●リプレイ本文
●森を行く一行
だんだんと暗くなっていく森の中を、一行は歩いていく。本当ならばこんな森の奥、しかもゴブリンが現れるような中を踏み込んでいくなど、例え十数人が集まろうと、村人達がするはずもない。
が、今の彼らには心強い同行者がいる。10人の冒険者達である。彼らは油断なく周囲の様子を伺い、村人を囲むようにして歩いている。ふだん目にすることも少ない、鎧姿などの出で立ちがなんとも頼もしく、心強い。
「困っている人がいるというのに見捨てるなど。騎士たる者のすることとも思えませんから」
「そう言って頂けると助かります」
アンドリュー・モーリス(ea4966)が気負わぬ口ぶりで言ったので、村人達にも笑顔がこぼれる。
「その通りなんですけど‥‥困っているゴブリンにも手を貸しているような気がするんですが」
クラリッサ・シュフィール(ea1180)は苦笑いする。確かに、今から掘ろうとしている井戸を使うのはゴブリンどもである。『作戦』があるのはわかったが、釈然としないものはある。
「まぁ、かまわないさ。それで、前に掘った井戸が安全に使えるようになるんだから。いつか、完全に追い出してやればいい」
名無野如月(ea1003)はいたって前向きだ。護衛のみならず、作業を手伝う気も満々で鼻歌交じりに歩いている。
そんななかで、先頭をゆくのはアルカード・ガイスト(ea1135)。森歩きならお手の物だ。彼の案内に従って、村人が鉈を手に下生えを刈っていく。
自分でやれば、と感じないでもないが、こう言ってはなんだが体力のないアルカード自身がやるより、この方がよっぽど早い。
そうして、一行はどんどん森の奥に進んでいったのだが。
「待った!」
ウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)が、鋭く声を上げる。視界の端に、何か捉えたようだが‥‥。
やはり、そうだ! 他の仲間も、もうその存在を捉えた。
「ゴブリンだ! 気をつけろ!」
「数は!?」
最後尾を進んでいたミルク・カルーア(ea2128)が、背後を振り返りながら叫ぶ。
「皆さんは集まってください!」
ウェントスの声でルーラス・エルミナス(ea0282)は身構え、ヒンメル・ブラウ(ea1644)と一緒に、集まらせた村人を庇う。
●森の奥の野営地で
「ねぇねぇ。せっかくだから色彩鮮やかな井戸にしてみない? すごく斬新な意匠を凝らしてみるとか」
九重玉藻(ea3117)の提案に、村人はとても微妙な表情を浮かべた。
「駄目ですよ。時間もありませんし、だいたい井戸にどうやって」
「囲いをつけるとか屋根をつけるとか‥‥それは色々。ほら、目立った方がゴブリンも寄りつくだろうし‥‥無くても大丈夫? それに時間もないから? ‥‥残念」
道中の襲撃は、小競り合い程度で終わった。遭遇は向こうも予期していたものではなかったらしく、10匹にも満たない数。申し訳程度に襲ってきただけで、冒険者が旺盛な戦意を示して応戦するとすぐさま逃げ出したのだ。
だが、まだ安心できるわけはない。
現場に到着していきなり提案を却下された玉藻だったが、すぐに気を取り直して紐を取り出し始めた。それには鈴が結わえられている。襲撃に備え、鳴子を作ろうというのだ。
ヒンメルも、それを手伝いに現れた。
が、どうも彼女ははじめから「お手伝い」しか考えてなかったらしく、仕掛ける場所などの具体的な事については、1つ1つ玉藻が指示してやるしかない。その都度、イギリス語の話せないヒンメルは通訳を必要とするので、作業の効率が悪くて仕方がない。
それでも、なんとか野営地の周囲に鳴子を仕掛け終える。
「これで大丈夫でしょうか」
ルーラスは、下草を輪に結んでいたようだ。襲撃を受けそうな、手薄なところを選んたつもりだが‥‥もう少し検討しても良かったかもしれない。不安は残るが、やるだけはやった。
彼らがそうして応戦の準備をしている間に、村人達はさっそく井戸を掘り始めた。
●ゴブリンの群れ
作業は順調に進んでいる。
はっきり言って長居するには気持ちの良くない森の奥だが、冒険者達が昼夜を問わずに警戒にあたっているため、安心して仕事が出来る。
如月やアンドリューは空いた時間を見ては村人に加わって作業を手伝っていた。聞いたところ、前に井戸を掘ったときには冒険者自らが、周囲を伺いつつ穴を掘っていたというから、多くの村人が加わっているぶん余裕もある。
「この調子なら、井戸なんてあっという間ですよ!」
アンドリューは額の汗をぬぐいつつ、村人に声をかけた。
だが、その間にも。
森のさらにさらに奥。かつて人が踏み込んだことがあったかどうかも疑わしい森の奥は、獣のような無数のうなり声で満ちていた。
ゴブリンだ。
集団の中心に、額に傷を持つゴブリンがいた。そいつの周りには少しばかりは偉そうな槍を構えたゴブリンどもが立っている。そいつらに囲まれ、『額傷』は石の上に腰掛け、周囲を睥睨していた。
視線の先には、またもや何匹ものゴブリンがいてそいつに頭を下げるような格好をしている。それに合わせ、『額傷』は大声でうなった。頷いたらしい。頭を下げていたゴブリンどもが、喜色を浮かべて飛び上がる。
かつて、この森にはゴブリンの集落があった。それは以前の依頼で発見され、追い散らすことに成功したのであるが。
その全てを駆逐することは容易ではなく、逃げ延びたゴブリンどもは再び集まってきたのだ。
それも、ただ戻ってきたわけではない。より大きな、『額傷』の氏族に泣きつく格好で、そいつらを増援として、だ。
集結したゴブリンどものせいで、森は気味の悪いうなり声で満ちている。そればかりか、『額傷』の一声で周囲の氏族までもが援軍をよこしている。それらもぞくぞくと集まってくるはずだ。
何のために?
もちろん、人間を皆殺しにして森から追い出すために。
●朱く浮かび上がる影が
夜。山の彼方に日が隠れると、暑気もだんだんと薄らいでくる。村人は明日の作業のために、眠りにつき始めた。
だが、冒険者達は眠らない。篝火が森を赤く照らすなか、毎夜毎夜、闇の彼方に目をこらしていた。
そして、今夜。
「起きなさいッ!」
薄目を開き、耳を澄ましていた玉藻が、鋭く叫ぶ。闇の向こうで、鈴の音が響いたのだ。同時に、足を取られて倒れたとおぼしき悲鳴、そして悪態らしき声も聞こえる。
「来ましたか!?」
クラリッサは枕元に置いていた剣と盾とを手に、すぐさま起きあがる。鎧を着込んでいる時間はない。
「喰らえッ!」
如月は置かれたままになっていたツルハシを握りしめると、ゴブリンに叩きつけた。
それが合図であったかのように、ゴブリンは一斉に襲いかかって来た。村人は悲鳴を上げ、冒険者たちは武器を手に応戦する。
「もう少し時間があれば!」
ゴブリンを睨み付け、ルーラスは歯がみする。時間さえあれば、この辺りに落とし穴をいくらでも掘っておいたのだ。だが、それに村人を駆り出してしまえば、それだけ井戸掘りが遅れてしまう。それでは元も子もない。
篝火を蹴倒し、松明を投げつけるが、地に撒き散らした油も期待するほど一気に、そしてごうごうと燃えさかることはなく。
「かまいません! このような雑魚相手に策を弄する必要などありません!」
玉藻に呼び出された大ガマは、「それッ」と指さす彼女に従ってゴブリンどもに飛びかかっていく。
だが、彼女の言葉は根拠のない自信にすぎなかった。1匹1匹を相手にしたとき、ゴブリンは冒険者にとって強敵ではない。しかし、それも多数となると話は別だ。やっぱり策は必要で、魔法を操り、武器を振り回す‥‥要するに「懸命に」戦っているだけでは、苦しい。
ゴブリンの群れの背後に回ろうとしたヒンメルが、舌打ちをしながら這々の体で舞い戻ってきた。通訳を介さなくても分かる。彼女の後を追って、別のゴブリンが姿を現したのだ。
もちろん、ヒンメルもただ逃げ帰っただけでない。その途上で数匹を屠っていたが、むしろ仲間の血は残った連中の発憤材料となってしまったようだ。
「三方から!?」
新たに姿を現した群れを合わせ、敵は数十匹。冒険者達の数倍にも及ぶようだ。1匹を切り伏せてもまだまだ気休めにしかならず、アンドリューは返り血を浴びつつ、舌打ちする。
「大丈夫! 指一本触れさせないから、安心なさい!」
アンドリューの焦りを感じ取ったわけでもあるまいが、浮き足立つ村人達を叱咤し、ミルクは彼らを庇う。
「いきますよ!」
アルカードの放った『ファイヤーボム』が炸裂した。野営地に着くや、そそくさと休息し始めたのである。それはこんな時のためなのだから、これくらいは役だってもらわねば! 爆音に、ゴブリンがたじろぐ。熱風は冒険者達の肌をも撫でるが、このさい熱いで済むなら我慢してもらおう。
だが、それも立て続けに打ち込んでいるだけで退いてくれるほど、敵も甘くない。アルカードの元にもすぐさまゴブリンが迫り、慌てて彼は村人と共に固まった。
「これほどとは‥‥」
間断なく繰り出される槍や剣を、ぎりぎりのところで防ぐクラリッサにも、余裕はない。
殲滅を目的とするわけでもないのだから、ゴブリンなど適当に食い止めて後は逃げ散るに任せれば良いと思っていたが、下手をすると突破さえ許してしまう。野営地には敵を防ぐ簡単な柵も無いのだから、彼女がそれを許したが最後、村人達の命はない。
もはや前も後ろもなく、たとえ切り刻まれようとも退くに退けない、苦境に置かれている。
●い ど ほ り
「くッ‥‥!」
乱戦だ。たとえ腹背に敵を受けると分かっていても、前に出て押し返さなければ村人に危険が迫る。
三方からの敵を迎え撃っていたルーラスが、うめき声を上げた。ゴブリンの、朱い錆だらけの槍が脇腹を突いている。
「下がるか!?」
罵声を上げて槍を構えたゴブリンを切り伏せるルーラスに、ウェントスは声をかけた。傷の具合が心配だが‥‥。
「冗談でしょう! 我々が下がって、誰がこれを防ぐんです!?」
傷口を見ている暇さえない。動けるならば、と信じるしかない。
「掘れ! 掘り進むんだ!!」
村人の1人が、突然叫び始めた。恐怖に正体を失ったかと思いきや、そうではないらしい。
井戸から水さえ出れば、ここから退散できるのだ。剣戟の音を聞きながらの作業になるが、なに、このままでも危険なことに違いはない。どれほどこの戦いが続くのか分からないが、戦い続けていれば、いったんは敵も退くかもしれない。わずかの可能性でも信じて、村人達はめいめいが道具を手に、蒼白な顔で井戸に潜る。
長い長い時間が過ぎた。
‥‥ように思えるだけかもしれない。月はまだ高いところにあるから、実際にはそれほどの時間は経っていないのかもしれない。
その間に冒険者達は敵の猛攻を幾度も防ぎ、退け、押し戻し、多くの敵を打ち倒し、そして大小の手傷を負った。
だが、ついに。
「水だ!」
井戸の底から、歓声が上がる。完成までもう少しだということは分かってはいたが、それでも喜びは大きい。大きくないわけはない。
「なら長居は無用! さっさと逃げ帰るぞ!!」
村人を井戸からすくい上げ、如月が大声を上げる。もちろん、仲間達も異論はない。
「行きます!」
騎乗したミルクが、先陣をきって包囲網を突破する。そこから、一行は追撃を必死に防ぎつつ、引き上げていった。
それはとても苦しい戦いだったのだが‥‥ゴブリンとの戦いはまた一歩、次の段階へと進んだのだ。