死者からの依頼〜誓いに縛られし魂〜
|
■ショートシナリオ
担当:戌丸連也
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月14日〜12月19日
リプレイ公開日:2004年12月23日
|
●オープニング
稲妻。暴風。豪雨。
2年前のあの夜を思わせる悪天の中、少女は一人野の中に立ち尽くす。
いや?
遠くの斜面に見える男の体は、既にそれが生きていない事を示すかのように緋に染まり、大地に伏していた。
「もう、やめてよっ! 私のために縛られ続ける必要なんて貴方には無い! どうして、神様は目覚めさせたの? どうして、眠らせておいてはくれなかったの!?」
躯に掛けられた言葉ではどうやら無いようだ。
『誰一人、御嬢様には近づけはせぬ‥‥‥我が誓いに掛けて!』
そして、キャメロット。
珍しく、誰もいない冒険者ギルドに一人、少女がふらふらと入ってくる。
無言のまま、一通の便箋と金属の物が入っていると思しき薄汚れた袋をことん、と置くとぺこりと頭を下げる。
「ち、ちょっと待った。お嬢ちゃん、依頼なのかい?」
「ええ、内容はその便箋の中に書いてありますのでよろしくお願いします」
言われて、便箋の中を開けて書かれている内容に目を通し始めた。
『冒険者の皆様方へ
御目に掛かれず、このような形で依頼する御無礼をお許しください。
依頼の内容は、ズゥンビに成り果てた一人の侍の魂を開放してほしい‥‥‥つまり、殺して欲しいと言う事です。アンデットに殺してと言うのも変な話なのですが、きちんと殺されねば最早逝く事もすら叶わないのです。
彼は、ジャパンから夢を抱いて冒険の道へ繰り出した一人の青年でした。怪我をして倒れている所を父に助けられ、うちに連れて来られてから数ヶ月、彼の傷も殆ど癒え、明日には彼は家を出ようとした晩に事は起きました。
その夜は酷い嵐の日で、家の者は締め切って早めに眠りにつきました。そこを盗賊団が襲ってきたのです! 彼らは凶悪と知られた一団で、家の者を皆殺しにして全てを奪おうと言う事だったのでしょう。刃を振るい、家の者を殺めていきました。
彼、名前は佐久間清十郎とおっしゃられましたが、家の者を守り、戦っておられましたが、何せ多勢に無勢です。血路を開いて私たち家族のいる所まできて下さいましたが、その時父は既に斬られ、私も深手を負わされておりました。そして、その時死の間際、父は私の事を彼に託し、息を引き取ったのです。
父に私を必ず守り切ると誓うと、宗十郎さんは私を抱いて脱出を試みますが、ただでさえ多勢に無勢なのに、私という足手纏いを負って逃げ切れる訳も無く。追い詰められ倉庫代わりにしていた洞窟に私の体を置いて、入り口にて盗賊どもを迎い討とうとされておられました。
ですが、既に。
私は絶命しておりました。彼は、清十郎さんはそれに気づかずに戦っておられたのです。
家の者の大半は殺され、館に火が放たれました。
神があまりに醜い惨状を嫌ったのでしょうか。次の瞬間です。
山の斜面が崩れ落ちて、全てを覆い隠してしまったのです‥‥‥盗賊団も、家の者の遺体も、誓いを抱いた清十郎さんも。
そして、時は眠りに付いたかに思われました。
しかし、先日の嵐で地盤が緩み、土砂が崩れて洞窟の口が開きました。そこに盗賊団の下っ端で見張りをしていた男が遺物を狙って現れたのです。
その男は、半ば白骨化した変わり果てた姿の清十郎さんに殺されてしまいました。
今もまだ清十郎さんは誓いに縛られているのです!
どうか、皆さん。袋の中にはカギが入っていて、洞窟の中に私の秘密の部屋があります。そこに貯金箱がありますので、十分とは言いかねますが皆様が普段得られる程度の報酬にはなると思います。彼を解放していただけはしないでしょうか。どうか、どうかよろしくお願い致します』
「報酬は今ない訳、あれ?」
顔を上げると、少女の姿は既に無く、ドアが半開きになって風に煽られキッキッと音を立てている。
「やれやれ、もしかすると死者からの依頼と言う事になるのか? こんな話に乗る奴はいるのかね」
溜息を付きつつも、壁に内容を書いて張り出す。
果たして少女の願い、侍の魂は開放されるのであろうか。
●リプレイ本文
●現れる執念
深深と降りしきる冬の雨は今にも雪に変わりそうで。薄暗い霧が辺りを包み込んでいた。
依頼が依頼だけに心が沈む。
そんな中、一人が思い出したかのように口を開いた。
「依頼人の少女の名前が判った。あの崖崩れに巻き込まれた舘の主はロバート・ハルフォード。そしてあの少女は娘のメアリィと言うらしい」
崖崩れについて照会していたユイス・イリュシオン(ea9356)が表情を曇らせたまま、しかしはっきりとした声でそう述べる。
時刻は太陽が中天にあるその時、の筈なのだが灰色の空と霧があたりを何時か判然としない状況としていた。
そして、ついに見えてきた大規模な崩落の跡の残る山肌。
それは流れた月日の分だけ草木の茂ってはいる物の全てを消し切れてはおらず、先日の嵐の再崩落によって黒い口を開いている洞窟が見て取れた。
「あぁ、しかし、泥濘を歩くってのは嫌だねぇ‥‥泥が跳ねていけない。服が汚れてしまうよ」
暗い雰囲気の中を、呟いたクロエ・コレル(ea2926)の声が彼女の予想外に高く響いたが、誰も何も言うでも咎めだてするでもなく、黙々とその場所を目指して進んでいく。
「ここから、だな。いや、ここまで、と言った方がいいか。あそこから崩れた土石流が流れ着いたのは」
レックス・エウカリス(ea8893)が足元を調べて上を見上げる。
切り取られたような絶壁の高さがその激しさを物語っていた。一瞬のうちに全ては大地に飲み込まれたのだろう。恐怖も命も想いも願いも。
「やるせないわね。本当に」
「悲しい話‥‥です」
感情を噛み締めるかのようにユラ・ティアナ(ea8769)がそう言って唇を噛み締め、エルマ・リジア(ea9311)は目を伏せて溜息をついた。
一同がそれを眺めている間に、クロエは足跡の残されている場所に水溜りにパッドルワードを唱えていた。
「ここ最近通った奴はどんな奴がいる?」
『人間のオスをみた』
「それ以外は?」
『‥‥‥後は鹿とか、狼とか』
「狼?」
『3、4匹いた』
「そう。獣はいいわ。人間の女の子供は見なかった? それからズゥンビとか」
『人間はオスだけ。ズゥンビなんてしらない』
溜息を一つついて、クロエは会話を終えてみる。メアリィと依頼人がどういう関係にあるのか、はっきりした事は判らないが。
「進んでみましょう。清十郎殿はあの洞窟にいるんだから」
白井蓮葉(ea4321)が静かな声でそう言って皆を促す。その目には確かな信念が宿っていた。異国の地に倒れた男を輪廻の輪に戻す、と言う。
皆その発言に対しては異存はない。危ういような地面を慎重に踏みしめつつ前へと進んでいく。
「この場所、何か凄く嫌な感じがするな。古戦場のような圧迫感がある」
地面に目を向けた物見兵輔(ea2766)が、今は遠いジャパンの戦場を思い、表情を歪めた。
先頭を歩いていたユイスが突然歩みを止めると、合わせて皆も足を止める。
ユイスのそして皆のその見上げた視線の先、白い霧の中に在る黒い影。
一体のズゥンビが行く手を遮る様にして立っていた。あれが、佐久間清十郎だろうか。
「‥‥生命の恩義は生命で返す、と言う所でしょうか? ジャパンの侍は義理堅いとは聞いていましたが、ここまでとは‥‥」
フィリア・クリームヒルト(ea9463)が、うめく様にそう呟いた。
既にただのぼろ布と化した衣服を身に纏い、仁王立ちにて一行が登ってくるのを待ち受けるようだ。
「待て、佐久間殿! 俺達は賊ではなく、急を聞き救出に来た者だ」
「清十郎殿、貴殿の護るべき人の声が聞こえないかしら? 彼女が私達を呼んだのよ、貴殿を助けるために。もう大丈夫だからお休みなさい、あした、また貴殿の夢と彼女を護るために」
物見と蓮葉がジャパン語でそう語りかけるが、だが、同胞のその声にも微動だにする事無く、ズゥンビはこちらをただ見つめていた。強い敵意を向け、張り詰めた空気を漂わせながら。
避けられぬ戦闘。
高まる緊張感が冒険者である彼らに構えを作らせていた。
攻撃をそのまま食らうわけには行かない。ユイスが抜き払った剣を構え、そしてすぐ後ろにいたレックスがバーニングソードをユイスの剣に向けて唱えた。
そして、直前に行使した疾風の術を以って側面に回りこみ、牽制する物見。ショートソードを構えて別な角度に入るフィリア。
ユラも弓を構えつつ、仲間に当たらない位置を確保する。
そして、クロエとエルマがいつでも呪文の行使ができるよう体制を整え、二人を守るかのように蓮葉がその前に立った。
戦闘の緊張にもそのズゥンビは微動だにする事も無く。
『ここは通さぬ‥‥‥!』
「違う、そうじゃない」
ユラが思わず発した声も、届くことは無く。
薄暗い霧の中を煌くユイスの剣。
一歩、また一歩とそのズゥンビとの距離が詰まっていく。
(メアリィ、どこにいる? この侍の魂を開放できるのは貴方しかいない! メアリィ!!)
●縛られた魂の結末
「きゃあああああああああああっ!!」
突如として発せられた声は、エルマの物だった。物音に気づいて背後を振り向いた瞬間に、そこにいたズゥンビ!
全員の意識が前に集中したこのタイミングを狙っていたとしか思えない出現のタイミング。
だが、それが現れた瞬間、ユイスと対峙するズゥンビから放たれていた圧力が一気に爆発する。怒りの念、腐り果てた顔から表情を窺い知る事はできないが、一行を無視するかのようにそのズゥンビ達‥‥‥三体に駆け寄っていく。
奇襲を受けたエルマは組み付かれ、それを引き離そうと蓮葉が棍棒で胴を撃つが、その彼女もズゥンビは襲い掛かる!
だが、突き刺さる矢がその爪を弾く。ユラの放った矢であった。
最早血肉を漁るしか心に無いはずのズゥンビが自分たちの脇を走り抜けていく。その走りは決して早いものではなかったが、斜面を恐怖なしに走り抜けていくそれ。
「清十郎殿、御加勢申し上げるぞ!!」
なんと、この勢いに物見が乗った。走るズゥンビの脇を固め、彼に対する警戒もしつつもともに走り出す。そして、優先順位の違いを見たユイスもレックスもフィリアも駆け出した!
‥‥‥十分後。
物言わぬ骸となったズゥンビ達の体が地に墜ちていた。
そして、一行の只中にいる清十郎のズゥンビ。静かに剣を向けるユイス。物見もレックスもフィリアも蓮葉も意識を再び彼に戻し、構えた。
『ジャパンの侍の魂ぞ! 例え死しても我が誓い揺らぐ事は、無いっっ!!』
そこには無い刀を構え、清十郎はゆっくりとそれを振り上げる。
「一騎打ちならば、応ぜぬばなるまい」
ユイスはしっかりと剣を構えなおすと、正面に彼を捉える。無論、全員で撃ちかかろうと、清十郎は同じように戦うだろう。だが、ユイスの誇りがそれを許さなかった。
そして、皆もそれに合えて手を出そうとはしない。
「新陰流か‥‥‥」
物見が呟く様にそう漏らす。極限にまで高まる緊張。そこには無い刀が、目に映る気がしていた。
その、踏み込みたる一歩が大地を蹴り、一瞬にして間合いを詰めていた。
殺気に反応して振り下ろされるクルスソード。
だが、そこにあるはずの無い刃がユイスの体を切り裂く!!
斬撃音。そして、崩れ落ちる身体。
「刀が有れば、私は斬られていた。あなたの勝ちだ」
臥していたのは、ズゥンビと化した清十郎。膝を叩き割られてバランスを崩したのだ。
‥‥‥既に痛みは無いのだろう。
切られた部分を何度も大地に落としながら、懸命に立ち上がろうとしては転び、よろけ、ふらついて、また転ぶ。
『まだだ‥‥‥まだ俺は戦えるっ! ここは絶対にっっ!!』
「もう、戦う必要は無いわ。総ては最早終わった事。そうだろう?」
静かに。
けれどもはっきりと響いた声はクロエの物だった。彼女と、そしてエルマとユラが四角い氷の棺をなんとか洞窟から運び出す。
「悲しい戦いは今日で終わり。もう、誰と争うことも無いんだから」
そう言ってやさしく微笑むユラ。
棺に乗せられたランタンが映し出す、小さな骸。
クロエの後ろから歩み出たのは恐らくはその骸の持ち主にして、依頼人の少女メアリィであろう。
その骸を見た瞬間、清十郎は声にならない声で絶叫して、落涙することの無い慟哭を上げる。
「ようやく、見えたのですね。守るべき者の姿が」
ランタンを手にして、エルマは呟く。
自らの無力を嘆く彼に、歩みよるメアリィ。
『今まで有難うございます。すべては終わったんです。本当に長い間、有難うございました』
霧はいつしか晴れて‥‥‥‥あたりに真っ白な雪がちらつき始めていた。
●墓前にて
蓮葉、そしてフィリアとユイスがそれぞれの様式で死者の冥福を祈る。
祈りの声が厳かに響く中、雪があたりを白く覆い始めた。まるでそれは、慈愛の神が総てに許しを与えているかのような、静かで厳かでそれでいて穏やかな。
先程までの戦いの時間が嘘であったかのような、そんな空間。
「天にまします慈愛の神よ。願わくば迷える魂を導かれん事を」
フィリアの声が、崩れたところから少し外れたオークの木のたもと。清十郎の、そしてメアリィの安息の地として彼らが選んだ場所に響き渡る。
家族の遺体も見つけ出してやりたいところではあったが厚い土砂の下。今の状況で掘り出すことに時間をかけるのは自分たちを危険に晒すと言う物見の判断で、二人の遺骸のみを弔うことにした。
「kyrie eleison‥‥二人の御霊の安からんことを‥‥」
剣を立て、祈りの言葉を述べるユイス。
「心残りは最早あるまい。慙愧の念はあるだろうが、開かれた耳にならば真実も届こうと言うものだ」
物見はそう言って、空を仰いだ。
「‥‥‥‥彼の夢も彼女を護る誓いも、この次の命で為すことができる、きっとそう」
祈り、そして、それが願い。柔らかな微笑を浮かべて経を終える蓮葉。
「願わくば、少女の魂と侍の魂が安らかに眠りにつけるように‥‥私は、ただ祈るばかりさ」
静かに目を閉じて、祈りを捧げるクロエ。
「誓いはもう十分すぎるぐらい果たしたさ。ゆっくりとあの世で休むといい」
そう言って、レックスは乾いた赤い木の実の枝を手向けに供える。
「純粋で、一途で、まっすぐな人だったんでしょうね‥‥‥安らかに。せめて‥‥安らかに」
エルマはひとつ、涙の粒をこぼして天を仰いだ。
「‥‥清十郎さんが身を滅ぼしてもなお遂げようとした思いは、きっと無駄じゃないから。今度は、女の子と幸せになってね。これで、大丈夫かな。もう、清十郎さんの魂が縛られることがありませんように‥‥」
裏の言葉が終わるか終わらないかのうちに、雲が切れて陽光が一筋、二人の墓の上に降り注ぐ。まるでそれは、神が準備した天国への階段のように。
暖かく、まっすぐに墓を照らしていた。