●リプレイ本文
●一刻も早く!
「急がないと! ことは一刻を争うよ!」
依頼を受けたアリシア・シャーウッド(ea2194)は荷物をまとめる時間さえ惜しく、村へと向かった。
マリー・エルリック(ea1402)も黙々と、荷物をまとめている。
「まーまー、落ち着くのね。急ぐのはいいけど、ほら、縄が垂れてるのね」
背嚢に縄を押し込みつつ、曹天天(ea1024)はアリシアの肩をたたく。
「でも‥‥!」
「了解してるのね。ゴブリンから村を守るのね。でも、慌てるのはよくないね」
「‥‥ノアさんたちが先行もしてくれてるし‥‥心配はいらないと思います。‥‥たぶん」
いつの間にか手早く荷物をまとめたマリーが、ぽつりと言う。確かに慌てず手早く、支度を整えて村に向かわなくては。
「まったく、雨に泣かされ日照りに泣かされ、おまけにゴブリンに泣かされるなんて、たまったものじゃないわよ!」
ユーディス・レクベル(ea0425)は、農民の苦労を代弁してみせた。
「さ、後を追うわよ!」
さて、一方。
ノア・カールライト(ea0422)らは馬を駆り、村へと急行していた。
「我々を待ちわびているでしょうからね!」
それを思えば、自然と鞭を入れる回数も増える。まもなく、一行は村へと到着した。村人がその姿を認め、一斉に駆け寄ってくる。
「なに、弱者を守るのはもののふの務めよ。おって仲間達もまだまだ到着する。心配はいらん」
神宮司朱雀(ea5883)は村人に手綱を預けつつ、それぞれの顔を見渡して頷いてみせた。
「とにかく、状況が知りたい。ゴブリンの様子はどうだ?」
しかし、琥龍蒼羅(ea1442)の問いには村人達は「そう仰られても‥‥」と顔を見合わせるばかり。
「いや、申し訳なく思うことはないぞ。訓練された兵ならそういったことも手慣れたものだろうが‥‥善良な村人に、ゴブリンの群を冷静に観察してこいというのは酷な話だ。ふつう、慌てて逃げる」
ウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)が微笑むと、村人はほっと胸をなで下ろした。
「俺が様子を見てくる」
「ならば、私も行こう。地勢がわからなくてはいざというときの対処にも苦労する」
ウェントスに続き、朱雀も再び愛馬に跨った。
「偵察はいいが‥‥」
「わかってる。ひと回りしてくるだけだ!」
ここまで長駆してきたおかげで、馬は疲労困憊している。まぁ、今回はそうそうこれを駆って戦うことにもなるまいが。
「騎士さま、お気をつけて! ゴブリンは何十匹もいました!」
「あぁ、任せておけ!」
●戦いの支度
「お、俺達も戦います!」
村人が、鍬や鋤をかまえて集まってきた。
「いいだろう。その勇気ある行動に、神の加護が得られるように」
ライカ・アルトリア(ea6015)は手をかざして祈りの言葉を口にしたが、村人達の姿はとても、勇ましいといえるものではない。その数は20人ばかり。一目でわかるほど、怯えている。彼らはこうした命の危険に身をさらしたことなど、ない。
「それでも、志願した勇気を称えよう」
「‥‥しかし、敵の数を考えると物足りないな。ここは、他の村人にも協力してもらいたい」
「わ、わしらも戦うのですか!?」
背の曲がった老人が顔をこわばらせてリュウガ・ダグラス(ea2578)を仰いだ。
「いや! 武器を持つ事が出来なくても、戦うことは出来る!」
怪訝そうに見つめる村人達に向け、リュウガは拳を振り上げて熱弁を振るう。
「柵だ! 村の周りに柵を張り巡らせるんだ! そうすれば敵も、易々と進入することはできないだろう。戦いの助けになるぞ!」
「そうだよ。村を守り切るには、あなたたち全員の協力がないと駄目なんだよ」
アリシアも、村人に訴えかける。
その言葉に、村人の表情が変わった。
そう。村人の中で、かろうじてでも戦えそうな者は20人ばかりだとしても、労働力はある。たとえ壮丁の半分、4分の1の働きしかできないとしても、100人以上の村人がいるのだ!
「さっそく取りかかりましょう」
スニア・ロランド(ea5929)の言葉を待たず、村人は斧を、鉈を取りに、家路を急いだ。
徒歩の一行が到着したとき、すでに村人達は戦いの準備に取りかかっていた。
「うん。それだけでもずいぶん、違うわよね」
サリュ・エーシア(ea3542)は満足げに頷くと、自らもそれに加わる。
「村‥‥畑も含む全体を覆うのはとても無理だから‥‥中心の、村長さんの家や倉庫が並ぶあたりを主に囲っていきましょ。戦いになったら、みんなにはここに隠れててもらうわ」
「仕方ないわね。たとえ囲えたとしても、とても対処できる広さではないし‥‥村長さん、それでいい? 残した家に何かがあったら、後でなおしてあげてね?」
「幸い、後ろは川だからね。そっちの方は気にしなくていいから、柵は山の側にだけ作ればいいね」
サリュとスニア、そしてユーディスらが地面に村の地図を描き、集まって意見を交換する。
「あとは、落とし穴ですね。柵だけでは心許ないですから、落とし穴が欲しい」
ノアは木の枝で、柵を表す線の前を何度かつついた。「矢頃のちょうどに」といっても弓勢はまちまちだし、そうそう都合よくは行かないが。しかし、落とし穴自体は有効だ。
もっとも、本当なら堀の方が効果的かもしれない。落とし穴は奇襲ともいうべきもので、心理的にはともかく実際の効果は一度しかない。覆い隠す手間もかかるし、「防ぐ」という意味では堀の方がよいが。
リュウガも頭をひねる。
「だが、張り巡らせるには時間もないからな。まぁ、出来るだけはやってみるか」
村人は総出で、それこそ女性や老人、子供たちまで、運べるだけの資材を運び、手伝えるだけの手伝いを始めたのだった。
●襲撃の時
準備は順調に進み、それ以上に時間は早く過ぎ去った。
見張り台の上から山の方を伺っていた蒼羅は、馬蹄の音を聞いた。
「来るぞ! 奴ら、いよいよ動き出した!」
土埃をたてて、たびたび偵察に出かけていたウェントスが戻ってくる。
「いよいよか! 皆、準備はいいか!?」
「ようは、村に入れなければよい! まずは飛び道具でくい止める!!」
蒼羅の声を聞いて駆けつけた朱雀は、言うやいなや強弓を引き絞り、先頭の一匹を見事に射抜いた。
「それッ! みんなも負けずに投げつけちゃえッ!!」
柵の内側には、握りこぶし大、あるいはそれよりやや小さめの石が山と積まれている。ユーディスは率先してそれをつかむと、ゴブリンめがけて投げつけた。村人が、それに続く。飛礫はばらばらと、ゴブリンに降りかかった。命中し、そして致命傷になるものは少ないが、ゴブリンは悲鳴を上げる。
だが、先頭の数匹がそれをかいくぐり、ウェントスを追って柵に迫ろうとした。
「はッ!!」
ウェントスは突然、何を思ったか大きく馬を跳躍させ、柵の隙間から村へと入る。当然のように、ゴブリンもそれを追ったが。
次の瞬間、地が抜けた。ちょうど、ウェントスの馬が飛び越えたあたりが。
「やった! 伊達にしょっちゅう穴ばっかり掘ってるわけじゃないよ!」
ユーディスは手を叩き、ここぞとばかりに石を投げつける。ゴブリンはもがいて逃げ出そうとしたが、その側頭部を、1本の矢が穿つ。
「絶対に近づけさせないからね!」
そう言う間にもアリシアは二の矢を構え、放った。
ラスター・トゥーゲントも横で矢をつがえ、放つ。
アリシアとしては本当は、村人達にも弓矢を持たせたいところだったのだが。玩具としてならいざしらず、弓を作るにはそれなりに吟味された材料とそれなりの腕が必要になる。加えて、射術というのは、武技の中でもどちらかといえば熟練を要するもの。一朝一夕では難しい。
ついでに言えば、猟師であっても野生動物を射抜けるような達人は稀で、網や罠を使う方が猟としては容易い。
それを考えると、大まかな狙いを付けただけの、数で補う投擲と、槍に絞った方がよい。集団というものを利用できるなら、槍がもっとも扱いやすいはずだ。
「いい? みんなも無理は絶対に禁物よ!」
もちろん、村人だって自分たちが強いなどとは思っていない。が、戦場の熱気は冷静さを奪う。スニアは改めて訓示した。
「恐れることはありませんよ! 1匹1匹倒していけば、それでいいのです! 柵越しに、よじ登ろうとするやつを突き落とし、もし越えられても数がそろう前に袋叩きにしたんでいいんです!」
ノアの言葉に、村人達の表情にも緊張がみなぎる。
「‥‥それが無難でしょう」
ライカは苦笑いしつつ、村人を率いるように柵越しにゴブリンを睨め付けた。
この3日間、ライカたちは村人に武器の扱いを多少なりとも教えていたが、身につけさせる『武具』といえば鍋の蓋くらいのもの。片手がふさがってしまう。
矢と飛礫、そしてノアの『ホーリー』、あるいはリュウガの『ブラックホーリー』がゴブリンの群を襲い、のたうち回らせる。
●終焉は日没とともに
「‥‥また、騒がしくなりましたね」
震える子供の背中にそっと手を当てながら、サリュは呟いた。ここからは戦いの様子は見えない。が、耳を澄ませば聞こえる。
ゴブリンは何度か怯みを見せ、逃げ出しては数を頼んではまた襲ってくるということを繰り返しているようだ。
「それだけ‥‥ここの食べ物を狙ってるんですね」
マリーの言うとおりだろう。村の外にも畑は広がっているが、家畜はすべて柵の中に入れられ、また備蓄された食糧もある。ゴブリンは、それを本能的に悟り、狙っているのだろう。必死の戦いが続いていた。
「うわぁ〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ゴブリンは飛礫を避け、堀を越え、そして柵に迫ってくる。村人はその隙間から懸命に矢るを突き出し、串刺しにする。
「そうだ、それでいい!」
もはや、のんきに狙いを付けている暇などない。朱雀は目に入った物を、という感じで矢をつがえ、放つ。
「む‥‥矢も尽きたか」
舌打ちした彼女はすぐさま刀を抜くと、『バーニングソード』を纏わせた。
戦いは続く。
ゴブリンはなおも村に迫り、中には柵を乗り越える奴も現れた。その都度、村人達も一斉に襲いかかって血祭りにしていたが。
ついに村人にも怪我人が出た。
「‥‥大丈夫、私が治してあげるから‥‥」
村長の屋敷に、血まみれの村人が運び込まれてくる。マリーは村人の目から彼をそらすようにして、『リカバー』で傷を癒す。
しかし、やはり村人の目に入れないということが出来るはずもなく。
「大丈夫、ゴブリンなんて怖くないのね」
そう言って天天は泣き出した子供をあやしたが、内心では困っていた。
「ダメね、私、どうすればいいのね?」
天天は、炊き出しなどに協力するマリーとともに、『雑用』を行っていた。「それが精一杯」と思っていたのだが‥‥。
残念ながら、仲間の誰もが彼女に指示をとばすような余裕はない。別に、彼女は「何も出来ない」わけではない。少なくとも彼女が思っているほどには。
自分の行動なのだから、人の判断など仰がず、『何をするのか』、『自分で考えて』決断を下せばよいのだが。
とにかく、彼女は戦場に向けて駆けだした。
力任せに柵を引き倒そうとするゴブリンを、朱雀は切り捨てる。
「‥‥しつこいな!」
それを横目で見たリュウガは舌打ちしつつ、愛馬に跨ると『門』‥‥柵の隙間に陣取った。
「通れるものなら通ってみろ!」
実のところ、前面に立つ冒険者は例外なく疲労困憊し、また少なからぬ怪我を負っていた。が、治療するはずのライカもゴブリンをくい止めるのに忙しく、なかなか手が回らない。もちろん、村人ならいざ知らず彼らが広報に下がるような余裕はない。
「だが、ここが正念場ですよ! こちらが苦しければ向こうも苦しい! いや、もっともと苦しいはずです!!」
魔法を撃ち尽くしたノアは、今度は槍を構えて敵と対峙した。蒼羅も同じく、見張り台から降りて刀で応戦している。
「そうよ! ここらで一気に押し返すわよッ!!」
一見矛盾するかもしれないが、こちらが疲弊している今こそが、反撃の好機かもしれない。スニアはここぞとばかり、敵中に飛び込んだ。
何日にも及んだかのように思えた戦いも、終わってみればわずかに半日足らずのものだった。
冒険者達の気迫にも押し戻されたようにゴブリンは怯み、背を向けた。冒険者達は「ここが勝機」と、馬を駆って追撃した。その猛攻に今度ばかりはゴブリンも体勢を立て直すことも出来ず、多くの仲間を失って潰走したのだった。
「これでもう二度と、この村が襲われないと‥‥いいわね」
サリュは、疲れ果てて意識を失ってしまった仲間達の体をなんとか動かそうと悪戦苦闘しつつ、呟いた。