼らの「可能性」なのだが‥‥診察を受ける難しさは変わらない。
「どうか、お願いします。その医人を説得し、我が君をお助けください!」
領主の臣下‥‥今となっては領民をも代表した臣下は、冒険者達に懇願した。
出来るものなら自分たちで、医人の元に赴きたい。しかし、医人が住むのは深い森の奥で、そこに至るまでにどれほどの危険があるかわからないのである。
「もとより、命に代えても説得するつもりでしたから、我が身が惜しいわけではないのですが‥‥」
医人の元までたどり着けなくては、犬死にである。
そこで、冒険者の出番が回ってきたのだ。
●リプレイ本文
●森の脅威
そもそも森とは、人の世界ではない。
切り開かれ、柵で囲われた土地こそが、人の住む世界なのである。森は、人知の及ばぬ物が潜む闇の世界でしかない。
あえてその闇の奥に挑もうとする者、たとえばこの冒険者たちなどは、その世界の住人からすれば、不快な闖入者にすぎないのだ。
「気をつけてください! この足跡は‥‥!」
「いるわよ、なにか!」
エリカ・ユリシーズ(ea5442)と、『バイブレーションセンサー』をちょうど使ったところだったナツキ・グリーヴァ(ea6368)が警告の声を上げたのとほぼ同時に。
唸り声をあげる狼の群が、冒険者たちの行く手を遮っていた。
「下がって!」
森には慣れているだろうからということで先頭を行ってもらっていたエリカだが、敵を目の前にしたら話は違う。恋雨羽(ea3088)は叫び、エリカを引き戻すと替わって自らが先頭に立った。
「ありがとう!」
エリカは礼を言うと同時に矢筒から矢を2本引き抜き、素早くつがえた。
「別にキミたちに何かしようっていうじゃないんだよ。だから、どいて欲しいな!」
その間にもヒンメル・ブラウ(ea1644)は短刀を抜き、仲間を庇うように立ちはだかる。
だが、狼の側から見たら、邪魔をしているのは、縄張りに入り込んでいるのはむしろ、人間たちの方であろう。1匹が飛びかかるのを合図に、一斉に襲いかかってきた!
レイヴァート・ルーヴァイス(ea2231)は何よりもまず、アーサリア・ロクトファルク(ea0885)を庇って前に立った。
「アーサリアは支援を!」
「うん!」
アーサリアは手始めに『グットラック』を唱え、仲間たちを助ける。
「これは‥‥やっかいだね!」
羽の振るった忍者刀を、狼はすんでの所で避けた。すぐに身を起こし、こちらを睨む。忍者だというのに、まったく忍んでなどいられない。身を隠すだとか忍び寄るとか、そういう問題の戦いではない。
狼の叫びが、森に響き渡った。
●森の試練
森の脅威とは、かくのごときである。
待ち受けているのは人外の神秘でも魔獣の類でもないが、だからといって与しやすい、取るに足らない相手かというと、決してそんなことはない。
ともあれ、ひとまず狼を撃退した一行は先を急ぎ、日が暮れぬうちに野営の支度に移った。
「偏屈なお医者さん、この森の中に住んでるんだね」
クリスタル・ヤヴァ(ea0017)はあたりを見回して、感心したように呟く。側には驢馬。もっとも、連れていると言うよりも連れられているという感じ。
「うーん。これはなかなか大変ですね‥‥」
車座に座った一同の中で、シャーリー・ウィンディバンク(ea6972)は布きれに書き留めた地図を手に、眉を寄せた。臣下が教えてくれた、医人の居場所を記した物だ。
まだ、先は長い。
「なにせ、この鬱蒼と生い茂った森だからな。頼りにしてるぜ」
そこに、ガイン・ハイリロード(ea7487)が何とも気楽に声をかけてきた。
「頼りにだけされても‥‥困りますけどね」
「そうか? こういうことは専門家に任せた方がいいかとも思ったんだが‥‥」
確かに一理あるが、知恵は各々で出し合うもの。任せられても、シャーリーとしては困惑するばかりである。
「とりあえず、夜間の襲撃が心配だ。見張りに立つとしよう」
フルーレ・リオルネット(ea7013)はそう言って、立ち上がった。すぐさま、村雨月姫(ea2346)も立つ。
「私も参りましょう。1人というのも危険です」
「‥‥それもそうだ」
月姫の言葉に悪意を感じなかったフルーレは、連れだって天幕を離れ周囲の様子を窺いに行った。一同はそれを見送り、眠りにつこうとしたが‥‥。
すぐさま2人して鋭い声を上げる。
毒蛇!?
「なんですって!? みなさん、起きてください!」
エリカも慌てて跳ね起き、短刀を掴んだ。気づかぬうちに、彼らは毒蛇の巣のそばにいたらしい。「何があるかわからない」森だが、受け身のまま、漠然とした不安を抱いたまま進んだのでは、突然のことに対処できない。
ともあれ、噛みつかれるとやっかいである。せっかくの眠気も吹き飛び、一同は悪戦苦闘しつつ毒蛇を退け、荷物を手に手に移動を始めた。
この暗い闇の中、また野営地を探さなくてはならない。
「前途多難ね」
クリスチーナ・スチール(ea7651)は肩をすくめた。
なにせ危険な森。そこに挑むのだから周囲に気を配り、襲撃を警戒するなど当たり前で言うまでもないこと。いかなる危険があるかを予見し、冷静に乗り越えられてこそ冒険者というものだ。
クリスチーナはそそくさと荷物を抱え、仲間たちを追った。
●隔絶した村
いきなり、目の前が開けた。
森の奥深くに向かって歩いていたはずの冒険者たちは一瞬、今いる場所を見失ってしまい、面食らう。
冒険者たちが目にしたのは、森の奥にひっそりと存在する集落だった。医人ならば食に適する草花についても詳しかろうが、森の奥で1人で生き抜くことは難しい。
「どなた様で?」
すぐに、冒険者たちの姿を見とがめた男が近づいてきた。
身につけている物は農民のそれと変わりないものの、その眼光は鋭い。また、手にしているのは粗末ながらも槍である。猛獣の襲撃から集落を守るためにも必要なのだろうが‥‥はたして、見張っている相手はそれだけか。
どうやら、ここは何らかの理由で世から隠れて生きている者が集まっているらしい。すると、医人もその1人か。
クリスチーナはいささか気圧されつつも、
「医人を訪ねて参りました」
と、頭を垂れた。
男は初めは案内を渋ったものの、この一団が容易く立ち去りそうもないことを悟り、
「会うか会われぬか。それは先生がお決めになられるが」
と釘を差し、一行を誘った。
通されたのは、粗末な小屋だった。
しかし、
「去ね」
扉の向こうから聞こえてくる老人の声は、はっきりと拒絶を示した。
「いきなり大勢で詰めかけたことはお詫びするよ。しかし、それだけ大事な人だと思って欲しい」
羽は切々と訴えるが、医人は聞く耳を持たない。その、羽の肩にそっと手を置いて、ナツキが呼びかける。
「あなたの持つ技術も知識も、使ってこそのものじゃないですか? ここで腐らせてるのは、無意味ではありません?」
口調こそ普段と改めたものだが、ナツキは挑発の言葉を放つ。すると、扉が開いた。姿を現したのは白髭の老医。機嫌はすこぶる悪そうだ。
「使わぬ物には価値がないとな。ならばそなたらの持つ剣は、常に血脂に濡れておるのか」
●老医の胸中
老人の言葉は辛辣であった。
「言い逃れは出来まい。どのように言ったところで、剣は凶器。人を滅ぼす物よ。それも使い続けねば、損か?」
「断れば、やがて領主は死ぬでしょう。そのとき、あなたは恨まれることでしょうね」
ナツキは脅しをかけようとしたが、レイヴァートがそれを押しとどめた。そして、急ぎ老医に深々と頭を下げた。
「また、日を改めて参ります。‥‥俺たちも、必死なので」
仲間たちを促して退出するレイヴァートの後ろ姿を、老人は見送りもしなかった。
「どうします? いっそのこと、強引に連れ帰った方が良いような雰囲気でしたけど‥‥」
シャーリーは唸ったが、アーサリアはすぐさま、
「駄目!」
と、強く釘を差した。レイヴァートも「とんでもない」という顔をして、思いとどまらせる。
「脅迫にしろ拉致にしろ、望んでもいない治療で真剣になるとは思えず、領主の命が助かるわけがありません」
まったくだ。一同は顔を寄せ合い、唸った。
「そもそも、老医殿はどうして森に?」
話題を変えたのは、羽だった。
「さあ‥‥。しかし、医の道を志した以上は人を救うことを願っていたのではなかろうか。それが隠遁を選んだのだから‥‥なにかしら、理想をうち砕く事件があったのではあるまいか」
フルーレは考えを口にしたが、それを老医に直に問うためには、どのように切り出したらいいものかまではわからなかった。
●切なる願い
翌日。老医が目を覚まして小屋の外に出てみると、昨日の侍が土の上に跪いていた。月姫だ。
「どうしても、同行頂かねばなりませんので」
月姫は礼容を示しつつ、老医の視線を受け止めた。
「迷惑なことだ」
「病人が病人でなくなってしまうまでのことです。しかしこの森は深いですから、その死を知らせる者も、ここまでたどり着けないかもしれません」
平然と月姫が言うと、老医はその言葉に面白みを感じたのか、髭を撫でつつ「迷惑なことだ」ともう一度呟いた。
再び、説得が始まる。
「その人は、守らなくてはいけない人のために自分を犠牲にしてきた。治療を望んでいるのは我欲ではなく、その人々なんだ」
「僕らでは、どうやっても治してあげることができないんだよ! だから、力を貸して!」
羽もアーサリアも、無言で座る老医の前で平伏せんばかりにして請う。
「どうも聞く限り、そういう手合いを好いてはいないようだが‥‥まぁ、この際だからもう言うが、その死なせるには惜しい人物っていうのは」
もどかしさを感じたのか、ガインは羽の後に続けて『素性』を口にしようとしたのだが、それをヒンメルが遮った。
「救って欲しい人物は、医人だよ」
その言葉に仲間は驚き、老医も怪訝そうな顔をした。
「医人ではあるけれど、あなたのように身体の病は癒せない」
「ふむ。謎かけのようなことを言う」
老医は髭をしごきながら、続きを促した。
「その医人が癒すのは、国の病。人々を飢えと渇きから救い、困窮せぬように図り、正しく恩恵を与え刑を行う名医だよ。彼の代わりが務まる人なんかいないし、彼がいなければ多くの人々が苦しむことになるんだ」
ヒンメルがそう言って、もう一度老医の顔を仰ぎ見たとき、なんと外から歌が聞こえてきた。
領主が困窮する村人に貸した金を棒引きにしただとか、危機に陥った村人を助けるために自身が兵を率いて飛び出しただとか、そういう内容の‥‥要するに領主の業績を称え、美徳を褒め称えた歌だ。
クリスタルの歌声である。
「わかったろ? 助けたいのはとあるところの領主さまだ。どうも聞く限り、そういうのを好いてはいないようだが‥‥死なせるには惜しい人物だ。もし森が無ければ、嘆願に来る領民は俺たちの何倍もいただろう」
●医人
ガインの言葉に老医は何も反応を示さなかったが、突然に、
「具合は」
と問うた。何のことかととまどう一同に老医はもう一度、「具合は」と繰り返した。
老医の物腰から推察も出来たが、彼はかつては貴門にも出入りし、多くの者を従わせるような医人であった。が、貴人らの、また医人の間にもある醜い政争に自らも加わっていた虚しさに気付き、ここに隠れ住んだのだ。貴人の私的な領域にまで踏み込む医人は、それだけ暗部をのぞき見る事にもなる。人々を救うどころか、果たして自身の作った『薬』だけでも、どれほどの者が倒れたことか。
老医は倦んでいたのである。が、彼が不幸にして出会うことの無かった、清風を吹かせる貴人が、ここにはいる。
老医の言葉をやっとさとったフルーレが、慌ててこれまでの診療の記録を取りだし、老医に示した。老医はそれを一読し、さして間もおかずに、
「胃の腑が弱っておる。ために満足に食事がとれず、病を引き起こしておるのであろう」
と、断言した。そして老医は、冒険者らを案内した男を呼び、「出かける支度をいたせ」と指図した。
「それじゃあ‥‥!」
冒険者の顔が喜色に染まる。
老医はそれに気づかぬように、
「どうせろくな薬もあるまい。ここから持って行かねばな」
と、小屋の奥から荷物を取り出していた。