ハラキリ哀歌〜残されし想い〜
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■ショートシナリオ
担当:戌丸連也
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月03日〜08月08日
リプレイ公開日:2004年08月09日
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●オープニング
●ある侍の死
円盤に満つる銀月が空にあり。
地より突きでし岩の上より、長く伸びし人の影。
「天よ、ご照覧あれ。我が愛に一片の曇り無し! 君よ、悲しむ事なかれ。永遠なる幸福がもたらされん事を祈る!!」
闇に閃く白刃。
噴き出す鮮血。
苦痛に歪む顔より滴る汗。
『お前が死ねば、この娘は幸せになれる』
男の脳裏を巡る言葉。
走馬灯のように浮かんでは消える、景色。
最後に見えた、あの人の笑顔。
そして。
全てを包み込む、闇。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥数日の後。
その侍の遺骸はある冒険者達によって発見される。
「これが噂に聞くハラキリか。壮絶な物だな」
「自分で腹に刀突き立てるなんて、尋常じゃねえよ」
狩人らしき男が、傷口を見てそう呟く。
「ともあれ、弔いましょう。私は我が神へ祈る事しか出来ませんが、死出の手向けを贈ります」
「そうしてやってくれ」
無言で進む、埋葬の準備。
イギリスとは言え、夏は暑い。
じりじりと照らす陽光の中、既に腐敗臭を発し始めた遺体を埋める為に穴を掘る。
彼の人が誰かは知らず。
縁もゆかりも無い、この侍に何故この様な事をしてやるのか‥‥‥‥実際の所、はっきりとは判っていなかった。
ただ、明日は我が身の冒険者。
‥‥‥‥そう言う事なのかもしれない。
暫くの後、遺体を穴の底に収めて、戦士らしき男と狩人らしき男が土をかけようとする、と。
「まって、この方の荷物らしき物がそこにあるわ。一緒に埋葬して差し上げましょう」
そう言って、クレリックの女が風呂敷包みを持ち上げた瞬間、何かが地面に落ちた。
「紙?」
とりあげると、金髪碧眼の妙齢の女性の絵。サインはSHIROUと書いてある。
「裏は英語ですね‥‥‥‥どうやら恋人に贈った絵の様ですが。日付は2週間前、場所はキャメロットより数日の所にあったような町だと思うのですが」
不意に強烈な風が吹き、風呂敷の結びが解けて、同時に財布と思しき布も捲れ上がり、数枚の金貨が転がり出た。
「‥‥‥‥依頼?」
男が英語を覚えるのに使ったのか、英語とジャパンの文字が墨で記されている‥‥‥‥所謂単語帳のような物‥‥‥‥が風でめくれて、依頼−requestと綴られたページが開かれているのだ。
「この絵をどうにかしろって事か?」
「裏にメッセージがあるわ。最愛の貴女に贈る、ですって」
「報酬は財布って訳か‥‥‥‥」
どういう状況で、どうなってこの侍が死を選んだのかは知らないが、最後の願いであるならば届けてやりたいものだ。
だが。
沈痛な面持ちで戦士は唸る。
「俺達も急ぎでないにしても、依頼の報告をしなければならぬ身だ。残念だが‥‥‥‥」
「キャメロットで別の冒険者に託すぐらいは出来ないかしら?」
できない、と断定しようとした戦士の言葉を遮って、そうクレリックが口を挟んだ。
「ただの風の悪戯かもしんねーじゃねーか。それに女が男を振ったんなら、送りつけられるだけ迷惑ってものだぜ」
レンジャーの言葉に苦笑するクレリック。
「キャメロットならいけるわ。それにただの偶然ならそれはそれでいいじゃない。この絵はその女性に贈られるべきものだったんだから。最後の願いぐらい聞いてあげたらどうかしら?」
「あーもー判った。キャメロットまでだぜ? それからギルド行く前に酒場によってくれ。なんか‥‥‥‥急に喉が渇いてきた」
「全くお前ときたら。まあ、意見がまとまったようだから、埋葬が終わったら行こうか、キャメロットへ」
手向けに、言葉と野の花。
祈りを置いて。
●酒場にて、噂話
入るなり、気の抜けたエールをぐびぐびと飲み干すレンジャー。
そうしていると、カウンターの端で飲んでいる二人の男達の会話が耳に飛び込んできた。
「それにしてもよ、あの商人のエゴって酷いもんだね。好き合ってる恋人引き剥がして、金の為の政略結婚させようっていうんだからよ」
「へえ、そんなやつもいるんだね。何処の誰だいそんなやつは」
その問いに対する答えが、彼等一行が頼もうとしていた依頼の先の町で。
三人とも、自然に意識がそちらに向く。
「それにしても、あの商人。彼氏の侍になんていったかは知らないけれど、そいつは急に町から消えちまったからさあ大変だ。お嬢さんは後を追って町を飛び出そうとしたが、結局捕まってしまってな。今は朝の礼拝にお目付け役のクレリックに見張られて教会に行く位しか外出させて貰えないらしい」
「かわいそうになあ‥‥‥‥」
さて、その話を聞いて、こちらのクレリックの表情が険しくなってきていた。
「親になんか言われたからって、町でて死んだんだったら最悪だわ、あの侍」
「そう言ってやるな、ジャパンには忠と言う考え方があるらしい、それはな‥‥‥‥」
「私はイギリス人だから、そんな考えは判らないし」
口論になりそうと見たのか、レンジャーはどんっとカウンターの上にジョッキを置いて、二人の顔を睨みつける。
「依頼、受けたんだ。こっちの私情は関係ないだろ? それに丸投げする俺達に言えた義理でもないさ。後は、受けてくれるやつがいるかどうか。ま、こればっかは神のみぞ知るってとこだな。祈ってやるといい、神様によ」
「‥‥‥‥」
仏頂面のクレリックと苦笑する戦士。溜息交じりのレンジャー。
さて。
一枚の絵は、こうして彼等から冒険者ギルドに託される事となった。
この絵は果たして、届くのだろうか。
そして彼女の想いは、何処へ行くのか。
侍の願いは届くのか‥‥‥‥。
●リプレイ本文
●真相、それが。
男の酩酊具合からみて、既に何杯かのエールを飲んでいるのだろう。
手に握られた銅貨。
そして、対面して座る浪人は梓樺根喪吉(ea5616)。
「あの侍にお嬢様はぞっこんでな、会わずには朝も昼もあけないって感じでよ。旦那様は邪魔に思ったんだろうなあ。この男が生きている限り娘をエサにしてのあの商会への食い込みは無理だって。拾ってきた仔犬みたいなもんだ、あの侍は。犬っころみたく捨てられたって訳よ」
「‥‥‥‥そう。邪魔して悪かったですね。それではこれでエールの追加でも頼んで下さい」
しめて、ここで使った金は25CP。
握らせた金も含んでの所である。
切腹と言う物が単なる自殺でない事は、ジャパンの人間として十分過ぎる程喪吉には判っていた。
●分断、或いは?
「間違いないですぅ、あの人ですねぇ」
エリンティア・フューゲル(ea3868)が指差す先の人を見る。表情に陰りは見えるが、侍の絵に書かれている娘に間違いない。そして、脇にいる柔和そうな表情をした女のクレリック。恐らくは目付けと言った所だろう。
無言のまま、その二人に近づいていくレーヴェ・フェァリーレン(ea3519)。
人ごみの中、二人に気付かれぬよう物見遊山を装い、ゆっくりと近づいて。
「失礼、お怪我は無いか?」
気配を確認しつつ、わざと娘に身体を預ける様にしてぶつかると、その衝撃に耐え切れず娘は後ろに倒れこむ。
「な、何を!?」
クレリックが声を張り上げるが、気にも留めずに娘に手を差し伸べて、ゆっくりと彼女の身体を引き起こした。
「シローの依頼できた」
「‥‥‥‥!?」
さり気に娘に紙を握らせると、短い謝罪の言葉を述べてレーヴェはその場から速やかに離れる。
それを見届けたサリュ・エーシア(ea3542)とラス・カラード(ea1434)が、二人が教会の中に入っていくのを見て、その後を追った。
教会内。
祈りが分厚い石の壁に包まれた教会の中を包み込み、声を出す事すら憚られる空気の中、サリュとラスは行動を開始する。
「すみません、先日聖歌を歌ってらっしゃった方ではないですか?」
「先日、と言っても大分昔の話ですけれど。貴女は?」
「一緒に聖歌を歌っていただけたらと思って‥‥‥‥」
「‥‥‥‥誠に申し訳ございませんが、私はこの方の供を申し付かっているので」
そう言って、にべも無い様子でそっぽを向く。
「少しいいですか? ギルドの依頼を受けて重要なお話をしに来ました」
サリュの工作は無理と見て取ったのか、ラスがそうクレリックに小声で話し掛ける。隣にいる彼女に届かないぐらい小さな声で。
「お嬢様のかつての想い人の侍の件です‥‥お嬢様に聞かれるとまずいでしょうから僕達だけで教会の外に出てお話しましょう‥‥」
(「突然ですけどぉ、SHIROUさんの事でお伝えしたい事があるんですけどぉ、指定するお店迄来てもらえませんかぁ? SHIROUさんの事を知りたいのなら信じて欲しいですぅ」)
なんと、ラスがクレリックにそう話し掛けたその瞬間、ヴェントリラキュイを行使したエリンティアの声が彼女の髪飾りからそう囁いた。
席を立つ彼女目を剥くクレリック。慌てて追いかけようとするが‥‥‥‥。
「ごめんなさい。暫くお話を聞いていただけませんか?」
コアギュレイトを唱えたサリュが溜息混じりに、そう話し掛けた。
●そして、終わる時。
指定された店に足を運ぶ娘。そこは、町外れにある古びたパン屋だった。
店の前は閑散としている。
「貴方達ですか、士郎さんの事で話がある、と言う方々は」
「えっとぉ、まずSHIROUさんの事ですけれどもぉ、残念な事にお亡くなりになっていますぅ」
エリンティアの言葉に一瞬、何を言われたか判らない表情でそれを言ったエルフの顔を直視すると、いきなり走りよって掴み掛かってきた!
「‥‥‥‥そんな! そんなの‥‥‥‥そんなの信じない!! 約束したのに、ずっと一緒だって。そんなの無い!!」
掴み掛かられた物の、悲しげな表情のまま、払い除けようともしないエリンティア。
「僕達も埋葬した冒険者達から依頼を受けただけなので詳しい事は分からないのですがぁ、ハラキリをしていたそうです。それで荷物の中にこれがあったそうですぅ」
そう言って、一枚の絵を取り出すと、それを見た彼女は絵を抱きしめると、地面に崩れ落ちて啜り泣き初め、やがて慟哭へと変わって行く。
リューグ・ランサー(ea0266)が、声をかけようとした瞬間!
屈強そうな男を一人連れた初老の商人風の男、恐らくは父親、が駆けて来たではないか!
「貴様等何者だ。娘に何をした!?」
「真実を話したまでだ。で、貴様が一人の若者の全てを奪ったと言う訳か」
怒気を孕んだリューグの声にたじろいだ様子を見せるが、脇に控えていた屈強そうな用心棒らしき男が間に割って入ってくる。
「我が家の事には口出し無用にして頂きたい。金が欲しいのか? 薄汚い貧乏冒険者風情が」
用心棒の陰に隠れて、そうの給う商人。
「愚かしい。自らは傷つかぬ高みから声を掛け‥‥‥‥薄汚いのはどっちだ?」
「本当ですね。これが総てを投げ出して忠義を尽くした者の主とは」
現われたのはレーヴェと喪吉で、三方向からその二人を囲む。
「貴様等っ、ここでこんな事をしてどうなるか判っているんだろうな」
「何もしていないですよ、ただ貴方が何故に士郎君に死を命じたのか。その真相を教えていただきたいだけです。娘さんの目の前でね」
喪吉の言葉に口篭る商人。
その時!!
銀色の刃が抜き払われて、商人に向かっていく。
レーヴェ?
いや。
リューグ?
いや。
喪吉?
‥‥‥‥そもそも剣を持っていない。
「あの人の、士郎さんの仇ッッ」
なんとそれは、先程まで慟哭していた娘で真っ直ぐに、何の躊躇も無しに走りこんでくる!!
一筋流れる、赤。
何か、時間が止まったかのように落ちる、血。
自らの無力を思い、咄嗟の事とは言え父を手にかけようとしたその行為を恐れ、永遠に帰ってこない恋人を想って絶叫し、崩れ落ちる娘。
刃は父親には届かなかった。
喪吉の掌の薄皮一枚斬っただけ、それが総てだった。
リューグはいたたまれなくなって目を逸らすと、歯を食いしばって何かを堪え、拳を握り締めてそれを振りかざす。
打撃音。
「自分の欲望の為に人の命を弄ぶ。その結果が、これだ。満足か? 自分の娘に殺されようとして、挙句薄汚い貧乏冒険者呼ばわりした者に助けられる‥‥‥‥惨めだな」
「貴様等に何が判ると言うのだ! 私は‥‥‥‥私は私の部下と家族、そして‥‥‥‥」
「犠牲にしているではないか、家族の‥‥‥‥娘の想いを!」
一喝するレーヴェ。
娘と同じ様に崩れ落ちる、父。
「‥‥‥‥許せ、許してくれ‥‥‥‥‥‥‥‥私は‥‥‥‥私は‥‥‥‥」
失われた命は、最早戻ってくる事も無く。
すすり泣く声だけが、ただ‥‥‥‥空しく響き渡っていた。
●届けられた、言葉。
灰色の曇り空は今にも泣きそうで。
墓。
花束。
零れ、流れ落ちる涙。
いとおしむかの様に大地を抱き締めて。
また一滴、涙を落とす。
そんな彼女の背に優しく手をかけるサリュ。
「彼の為にも精一杯生きてね。みんながあなたを愛しているの。こういう形になってしまったけれど誰の事も恨まないでね」
そう言われ、少しの間泣き声が止むが。
言葉を言う気力も無いのだろうか、再び嗚咽を漏らし始めた。
そんな中、祈りを捧げていたラスがゆっくりと顔を上げた。
「貴女‥‥‥‥死ぬつもりでは? 貴女は生き続けなければなりません。生き続ける限り愛した人は貴女の中で生き続けます。だから、死なないで下さい」
大地を抱くその手に力が入り、手が土を掴む。血が滲む程強く握る手をそっと、レーヴェが取った。
「俺はその男のことを知らないし、どんな思いで自害したのかも解らない。だが、君に何を望んでいたのかは、絵を見れば何となく解る。恋人である貴女ならば、俺以上に彼が何を望んでいるか理解できるのではないか?その上で、自分がやるべき事を見つけるといい」
幽かな声で繰り返される、『望んでいるか‥‥‥‥』と繰り返す彼女。
一輪の白い花。
手向けて喪吉が念仏を唱える。
そして。
「俺は言葉は上手くないので気の利いた事は言えませんが‥‥‥‥彼はあなたを置き去りにしたのではなく、あなたが自分の命よりも大切だった‥‥‥‥と」
ゆっくりと身体を起こす彼女に喪吉とレーヴェが手を貸して。
墓の前に座り、じっとそこを見つめる。
その赤く腫れた双眸から零れていた滴がようやくに止まり、新たなそれが溢れぬように震えながら堪えて、涙を拭って。
「形はどうあれ、この男は愛するが故に、幸せを想うが故に自ら姿を消した‥‥‥‥最期の時までその事は忘れなかっただろう‥‥‥‥と俺は思う」
彼女が突っ伏していた時に脇に置いてあった絵を取ると、リューグは裏に書かれているその言葉を読んだ。
「最愛の貴女に贈る‥‥‥‥か」
その時吹いた、一陣の風。
上空の雲をわずかに吹き飛ばし、光がその場に射してきた。
まるで、雲の上に続く階段のように真っ直ぐな光。
「旅立ったのかな‥‥‥‥彼」
呟く彼女。そして、涙を振り払って。
「皆さん、優しいんですね。有難う、皆さんのような方がいる限り、総てを信じられなくなる事は無い‥‥‥‥と、自分でも信じます」
再び吹いた風は上空の雲を吹き飛ばして。
燦々と太陽の照る青空を、泣き腫らした目で見る彼女。
その瞳には、きっと‥‥‥‥未来が映っているだろうと皆に思える‥‥‥‥そんな視線だった。