橋〜悲劇に向かって、挑め〜

■ショートシナリオ


担当:戌丸連也

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2004年09月01日

●オープニング

 キャメロット近くの小さな集落に住んでいた、リック・レイモンドはキャメロット近くの町で薬師として働いていた。
 朝の薬草園の手入れを終え、一息ついていると窓を激しく叩く音がする。
「なんだ?」
 見ると、シフールが必死の形相で窓を叩いているではないか。
「おいおい、注文なら店に周ってくれ」
「ち‥‥‥‥ちゃうわっ。うちは飛脚や。で、あんたか? リック・レイモンドって人は?」
「あ、ああ?」
 リックが頷いたのを見て、鎮痛そうな面持ちでそのシフールは叫ぶ。
「あんたのおかんが倒れはったんや! 急いで家に戻りぃ!!」

 ‥‥‥‥。

 十数分後、シフールから病状を確認し、上役に事情を説明すると、薬を持ってリックは旅立っていた。
 空を仰ぎ、母の顔を思い浮かべる。
 父を早くに無くし、一人で育ててくれた母。
 薬学の道を志し家を出る際も、何も言わずに見送ってくれた母。
 あれから帰っていないが、薬が間にあわなければ恐らくは‥‥‥‥。
 そんな想いを抱き、昼も夜も無く歩き続けるリック。
(「間に合ってくれ‥‥‥‥頼む‥‥‥‥‥‥‥‥」)
 そして、2日目の昼。
 一本のつり橋の前に来ていた。
 そこを超えれば、もう集落は目の前だ。
 逸る気持ちのままに、足を掛けた。
 一歩、また一歩。
 もうすぐ‥‥‥‥もうすぐだ!
 その時!
 リックは、流れゆく景色が視界を覆い、何かがはじけるような音を聞いた。
 
 さて。
 所用を終えた一行が歩いていると、叫び声が風に乗って聞こえてきた。
 大きな道からは外れる小道を急ぎその声のほうに行ってみると、落ちた橋と一人の男が8m下の沢の中に横たわっているのが見えた。
 大丈夫か、と声をかけると力無く手を上げる。
「私は‥‥‥‥恐らくもう‥‥‥‥だめだ。その辺‥‥‥‥に鞄がないか、そこに、薬、が入っている。かあ‥‥‥‥さ、んの所へ、向こう岸、にある集落へ届けて‥‥‥‥くれ」
 息も絶え絶えと言った様子で、男‥‥‥‥リック‥‥‥‥はそう、かすれた声で言う。
 下が沢になっており、体の半分は水につかっている。
 水が落下の衝撃を和らげたようだが、どこか折っている上に傷を負ったのか周囲の水が赤く澱んでいた。
 放っておけば間違いなく死に至るだろう。
「早、く行って、くれ。下流‥‥‥‥にもう一本橋が、ある」
 下流に橋があるのは知っているし、集落があるのも知っている。
 だが、そちらのルートを選択すれば間違いなく余分に1日は浪費してしまう。逆に上流に遡れば険しい岩場であるが、渡れない事はない場所がある。
 しかし、かなり危険が伴う上に半日は浪費するだろう。
 残る道はこの場所を渡る事だが、幅10m、高さ8mの切りたった沢の上に橋が掛かっており、飛び移る事は不可能だろう。
 そして、もう1つ選択肢がある。
 ギルドの依頼でもないし、この場所に他の人もいない。見捨てたって別に構わない。
 通りがかりの、この出来事。
 さて、どうした物か‥‥‥‥‥‥‥‥。

●今回の参加者

 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2685 世良 北斗(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3088 恋雨 羽(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5235 ファーラ・コーウィン(49歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)

●リプレイ本文

●状況
 一行が直面した事態。
 別たれた橋。
 そして、水面に横たわる男。
 赤が、男の命がもう長くは持たないと言う事を指し示していた。

「かあ‥‥‥‥さ、んの所へ、向こう岸、にある集落へ届けて‥‥‥‥くれ」

 男の最後の願い。
 執念にも似たそれは、薬の受取人の命も風前の灯という事を示している。
 母の死。
 息子の死。
 悲劇は、ここに完結しようとしていた。
「助けるぞ!」
 誰が発した言葉かは判然としない。
 キット・ファゼータ(ea2307)、世良北斗(ea2685)、恋雨羽(ea3088)、リーベ・フェァリーレン(ea3524)、ファーラ・コーウィン(ea5235)、朴培音(ea5304)の6人がそこにいる。
 そこにある悲劇‥‥‥‥いや。
 運命の分水嶺に今、差し掛かろうとしていた。

●救出
「とりあえず降りて傷の手当てを」
 キットの声に皆頷くが、どうやって降りるか。9mの高さ。落ちればあの男の二の舞となる確率は高い。
「誰か縄梯子無い? 繋げればいけると思うんだけど」
 羽の提案に、キットと北斗とファーラが荷物の中から縄梯子を出す。
「3つですか、いけそうですね!」
 最後に出したファーラが期待を込めて頷いた。
 そして、繋げた縄梯子を支柱にかけて、下へのルートを確保する。
「とりあえず彼の身体を確保しなくては。誰か水泳が出来る方はいらっしゃいますか?」
 北斗の問いに羽が手を上げるが、その表情は険しい。
「怪我人を確保して、共に岸まで泳げるかどうか‥‥‥‥」
 拾い上げたバックを手にそう、答える羽。
「私がマジカルエブタイドで水位を下げるよ。恐らく歩いていけるんじゃないかな‥‥‥‥そしたら、これで癒してあげられると思うんだ」
 リーベがそう言って取り出した小瓶。
「ヒーリングポーション!」
 人命は金には変えられないとは言うが、それにしても安い物ではないその薬を惜しげもなく出した彼女の顔には一点の曇りも無く。
「行きましょう!」
 急ぎ下ろうと、縄梯子に手をかけようとしたリーベを北斗が制止する。
「リーベさんは呪文に専念してください。薬は我々が届けます」
 その言葉にこくりと頷くと、瓶を北斗に手渡して。
 紡がれる音。
 うっすらと輝く青い光芒。
 輝く壁が流れに穿たれて、彼の身体はゆっくりと水面と共に沈み込んでいく。
 一行から歩み出た羽が腰まで水に沈めながら、ゆっくりとその歩を進める。辛うじて泳がなくても前へ進める深さだった。
「酷いな、これは‥‥‥‥」
 羽はナイフを取り出して、大きく息を吐くと水中にナイフを差し入れる。
 そして、羽の腕に力が入る度、彼の出血と呻き声がさらに酷くなる。
「何してるんですか!?」
 見かねたファーラが駆け寄るが、羽は尚もそのナイフの動きを止めない。だが、ファーラにも羽のしている作業が見えてくる。
「こ、これは!?」
 何と、出血の原因は流木のとがった枝で。
 水位が下がった事で、その枝は半ば折れつつも曲がり、刺した部分を抉っていたのだ。枝を切り取る事で傷口からの出血を最低限に抑えたい所であったが、抉られていたことに加えて、水に浸かっていた事で体温の低下が著しい。
「リックさん、お母さんも頑張っているのですから、あなたも頑張ってくださいね」
 羽のしている事の意味がわかったファーラはそう言って、既に意識の落ちている彼を励ます。
 聞こえているのだろうか‥‥‥‥ピクリと瞼が動く。
「彼は任せたよ! 私は先に行ってロープを持っているから! 羽君、キット君、彼の事は任せて早く!!」
 そう、瀕死の男の手当ても勿論火急であるが、彼の母親に早急に薬も届けなければならない!
 ファーラと羽によって岸まで引っ張られた彼の身体を、北斗とキットも手伝ってゆっくりと陸にあげ、そっと降ろす。
「抜いた方がいいのか!?」
 出血の止まらない傷口を見て、キットはうめく様にそう漏らす。
 抜いた衝撃で絶命する事も十分に考えられる、そんな状態だ。
 だが、悩むキット、そして羽に北斗は両の掌を向け、二人の顔をじっと見つめる。
「培音さんも仰っていた通り、一刻の猶予もなりません。二人は薬を!!」
「‥‥‥‥判りました。、後は頼みます」
 羽の言葉に続けて、キットは自分のロープをファーラに差し出して。
「北斗が彼を背負って縄梯子を登る時、これで身体を固定してやってくれ」
「こちらは任せてください。必ず、必ず助けます」
 頷き、北斗とも視線を交わすと、キットも羽の後に続いて、対岸から培音が引くロープに掴り、対岸へ向け泳いでいった。
●氷棺
 そして、選択の時。
 突き刺さった枝を抜くか、否か。
 最早一瞬の迷いが生死を分ける、そんな状態になっていた。
「抜きましょう」
 言葉を発したのは北斗だった。
 ファーラは息を飲みつつも頷くと、北斗からヒーリングポーションを受け取る。
「リーベさん、ポーションを使用したらすぐに登ります! 準備して待っていてください!!」
 準備も何も、今までの一部始終をリーベはしっかりと見ていた。
 もとより、次に行使する呪文も決めている。
「早くしてっ!!」
 降りていない自分に対するもどかしさもあったのか。枝に手をかける北斗にそう声をかけた。
 それに後押しされ、北斗の手に力が入る。
「私の名、『北斗』とは、死を司る星の名前。ゆえに私の前で勝手に死ぬことは許しませんっ!」
 枝を引き抜く‥‥‥‥出血!!
「お母さんの為にも、頑張って!!」
 右手で出血を抑えるためにマントを傷口に押し当ててその上に満遍なくヒーリングポーションを掛けるファーラ。
 急激に広がる赤は、やがてその勢いを失って。
「傷口はふさがった?」
「油断は大敵です。このまま毛布で包んで上へ登りましょう!」
 ファーラがキットに言われた通り身体に彼の身体を固定すると、北斗は慎重にしかし迅速に縄梯子を登っていく。
 そして、崖を登り終えた北斗に結ばれたロープをリーベが解いてゆっくりと大地に身体を横たえた。
「私は悲劇なんて認めない。あなたも、あなたのお母さんも助けてみせる。だから、今少しの間だけ眠っていて」
 リーベはそう耳元で囁くと、すぐさま呪文の詠唱に入る。
 紡がれたその音が彼の身体を包み込む霜となり、そして一気に氷結してアイスコフィン、氷の棺、を成していた。
「冬疾風、少し冷たいでしょうが、我慢してください」
 そう言って、北斗はファーラとリーベの手を借りて、鞍に彼の身体をくくり付ける。
「最寄の教会は‥‥‥‥村が来る途中にありましたね!」
「街道に出てキャメロット方向に。急ぎましょう!!」

●障害
 ずっと続く坂道が、培音の、羽の、キットの足に鉛を履かせたような疲れをもたらしていた。
「まだ‥‥‥‥つかないの、か?」
 上背のある培音にキットはそう尋ねる、が。
「この坂、登りきらない事には、ね」 
 予想外に続く坂道と一刻も早く届けなければと言う焦りが確実に三人の体力を蝕んでいく。
 が、数分の後にはその坂を登り終え、目に飛び込んできたのは集落。
 そう、それも視界の先にあった、が。立ちふさがるは野犬の群れ!
 道に出ているのは4匹であるが、左右の藪にもごそごそと気配を感じる。
 傷だらけのその犬達は、明らかに人間に対して敵意を剥き出しにしていた。その傷の中には新しい物もある。
「正面を抜こう。羽、あんたは先に行って薬を届けるんだ!」
 ダーツを構えつつ、キットはそう囁く。
 まさか犬に人間の言葉は分かろう筈もないが、その言葉に一瞬の躊躇を見せる羽。何せ、数が多いだけに最悪の事態が過ったからであった。
「バカっ、躊躇するな! こんなわんころ何匹いたって‥‥‥‥突破口を開けるから、キット援護して!」
 手に巻いた包帯をハラリと解いて。
「悪いけど、手加減する余裕も理由も無い。行くよっ!!」
 じわりじわりと距離を詰めてくる犬に油断無く構える培音。
 瞬間、藪が大きく揺れる!
 飛び出そうとする影にキットはダーツを投げつけると、悲鳴に似た泣き声を挙げて、犬はそれを振り払う。そして、それに興奮したのか、その犬の脇に居る培音に犬達は殺到していった。
「今だあっ!!」
 犬達の隊形は目標に集中した為崩れ去り、空間がぽっかりと開く。
「‥‥‥‥忍法‥‥‥疾走の術!!」
 一撃離脱を果たすと、羽は振り返る事無く一路、集落に向かう。
「すまない、キット殿、培音殿。必ず母御殿の元に届けて直ぐに戻るから!」
 最早指呼の間にある村に向け羽は走る。
 傷付き、倒れた息子の。それを助けようと立ち上がった仲間達の想いを乗せて。
 そして、その姿は集落の中へと吸い込まれて行った。

●結末
 厚く包帯を巻いた姿で、じっと扉の向こうを見詰める男。
 リック・レイモンド。
 懸命の救出活動の結果、辛うじて命を繋いだ‥‥‥‥橋から落ちた男である。
 彼の本来の目的。託した薬は、母の命を救う事は出来たのであろうか。
 身じろぎする事も無く、寝返りを討つ訳でも無く扉を見つめるリックを、北斗もファーラもリーベも無言で見守っていた。
 そして、一つの夜を越えて、太陽が中天に達した時。
 運命の使者が、部屋のドアをノックする。
 現われたのは、キットと倍音と羽で。
「母さんは‥‥‥‥母さんは!?」
 俯き加減に、重い足取りで三人はリックの枕元に歩み寄る。
「まさか‥‥‥‥そんな‥‥‥‥」
「完全に助かった、とは言い難いが、何とか間に合って山場は越えたようだ」
 キットがそう言うと、リックの双眸から涙が溢れ出る。が、待ち構えていた三人は些か納得がいかず。
「紛らわしいよ! なんでそんな暗い表情でくるのっ!!」
「疲れたんだよっ、走って走って走り通しで‥‥‥‥もう、動けない‥‥‥‥」
 抗議するリーベに、培音は反論するが疲労の為かへなへなと座り込んでしまう。
「ともあれ、助かった‥‥‥‥と言う訳です、リック殿も母御殿も」
 そう言って羽は微笑む。
「よかった‥‥‥‥本当に良かった‥‥‥‥」
 涙腺が弱いのか、大泣きするリックに釣られて涙を流すファーラ。
 ドアを開いて、北斗は青く晴れ渡った空を仰ぐと、一つ大きく背伸びする。
「雲一つ無い晴天、お天道様がご苦労さんって言ってくれてる気がします」
 有難う、と震える声で繰り返すリック。
 こうして悲劇は回避され、心優しき者達の物語として記される事となった。
 運命の神に立ち向かった、勇敢なる6人に幸多からん事を祈って。