ゆ い ご ん (ふたたび)
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■ショートシナリオ
担当:一条もえる
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:12人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月14日〜03月19日
リプレイ公開日:2005年03月23日
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●オープニング
葬列が進んでいく。
縁者が上げる嗚咽が道を行く人々の耳に届き、通りを悲しみが満たしていく。
棺は2つあった。仲の良い、姉妹のような2人だった。
まだ、若い。まだ若かったのだ。年老いたとも言えないそれぞれの両親が、すでに涙も尽き果てたのか、呆然とした表情のままで棺のそばを歩いていた。
墓地に着き、2つの棺が地中に沈んでいく。
その棺のうち、1つは軽い。そこには遺体さえ入っていないのだ。
母親が狂ったように遺体の入った棺にすがり、泣いた。もう1人の母親は伝え聞いただけの娘の死が信じられぬように、虚ろな表情を浮かべ、やはり泣いた。
扉が開いた音に振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。視線を転じて下ろしていくと、そこには可愛らしいお下げの少女が立っていた。
少女は泣きはらした真っ赤な目で、こちらを見つめている。
依頼か。ギルドでは、「幼い子供が助けを求めに来た」ということも珍しいことではない。1人の冒険者がそばに近づいて、しゃがみ込む。
だが少女は喪服を着ていて、
「どうして、おねえちゃんをたすけてくれなかったの!」
と、泣き出したのだ。
そして、近づいた冒険者を幼く力のない手で、何度も何度も叩いたのだ。
「ばかぁ!!」
先日、1つの依頼があった。
重傷を負った1人の冒険者が、ギルドまでたどり着いた。
『森に‥‥あの子が‥‥ホブゴブリン‥‥』
村人の依頼で「魔物退治」に出かけた彼女らだったが、遭遇したホブゴブリンの群はただのホブゴブリンではなく、鎧に身を包んだ屈強な戦士によって率いられていたのである。
それに腹を切られた彼女は、谷に落ちた。谷に落ちて、助けを求めに懸命に歩いた。仲間たちがどうなったのかは、わからない。
『お願い‥‥』
彼女の傷は、もはや手遅れなのは明白だった。だが、彼女は仲間のために死力を尽くしてギルドまでたどり着き、懸命に声を上げたのである。
『私の身につけた物をすべて売ってくれれば‥‥いくらかの、報酬ぶんにはなるから‥‥だから‥‥!』
彼女は涙ながらに哀願し‥‥そして、事切れた。
だが、それに応えた冒険者は多くなかった。
いや、彼らを責めてはなるまい。ここに持ち込まれる事件は多い。彼らは決して薄情だったわけではなく、救出を躊躇ったわけでもない。しかし危険を考えると、その人数で挑むわけにはいかなかった。彼女らのように返り討ちにあっては、犠牲者が増えるだけなのだから。
だが、結果としては。
その段階では、まだ冒険者が生き延びている可能性もあったのである。
そして少女は、その行方知れずとなった冒険者の妹だった。
「‥‥行ってやらないとな」
少女は拳を振り上げる気力さえ尽き果てたようにうずくまり、声無く泣きじゃくっていた。その様子を見下ろし、だれかが呟く。
せめて、行ってやらなくては。
その仇討ちに。そして、亡骸を探しに。
●リプレイ本文
●少女の心中
集まった冒険者たちは困惑した、複雑な表情を浮かべて互いの顔を見合わせていた。
が。
「私たちも返り討ちにあったりしないよう、せいぜい気をつけましょう。今回、待っているのはお宝じゃなくて遺骸ですけどね」
ユイス・アーヴァイン(ea3179)は髪を掻き上げ、笑みを浮かべた。
「‥‥‥‥」
鳳萌華(eb0142)が、じろりと睨む。が、本人は素知らぬ顔。
「やめてくださいよ? ご家族のいるところでそんな事を言うのは」
エスナ・ウォルター(eb0752)は少女の心中を思い、たしなめた。
「はは、まさか」
悠然と手を振るユイスを横目に、ソフィア・ライネック(eb0844)は俯いた。しゃがみ込んで語りかけようとする自分を拒絶する、少女の強い目を思い出したからだ。
「残念ながら‥‥その依頼は見落としていました。もちろん、その場に居合わせていたならば絶対に、見捨ててはおかなかったのですが」
サクラ・キドウ(ea6159)は忸怩たる思いで、唇を噛む。その肩を叩き、オリバー・ハンセン(ea5868)は。
「いや‥‥あんたが責任を感じることは、ない。この他にも、人の命がかかった戦いがいくつも起こっていたのだからな」
この依頼に向かっていたらその分、他方で犠牲者が出ていたかもしれないのだ。
もっとも、だからといって『仕方のないこと』と割り切って許されるわけではないのだが‥‥。
「許せないな」
呟きを漏らしたのはネイ・シルフィス(ea9089)だった。心中が、図らずも口をついてしまったようだ。
「仇討ち、か」
「うん。まぁ、そんなの趣味じゃないけどね。『弔い』だよ。‥‥それはちゃんとしてあげないと、ね」
堂羅衛門(eb0171)がそう言うと、クーラント・シェイキィ(ea9821)は何を思ってか、しばしの後に「そうだな」と、頷いた。
●森の奥
死んだ冒険者たちにとっての依頼人、近隣の村人から話を聞くことにした。
「敵を倒すことが先決だろうな。遺体の回収は、その後に行えばいい」
「あぁ‥‥そのほうが‥‥いい」
襲撃される危険もなく、大勢の手を借りられるから、ということであろう。エイス・カルトヘーゲル(ea1143)は、クリムゾン・テンペスト(ea1332)の言葉に頷いた。彼らの言葉に納得した一行は、まずホブゴブリンを探し求めることにしたのだ。
だが、話を聞いた村人らは犠牲となった冒険者たちを悼んだが、その最期も、戦いが行われた場所も知らない。はじめに目撃されたという場所、そして川沿いを探すことにした。
日の射し込まない森の奥は肌寒く、そして寂しい。側を流れる川の水は、まだ身を切るような冷たさであろう。
「この川沿いの険しい道を、彼女は懸命に帰ってきたんですね、仲間のために‥‥!」
あぁ、あれぞ冒険者の鑑‥‥とは少し違う気もするが、ピノ・ノワール(ea9244)は感銘を受けたようで、ずいぶんと意気込んでいる。
先行する彼ら、足跡を探すオリバーと枝に布を巻き付けて目印を残すクーラントが辺りを気にしつつ先を進み、衛門もそれに続いている。
そしてピノは、知識を披露していた。
ホブゴブリンというのは、なかなかに侮れない相手だ。体格もゴブリンよりも大きく‥‥つまり膂力に優れている。
「問題は、『鎧姿』ってことですよね。ホブゴブリンも立派な装備をしていることもありますが、もしかしたらホブゴブリンの、戦士なのかもしれません」
そうなると、いっそう侮れない。下手をすると、冒険者たちでさえ後れをとってしまうかもしれない。‥‥その、予期せぬ相手と出会ってしまったのが『彼女』らだったのだ。
「しッ!」
そのとき、先頭を進んでいたクーラントが一行を押しとどめた。
理由は聞かなくてもわかる。
水を求めに来たのか、ホブゴブリンの群がそこにはいたのだ!
「どうします?」
のぞき込んだピノが振り返る。感づかれるのも時間の問題だ。視力が優れているといっても、彼方を見通せる神秘の眼を持っているわけではない。
「どうもこうもない」
クーラントはオリバーと視線を交わして頷きあうと、指笛を吹き鳴らした。
その音は森に響き渡った。
とたんに、ホブゴブリンの群が慌ただしく動き始める。木陰に潜む人間たちに気がついたのも、わずかな後であった。
奴らは咆哮をあげ、襲いかかってくる!
「なんのッ!」
衛門は息を吐き、振り下ろされた棍棒を『真剣白羽どり』で奪い取る‥‥が、そうそう何度も、子供をあしらうようにいくはずはないだろう。特に、あの一団を率いて迫ってくる鎧のホブゴブリンには!
「無理はするな!」
ここで功を焦っても仕方がない。オリバーはさっさと、しかも「助けてくれ!」と叫び声をあげながら背を向けて駆けだした。
無論、恐れをなしたわけではない。案の定、ホブゴブリンの群は侵入者を追ってきている。それを、仲間の所まで!
しかし、この偽りの敗走は命がけであった。ピノは『ブラックホーリー』を放つが、戦士に率いられた敵はすぐに気を取り直し、あっという間にそこまで迫ってくる!
「ひ‥‥!」
離れたところからなら安全とはいえ、それを維持することは頭で考えるほど容易ではない。
オリバーたちは幾度も、背後に自らを斬り裂く殺気に当てられつつ、実際に服の裾、髪の先さえ何度も斬りつけられる危うさの中、懸命に駆けた。
●敵の、戦士
「来ましたか!」
オリバーが何度もあげる『悲鳴』を聞きつけたエスナが、唇を一度、舐めた。
彼女がいるのは、森の中では比較的、拓けた平地である。そこにはオリバーらを除いた、エイスら8人が待ちかまえていた。彼らは伏兵となり、仲間たちの身を案じつつ今か今かと時を過ごしていたのである。
「む‥‥あれでは『ファイヤーボム』は危険すぎる‥‥!」
クリムゾンが、言っては悪いが『這々の体』といった具合で駆け戻ってくる仲間の姿を見て舌打ちする。急ぎ、狙いを敵の後列に向けるが呪文を唱えている間にも駆け抜けていく相手を狙うのは難しい。
まさかとは思うが、肉薄しているのは反撃を恐れてという意味合いもあるのだろうか?
「『ストーム』もまずいでしょうね。ならば!」
牽制気味に魔法を放ったクリムゾンが思案している間に、ユイスは代わりにと『ウインドスラッシュ』を放った。
「恨みがあるとは言いませんけどね。邪魔なんですよ〜!!」
続いてエイスが『ウォーターボム』をぶつけた。
相手は一瞬、ひるみを見せた。だが、一撃で倒すには至らない。その間、反撃を悟った敵の戦士は、配下を恫喝するように吼える。すると、それに背を押されるようにしてホブゴブリンは距離を詰めてくる。
「よゆうが‥‥ないな」
エイスは困惑した声を漏らした。呑気に敵の1匹1匹に狙いをつけ、牽制している時間はない。あっという間に、敵が迫る。
間違いない。奴は本能でか戦いの経験でか、こちらの魔法を封じようとしている!
クリムゾンは戦慄を覚えた。敵を率いている奴は狡猾だ。集まった仲間たちは彼自身を含め、魔法使いが多い。しかし、一発で敵を蹴散らせるほどの実力を備えているかというと、そうでもない。手当たり次第に大がかりな魔法を連発していけば蹴散らすことも可能だろうが‥‥敵はそれを恐れ、突っ込んでくる! 敵の戦士が、こちらを見て笑ったように感じた。
「これじゃ、魔法が!」
エスナが悲鳴のような声を上げた。巻き込むような魔法は使えない。
乱戦になった。こうなってしまうと、1匹1匹を堅実に屠ってしまうしかない。
冒険者たちは戮力し、それを行っていった。
「一番前にあたしがいりゃあ、文句ないだろうッ!? 食らえ!!」
ネイは髪を振り乱して飛び出すと、怒鳴るようにして『ライトニングサンダーボルト』を撃った! 狙いなどあるはずがない。ただ、敵の密集する中へと雷光が吸い込まれていく!
そのようにして、多くのホブゴブリンが倒れたのだが‥‥それが、敵戦士の狙いだった。多くの配下を犠牲にして、敵戦士とそれを取り巻く近習がすぐそこまで、逃れられないすぐそこまで迫っていたのだ!
肩口を浅く薙がれた。そして、もう一太刀‥‥!
「それ以上はさせません!」
サクラだ。サクラが大上段から振り下ろされた剣を、渾身の力で受け止めていた。
「こっちへ!」
ネイの手を強引に引き、ソフィアが後ろに下がらせた。幸い、命に関わるほどの深い傷ではないが。
治療しているその間、サクラは敵戦士と相対する。が、
「強い‥‥!」
そんな場合ではないが、その一撃の鋭さには舌を巻くしかなかった。気を抜くと、不覚をとりかねない。剣を止める間もなく動いているというのに、冷たい汗が背中を伝う。
だが、ここが正念場だ。萌華の『クイックラスト』が敵戦士の鎧を錆び付かせた。それで脅威が無くなったわけではないが、敵戦士が、怒りのうなり声をあげる。
「やれやれ、戦う前から疲れてしまったよ!」
近習の1匹に、矢が刺さる。待ち伏せていた一同をいったんは追い越していたクーラントが、弓を取って戻ってきたのだ。
「今こそ、『仲間』の無念を晴らす!」
ピノは怒りの形相で『ブラックホーリー』を放った。
衛門が戻ってくると、萌華は黙って頷いた。魔術師たちを守るために苦戦を強いられていた彼女らだが、これで。
まとめて蹴散らされることを巧みに避けていた敵だったが、魔法で、矢で、1匹1匹攻撃を受けているうちに、近習の数も減じていく。
「‥‥‥‥!」
それでも、敵戦士はうなり声をあげて萌華の刀を受け止める。
だが、そこに風を切って矢が飛来した。反射的に、敵戦士は体を反らす。
その、一瞬に。
「これで、終わりです!」
サクラの剣が、深々と脇腹を刺し貫いた。
●取り返しのつかないこと
長を失ったホブゴブリンは慌てふためき、その間に何発もの魔法を浴びて次々と倒れていった。
そして、一行は。
「どこにあるんでしょう、彼女の遺体は‥‥?」
エスナは辺りを見渡したが、目を凝らしたところで易々と見つかるものでもなかろう。誰かに聞こうにも、彼ら一行の最期を知っているのは唯一、町まで帰り着いた冒険者ただ1人だった。他には誰も知らない。
果たしてその、場所とは。
「谷だ」
オリバーが視線を巡らせる。するとクーラントもすぐに同意を示した。
「だろうな。依頼人が落ちたという谷の上で、戦いは行われていただろうから」
その言葉に従って川沿いの険路に戻ってさらに進んでいくと、そこには。
断崖の底。その岩陰にもたれかかって、1人の冒険者が倒れていた。少女の両足は砕け、また右手から流れ出た血は止血目的らしい布を巻いてさえ、服を赤黒く染め上げていた。
すでに肌の色は血の気を失い、異臭を放ち始めている。
だが、まだそれだけだ。
「‥‥彼女もまた、あそこから落ちたのか」
オリバーが頭上を見上げ、呟いた。両足は、そこで折れたのだろう。だが彼女は、まだ生き続けていたのだ。落ちたことが、逆に幸いだったのか。彼女は最期まで諦めることなく、血を止め、岩陰で雨露をしのぎつつ生き続けていたのだ。時と共に、流れ出る血液と共に自身の生命が失われていく感覚。その地獄を味わいながら。
「もし、あのとき‥‥いや」
何を言ったところで、詮無きことだ。
断崖の上には、他の冒険者たちの骨が無惨にも散乱していた。ホブゴブリンの戦士に倒されたのだろう。彼らは村人たちの助けも借り、その遺体と遺品を持ち帰った。
しかし、依頼人の少女に、どんな言葉をかけよう?
ソフィアは、ため息をつくしかない。精一杯優しく語りかけた彼女に、少女はまったく心を開こうとはしなかったのだ。どんな言葉をかけても、まったく。
彼女の世界に、冒険者など必要ではなかったのだ。自分も姉も、ただ安らかに、畑を耕し、牛を飼い、心穏やかに暮らしていければ、それで良かったのだ。
たとえ仇を討ったとしても、少女の悲しみ、そして恨み‥‥自分たちに向けられた、それ‥‥は消え去りはしないだろうから。