へ い え き (ふたたび)

■ショートシナリオ


担当:一条もえる

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月25日〜07月30日

リプレイ公開日:2005年08月05日

●オープニング

 村がある。大きくも小さくもなく、山地と言うほどでもなく、海浜と言うほどでもない、何の変哲もない村だ。
 が、活気というものがまったくない。広がる畑に人の姿が乏しいのも、不自然だ。
 何人かの男‥‥老人と言ってもよい、足下がいくらかおぼつかなくなった男たちが、教会に駆け込んだ。
「駄目だ! 誰も助けに来てくれない!!」
 教会は、集会所としても使われていた。駆け込んだ男の1人が息切れするなか絞り出すように叫ぶと、集まっていた人々からあがった嘆声が、どよめきとなって広間を覆う。
「あぁ! もうこの村はおしまいだわ!」
 母親が、幼い娘を抱きしめて悲鳴を上げた。
 不可解なことに、集まっている者は老人や女、子供ばかりである。壮年の者は1人もと言ってよいほどに、いない。

 事情がある。
「ええい! よくも儂に恥をかかせてくれおったな!」
 と、憤ったのは『この地』の領主である。また、罵りは『彼の地』の領主に向けられていた。
 領地が接していると、それに伴った争いもいろいろと起こりやすい。たとえば水利であり、薪とする森の木であり。もちろん、それを譲ってやるつもりはない。だから、『彼の地』の領主とは折り合いが悪く、時には国境を守る兵同士が小競り合いを起こすことさえある。
 『この地』の領主は、王に朝見するときでさえ顔も合わせたくないほどに、『彼の地』の領主を毛嫌いしていた。
 だが、今回の怒りはいつにも増して激しい。
 先日、『この地』に外国からの使節が訪れたのである。遠来の賓客をもてなすため、領主は宴席を設けた。
 ところが、『彼の地』の領主はそこに口を差し挟んできたのだ。「あなただけにもてなされては、私の立場もない」と言ってきたのである。
 結局、この領主が料理を振る舞い、隣接の領主が舞楽でもてなすことになった。
 愉快ではないが、まぁ、それならそれで「慌てておるわ」と、嗤っておればよかった。
 しかし、なんということか『彼の地』の領主の配下が騒動を起こし、宴はめちゃくちゃになってしまったのである。
 当然ながら賓客は気分を害し、早々に帰国してしまった。面目は丸つぶれである。
 堪忍袋の緒が切れた『この地』の領主は、兵を集めて『彼の地』の領主を攻めることにしたのだ。
 なに、殺さなければよい。一気に攻め入り、屈辱的な講和を結ばせれば、溜飲は下がる。王や近隣の領主が介入する前に事を収めてしばえばよい。
 ただ、兵役を課せられた中には多くの村人が含まれていたのだ。

 農繁期に働き手を取られれば、秋の収穫は期待できない。嘆願をはねつけられた村の老人たちは、考えぬいたあげく冒険者に助けを求めに行ったのだ。
 しかし‥‥。
「あぁ。なんということじゃ‥‥!」
「これ。冒険者の皆様を怨むのは筋違いというものだ」
 長老は顔を苦悩に歪めながらも、不満を漏らす村人をたしなめる。
「領主様に意見するのは‥‥容易くはない。冒険者の皆様にとっても、頼まれたからと二つ返事はできぬということじゃ。こうなっては‥‥精一杯、誠意を見せるしかあるまい」
 長老は、村から財という財を集めさせた。とはいえ、ただの農村に多くの財があるはずもない。
「つらいことを頼むが‥‥」
「いえ‥‥私たちが心を込めてお仕えすれば、冒険者の皆様も村を哀れんでくださるかもしれません‥‥」
 娘たちは気丈にも、答えた。村人たちからはすすり泣く声が聞こえる。
 助けを借りることができなければ集めた財を手放し、身を売って金に換えるしかないのだ。どのみち、村に帰ってくることはない。
「さぁ、皆でお願いに参ろう」
 長老に従って、人々が連れだって街道を歩いていく。その葬列にも似た光景に、沿道に人々は目を見張った。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8794 水鳥 八雲(26歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea8990 ナイトハルト・ウィンダム(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

レジーナ・フォースター(ea2708)/ フレア・カーマイン(eb1503

●リプレイ本文

●嘆願
「情勢を考えるとな」
 リィ・フェイラン(ea9093)は溜息をついた。
 集まった冒険者は決して多くはない。今、イギリス国内は戦乱のために騒然としている。多くの者がそちらに動いているためかもしれない。
「国家存亡の危機であることは、承知しております。ですが‥‥我らの村もこのままでは、飢え死ぬか家族を売るか、でなければ流民となるしかないのです」
 長老はそう言ったが、リィの表情に変化は現れない。
「どうか、『些末なこと』とは仰らないでくだされ」
 森に生きるリィには、土に生きる彼らの生活は計りかねるものだったのかもしれない。
 だが、働き手がいなければ畑は荒廃し、収穫が得られなければ、飢える。農民は決して豊かではない。それほどに逼迫した事態なのである。
 だからこそ、長老は老体に鞭打ってやって来た。顔色は良くない。ここまでの旅が、ただでさえ心労で疲れ切った身体にこたえたのであろう。
 それをかばい合うように、老いた村人も娘たちも、地に這いつくばらんばかりにして冒険者を拝する。
 水鳥八雲(ea8794)は舌打ちし、村人たちを立ち上がらせた。哀願する村人たちの姿は、彼女を不快にする。他人にここまで哀れな姿をさらさなくてはならない村人たちとは、どのような存在であるのか。決死の覚悟ならば、何か他にできることはないのか。
 とはいえ、彼らにそこまで求めるのは酷というものだ。誰もが八雲のように強くなれるわけではない。そもそも、彼らのような者が助けを求めるからこそ『冒険者』でいられる。
「‥‥仕方ないですね。なら、持ってきた財物を出してみなさい。話はそれからです」
 そう言うと、村人が持ってきた財物からめぼしいものを持ち出してさっさと換金してしまった。
「現金も必要でしょう。ま、あれの価値なんてそんなものということですよ」

●面会の時間
 一行は、領主の元へと赴く。
「『価値なんて』って言っておきながら‥‥」
 ナイトハルト・ウィンダム(ea8990)は「ふふッ」と笑う。
「古物商とは、ずいぶん丁々発止のやりとりをしてきたみたいじゃないか」
 そう言って、ちらりと八雲を見る。村人の財物を売るにあたり、八雲はぎりぎりまで値をつり上げたらしい。
 その八雲は、ぶい、と顔を背けた。
「当座のところは心配ない、として。どうやって兵役を取りやめてもらうかね‥‥」
 ステラ・デュナミス(eb2099)が、首をかしげて考え込む。
 居丈高に領主に迫ったところで、ますます態度を硬化させてしまうだけだろう。まして、剣を突きつけて脅すようなことは論外だ。そんなことをすればこちらが罪人となってしまうし、これからもこの土地で暮らし続ける村人に迷惑がかかる。
「そうだな‥‥よし、なんとか説得してみよう。なぁ?」
 神城降魔(ea0945)はクーリア・デルファ(eb2244)に水を向けた。クーリアは無言で頷く。
 しかし、『この地』の領主に面会を申し込んだ彼らは。
「何者だ、そやつらは! この忙しいときに、いちいち会ってなどいられるか!」
 『この地』の領主は不機嫌そうに怒鳴った。鎧姿である。訓練も間もなく終わり、出撃のときが迫っている。その意気込みと緊張の現れた出で立ちだ。
 ともあれ、その‥‥「後ろめたい」緊張感が漂うときに、どこの誰かもわからないような奴が、真っ正面からのこのこと「会わせて」と言ってきたところで‥‥。
 なにか、「会おう」と思わせるような話でも持ってきたのなら、ともかく。
 邪険に追い払おうとした領主であったが、
「む? 聞いたことがあるな」
 リィの名は、どこかで聞いたことがあったようだ。まぁ、それにしたってその程度だが。その幸運と、領主の「仕方ない。顔くらいは見ておいてやるか」という気まぐれで、冒険者たちは面会することが出来た。が、いつもいつもそんな名声をあてにはできまい。
 ともかく、なんとか面会まではこぎ着けた降魔たち。
 彼は、せつせつと説いた。その真剣な言葉を、クーリアへ訳して伝える。
「むやみに武威を振りかざすという評判がたつは、好ましくないのではありませんか。それに、村が衰退すればあなたの利益も損なわれるということです」
 領主の表情は変わらない。戦に勝てば、賠償で軍費は補えると考えているのか。しかし、追い返さないということはそれなりに話を聞いているということでもある。
 ところが、
「領民がいないことには、領主は成り立ちません」
 と、口にしたとたん領主は不機嫌になった。まるで、領主は領民に養われているかのような物言いだと感じたらしい。当然ながら、封建領主がそういった発想を好ましく思うわけがない。
 領主は不機嫌そうに。
「とりあえず、儂を満足させる『政治的手段』とやらを見せてみろ」
「それは‥‥」
 降魔は返答に窮した。そのような解決が理想と考えてはいたものの、領主に披露できるような具体的な腹案はなかったのである。語学力以前の問題だ。
 クーリアに視線を向けてみるものの、彼女も頭を振るばかり。はじめからそんなことは頭になかったらしい。
「‥‥戦になるならば、私たちを雇わないか?」
 代わって声を上げたのはリィだった。面白くなさそうに腰掛け直す領主に訴える。必死にならないように。
「たとえばこの私。空を飛ぶ鳥でも射抜くぞ。農民上がりの雑兵などより、よほど役に立つぞ?」
 やっと、クーリア自身が口を開いた。
「農民連中など集めたところで、邪魔になるだけだ」

●実力のほど
「何とかここまでこぎ着けられましたね」
 ナイトハルトが息を吐く。場所は領主の館の一角である、中庭。今は宿営地でもある。
 彼ら冒険者たちに遅れて、領主が配下の騎士らを引き連れ、姿を現した。
「では、私たちの実力をお見せしましょう!」
 そう言って、ナイトハルトは身構える。まずは、素手だ。
 領主は顎をしゃくって、控える巨漢に合図を出した。別に、冒険者たちの言葉に耳を傾けたわけではないらしい。むしろ、生意気な冒険者たちを一ひねりしてやろうと考えたようだ。
「そうはいきません‥‥!」
 意気込みを見せて戦いに挑んだナイトハルトだったが‥‥。
「馬鹿な‥‥!」
 思わぬ苦戦を強いられた。相手は、領主配下でも一番の勇士と衆目が認める男。それは、望むところだったが。
 常日頃から冒険に身を置く自分が、こんな領主の元にいる騎士などに遅れを取るはずがないと思いこんでいたのか。
 だが残念ながらそれは、相手を完全に格下‥‥せいぜい「少しは苦戦するかもしれない」程度にしか思っていなかったナイトハルトの、過信である。比肩する者がいないほどの実力を持ったナイトとは、やはり言えない。
 焦りと驚きが隙を生んだのか。巨漢の拳が、脇腹を打った。息が止まる。息が止まって思わず俯いたところに、岩石のような拳が振り下ろされた。
 腕前を見せつけるだけなら、ここで終わりである。だが、
「手加減はいらん!」
 領主が怒鳴った。それに答えるでもなく、巨漢は躊躇うことなどまったくせずに、倒れたナイトハルトの頭を渾身の力で蹴り飛ばした!
「ナイトハルト!」
 八雲が悲鳴をあげて駆け寄る。死んではいないが、まだぐったりとしている。
 思わず巨漢と領主とを睨みつける。そんな冒険者たちを領主は鼻で嗤い、右手を挙げた。すると、兵士たちが武器を構えて隊列を成し、一行を取り囲む。
「く‥‥」
 降魔は歯がみしたが、むやみに武器を抜いても返り討ちに遭うだけだ。もちろん、無様な戦いを見せはしない。何人でも切り捨ててやろう。だが、この数十‥‥あるいはもっと多い兵士たちの包囲を抜け出せるかどうか。雑魚ばかりでもあるまいし、斬って斬って、ついに倒れるだけだ。それが何になる。
 クーリアもまた、悔しそうに唇を噛んでいた。確かに農民兵‥‥『黄首軍』の1人1人ならたいした強さではないだろうが、こうして密集すると。
 野営中はともかく、当然ながら今は『黄首軍』も正規兵である隊長たちが全員を視界にとどめ、指揮をしている。1人1人の武技では劣っても、統率がとれていれば。
 農民たちは「申し訳ない」とは思っているようだが、軍令に背けば死刑となる。家族にも迷惑がかかる。家族のためというなら、軍功をあげれば報償はもらえるのである。それにすがるしかない。
 リィが、平静を装って呼びかけた。
「‥‥さすがは、領主様ご自慢の勇士。ですが、私たちもなかなかでしょう?」
 八雲もぱッ、と顔を上げる。引き下がってはなるまい。
「そうですよ。多数の兵士を抱えていては、維持するのも一苦労でしょう。それが私たち冒険者なら‥‥たとえば10人としても、ほら。これくらいの報酬で済むんですよ!?」
 手早く試算し、地面に書いて示した。
「はん! 農民どもならただで済むわ!」
 そういった現実がある。それに、戦となれば数も必要となるものだ。いくら個人としての力が強くでも、頭数がそろわなくては仕方がない。
「だいいち、農民どもはお前たちのようにやかましくないからな!」

●書状
 冒険者たちはそそくさと館を後にした。あのまま粘り続けても、泥沼のような戦いに巻き込まれるだけだっただろうし‥‥。
「まったく、よけいなことに時間を取られてしまったわ!」
 領主は吐き捨てた。まったく、冒険者というのはどうしてこうも、さも当然のように口出しをしてくるのか!
「まぁ、農民どもの度胸試しくらいには使えたか‥‥」
 そう言って、ひとり笑っていた領主だったが。
「我が君! 『彼の地』の領主から書状が!」
「なんだと?」
 そこには、こう書かれていた。
『狩りの獲物を、王へ献上されるのですか。秋には、貴方の領地は食べる草に困らず、肥えた獲物に満ちているでしょうから』
「‥‥おのれ!」
 顔を真っ赤にして、それを破り捨てた。もちろんこれは畑が全滅することを指しており、ひいてはこちらの事情を掴んでいるということをほのめかしているのだ。
「やめだやめだ!」
 領主は腹立ち紛れに、椅子の背に斬りつけた。
 これは、ステラやレジーナ・フォースター、あるいはフレア・カーマインが道中で、『彼の地』への侵攻の噂を話して回ったからである。もっともステラ以外はキャメロット近辺でしか流せなかったが、ともかく、それらの話の内のどれかを『彼の地』の領主は掴んだらしい。
「前回の件の原因はあちら側にあるようだから‥‥本当は折れてくれるといいんだけど」
 『彼の地』の領主、情報収集に疎漏はないようだ。
 それは領主の才幹を表してもいるから、ステラとしてはむやみに騒ぎを起こしたとも思えなかったが‥‥。
 結果として、『この地』の領主が冒険者たちに会うなどして時間を費やしている間に事態は動き、戦は回避されたのだが‥‥もちろん、冒険者たちはそれを自らの功として誇ろうなどとは、思えなかった。