●リプレイ本文
●屋敷の中には何がある
屋敷に入った冒険者達をはじめに出迎えたのは、見事な形に張られた蜘蛛の巣だった。
「うぷ。‥‥これはひどいですね」
トリア・サテッレウス(ea1716)は苦笑いを浮かべ、顔に張り付いた蜘蛛の巣を払う。
「まぁ、期待通りといえば期待通りだけどね。『幽霊屋敷』って呼ぶのにぴったりだわ」
詩の素材としては、申し分ない。クリスタル・ヤヴァ(ea0017)はきょろきょろと周囲を伺いつつ、中に入っていった。
「これはすごいですねー。やはり箒が必要でしょうか」
シフールのようにすいすいとは舞えない、人の身であるアデリーナ・ホワイト(ea5635)は身をかがめ、蜘蛛の巣に閉口しつつ中に入ってきた。ヴィルジニー・ウェント(ea4109)も、「わお」というふうに声を漏らす。
「これは、いるいる。箒にモップにバケツに‥‥大仕事ね、これは」
「おぬしら‥‥いくら何でも呑気すぎるぞ。自分の経験からすれば‥‥そうだな、例えばここで殺され恨みを持つ者だとか‥‥そういう輩かもしれん」
掃除道具を取り出すヴィルジニーに、王零幻(ea6154)はあきれ顔で苦言を投げかけた。
「あ、いや。それはそうなんだけど‥‥あのね」
しかし、零幻は周囲を伺いつつ「存外、自分の知らないアンデッドと出会えるかもしれん」などと呟いている。緊張感はあるが、零幻だっていささか違う種類のものであるようにも思える。
が、真剣な顔で考え込む姿にはイフェリア・アイランズ(ea2890)も「どうかな?」という顔を向ける。
「ん〜、お化け屋敷いうてもなぁ‥‥。いや、ま、有り得んとは言わんけれども」
「そのあたりも、調べてみないとわかりませんね。まぁ、掃除はひとまず置くとして‥‥まずはこのあたりを探して人形を見つけ、その後に屋敷全体の捜索を始めましょう。もし、危険があるようならそれを片づけると。そういう手順で行きましょう」
ヴァーニィ・ハザード(ea3248)の意見にも一理ありそうだ。片づけもいいが、もしその途中で襲われるなどしたら、たまらない。
「箒を構えて戦いたくはないですし」
フィーナ・ウィンスレット(ea5556)は、すぐに同意を表した。
「いいんじゃないですか、それで。‥‥私としてはむしろ、私好みの骨董品でも残ってないかと、そちらの方が気がかりですが。なにせ、貴族の屋敷ですし」
「あ、それいいね。何かないかなぁ。あれば、おいらが有効に使ってあげるんだけど♪」
「おぬしら‥‥」
零幻は渋い顔で、蔵王美影(ea1000)をにらみつけた。
●くらいくらい屋敷の中
「いいところ見せないとな。子供たちを泣かせちゃいけない」
ギルス・シャハウ(ea5876)は子供たちの顔を思い出しながら、笑う。幽霊に怯えながらも、自分たちの身を心配しながら送り出してくれた子供たちを思うと、気合いも入ろうというものだ。
「そうだねー。せっかくみんなの遊び場になってるんだから、幽霊さんにも許してもらいたいところだよ」
建物の中は、かなり暗い。チップ・エイオータ(ea0061)は早々に松明を灯した。窓という窓には戸板が打ち付けられている。天気のいい日ならともかく、今日はあいにくの曇り空。わずかな隙間から射し込む光も弱々しく、頼りない。一行はそれを頼りに奥へと進む。
「それにしても、よくいろんな物を見つけるものだと思いますね」
エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)は半ば呆れ、半ば感心しつつため息をもらした。なにがって、子供たちの行動力にだ。
窓同様に、正面の玄関にも戸板は打ち付けられていた。当然、出入りすることは出来ない。が、子供たちはその脇の基礎の部分が脆く欠けていることを発見すると、地面を掘り返して抜け穴を作ってしまったというのだ。
当然、子供たちが通った道を、エヴァーグリーンらも通ってきた。彼女もまた明かりを灯し、周囲を見渡した。
「‥‥あれでは?」
気づいた彼女はそこまで歩くと、埃だらけの床から人形を拾い上げた。
「聞いていた、赤い服のお人形‥‥これね」
予想通りというか、当たり前の話というか。人形は入り口近くに残されていた。
では、ここからは屋敷の探索が始まる。
屋敷にやってきた冒険者は、ミケーラ・クインを含めて13人。小さな村にあるとはいえ、寝起きする部屋のみならず大きな広間や多数の客間をもつ、貴族の屋敷である。一行は手分けして探索することにした。
「では、参りましょう? みなさま、お気をつけて」
アデリーナは松明を手に颯爽と歩いていくが、暗い屋敷の中は相当に散らかっており、服の裾を何かに引っかけて、蹴躓いた。
「うわッ!? ‥‥っと、危ないですね」
トリアは慌てて、その体を支える。
「一応、危険かもしれませんから僕が先に行きましょう」
●白い影
「ん〜、なんやこの屋敷‥‥」
零幻は曲がり角だの部屋の入り口だのを通るたびに、『デティクトアンデット』で様子を窺う。その後ろからついていきながら、イフェリアは怪訝そうに首を傾げた。仲間が訝って、声をかける。
「いやぁ。実はここに来る途中も、見てたんやけど‥‥屋敷の周り、子供らがうろついとっただけにしては、下草が荒らされとるなと。で、いま思ぉたんは、入り口近くで子供らが遊んだだけにしては、埃が積もってない所があるいうことや!」
そのことには、同じく周囲を探ったチップやギルスも思い至ったらしい。
「え‥‥じゃあ、幽霊っていうのは?」
エヴァーグリーンは困惑気味に声を上げる。まさか、幽霊が地べたを這いずり回るわけもなし。
物音。そのとき、一行の耳に物音が届いた。地面を蹴るような‥‥要するに足音のような。
「誰!?」
すぐさま、『疾走の術』を用いた美影が後を追う。視界に、なにやら白い影をとらえるが‥‥。
「うわぁッ!?」
人の声? 2つの影は、1つは2階への階段へ、そしてもう1つは地下への階段へと駆けていった。
「なんですか、ここ。酒蔵‥‥?」
フィーナは呟いてみたが、立ち上る芳しいワインの香りは、間違えようがない。そして、酒盛りらしい跡も。その酒蔵の端に、白い影がうずくまっていた。
そして、もう一方。
「逃がしませんよ!」
階段を『一段とばしで』駆け上がる影を、ヴァーニィは二段とばしで追う。
「あ、そこ‥‥!!」
ヴィルジニーが気づいて叫んだが、わずかに遅かった。ヴァーニィの足が、腐った段を踏み抜いてしまう。
「これでも当たれッ!」
それを飛び越えたクリスタルが、『ムーンアロー』を放った。見事、白い影に命中する。
「やった!」
クリスタルが指を、ぱちりと鳴らす。
●幽霊の‥‥
村人だった。
クリスタルの攻撃を受けてうめき声を上げる人影に、ギルスは近づくと急いで治療を始めた。その甲斐あって、男は2人ともおとなしく、冒険者の前に座っている。
廃墟となった屋敷には、実は村人が出入りしていた。ちょっと人目を避けたい話や逢い引きなど、大人達はいろいろと出入りすることもあったようだ。事実、彼らも出入りした裏口は開け放たれていた。
「だが、子供たちが遊んでたら何が起こるかわからないだろう? もちろん近寄ることは禁止してるんだが」
しかし、子供たちが言いつけをおとなしく聞くはずもなく。どうやら屋敷で遊んだりしているようだと悟った村人は、『幽霊』を演じてみせたのだ。遠くでうめき声を上げ、家財道具を投げつけ。そして白い布を纏ってちらりと姿を現すと、案の定、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
『あそこに近づくと幽霊が出るよ!』
目論見どおり、それ以降は近づいた様子はなかったのだ。念のため、もう何日かは様子を見ていたが。
「酒蔵にいいワインが1本だけ残っててな。役得と思って、頂きながら様子を見てたんだが」
「まさか、子供らが冒険者を呼んでくるとは」
事情がわかってしまえば何のことはない。幽霊の正体見たり枯れ尾花、とはよく言ったものだ。
「まぁでも、大事じゃなくて何よりだったわ」
ヴィルジニーは落ち着いた様子で、頷いた。
「‥‥おぬし、もしかして知っていたのでは?」
零幻はちらりと、そちらを睨む。
「あ、あはは。実は、まぁ。村の人、村長さんにも屋敷のこと、聞いてたし」
そういえば。村人なら事情を知っている人もいるだろう、当然。
「話そうとは思ったんだけど、ほら、零幻さんとかすごい熱心だから、ずるずると‥‥それに、もしかしたら本物かもしれないっていう可能性も、捨てきれなかったし」
やれやれ、こんなもんやなぁ。イフェリアはため息をつく。
「まぁ、一度、調べてみた方が安全やったのは確かやしな。それはもうえぇけど。それよりも、そもそもこんなに建物荒れたままにしとるから、こんなことになるんや。もっときちんと掃除したらえぇやん」
「そういうことですね。迷路みたいじゃなくなるのは残念かもしれませんけど、広いお屋敷だって楽しいでしょう。これからもここで遊べるよう、綺麗にしてしまいませんか?」
エヴァーグリーンはぽん、と手を打った。
冒険者達のみならず、村人も駆り出されて掃除、および修復工事は行われた。
もちろん、誰が住むわけでもなく金をかける必要もないから、元のままにというわけではなかったが。
老朽化が進んでいて『立入禁止』になったところもいくつもあったが、しかし、窓の戸板は外され、床は補修され、散らばっていた様々な物は撤去された。この結果、屋敷は村人の集いの場として、あるいは子供たちの遊び場としては、見違えるほどの物になった。
「ま、ぜんぶ丸く収まったんだし、これでいいか」
村を去る冒険者達に、女の子は人形を抱いて手を振っていた。