え ん せ き

■ショートシナリオ


担当:一条もえる

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2004年11月26日

●オープニング

 領主にとって、『館』というのは単純に住居であるという以上に、政庁でもあり、そしてまた外敵を退け、一族の存亡を賭して立てこもる城でもある。
 領主にとって館とは、しばしば己が命と尊厳‥‥存在そのものを支えるための重要なものなのである。

 さて。
 キャメロットからそう遠くない丘陵に、新たに館が姿を現していた。むろん王城とは比べものにならない小さなものだが、それでも防壁と濠を備えた、堅牢なものだ。
「おぉ、ついにできあがったか。待ちわびたぞ」
 嘆声を発した領主は、まだ若い。父に代わって即位したのも、つい最近のこと。喪が明けるのを待って、すぐさま取りかかったのが館の新築である。先代先々代と、長年にわたって使われ続けてきた老朽化にくわえ、大雨によって防壁の一部が崩れ落ちてしまったため、その修築は急務だといえた。
 新たに領主となった彼は、いっそのこと新築することにした。
 それは、新たに領主となった彼が最初に行った施政と言ってよい。それだけに意気込みもあり、完成した喜びはひとしおである。
「うむ、うむ」
 彼はいちいち頷きながら、館を見て回った。
 領内を調べ、前の館からそう遠くないところによい土地を見つける事が出来た。井戸を掘れば水も豊富であり、キャメロットへ向かうにも便がよい。ここが、新たに領土の中心となるのだ。
 領主は喜色をあらわにし、傍らの老臣に声をかけた。
「これは盛大に祝わねばなるまい。楽師も、舞い手も広く集めてな」
「は‥‥では、早急に手配いたします」

 ところが。主の元を去った老臣が向かったのは、冒険者ギルドだった。
「主を暗殺するという噂がある」
 老臣は先々代から仕えているという、見るからに実直な男である。その男がそう言うからには、根も葉もない噂ではあるまい。
「当日は、近隣の領主や富豪など、つきあいのある方々を多く招くことになるであろう。他に、主は様々な楽師や舞い手を座興のためにお求めになっておられる。それに扮せば、館に入り込めるであろう。その上で主を守り、暗殺を防いでもらいたい」
 この老臣に口を利いてもらえれば、館に入ることは出来るはずだ。が、老臣はそうは言わなかった。自分以外の者にはあくまで秘密裏に、ということである。
 老臣は、暗殺を企む者について、まったく見当がつかないわけではないようだ。が、確たる証拠も無いと見えた。その状態で迂闊に口に出せば、誣告となってしまう。それ故に主をはじめ多くの者には伝えられず、秘密裏にと言ったのであろう。
「無論、我らも命を投げ出す覚悟で主をお守りするつもりだが‥‥なにがあるかわからん」
 多くの招待客のほか、珍しい角笛を吹く者、竪琴を奏でて朗々と唄う詩人、剣舞を舞う見分けもつかないほどの双子姉妹、扇を手にひらひらと舞う舞い手‥‥その日は様々な者が出入りする事になる。
「万が一にも、失敗は許されん。心してもらいたい」
 老臣は真摯な目を、冒険者たちに向けた。

●今回の参加者

 ea1303 マルティナ・ジェルジンスク(21歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea1753 ジョセフィーヌ・マッケンジー(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2624 矛転 盾(37歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7440 フェアレティ・スカイハート(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8459 シャトラン・コルト(30歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●老臣の苦悩
 宴が始まろうとしていた。
 館とは言っても、ことさら華美なものを想像されると困る。何度も言うように実用性を求められる、地方の小領主の館である。
 とはいえ、それでもやはり庶民ならば目にすることもないであろう調度では満たされている。その全てが広間に飾り立てられ、来賓をもてなしていた。
「おぉ、見事な館になりましたな」
「ここからなら狩り場も近いのでは? お呼ばれされるのも楽しみですな」
 などと客は歓談し、館の落成を祝っていた。
 そんなところに。
「私はイギリスの騎士、フェアレティ・スカイハートと申します」
 フェアレティ・スカイハート(ea7440)が、ドレス姿で現れた。
「さて? お呼びした中には無かった名だが。間違いないな?」
「は。左様です‥‥」
 若い領主は怪訝な顔で老臣を振り返った。あやふやな返答をする老臣を置き、とりあえず騎士というのは本当らしいから会うことにしたのである。
 領主は何事もないようにフェアレティを迎え入れてくれたが、これはかなり厚かましく強引なやり口だ。招かれてもいないのに、「歓待しろ」というのだから。実際、老臣は「どういうことですか」と非難がましい目をフェアレティに向けた。
 しかし、これをさらに上回り、老臣を卒倒させそうになったのは。
「見慣れぬ者が家中にいるな」
「は‥‥新たに、雇い入れるがよいかと‥‥」
 なんと、多くの冒険者たちが『雇われて』館に入り込もうとしていたのだ!
 マルティナ・ジェルジンスク(ea1303)と矛転盾(ea2624)は女中として。ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)とアラン・ハリファックス(ea4295)は下働きとして、館に入り込もうとした。
 老臣は汗を拭き吹き、しどろもどろになって主君に頭を垂れる。
「申し訳ありません。ご報告と順番が逆になってしまい‥‥宴に、その、必要かと」
「ふむ‥‥。まぁ、そのあたりの判断はお前に任せているのだから、そう思ったのならそれでも、まぁ、かまいはせんが‥‥」
 領主は訝しげな表情を老臣に向けた。
 館に雇い入れるということは、その家中に入るということである。誰でもよいはずがなく、主君の判断も仰がなくてはならない。下働きのような賤臣であれば目通りする事は無かろうが、それにしたところで主に無断で雇ってよいものではない。
「必要と言うが、今までの人数でもまだ、人手が足りなかったのか? 一度に何人も雇うなど‥‥だいたい、昨日今日に雇った者で方々の応対が出来るはずもなかろうに」
「は‥‥左様で」
 老臣はただ頷き返すばかりであった。
「いったい、どういうつもりか」
 老臣としては、あくまで主の手を煩わせることのないよう、主に悟られることのないよう、事を進めるつもりだった。雇い入れることになれば、同僚になる者たちに紹介しないわけにはいかない。家中の者で十分に客の応接はできるつもりであったわけだし、急に人を雇ったところで能率が上がるとも思えない。中には、「どうして今頃」と訝る家臣も多かろう。
 だからこそ、自分は口利きしたくない‥‥つまり、接点は持ちたくないという意向を、示したはずだったのだが‥‥。
 これでは、痛くもない腹を探られかねない。
 老臣は顔をしかめた。

●誰が、誰が?
 雇い主の不興を買った一行だったが、とりあえず仕事は仕事として警備を開始した。
「どうです? 怪しい人とかいます?」
「どうかな? 暗殺って言うくらいだから、どさくさに紛れてひと突きするか、あとは毒殺っていうのが定番ではあるけど」
 マルティナは厨房に戻り際、同じく忙しそうに動き回っているジョセフィーヌに声をかけた。ジョセフィーヌは肩をすくめ、ため息混じりに返す。
 彼女は下働きの連中に混じり、うわさ話から事情を聞き込んでみようと思ったのだが。使用人たちは彼女ら「老臣がいきなり連れてきた4人もの新入り」に奇異の目を向け、今ひとつ口が重かった。
「『リードシンキング』も使ってみたんですけどね‥‥」
 と、寄ってきたのは盾。もし招待客などの中に暗殺者が紛れているのなら、この魔法で見つけることは出来ないかと思ったのだが‥‥。
「致し方あるまい。なにせ、この人数だ」
 と、フェアレティも頭を振る。この場にいる数十人もの人数、しかも魔法を使った瞬間にそのことを考えておらねばならず、なおかつ相手に触れなければならない魔法。それを頼り切ることはできない。
「とすれば、領主に張り付いて警戒しておくしか手はないのだがな‥‥」
 フェアレティは化粧した顔をしかめ、息を吐いた。彼らは一様に、暗殺者がどこから、どのような手段で来るのかとらえ切れておらず、そうした対策しかとることが出来なかった。
 だが、側にいるのも限度がある。というより難しい。領主は貴婦人に失礼のない程度の応接はしたものの、(こう言っては悪いが)勝手にやってきたフェアレティなどより、普段から親交のある貴族たちと談笑している。新入りともなれば、なおさら近づく用事がない。
「おい、見ろ。女中頭が睨んでるぞ。そろそろ仕事に戻れ」
 そこにアランがやってきて、仲間たちに促した。雇われた形になった以上、仕事が暇なわけがない。働かなければ怪しまれるだけだし、なかなか宴席の様子ばかりを窺ってもいられないのだ。

●舞い
「『おぉ、見事な館になりましたな』」
 会場では1人の芸人が、くるくると表情を変え仕草を変え、声色を変えて話している。
「『ここからなら狩り場も‥‥』」
 シャトラン・コルト(ea8459)だ。彼は滑稽な仕草で、居並ぶ招待客などの声を真似ていた。
「ふむ‥‥宴もたけなわか」
 葉隠紫辰(ea2438)はシャトランの声を聞き、片目を開いた。今のところ、手がかりらしい手がかりはつかめていない。だが‥‥。
「いかに困難な事であろうと、守りきらねばな」
「民の命を預かるお方の命ですからね。必ずお守りしなくては」
 『相方』の深螺藤咲(ea8218)は紫辰の方を振り向き、そして微笑みを浮かべた。
「なんだ?」
「いえ。かなり入れ込んでいるようにも見えまして」
 藤咲の言葉に虚を突かれた紫辰はしばしの後、
「まぁ‥‥老臣殿は心から忠義を尽くしておられる。俺の剣がその助けになるのだとしたら、これに勝る喜びはない」
 と、頬をかきながら、だが真顔で言った。
「やれやれ‥‥なかなか芸っていうのも難しいね」
 そこにシャトランが戻ってきた。まぁ、慣れない芸で笑いを取るというのはなかなか難しい。
「で、いったい誰が怪しいと思う? どんな手できそう?」
「それだがな‥‥」
 言いかけた紫辰は、はっと顔を上げた。すぐさま『道具』を掴んで立ち上がる。
「紫辰さん」
 藤咲も厳しい顔で立ち上がり、2人は頷きあって駆けだした。
「ほう‥‥」
 若い領主をはじめ、居並ぶ招待客は感嘆の声を上げた。
 まず、美しい。現れた2人の女は、貴婦人の美しさとはまた違う蠱惑的な美しさを醸し出していた。しかも、2人の顔は見分けがつかないほど似ている。
 その、目をそらしていたらどちらがどちらか見失ってしまいそうな2人が、剣を手に舞う姿は、見る者を引きつけてやまなかった。
 双子がちらりと目配せした、そのとき!
 そこに、鋭い声が挙がった。
「待たれい! 先に舞われて、剣舞に飽きられても困るのでな」
「さぁ、共に舞いましょう」
 紫辰と藤咲は剣を抜き放ち、双子と剣を合わせた。
 見たことがないとは言わぬまでも、紫辰と藤咲の異国情緒漂う装いは観客の目を楽しませる。彼らが高々と剣を掲げ、舞い踊るその姿は確かに美しい。が、紫辰と藤咲の表情には僅かのゆるみもない。
 時間にしてみれば、ほんの刹那の事にすぎなかったのだろうが、当事者たちのみに感じ取れる張りつめた時間が過ぎ。
 双子の片割れが、不意に、鋭い動きで身体を預けてきた。
 来たか!? 2人は反射的に身を固くし、剣を立てた。が、本当に動いたのはもう1人の方。
 それも領主の方へ!

●鬼気迫る
「伏せろ!」
 穏やかな物腰などかなぐり捨てて、フェアレティは若い領主を押し倒した。その彼女を、凶刃は刺し貫く。
「ぐ‥‥!」
 フェアレティはよろめき、倒れた。起きあがれない。いくら領主を庇い、鎧も身につけていないとはいえ、これほどの‥‥!
「正体を見せたな!」
 アランが、すぐさま小柄を抜き取ると、フェアレティを庇った。マルティナが慌てて、フェアレティに駆け寄る。
「お手並み拝見だ」
 アランは挑発するように暗殺者に相対した。
 だが、ところが。
 速い。暗殺者は電光のごとく鋭い動きで、アランを襲った。思いの外‥‥いや、予想だにさえしなかった鋭さを見せる剣を相手に、アランの手にした武器はあまりに頼りなさすぎた。
 だが、2人の流した血は宴席の時間を動かすことは出来た。招待客が悲鳴を上げ、我先にと乱闘から遠ざかる。
「なんという‥‥!」
 顔色を変え、藤咲が眼前の片割れに斬りかかる。双子は動じた素振りもなく、それを受け止めた。
 これは‥‥強い! 無意識のうちに、暗殺者など大したものではないと、即座に捕らえてくれようと、侮っていたか。しかし双子から放たれる殺気も剣の煌めきも、余興などと誤魔化して済ませられる生やさしさでは、到底ない。童子さえ欺けまい。
 毒を用いず女兵とならず、必殺の一撃を突き立てようとした相手である。相当の自信と決死の覚悟をした、よほどの剛勇の者でなければ、それはかなわないのだ。
 平静を装っている盾だが、額にも小柄を握る手にも汗がにじんでいる。
「油断したか」
 領主を庇うように立ち、攻撃を懸命にうち払いながら、紫辰は歯ぎしりした。
 当然の事ながら、労働に従事していた者が鎧を着、剣を帯びているはずもない。『芸人』が『荷物』として持ち込んだ以外は、せいぜいが懐に忍ばせた匕首のみという有様の冒険者たちは、苦戦を強いられた。ジョセフィーヌは傍らの食器を投げつけるが、気休めにしかならない。
 だがそれでも、もっとも鋭さを見せる初めの一撃をなんとかしのげたことは大きい。その後の攻撃を何とか凌いでいるうちに、領主の兵が駆けつけてきた。
 双子は取り囲まれながらも、迫ってくる兵を逆に切り伏せていたが。
 1人が、肩口に傷を負った。
「もう、成功する可能性はないぞ!」
「おとなしく、捕まってもらいましょう!」
 紫辰と藤咲が、双子に迫る。
 だが双子は、
「虜には、ならぬ!」
 と叫ぶや、まるで示し合わせたかのように同時に動いた。傷を負った1人が大きく剣を振り回すと、慌てて避けた所に空白が生まれ、もう1人が窓に駆け寄るや、飛び降りた。
 もう1人は、初めから逃げられるとは思っていなかったのだろう。
「虜とは、ならぬ!」
 薄く笑い、左手ではっしと刃を握ると、顔の肉を削ぎ落とし、目玉を刺し貫き、腹を割って臓物を掴み出し、そして喉元に剣を押し当てて地に伏した。
「な、なんということだ‥‥」
 領主は蒼白な顔色で、やっとそれだけを呟いた。

 かくして、冒険者たちはなんとか暗殺者を退けることに成功したのだが‥‥。