は な よ め
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■ショートシナリオ
担当:一条もえる
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月25日〜05月30日
リプレイ公開日:2005年06月07日
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●オープニング
欺かれた‥‥!
そのことに気付いた彼女は、愕然とした。しかし周りの者に気取られぬよう、表情を押し殺した。
彼女がいるのは、とある貴族の館である。
しかし彼女はこの家の者ではなく、また客でもない。なにひとつ特別なところなどない、商家の娘であった。
その彼女がなぜ、品のよい衣服に身を包んで貴族の館にいるのかというと、こうである。
この貴族の家に、1人の貴族が嫁入りすることになった。貴族の娘となるとその嫁入りもそれはそれは大がかりなもので、運ぶ荷物も多いために、付きそう者も多かった。
その付き添いの中に、乳母がいた。ここでの役割は結婚の見届け人と言ってよい。
ところが、その乳母が急病に倒れてしまったのだ。
婚礼はもう間近である。そして、従者1人のために結婚を先延ばしするわけにはいかない。が、付き添いの人数が変わることに不吉な思いがした父親は、代わりの者を立てることにした。付き添いは乳母でなくてもよいが、誰でもよいというわけではない。やはり、学識と気品というものが必要になる。婚礼の華やかさを損なわぬ美しさもほしい。
あいにくと、家にはそういった者がいなかった。しかし、交流のある商家に美しい娘がいたことを思い出した。父親がそうさせたか、学識も高いらしい。
そうして選ばれたのが、彼女であった。
恩もあることであるし、頼まれては断れない。婚礼が終わり、無事に婚家に迎え入れられたとわかれば、役目も終わりである。
そのはずが‥‥。
どこか、婚家の者の態度がおかしかった。彼女の行動をさりげなく遮り、館から出さないようにしているのだ。
そして、気付いたときには共にやってきた他の従者は婚家を去っていた。
欺かれた。そのときに気がついた。家宰の、自分を見る目が穏やかでない理由もわかった。
家宰とは家中を取り仕切る、国で言うなら文字通り宰相に当たる存在だが、その重要な地位ゆえに単なる使用人ではない。彼もまた、貴族の一員なのだ。
自分は、その男に差し出されようとしている。どういった形であるかはともかく、自分の意志と関係なく、この家と男の欲望に利用されていることに気付いた。
はじめからそういった意図があったのか、強引に頼まれたのでは従者では断れなかったのか。
真相はどうでもよい。なんとかして、ここから逃れなくては‥‥。
ギルドを訪れたのは、彼女のそばにたった1人残されていた下働きの娘であった。この娘が、『もう1人の花嫁』の従者のつもりだったのかもしれないが。ともあれ、娘は彼女の立場に同情を示し、やってきたのだ。
なんとかして、彼女を助け出さなければならないが、なかなか難しそうだ。
なにせ、彼女は軟禁状態と言ってもよく、屋敷内を歩き回ることはできるようだが、このように外と連絡を取ることは非常に難しいようだ。
そして相手は貴族である。館は私兵が詰め、防壁を持つ堅牢なものであるが、それ以前にもめ事を起こすのは、まずい。
娘が、きっかけを教えてくれた。
「まもなく、その家では賓客をもてなす宴が開かれるそうです。そのとき、隣の領主が舞楽を担当するそうです」
隣の領主とは、あまり仲がよくないらしい。なにせ、「そちらだけで歓待されたのでは私の立場がない」と、舞楽を饗することになったくらいであるから。競争心が強い。
それが利用できないかと、彼女は思ったらしい。娘が懸命に、訴えた。
「私は、もう館に戻らなくてはなりません。‥‥どうか、あの方を助けてあげてください!」
●リプレイ本文
●思案
「まったく、権力者というのはどうして、こうも他人を好きに出来ると思うのかね?」
何という理不尽なことか。山本修一郎(eb1293)は呆れ果てていた。
言うまでもないことだが、冒険者たちが一様に感じているのは、憤りとか呆れとか、そういうことである。
相手は貴族である。その土地を支配している存在であるし、好んで争いたい相手ではない。
「でも、たとえ罪に問われることになっても。助けなくちゃ」
そう、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は口にした。それに、何が正しく何が誤っているかは、必ずや明らかになるはずである。
しかし、そのためには人事を尽くさなくてはならない。修一郎は考え込んでいた。
「ふむ‥‥しかし時間はないな。どうしたものか‥‥相手の油断を誘わなくては‥‥」
そうこうしているうちに、下働きの娘は「では、わたしは館に戻ります」と、後を任せて去っていった。その後を追うように、冒険者たちも出立する。
「あ。何か言付けておけば良かったかもしれませんね」
リノルディア・カインハーツ(eb0862)はふと、気がついた。なにせ、その女性は軟禁状態なのだ。こちらの動きにあわせられるわけではない。下働きの娘ならば当然、その側にいられるだろうが。
「‥‥やはり、宴会の時を狙うしかないか。いくら互いの仲が悪いとはいっても、騒ぎになるのはまずい。秘密裏にいかなくてはな‥‥」
相変わらず、修一郎は悩んでいた。
しかしその間に、仲間たちは方針を決めたらしい。
彼らは館に訪れるという、隣接の領主の元へと向かった。
●潜り込むべく
領地が接しているということは、互いの行き来が盛んであるという反面、些細な事で諍いが起きやすい。不幸なことに、この両者はそうだった。
「よく参られた。ふむ‥‥まぁ、しばらく逗留されるとよい」
隣接の領主を訪ねたイシュト・ヴェルリッヒ(eb2189)は、家宰からそのように声をかけられた。
彼は騎士らしく、「剣を捧げてもよい主を求めているのです」と、面会を求めたのだが。応対に出たのは家宰までで、領主本人に面会はかなわなかった。なんとか客間には通されたものの、そこはかなり質素なもので、とても『賓客』として遇されているふうではない。
しかし、ここの領主や家宰がことさら尊大かというと、そういうわけではない。確かにイシュトは騎士であるが、名乗れば誰もが一目を置くような人物では未だ、ない。一口に貴族・騎士と言っても、上は諸侯から下は名ばかりの者までいる。いちいち相手などしていられない。
そう言えば当人は「上に立つ者は常にへりくだり、野の賢人を求めるべきではないか」と憤慨するかもしれないが。確かにそれが君主の理想的な在り方なのかもしれないが、実際にそれを行う困難を思えば、そう言ってもいられない。
むしろ、一応にでも客として扱われたのだから、そこに気遣いを感じねばなるまい。
「私もまだまだということですか」
「そうは言いますけどねぇ‥‥」
ミルフィー・アクエリ(ea6089)は不満そうだ。騎士というならもそうであるが、今の彼女はまるで歌姫のように、着飾っている。実際、彼女の歌はなかなかのものであるが。イシュトは家宰に、「従者が歌姫とは‥‥変わっておいでですな」と不思議がられた。
「さて、なんとか客になることには成功したわけだが‥‥」
シェゾ・カーディフ(eb2526)が、一同を見渡す。苦虫を噛み潰したような表情だ。
「前途多難だぞ。覚えめでたいわけでもない私たちが、どうやって宴の従者に加えてもらう?」
隣接の領主にとっても絶対に恥はかけない場所だけに、楽人も相応の者を用意し、従者も吟味しているはずである。シェゾらも素人では当然ないのだが、それほど名声を得ているわけではない。当然のごとく歓待されると思ってはなるまい。
潜り込むにはそれでもなんとか加えてもらうしかないのだが‥‥糸口がそこにあるのは確かだが、容易いわけではない。語学は達者なシェゾなのだが、隣接の領主の関心をひくことは出来なかったようだ。
相手が望む話をしなければ、それは難しい。
「参りましたね‥‥」
●思惑の絡む館
どうやって従者に加わるかイシュトらは頭を悩ませていたのだが、出発が間近になって急に、同行させてもらえることになった。
ユリゼが、申し出たのだ。
「あの家の家宰、よからぬ噂を耳にしています。遠方からの客人もおられる宴で、あなた様が恥をかかされるようなことになっては‥‥」
と、訴えたのである。
その話に家宰は興味を持ち、領主に目通りを許された。
「なるほど、さもありなん。主が主ならば、臣も臣ということか」
隣接の領主は鼻を鳴らしながら頷き、
「よかろう。そなたと、仲間という者どもを従者に加えよう」
と、ユリゼら一行を迎え入れたのだ。
「助かりました」
フィリア・ランドヴェール(eb0444)が苦笑いをしつつ、頭を下げる。
そもそも、ユリゼは楽人を名乗ったフィリアの付き添いであったのだが。フィリアが『チャーム』を使い、籠絡しようとしたのがまずかった。貴族ともあろう者、魔法を使う者にまったく出会ったことがないはずもなく、その詠唱に気付かれたのだ!
どのような魔法かわからなくても、眼前で魔法を使われようとして穏やかであるはずがない。危うく、斬られそうになったのだが‥‥ユリゼが慌ててとりなし、事なきを得たのだった。
さて。このように、問題の領主の館にたどり着くまでが一苦労だったが、なんとか館の中に入り込んだ。
リノルディアはさっそく、下働きの娘と連絡を取るべく、屋敷の中をうろつく。
「冒険者さま」
下働きの娘とは、うまく中庭で出会うことが出来た。軟禁されている娘が与えられた部屋は当然ながら、奥の部屋であるようだ。もちろん、外からの者が入って行くには不自然すぎる場所である。
そうしているうちに、である。「何をしている!?」と、衛兵に見咎められてしまった。娘は「さっさと部屋に戻れ」と追い返され、ゆっくりと話をしている時間もない。
「警備、厳重ですね」
フィリアは顔を曇らせる。「調度が素晴らしいので」と言い訳したところ、相当に胡散臭がられて、あげく「従者殿は、なんという鵜の目鷹の目で調度を見ておられるのか」と、暗に盗賊のようだと皮肉まで言われて追い返されたのだ。『チャーム』を使おうかとも思ったが、この前のこともあり、ここで万が一にでも事が明らかになればすべてがご破算になってしまう。悔しい思いをしながらも、引き上げた。
「ですね。まぁ、遠方からのお客様がいらっしゃるのですから‥‥」
リノルディアは天を仰ぎ、ため息をついた。いくらシフールが小さいとはいっても、赤子ほどの身長はある。飛んでいても、目立つ。
「そうですか‥‥。はは、人目に触れさせたくないほどの美人なんですね」
話を聞いたイシュトは、「是非ともお目にかからねば」と笑った。リノルディアはちらりと睨んだが、軽口でもたたかないとやっていられない。
「私のほうも、似たようなものね」
ユリゼも頭を振った。簡単な事情だけを話した隣接の領主からは仕事を免除されていたのだが‥‥確かに暇は出来たが、館を自由にうろつけるわけではない。
「まぁまぁ。そんなに深刻に悩みすぎるのは良くないぞ」
シェゾはとりあえず、一同をなだめる。
「‥‥やっぱり、宴の間に動くしかないか」
●緊張の宴
宴が始まった。
もてなしている両者の確執を知ってか知らずか、賓客は穏やかな笑みを浮かべ、楽しんでいるようである。さすがに、饗された料理も舞楽も、見事なものだったようだ。
が、そんなことは知ったことではない。従者として控えたままで、一行は焦っていた。
ミルフィーの歌は、本職も驚くほど巧みなものであった。彼女が、楽人に混じって歌う。
好機はそう何度もない。魔法を使っていることがわかれば、あらぬ疑いをかけられるだろう。それに、まんざら誤解というわけでもない。
「仕方ない、ここでやるか!」
シェゾはここぞと、『ファンタズム』で幻影を生み出した。炬火に照らし出されているのは1人の男だ。突如として現れた男の姿に、当たり前のことだが座は騒然とする。
ミルフィーは「あら」とつぶやき、そそくさと場を退いた。宴が中断される。
「捕らえろ!」
この家の家宰‥‥問題の男‥‥がすぐさま、衛兵に命じた。どれほど精緻でも、幻影なのである。衛兵が殺到したが、触れられない。
「幻覚か!?」
賓客を守るよう指示を出していた家宰が叫ぶ。その間に、イシュトらは館の奥へと走っていた。
「あぁ、ありがとうございます!」
下働きの娘に手を引かれるようにして、軟禁されていた娘が駆けてきた。なるほど、美しい。嫌みのない賢さが、明眸に現れている。
しかし、まじまじと見ている暇はない。
「着替え‥‥るわけには、ここではいきませんね。とりあえず上着だけでも羽織って、ついてきてください!」
用意しておいた服を娘に着せかけ、イシュトは外に向かって走る。
しかし、その姿は家中の者に目撃される。闖入者ではなかったようだが、この騒ぎを起こした者が邸内にいるのは間違いなく、見慣れぬ者が走っていれば見咎められるのも仕方がない。特に、騒然とする中を娘が走っていればなおさらだ。
一口に変装と言っても、うまい変装とは何なのか。また、言いくるめるとしても何をどう語れば納得させられるのか。いかに技量が優れていても、漠然と考えていただけではうまくいくはずがない。
「これほど目立つとは‥‥」
「こっちです、イシュトさん!」
ユリゼが『ミストフィールド』を使った。周りが霧に包まれる。とりあえず、目の前の衛兵から逃れることは出来たようだが‥‥まだ、門には遠い。騒ぎはいっそう大きくなってしまったようである。館を退去しようとする賓客とその従者、そしてこの館の衛兵や使用人が入り乱れての大騒ぎになっている。
「おぉ、その娘が許嫁の、伯爵家の落胤か。どうやら首尾を果たしたな!」
馬車を持ち出してやってきたのは、隣接する領主の食客の1人であった。この数日で、一行も顔見知りになった。
隣接する領主が幾分事情を聞かされており、一行に多少の便宜を図っていたため、その心情が下にも染みたらしい。『噂』を聞き込んだ彼もこの家に好感は抱いていないらしく、義侠心をだしたようなのだ。
もっとも少し頓狂なところがあるらしく、聞き込んだり聞き出したりした事情を勝手に脚色し、思いこみから先走っているきらいがないでもなかったが。
しかし、助かる者は助かる。イシュトは囚われていた娘の手を引き、馬車に飛び乗る。
「シェゾさんは!?」
「彼なら、隣の領主さんと一緒に引き上げるでしょう」
ミルフィーとフィリアも、馬車に乗り込んだ。
一行が乗ったことを確認すると、男は馬車を走らせる。当然、制止されるが。
「この騒ぎ、我が君にもしもの事があったらどう申し開きするつもりだ! 儂が先導する!」
と、男は振り切って門を開けさせてしまった。
「ありがとうございました。一時はもう、どうなるかと‥‥」
不安に押しつぶされることなく知恵を振り絞った娘だが、無事に苦境から脱すると涙がこぼれてしまった。
娘は冒険者たちに心から礼を言い、自分の家へと帰っていった。
無事、娘を助け出すことが出来たのであるが‥‥。
この騒ぎで宴は中断され、とても賓客をもてなす風情ではなくなってしまった。 隣接の領主が警備の不備をなじると、逆に騒ぎの中に食客がいたことを糾弾されてしまった。賓客は不機嫌になり、身の危険を感じてしまったのかさっさと館を後にしてしまったようだ。
慌てた隣接の領主は、今回の顛末を知る限り口にし、非難したが、それにしても賓客の前での騒ぎは分が悪い。
両家の溝は、いっそう深まってしまったようだ。
まぁ‥‥もともと娘を助けるために近づいたのであるから、冒険者たちにとっては何の関係もないことなのであるが‥‥。