お る す ば ん
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■ショートシナリオ
担当:一条もえる
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月25日〜04月30日
リプレイ公開日:2005年05月08日
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●オープニング
『もはや私には、冒険者の皆さまのご厚情にすがるしかございません‥‥』
乱れた筆跡で書かれた手紙が、その女の遺品だった。
深い森の奥。木々が生い茂るその空間は、人を寄せ付けぬ暗さに包まれている‥‥ばかりかというと、そうでもなく。そこにはささやかな小屋が建てられていた。そればかりか、僅かに開けた草地は耕され、畑まで作られている。
小屋の中から、女は外を覗いていた。しかし、自分の家から外を眺めているという気楽さはない。壁に張り付き顔を出しつつ、表の様子を窺っていた。
「もう、駄目ね‥‥」
さほど年老いてはいないようだが、漏れた吐息は塵埃にまみれた人生を物語るように、やつれ果てたものだった。そして、恐怖を含んだ緊張が現れていた。
「どうしたの、お母さん‥‥?」
5才ほどの少女が、目を擦りながら寝台から起きあがってくる。女の、娘だった。女は「なんでもないの」といったんは笑顔を見せたもののすぐに表情を引き締め、
「いい? 今からお母さんの言うことを、よく聞いて」
と、少女の前にしゃがみ込んだ。
「お母さんは今から、お出かけしてくるから。あなたはお留守番していてちょうだい」
「え? そんなの嫌だよ。わたしも行く」
「駄目!」
その語気の鋭さに、大きく目を見開いて少女は立ちすくむ。
「‥‥ごめんなさい、大きな声を出して。でも、駄目なの」
「うん‥‥」
「いい? お母さんが出かけた後は、絶対に表に出ちゃ駄目。畑に行くのも、井戸に行くのも駄目。そして、雨戸も開けちゃ駄目。夜になっても、明かりをつけちゃ駄目」
「そんなの‥‥怖いよ」
「うん。でも、我慢して。食べ物と水は、用意したから。だから、我慢してここにいて?」
少女は不安であったが、母親の真剣さは受け止め、小さく頷いた。
「お母さんが帰ってくるまで? いつ帰ってくるの?」
「それは‥‥」
もう、帰っては来られない。そうは言えなかった。
「おうちの扉をどんどん叩く人が来ても、絶対に返事しちゃ駄目。ここにいるのがわからないように、静かにして。‥‥そう、開けていいのは、お母さんが今しているこの指輪を持ってきた人が来たとき。いいわね?」
『今から5年ほど前、私はとある魔術師に師事していました。そして、その魔術師と関係を持ちました。
自身の恥を申しますが、それは師に取り入ろうという考えでしかなかったのです。才能にも恵まれず、なにより勤勉ではなかった私は、そうすることで目をかけられ、叡智を授かろうとしていたのです。
私は師を裏切りました。ある日、書庫の鍵を預かった私は、兄弟子‥‥恋人と共にその蔵書を奪い、逐電したのです。
師は烈火のごとく怒り、子飼いの男達を連れて私たちを追いました。仕方がありません。それだけのことをしたのです。今にして思えば、愛する人間に裏切られたことが、怒りを大きくしたのかもしれません。
やがて娘が生まれましたが、師を裏切るような真似をした私たちのこと。あるいは、兄弟子も私を利用しただけなのかもしれません。各地を転々とする生活は上手くいかず、兄弟子はやがて姿を消し、私は娘を連れて逃げ続けました』
「あの女、こんなところに潜んでおったか!」
裾の長い服に身を包んだ初老の男が、大勢の男たちを引き連れて森を進んでいた。男達はいずれも厳つい人相で腰に剣を履き、尋常の者とは思われない。
「あ、あそこに! いました。女がいます!」
「!!」
女が、木陰から一行を見つめていたのだ。初老の男が「追え!」と叫ぶ間があったかどうか。女は身を翻し、森の奥へと駆けていった。小屋から離れるように。
「逃がすな! あの男と同じように、八つ裂きにしてやる!!」
特に立派な鎧を着た数人が、馬を走らせて女を追う。
とても、女の足で逃げ切れるものではない。女はやがて河辺に追いつめられた。
『いつしか蔵書も失い、逃走は意味を成さなくなりましたが‥‥それでも、師は私を許してはいません。
もはや、逃避行もここまでのようです。私は娘を家に残し、姿を見せることにしました。そうすれば、師が小屋に気付くことは遅れるでしょう。蔵書が無いと言っても、信じられるはずがありません。娘を守る方法が、他には思いつかないのです』
馬上から槍が繰り出され、それが胸板をえぐった。
それでも女は這うように河を進み、流れに乗った。そして、中州に引っかかるようにたどり着いた女は懐から小瓶を取り出し、流れに乗せた。
「あぁ、こりゃあ馬では追えやせん」
「だったら歩いてでも追え! 隠れ家もこの辺りにあるに違いない。探せ!!」
『もはや私はこの世にはいないでしょう。それは仕方がないと思っています。私はそれだけの罪を犯しました。
ですが! ですが娘は違います。娘にはなんの罪もありません! どうか、どうか娘だけはお守りください!
もはや、この手紙が皆さまの元に届くことを祈るしかありません。愚かな母の願いではありますが、なにとぞ、お聞き届けください‥‥!』
小瓶の中には、紅い石の付いた指輪が入っていた。
●リプレイ本文
●命を懸けた愛
たしかに、その母親は師を裏切り、人として過ちを犯したかもしれない。親の積徳は子を救い、親の悪行は子を祟るという。
しかし、相手は年端もゆかぬ幼子ではないか。
「その子まで復讐の対象にするなど、あっていいはずがありません」
セシリー・レイウイング(ea9286)は馬を駆り、先を急いでいた。
「確かに。彼女の母親がしたことは間違っていたでしょうが‥‥少女に罪はないはずですからね」
「うん。そんなの‥‥やだよね」
そういった意味では、ジゼル・キュティレイア(ea7467)もイシュメイル・レクベル(eb0990)も同じ意見である。
しかしセシリーが「人を見える目の無さを反省すべきでしょう」と続けようとすると、眉を寄せた。少女の母親を誹ることになってしまうからだ。
「いえ、魔術師が無法であるということで‥‥」
「あぁ。わかっているよ。過去の一件では母親に非があるだろうが、魔術師もあまり良い人物とは言えないようだ」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)は腕組みして、「追い返すことが出来ればいいがな」と顔をしかめた。
「‥‥ともかく、少女が暮らしている小屋を探さなくてはいけませんね」
ジゼルはきょろきょろと周囲を見渡した。
せせらぎの音がする。
「河沿いに行ってみましょう」
「うん」
リーシャ・フォッケルブルク(eb1227)も、頷いたイシュメイルの後を付いていく。
助けを求める手紙は、小瓶に入れられてこの河を流れてきたという。ならば‥‥。
「あぁ‥‥」
ジゼルは嘆息した。女が、水の中に顔を伏せたまま倒れていたのだ。これが、『依頼人』に違いない。槍で突かれたとおぼしき傷跡が、胸元を無惨に貫いている。
「‥‥その子も、親を喪う悲しみを味わうんだね」
シィル・セインド(eb2137)は頷いた後、目を伏せた。
遺骸を葬りたいところだが、残念ながらそんな時間はない。しかしそのままにしておくのも哀れなので、彼らは遺骸をいったん河から出して茂みに安置した。
「行きましょう‥‥」
フィリア・ランドヴェール(eb0444)は気を取り直し、森へと入っていく。そろそろ、魔術師達も近くにいるかもしれない。その足取りは慎重だった。
●奇襲
梢に留まって羽を休めていた小鳥が、一斉に羽ばたく。
魔術師達が荒々しい足音と共に、森を進んでいた。ときおり、
「見つかったか!?」
と、怒声を上げる。小動物達が恐れて逃げ出すのも、無理はない。森の静謐を無粋にうち破り、枝をかき分けて小屋を探し求めていた。
「いえ! まだです」
「まさか雨露に濡れつつ暮らしていたはずもあるまい。必ず、草庵のようなものがあるはずだ!」
魔術師の命に従い、男達は茂みをかき分けて森を進んでいる。
それを、見つめる瞳が2対。
「このままじゃ、見つかっちゃうかもしれない」
「困ったね」
アリエス・アリア(ea0210)と、チェルシー・ファリュウ(eb1155)である。彼女らは茂みにしゃがみ込んで、魔術師達の様子を窺っている。騒がしく歩く回る男達を見つけることは容易かった。
しかし、このままではまずい。無作為に探し回っているだけとはいえ、さほど大きくない森。開けたその場所を見つけることはそう難しくあるまい。
「みんな、もう小屋について連れ出せたかな?」
どうだろう。アリエスには確かめる術はない。
「間に合わないかもしれない。足止め、しないと」
そう言って、チェルシーに弓を差し出す。
「わかった。‥‥あの子の人生、これ以上酷い目には遭わせられないもの」
チェルシーは呟きつつ矢をつがえた。
風を切る音が鋭く、響く。
チェルシーの放った矢が、1頭の馬の首筋を傷つけた。そしてアリエスの『ダブルシューティング』が魔術師に‥‥。
「しまった!?」
同時に放たれた2本の矢だが、そのぶん精度は低い。魔術師の二の腕を僅かにかすめただけで、あとは背後の木に突き刺さる。
「誰だ!?」
魔術師は怒りで顔を真っ赤に染め、怒鳴った。すぐに、男達も武器を構える。
アリエスは密かにその場から離れようとした。が、突き立った矢を見ればどちらから射たかはすぐわかる。
「ただで済むと思うな!」
男達が迫ってくる。
「まずいよ。逃げよう!」
なおも矢をつがえようとするアリエスの袖を、チェルシーは引いた。矢を受けた馬は暴れ、男は地に落ちたが、ただ1頭だけである。その他の者たちが、迫ってくるのだ。
この有様で、気配を悟られずにいろというのは無理な話だ。2人は背後に迫る馬蹄の音を聞きながら、懸命に走った。少しでも、小屋から離れるように。
時間を稼いだかわりに、警戒させてしまったかもしれない。
「‥‥一長一短、かな」
●閉ざされた扉
周囲に音はまったく無い。
折しも太陽は中天にあり、森の開けた一点、小屋には陽光が降り注いでいた。
にもかかわらず、周囲は暗くさえ感じられる。そこには、1人の少女が居るはずなのだ。にもかかわらず、物音1つせず、気配さえない。
「‥‥よかった。魔術師達はまだ、ここまでたどり着いてはいないようですね」
馬蹄の跡など、周囲には踏み荒らされたような痕跡はない。フアナ・ゴドイ(eb1298)はほっと胸をなで下ろした。
こん、こん。
セシリーは扉を叩いてみるが、やはり、まったく物音がしない。母親の言いつけを健気に守っているのか。それがいじらしい。
「安心して。お母さんに頼まれたのよ」
フィリアが指輪を示しつつ、扉の向こうに呼びかける。ふと気付いたが、それでは閉じこもっている少女には見えまい。シィルは指輪を、扉の下の隙間から差し入れた。
かすかなきしみと共に、扉に僅かな隙間ができる。その奥に、少女の怯えた瞳が見える。
何か言わなくては。シィルも話術には巧みな方である。が、何を口にしたらよいものか思いつきもしない。
フアナが「ここは私が」と進み出た。
「大丈夫。私たちはお母さんに頼まれてやってきたのよ」
続けて「一緒にお出かけしましょう?」と促すと、少女はもじもじと躊躇いつつも、頷いた。それもそのはずで、フアナは『チャーム』を使っていたのだ。心苦しいが、この非常時では仕方がない、としておく。
「では、あとはよろしくお願いします」
ジゼルとフアナとで手早く着替えさせ、小屋をあとにする。残ったのは、イシュメイル。
「後は任せて!」
全ての窓を開け放ち、手当たり次第に少女の衣類などを袋に詰めていく。埃のたまり具合などから、人の住んでいた痕跡は消せまい。しかし、少女の存在を隠すことはできるかもしれない。
しかし、そうこうしているうちに。
「イシュメイルさん!」
周囲を窺っていたセシリーが鋭く声を上げた。『ブレスセンサー』で人の接近を感じたのだ。敵に違いない。『ライトニングサンダーボルト』を放つと、1人が「ぎゃッ」と悲鳴を上げて倒れた。しかし代わりに、セシリーに向かっても『ライトニングサンダーボルト』が飛来する。
「ぐ‥‥!!」
「貴様ら、あの女の手先か!?」
あの魔術師だ。魔法もセシリーだけの専売特許ではない。
「ここはいったん‥‥! また、あとで!」
「えぇ!」
荷物を抱え、イシュメイルが小屋から飛び出る。2人は、別々の方向へと逃げ出した。
●追跡
「私は、旅芸人。仲間とはぐれた」
たどたどしいイギリス語で、ジゼルは釈明する。後ろには、同じような格好のフアナと、1人の少年。正しくは、少女である。男の子のような服を着せ、『一座』ということにして歩いていたのだ。
実際に、楽器を鳴らして歌ってみせる。
しかし馬上の男は、訝った目を向けた。
こんな森の中を旅しているなどと‥‥。という疑いの目が、ある。また、傍らにいるレインフォルスやリーシャの装いは、とてもそうは思えない厳つさがあるではないか。
「襲撃」を受けた男達は、疑念を抱いている。盗賊ならば、数本の矢を放っただけで逃げるのは解せない。多勢を恐れたというならば、なおさらだ。
仕方あるまい。フィリアはぶつぶつと唱えた後、
「どのような事情かは存じませんが‥‥私たちも旅の途中。通しては頂けませんか?」
と、穏やかに話しかけた。『チャーム』に魅了された男は「すまんなぁ」などと同情を寄せてくれたようだったが‥‥。
「待てい! 詐術を弄して何を企む! さては貴様ら、あの女の手先か!」
間の悪いことに、セシリーとそれを追う魔術師達が駆けつけてきた。魔術師から見れば、男の態度は奇異に映ったことだろう。
「すみません」
「いえ、無理せず合流してくれて幸いでした!」
孤軍奮闘ではセシリーの命が危ない。フィリアは「男の魔術師」に向かって、『ムーンアロー』を放った。
「おのれ、おのれ! 貴様らも儂の敵になるのか!!」
だが魔術師も、反撃する。フィリアと、レインフォルスが巻き込まれた。
「く‥‥」
狙ってくるならば、追い返してやろうではないか。
鷹揚に構えていたレインフォルスだったが、思いも寄らぬ攻撃の苛烈さに驚いた。
「侮りましたか」
リーシャは盾で矢を弾きながら、うめくように呟いた。
レインフォルスが思っていたとおり、敵は彼ら冒険者に比べれば、力量に劣る。が、なにしろ数は冒険者に勝る。それが、遠くは矢を放ち、近寄れば地上から、あるいは馬上から、取り囲むように襲いかかってくるのである。
運悪く交戦することなどはあまり考えていなかったのか。特に策謀もなく、真っ正面からぶつかり合う格好になってしまった。苦戦も強いられる。
特に、ときおり放ってくる魔法がやっかいだ。こちらも応戦すればよいのだが、詠唱する隙がなかなか作れない。敵の方が人数が多いだけに、やっかいだ。
●少女の思い出、少女の未来
結局、リーシャらが多くの傷を負いながらも、血路を開くことで何とか逃げ延びた。
魔術師の狙いは、あくまで自身の持っていた書物である。逃げ去ったとみれば、そうそう深追いもしてこないであろう。
とりあえず窮地からは脱したが‥‥。
少女は、無言で俯いていた。
なんと恐ろしい体験であったことか。そしてこのことから、母がすでに落命していることを、子供心に悟ったに違いない。
いたたまれない。
冒険者たちは顔を見合わせ、頷き合う。
「お母さんは、あなたのことを愛していました。最期まで、守り抜いたんですよ」
フィリアが代表して、形見となってしまった指輪を少女に手渡した。これが彼らへの報酬となるはずのものだったが‥‥それを口にする者などいなかった。
しかし、少女は。
「いいの」
と、顔を上げた。
「え?」
「守ってくれたのは、お母さんだけじゃないもん」
そう言って、指輪を差し出した。
「お姉ちゃんたちも、守ってくれたんだもん。お姉ちゃんたちは、『冒険者』なんでしょ? だから、これはお礼なの。守ってくれた、お礼なの」
少女はとぎれとぎれにだが、はっきりと語る。はて、この少女はこのように、しっかりとした眼差しで自分たちを見つめていただろうか?
「だから、また誰かを守ってあげてね」
「うん‥‥」
チェルシーが、口元を押さえて何度も頷く。
「お洋服も、髪留めも、全部、お母さんがくれたものだから。お母さんのことは、ちゃんと、覚えて‥‥」
「うん、うん‥‥」
少女の目に、大粒の涙が浮かぶ。フィリアは力一杯、少女を抱きしめた。
あぁ、この子は今、一歩成長しようとしているのだ。否応なくだが、苦難を乗り越えるべく懸命に成長しようとしているのだ。
夜桜翠漣が、彼女を引き取ってくれる人を捜しておいたはずだ。といっても、孤児院なり教会なり、決して恵まれた暮らしが出来るところではない。その厳しさの中でも生き抜いていけるよう、少女は懸命に自らを成長させている。
どうか、この子の未来が輝きに満ちていますように‥‥!