ろ う し ん

■ショートシナリオ


担当:一条もえる

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 56 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月12日〜01月20日

リプレイ公開日:2005年01月25日

●オープニング

 老臣は、三代の主に仕えていた。
 先々代にまみえたのは、まだ悍気も抜け切らぬ青年の頃である。だが、先々代はそれさえも暖かく見守り、遠乗りの折りには従者にもしてくれた。
 先代は常に、述べた言を重く取り上げてくれ、ないがしろにして熟考してくれないなどということはなかった。
 そして今の主には、父に接するような礼を示され、何事でも意見を求めてもらっている。
 それを、この上なく誇りに思う。
 だがそれは、立身出世が叶ったことによるものではない。そこまで信頼されている事に対して、だ。
 そして老臣は、自分の才幹を誇ろうとも思わない。自分自身を省みたとき、武勇に優れるわけではなく、応変の才を持ち合わせているわけでもない。
 ただただ、誠忠をもって仕えてきただけのことだ、と思っていた。
 確かに老臣の忠勤ぶりは見事なもので、例えば、館の落成披露宴の際、客に混じって暗殺者が主を害せんとした時などは、人知れずそれを防ぐべく奔走した。

 だが。その一件が、一転して老臣の地位を危うくさせることとなってしまったのだ。
 暗殺の危険を察知した老臣は、それを防ぐための兵を、家中に動揺を広げまいとあえて、外から雇い入れたのだが。
 老臣としては想定外のことに、兵は『下働きの者』として家中に入り込むことになってしまったのだ。
 突然、主の裁可を待たずして雇われた者たち。しかも、その直後に起きた暗殺未遂。
 それが、
「老臣が暗殺者を招き入れたのではないか?」
 という疑いを、多くの人間に抱かせることとなってしまったのだ。
 若い領主は、「まさか」と思った。なにせ、代々仕えてきた股肱の臣なのである。しかし、もやもやとした気持ちは晴れない。その迷いを見透かしたように、その周囲には讒言が満ち始めた。
 中でも『美形の寵臣』は、しきりに疑いの声を上げているらしい。狩りが上手いために主に気に入られ、その気色を読むことに長けたこの男にしてみれば、先代から仕える老臣は寵愛をかさに振る舞うには目障りに違いない。
 若い領主の学友でもある『側近』は、まさか根も葉もない讒言を容易く信じるほど軽佻でもあるまいが、主を思う気持ちは強い。老臣の行いに不審があるだけに、この一件に関して、向ける目は決して温かくない。
 また、『無骨な騎士』は、誅殺を進言しているとも聞く。主を殺めんとするなど、許し難いということだ。直情な男である。
 事件の現場となった宴席には、『主の愛妻』もいた。性情にねじくれたところは見えない穏和な女性だが、それだけに凄惨な現場に居合わせた衝撃は大きかろう。
 このままではそう遠くないうちに、主も誅殺を決意するであろう。
「‥‥疑われるのならば、仕方がない」
 老臣は寂しげに呟いた。

 老臣の僅かな味方が、冒険者にすがった。小領主の家臣とはいえ、老臣ほどの身分ともなれば配下を持てる。その、老臣を慕う1人である。
「まったくの誤解なのです! あの方ほど、忠義に篤い方はおられません! なんとか逃がして差し上げて、申し開きをする機会を作っていただきたいのです!」

●今回の参加者

 ea1656 インヒ・ムン(28歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea1745 高葉 龍介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5868 オリバー・ハンセン(34歳・♂・ウィザード・ドワーフ・フランク王国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea8202 プリム・リアーナ(21歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9644 ノルン・カペル(23歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb0171 堂羅 衛門(38歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

グリフィール・リクニス(ea1258

●リプレイ本文

●すれ違いから
 一同は、老臣の総身を忠義一色に染め抜いたかのような、私心の全く見られない主君への仕えぶりに、感嘆するしかなかった。
「だというのに、それを疑われ、あげくに誅殺とは‥‥悲しいことだね」
「あぁ。3代にわたった君側に常にあれば、邪魔に思う者もそれはいるだろう。あるだろうがしかし、このまま誅殺とはあまりに‥‥」
 インヒ・ムン(ea1656)と叶朔夜(ea6769)は互いに愁顔を寄せ合って嘆息した。
 それではあまりに、老臣が哀れである。
 オリバー・ハンセン(ea5868)は声を詰まらせながら、
「だが、このような次第で忠臣を死なせるわけにはいかん! なんとか、道を拓いて差し上げねば」
 と、気勢を上げた。
「そもそも、まったくの誤解なのですからね。そんな馬鹿げたことはお止めしませんと」
 と、ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)。件の宴席での顛末は人づてに聞いた程度だが、老臣が忠義に篤いということは十分すぎるほど判る。
「えぇ、その通りです。あの方が領主様に仕える心に表裏などなく、ましてや害意などあるはずがありません」
「すべては行き違いなんだ。すべてはな‥‥」
 老臣を知っている深螺藤咲(ea8218)と葉隠紫辰(ea2438)は、やりきれなさそうに頭を振った。
 まぁ、2人の気持ちも分かるが落ち込んでいても仕方がない。堂羅衛門(eb0171)はつとめて明るく、
「無実だっていうなら、救わないとね」
 と、仲間たちに訴える。とはいえ‥‥。
「首尾良く、思いとどまらせることが出来ればいいがな。領主が考えを改めないとなると‥‥やはり、他領に亡命させるしかあるまい」
「やっぱり、そうするしかないかぁ‥‥」
 腕組みしながら高葉龍介(ea1745)が考え込むと、意味合いは少々異なるがプリム・リアーナ(ea8202)もまた、腕組みして口を曲げた。
 するとデニム・シュタインバーグ(eb0346)は、大きく頷いて一同を見回した。
「わかりました。なら、僕は全力で老臣殿をお守りします!」
「はは、その意気ですね。今回は一刻を争う事態。気合いを入れていきましょう!」
 言うやいなや、風御飛沫(ea9272)は駆け出した。

●従容とした臣
 老臣の篤実ぶりからよもや、と思っていたことは的中した。
 ノルン・カペル(ea9644)は胸元を押さえ、眉を寄せる。
「そうか。我が君は儂を誅されるおつもりか」
 老臣は寂しげな表情を浮かべたものの、
「長年にわたって君に仕え、数多くの罪を犯してきた。今、まさにそれを裁かれるおつもりなのであろう」
 と、静かに目を閉じた。
 あぁ、やはり。もしかしたら、老臣はすでに覚悟を決めているかもしれないと思っていた龍介は、朔夜と顔を見合わせて嘆息した。
 プリムが、悲鳴のような声を上げる。
「なに、のんきなこと言ってるのよ! このままだと、あんた殺されちゃうのよ!? そりゃ、あんたは覚悟決めてるみたいだからいいかもしれないけれど‥‥。そんなの、あたしが嫌なのよッ!!」
 我が儘勝手な理屈を押しつけるようでいて、プリムは素直な感情をぶつけた。
「そのとおり。ここで死んでどうしますか。あなたが罪に落とされて、喜ぶのは暗殺者ばかりではありませんか」
 大人びた口調でいうデニムだって、本心はプリムとそう変わりはない。領主に衷心を捧げてきた結果がこれかと思うと、やりきれない。
 老臣は黙ってそれを聞いていた。老臣の心中を、若く、長く主に仕えていたわけではない冒険者たちは推し量ることは出来なかった。
 さて、一方。
「よくよく考えていただければ、話が食い違っていることもおわかりになっていただけると思いますわ」
 実際、暗殺を防ぎに回ったなかに老臣が雇った者もいたからである。ちょっとした疑念が、育ちすぎてしまったのだ。
 領主の館に向かったロゼッタは、それを伝えればと考えた。
「でも、どのように領主様にお目通りしたらいいかしら? ご家来の代理として? それとも藤咲さんたちに同行した方がいいかしら‥‥?」
「さぁ。どうだろうね」
 あれこれ悩んで、なかなか答えが出そうにないロゼッタを残し、衛門や仲間たちは、それぞれの『相手』へと向かった。

●吹きすさぶ瘴風
 衛門が向かったのは、騎士の屋敷だった。
 もっとも、童顔な衛門が無邪気を装って「ねぇねぇ」などと声をかけるのだから、門衛はなかなか取り次いでくれなかった。ちょうど帰宅した幸運にすがるように訴えたものの。
「無罪の人を助けるためだもの。なんだったらその真剣さ、おじさんと比べてもいいよ」
 老臣の回し者かと疑われた衛門はあっさりとそれを認め、なんと決闘を申し込んだのだった。
 騎士は、憤然としながらもそれに応じた。してやったりという表情を浮かべた衛門だったが‥‥。
 騎士の実力を、まったく考えていなかったのだ。いくら冒険者とはいえ、衛門もまだ未熟である。十合ほど打ち合った結果、手が痺れて飛ばされたのは衛門の刀の方であった。
 一方、インヒは領主の奥方に面会を求めた。
「確かにあの者は、長く仕えてきていますが‥‥皆、そのように言っています」
「ですから、それは虚言なんですって」
 インヒがいくら『老臣を殺せば後悔する』と訴えても、それは無実だとわかっていることが前提であるが‥‥。
「老臣殿は、領主様が幼い頃からその成長を見守っておられます。領主様を大切に思うことこそあれ、傷つけることなどあるでしょうか」
 領主に面会した藤咲は、切々と訴えた。領主は彼女のことを覚えてはいたものの、だからといってその言葉のすべてを信じられるほどの親しみを持っているわけではない。
「我が君、この者も老臣の‥‥すなわち賊の回し者かもしれませんぞ! 我が君に恩を売ったと見せかけてとは、回りくどい手を‥‥」
 近侍していた寵臣が、不快そうに進言した。
 そんな馬鹿な! あなたの言葉こそ、妄言にすぎないではないか。
 藤咲は叫びそうになったが、慌てて言葉を飲み込んだ。たとえそれが妄言であれ、相手はそれなりの『証拠』、疑惑の種を突きつけている。ただ反発するだけでは、寵臣を誣告する事になってしまう。
 でなければ、こちらも証拠を見せて訴えるしかないのだが‥‥。
 同じような会話が、側近の邸宅でも行われていた。紫辰を前に、側近は言う。
 側近の顔色に変化は見て取れず、寵臣を支持しているわけではなさそうだが、だからといって『疑わしい』老臣に好意を持っているわけでもなさそうだ。
 だが、この人物をおいてことの次第を判断し、老臣を弁護してくれる者がいるとは思われない。
 紫辰は懸命に、
「改めて、この件に公正な調査を。それで老臣殿に罪があるとされるならば、俺もまた裁きを受ける覚悟でです」
 と、訴えた。
「そこまで言うのなら、堂々と申し開きをすればいいではないか。なぜ、老臣殿はやってこぬ?」
 似たようなことを言われた藤咲も紫辰も、言葉に窮した。
「うやむやのうちに誅殺される危険があるからである」
 とは、言えない。
 領主を狙った暗殺者というのは恐るべき使い手で、警護の兵が何人も倒されたうえ、領主の命さえもあわやというところであった。それだけに衝撃は大きく、老臣への些細な疑念が狂騒的に膨れあがったのも、そのせいであると言える。
 しかし、ひとたび人の口にのぼってしまった以上、それは瘴毒のように人を冒してしまう。
 ただ老臣の無実を訴えるだけでは、すでに逆風の吹いている状況を覆すことは難しそうだ。
「グリフィール嬢が何か手がかりでも掴んでくれるといいのだが‥‥」
 グリフィール・リクニスは、寵臣の尻尾でも掴めないかと探っていたのだが‥‥。

●忠節の示し方
 様子を探りに出かけていた飛沫が、馬を駆って戻ってきた。
「駄目です! 今にも、師旅を催しそうな気配ですよ!」
 鋭気に満ちた兵がどこに向かうかなど、言うまでもない。
「黒幕が誰なのかは、わかりませんでした‥‥」
 飛沫はそう言って落胆を見せたが、それは仕方がない。情報も時間も、あまりに不足しているのだから。
 寵臣が疑わしいのではないかと、彼らの中の何人かは思っていたが。
「それは、違うだろう」
 老臣は頭を振った。一代で成り上がった寵臣には当然、頼れる縁故も何もない。若い領主こそが彼をもっとも庇護し、権力を保証してくれる者なのである。若い領主の死は、自身の栄達が幻と化すことに他ならないのだ。
「なるほど。老臣を除く理由はあっても、領主を害する理由はないな。事件を利用して権柄を握ろうと考えただけか」
 朔夜がもっともらしく頷く。
 手がかりが得られないのは悔しいが、こうしている場合ではない。
「老臣殿」
 プリムやデニムらが激しく退去を訴えるなか、オリバーが改まった口調で訴えた。
「貴殿が罪に伏そうとしているのは忠のようであって、そうではありません」
 老臣が、目を上げた。
「後に冤罪であったことが明らかになれば、貴殿の死は領主殿の昧さを喧伝することになってしまいます。果たしてそれが、臣下の行うべき道なのでしょうか?」
「む‥‥」
「ここはいったん他領に逃れ、申し開き‥‥というと聞こえが悪い。時機を見るべきでは?」
「朔夜のいう通りです。逐われたわけですから、非を鳴らすことにはなりません。正道が明らかでないときは、忠臣は他国に逃れるものではありませんか。今が、そのときです。やがて、風向きは変わるでしょう」
 オリバーの言葉に老臣の配下たちは「よくぞ言ってくださった!」と歓声を上げた。
 ノルンが思い詰めた顔つきで、老臣の服の裾を引く。
『道を誤ろうとする主を諫められる者を忠臣と呼ぶと‥‥聞きました。あの領主様には、お爺様のような方が必要なんです』
 ラテン語で答えた老臣はノルンの頭をそっと撫で、
『儂の孫娘も、そなたと同じほどの年頃だが。そなたと比べられると、まったく童げに見える』
 と、「何を賢しらな」とけなすことなく、目を細めて微笑んだ。

●速やかなる退去
「わかった。そなたらの忠告通り、恥を忍び汚名を恐れず、亡命する!」
「そうこなくっちゃ!」
 プリムは眉宇に本来の明るさを取り戻し、すぐさま支度を始めた。龍介も黙々と、出立の用意を始める。
 老臣は配下や家中の者に屋敷を掃き清めさせ、必要な路銀を残して財物のすべてを整頓して残させた。すべて、領主から賜った物だから、とのことである。
『あの、お孫さんは‥‥?』
 残された家族はどうするのか。ノルンはおずおずと問いかけたものの、
「女子供にまで刑罰を及ぼすような酷薄な方ではない」
 と、あえて家族に執着を残さなかった。私事を先に考えていたのでは、亡命に正しさを示すことが出来ないと考えたのである。
 騎乗して道を急ぐ一行は、もう少しで他領に至るというところで捕捉された。
 冒険者たちは老臣を先に進ませ、自らは『敵』を防ぐ。とはいえ、老臣の心中を慮って傷つけないようにしてのことである。苦戦は免れない。
 そこに、一騎の騎士が駆け込んできた。
 一同に面識はないが、領主の側近である。
 側近は冒険者たちを一瞥したあと、
「よせ、よせ。もはや他領に入る前に追いつくことは出来まい」
 と、兵を押しとどまらせた。
 側近には冷静な目があり、奥方には純朴さがあった。冒険者たちと会った彼らは老臣を疑うことをやめたわけではないが、考えを落ち着かせることにはなったらしい。
 それが領主の迷いとなったのか、兵の出立は遅れ、また側近に「追撃には及ばず」と追わせることとなった。
「さぁ、引き上げるぞ」

 かくして、老臣は無事に他領に逃れることが出来たのであった。