●リプレイ本文
●深夜の襲撃
カラカラッ。
深夜、野営地の周囲を取り囲むように仕掛けておいた鳴子が鳴る。
「む、敵か!?」
カイン・クラウゼン(ea1363)ら、夜警をしていた班‥‥まぁ、この辺の班分けはいつのまにかなし崩しになっていて、「元気な奴が働く」感じになってはいたが。
とりあえず、同じくちょうど起きていたクオン・レイウイング(ea0714)は問答無用と、近くで寝ていた連中を蹴り起こした。
「やれやれ‥‥もう少しましな起こし方はないものかのう? 仮にも、妙齢のおなごなのであるからして」
狂闇沙耶(ea0734)は恨めしげに起きあがる。文句を言われたのが分かったのか、クオンは振り返った。
「悪いとは思うが‥‥目覚めたら目の前にゴブリン、というのよりはマシだろうよ」
井戸掘りの邪魔さえされなければ、積極的に動かずとも良かろう。クロヴィス・ガルガリン(ea0682)は仲間に任せたように、後ろから様子を見守る。
「本当に出てきましたか」
「まぁ、この方が話が早くて助かります」
イーゲル・クレイム(ea0226)とリン・ナインステイツ(ea2949)もすぐに目覚め、身体を起こした。
「ほら。やっぱり鳴子作っておいて正解だったでしょ?」
ホノカ・ミスノリア(ea0004)は夜具を振り払いながら、胸を張った。
「わかったわかった」
ユーディス・レクベル(ea0425)は傍らの槍を手に取り、森の闇に目を凝らす。
さすがと言うべきか、冒険者達はすぐさま起きあがると武器を取り、油断無く待ちかまえたが‥‥。
「来ませんね」
「どうしたんだろ?」
レイヴァート・ルーヴァイス(ea2231)とアーサリア・ロクトファルク(ea0885)は首を傾げつつ、注意深く森の中へと踏み込んでいく。
そして。しばらくして、戻ってきた。
「どうやら、ただの動物みたいですね」
やれやれ。一同は腰を下ろした。
●掘る。ひたすらに、掘る。
「近くにゴブリンがいるっていうのは間違いない話なんだよね。見たっていうのも1人や2人じゃないし」
いつの間に仲良くなったのか。聞き込みがてら、村で子供と一緒にとって来た木の実を口にしながら、アーサリアは作業を見守っていた。
「できれば、こちらから仕掛けていきたいところなんですが。待つだけでは、埒があきません」
リンは渋面を作ったが。
「それはそうなんだが‥‥とりあえずは仕方ないだろう」
食料を村から運び込んだカインは、鍋をかき混ぜている。
「向こうが手出ししてこないことには。それこそ、いたちごっこになってしまう。‥‥村人には近づかないように言っておいたから、それは気にしないでいいわけだが」
なるほど、だからこうして待っていればいい。
それはわかる。わかるがしかし、
「‥‥なんだって私達が、井戸を掘ることに?」
穴に潜って地面を掘り返すイーゲルが、ついつい愚痴をこぼす。
「困ってる人がいるんだから、見過ごせませんし。作業が遅れても困るんでしょう」
黙々と掘り続けていたレイヴァートが答えた。
「それはそうなんですが‥‥」
ちなみに、ホノカはいない。鳴子の補修だと言って、森に入ってしまった。役に立つことは分かったが、そのぶんイーゲルの作業は増える。
「これも世のため人のためだと思えばいいよ! 私なんか、けっこう故郷思い出しちゃうよ」
ユーディスはあくまでにこやかに、ツルハシを振るう。どうせ、他にすることはないのだ。
‥‥いや、甘くて見てはなるまいぞ。古来より、水利を争って起こった戦いというのは数多いのだ。これが、そのきっかけでないとは誰が言えようか。
と、大げさに言ってはみたけれど。
さすがにそこまでの大事にはなるまい。クロヴィスは肩をすくめ、作業を続ける。小さな事件ではあるけれども、当事者にとって死活問題なことには代わりがない。せいぜい役に立つとしよう。
村人は、道具まで貸し出してくれているのだ。当然と言えば当然だが、クロヴィスは手持ちの道具で何とかしなければならないかもしれないと思っていたから、その気遣いは非常にありがたい。
●こんどこそ
とは言っても、だ。
冒険者達にとっても、さすがに井戸掘りというのは勝手が違う。あまり普段、このような作業をすることはない。
もっとも、苦労しつつも、井戸はなんとか胸ほどの深さにまで掘り進められていた。クロヴィスはここが本領発揮とばかりに、その外枠に石を組んで補強していく。
ありがたいことに、ツルハシなど必要な道具は村で用意してくれていたし、そこまで戻れば食料も燃料も提供してくれた。おかげで、作業に専念できる。
もっとも、楽かというとそんなことはない。
真夏でないのがせめてもの幸いだったが、朝から晩まで地面を掘り返していると、さすがに全身汗まみれになってくる。空気が乾燥しているせいか、地面も乾いていて埃が立つ。汗が出ればその分、肌に張り付いて鬱陶しい。
この点、女性陣には大いに不評だったが、実際の作業としても非常に厄介であった。地面が乾いているせいで、土が硬い。力一杯振るったツルハシも、思うように食い込まない。
そこで、ホノカの発案が役立った。
掘った地面に水を注ぎ、柔らかくしていくのだ。
「ん〜、本で読んだのとはちょっと‥‥違うかもしれないけど。だいたいこんな感じだよ。いいんじゃない?」
水を吸った土は重いが、歯の立たない土よりはましである。水のしみこんだ土を、ツルハシで掘り返し、シャベルで穴を掘っていく。作業は順調だ。
問題は、肝心の水を運んでこなければならないことである。そんな水源があれば、わざわざ井戸など掘らない。
仕方ないので、「井戸掘り作業」の一環として手分けして、村の井戸から水桶でもって、作業場まで運び込んでいた。
そして、もう何度も何度もそれを繰り返していた、その時。
わき起こる瘴毒のように、森からゴブリンが姿を見せた! どうやら、つけられたらしい。
「出てきましたか!」
レイヴァートは躊躇無く天秤棒とそこからつり下げられた水桶を放り出し、作業中でもこればかりは手放さなかった剣を抜きはなった。
●水を!
考えてみれば、ゴブリンにとって喉から手が出るほどに欲しい物は、はっきりと目の前にある『水』そのものなのである。
井戸があればだとか、人間が掘った後に奪い取ろうだとか、そこまで知恵は回らない。よしんば勘づいたところで、目先の欲求にかなうものではない。
水を運んでいる一行を見つけたゴブリンどもは、そちらに狙いを定めた。
「それにしたところで、急な。よほど喉が渇いたか?」
来てみて思ったが、この辺りはよほど水に恵まれていないらしい。クオンは呟きつつ、弓弦を鳴らす。
心配と言えば、水を運んだり、地面を掘り返したり、井戸掘り作業に従事していた者は盾も鎧も身につけていないということである。重さといい、邪魔になって井戸掘りどころではないからだが。
それを補うべく、クオンは短弓を速射した。
「レイヴァート!」
神聖騎士・アーサリアの祝福‥‥『グットラック』がレイヴァートを包む。
「よし、行きますよ!」
レイヴァートは両手の剣を構えて勇躍、アーサリアの前に立つように、飛び込んでいく。鎧をつけようがどうだろうが、関係ない。
「あぁ、やっと冒険者の仕事らしくなってきました!」
それとは逆に、作業場から盾を取ってきたイーゲルは、背後を固めるようにゴブリンに挑む。」
ユーディスも気持ちの高ぶりを感じたものの、ここは落ち着いて槍を構えなおし、ホノカを庇うように立った。
長期戦にはしたくない。
クロヴィスは顔をゆがめた。戦いが長引くということは、それだけ手傷を負う危険が増えるということである。鎧を着ていない彼らは、思わぬ深手を負う可能性も高い。
ゴブリンの振り回す剣ごとき、盾や鎧に頼らずともすべて打ち払ってくれようとは思うし、自信がないわけでもない。が、それもやはり、戦いが長引くほど不覚をとる確率は高くなる。一気に片を付けた方がいい。
もっとも、クロヴィスの心配は杞憂だった。
ゴブリンどもめ、『馬鹿な人間共が、気休め程度の武器を手にうろついている』と思っていたのなら、大間違いだ。冒険者の力というものを見せてやる!
思わぬ抵抗を受け‥‥それどころか何匹もの死傷者を出した十数匹のゴブリンどもは、算を乱して逃げ出した。
が、ここからが本番である!
●追撃!
「逃がしはせぬぞ!」
こう言っては何だが、井戸掘りをしている間は、仲間の指示にただ従っていただけだった沙耶が、水を得た魚のように飛び出した。
ゴブリンどもを見失わないように、それでいて気取られない程度に、後を追う。
リンも、ここぞとばかりに走り始める。
「ここが踏ん張りどころですからね‥‥!」
走るのは得意だ。こうなるとむしろ、鎧を着てなかったことが幸いする。
だいたい、ゴブリンどもがいるからこそ、わざわざ冒険者に井戸掘りなどを頼まなければならなかったのである。奴らのねぐらを見つけ、森から追い出すことが出来れば話は終わる。
要するに、井戸掘りをしなくてもよい。
リンはむしろ嬉々として、ゴブリンを追った。
この辺りの様子は、レイヴァートが村人からいろいろと聞き込んでいた。実際に踏み込むのは初めてだから「手に取るように」とはいかないが、2人ともこういったところの土地勘は優れている方だ。
「ほう、こんな所に!」
森の奥に、メス‥‥らしきゴブリンや子供らしき小柄のゴブリンがいた。一行を襲ったゴブリンどもは息を切らせてそちらに駆け込む。この辺りが、奴らのねぐらに違いない。
「では、後は任せたぞ」
リンに言い置いて見張りを続けてもらうと、沙耶は来た道を駆け戻った。
そのころには、仲間達も‥‥今度こそ全員が武装を整え‥‥追いかけていたころだった。一行は、沙耶の先導に従って森を進む。
ゴブリンのねぐらを突き止めた一行は、そこを襲撃した。
ねぐらには、先ほど襲撃してきた以上の、数十匹のゴブリンがたむろしていた。が、這々の体で逃げ帰ってきた直後である。恐れは周りの連中にも伝播し、すぐに腰砕けになった。
一行は、ゴブリンどもを散々に討ち果たした。たどり着いた時にはすでに逃げ支度にかかっていたから、逃げ散ったゴブリンもあったが‥‥。
「しもうた。わざわざ戻るより、目印でも残しながら走ればよかったのう」
しかし無事、冒険者達の活躍によって井戸は完成したのだった。