百花繚乱花吹雪

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2008年04月22日

●オープニング

 その山桜は、古木であった。
 山の中、何の手入れもされずに野放図に育った桜の木は、その幹が割れ、粘つく樹液を滴らせる。かなりの老木であるようだ。
 普通里で見る桜は老齢なものでも三十年といった所で、幹などの太さはせいぜい一尺。だが、この桜の木は大人がひとかかえもあるような太い幹をしていた。複雑に延びた枝には、淡い色合いの花が咲き誇る。桜の花は、山の中を彷徨っていた目に、霞のように美しく映った。
 猟師の男は、この山桜から離れがたく、しばらくその根元にじっと座り、ひとり至福の時間を過ごす事となった。

「桜の木に、妙な布が纏わりついているんです。あれは、妖怪です」
 猟師の男がギルドの受付で項垂れる。
 その桜を見つけて数年、毎年咲く桜の花の量は減り、今年は咲くか、来年は持つかと、やきもきしていたのだとか。そこに、今年は妖が住み着いた。
「偶然、俺は助かったんです。いつも、この時期は桜の花が何時咲くかと、通うんですが、何かが足をとったので、屈み込んだら、上から布が落ちてきて、俺の弓を絡めとり、桜の木の上へと上がっていったんです。で俺は屈んだから、すれすれで助かった‥」
 足元をとったのは、今まで無かったはずの桜の根だったという。弓は、ばきばきに折れて、落ちてくる。慌てて、その場所を立ち去ったのだが、百花繚乱の色を纏ったその布が、だらり、だらりと、下るのを見過ごせなかった。
「もう、本当にもう、寿命の桜なんです。あのままにするには忍びなくて‥‥」
「へぇ。兄さん、その桜は、見事かい?」
 真っ赤な髪した、大きな男が、猟師の後ろから覗き込む。前田慶次郎。時折、何の用事も無いのに、ギルドにやってきては、依頼を眺めて帰っている。時には、自分から依頼も出す。
「はい、真っ白な桜の花に、ほの赤い葉が添えられて、夜に見れば、闇夜に浮かぶ淡い桜の花は、本当に綺麗でさぁ。香りも高いのが、また、良い感じなんで」
「ふうん。それ、乗った」
「へ?」
「俺も見たいから、少し足そう」
「ええっ?!」
「江戸の桜も綺麗だが、山の桜も見くてな。その妖怪、退治したら一緒に飲もうや?」
 ざらりと置かれた依頼料は、猟師の男の目を丸くさせた。

●今回の参加者

 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec0997 志摩 千歳(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3999 春日 龍樹(26歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レヴィアス・カイザーリング(eb4554)/ 大泰司 慈海(ec3613

●リプレイ本文

●花見の前に。その前に。
 赤い鮮やかな髪が目立つ。神薗柚伽(eb5492)は、満面の笑顔で前田慶次郎に手を振った。
「慶次郎!」
「おおっ?! おかあさんっ!」
 がっし。
 柚伽は、巨躯を屈めて、柚伽に何となく抱擁をかます前田慶次郎の背中をぱむぱむと叩く。すでに見慣れた光景となりつつある。
「花見宴会の依頼の裏には、あんたがいるような気がしてたわ」
「おう、花見宴会だからな」
「ま、今回もよろしくね」
 正確には、桜の古木に巻きついた、やたらと派手な妖怪を退治するという依頼なのだけれど、柚伽の言葉を否定せず、思いっきり頷いた慶次郎に、柚伽はからからと笑った。
「よ、前田。また会えたな」
「お〜っ。酒に釣られたか〜?」
「まあ、そんな所だ」
 同年代の忠澤伊織(ec4354)が軽く手を上げる。軽口を叩いてくる慶次郎に、よろしく頼むと言えば、こっちこそ、楽しみにしているから、よろしく頼むと深々と礼を返される。
「慶さんよろしくね?」
 にこりと、微笑んだ志摩千歳(ec0997)の長い黒髪がさらりと肩に揺れて落ちる。
「ちょーっと待て。二人とも、この子達はっ?」
「ん、まあな。戦闘中だけで良いから、俺の馬と犬をあずかっといてくれ」
「お願いしますわ。慶さん、動物と通じ合えそうな雰囲気されてますものね?」
「あ、俺も」
 美味しいものを作りますからと、千歳が驢馬をちらりと見ると、駄目押しに微笑む。
「あー。そりゃ、構わないぞ。でも、見てるだけなら、千歳の兎姫和も、伊織の三十郎と四十郎も、遠くで待機命令かけとけば良いし‥うーん。蛍石は微妙か? 本当は戦闘に連れてくのはお勧めしないんだぞ?」
 賢いけどなぁ? と、ハスキー犬の三十郎のふさふさに懐きまくりの慶次郎は預かる事は嬉しそうではある。
 屈みこんでいる大きな背中に、派手な上着。そんな慶次郎を見つつ、アニェス・ジュイエ(eb9449)が声をかけた。
「皆始めまして、アニェスよ。ジャパンは始めてなの。珍しい酒を探すのが好きでね、こっちの酒を飲みに来たんだ」
 艶やかに笑うアニェスは、年よりも幾分か年かさに見える。緩やかになびく漆黒の髪。黒目がちの大きな瞳。年かさに見えるという事は、彼女の艶の分を言うのだろう。
 酒を飲みに来たという言葉で、アニェスの方を向いた慶次郎と目が合った。
「前田慶次郎ねぇ‥」
「何だ? 良い男ってか?」
 大きな男が屈みこんで犬とじゃれる。アニェスは思わずまじまじと見てしまったのだが、どうやらかなり自惚れの激しい男のようだと、返る言葉にやれやれと笑う。
「ジャパンには、あんたみたいに派手で物好きな男が多いのかい?」
「俺なんか、下っ端だ。もっとカブいた野郎はごまんと居るだろうよ。ま、俺は確かに上位だと思う」
「まあ、どうでもいいけどさ、旨い酒、用意してあるんでしょうね?」
 悪びれない、子供のような顔を見て、再び、アニェスはやれやれと僅かに肩をすくめ、艶然と笑う。
「桜か‥。見事なんだろうな、今から楽しみだ‥」
 猟師の話しからすると、かなりの古木だ。春日龍樹(ec3999)は、まだ見ぬ桜の姿を目に浮かべて、顔をほころばせるが、古木に巻きついているという、百花繚乱を描いた反物のような妖怪は、いかがしたものだろうかと首を捻る。そうして、まてまてと、また一考する。
「酒は一応持参するつもりなのだが‥」
 手持ちの保存食を見て、深い溜息を吐いた。花見に保存食では、腹は満ちるが、どうにも寂しい。
「あ、俺も酒は持って行く。食べ物は‥何となく、期待してて良いかもしれないぞ」
「そうか?」
「ほら」
 龍樹が慶次郎の視線を追えば、兎姫和に何やら沢山乗せている千歳の姿が。たっぷりと食べれるのは保障済みかもしれず、笑顔が戻る。
 真っ赤な絹糸の束のような、艶やかな髪が揺れる。日下部明穂(ec3527)だ。
「山桜‥。丁度良い機会かもしれないわね」
 今年の花見は、花見らしい花見をしなかった。一仕事しがてら、見事な桜を見れれば、楽しいだろう。この退治が、花見の御礼になればと思う。
 ふうむと、パウェトク(ec4127)は考える。
「古いものには霊威が宿ると申す」
 朽ち果てるのを待つだけという、その桜。果たして、本当にそうなのか。猟師に、襲われた経緯をもう少し詳しく教えてもらおうと、歩み寄った。

●花見の前に。
 黒地に鮮やかな花。牡丹、桜、梅、藤、萩、菊、芍薬‥百花とも呼ばれる意匠が描かれているその反物が二反。よく見ると、桜の古木の上のほうに絡みついている。
「これが妖怪かぁ‥妙な格好だね」
 アニェスは、布地が動くという妖怪を見て、くすりと笑う。陽魔法を使おうかと考えるが、離れないと、桜の木にも当たる。それは、本意では無い。脱げるものは脱ぐと、柄頭にジーザス教の聖像が刻まれた十字架がある、破邪の剣を構える。格闘は得意じゃないけれど、さて、行こうかと笑みを深くする。
「弓が簡単に折れちゃうってことだから、かなり締め付けが強そうねー」
 柚伽も上を見て、振り返ると、慶次郎にペット達の手綱を手渡す。
「お守をしながら、おかあさん達の戦いぶりを見ていなさい」
 柚伽は、にっこり笑うと慶次郎とお揃いの派手な上着を翻して、戦いの場所へと駆けて行く。広いようなら、大ガマを呼び出そうかと考えていたが、大ガマを呼び出すのが精一杯の広さで、戦いに支障が出るようねと、呼び出すのは控える。その変わり、柄に大きな宝石の嵌っている短刀アゾットを抜き放つ。
「木に近付けば、寄って来るようではあるな」
 パウェトクが村雨丸を抜いて仲間に合わせるように桜の古木へと近寄っていく。その魔刀、刀身は常にほのかに濡れて光る。
 その前に。
 ぽーんと、粗忽人形を投げ入れた龍樹だが、艶やかな反物は下がって来ない。生き物に反応するのかもしれない。伊織から借りた武器を構える。柄の方向から刀身の先に向けて、山に雪の降る様を描いた彫刻がなされている白木の木刀だ。そうして、先頭切って走り出す。
 古木という。ならば、木の根元で戦うのは、桜の木に負担がかかるだろうと、龍樹は仲間に声をかける。
「まあ、行けばわかるか。俺に絡みついてくれれば、それが一番だろう。出来るだけ、桜から離すぞ」
「そうですわね。派手に立ち回って、傷つけたくはありません。‥‥巻きつかれても、早めに救出していただける事を祈りましょう」
 同じく、先頭切って走るのは、明穂。手には、同じく伊織に借り受けた、大極と八卦で陰中の陰を表す坤の記号、三本の破線が刻まれた小太刀、影陰。しかし、抜き放ったのは己の鬼の守り刀。柄に鬼の字が入っており、邪気を祓うといわれている。
 借り物を折る危険を考えて、上手く巻きつけれるのならばと思ったのだ。
「お出ましだぞっ?!」
 刀身の両側に3つずつ、互い違いに鉤状の突起が張り出している。荒ぶる土地神を退けるために作られた霊剣、七支刀を構えて、同じく前衛に走り込んだ伊織が叫ぶ。
 はらり。
 僅かに赤い葉の上に、小さな山桜が花開いている。その花弁が落ちるのが早いか、艶やかな反物が落ちるのが早いか。
 衣擦れの音を立てて一気に飛んでくる、その長い反物が、桜の古木を揺らし、ざあっと、音を立てて、花弁を舞い落とす。
「かかりますかしらっ?」
 志摩の身体が淡く発光する。拘束の魔法が飛べば、一体が、その動きを止めて、ぞろりと、その美しい布地の姿を桜舞い落ちる地に広げる。
「タコ殴りねっ♪」
 柚伽が落ちた反物へと走り出す。
 龍樹に絡みつこうとしていた反物は、龍樹がその初太刀に力を込めて振り下ろした攻撃に、ばさっと、揺れる。揺れた布の端へと、伊織の七支刀が、ぐっと大外から空を切って襲い掛かる。
「また巻きつくなんて、させないよ」
 桜へと向かわせないと、アニェスは、桜の木の下へと走り込みつつ、落ちた反物を切り裂いた。明穂が、拘束のかかった方の反物へと、借り受けた小太刀、影陰で深く切りつけ。
「ひらひら、ばさばさと飛び来るの」
 長い布から身をかわし、パウェトクは端にでも当たれば幸いと、逆手の構えから、くるり、くるりとその刃を閃かせ、細かい裂傷を布地へと与える。
「もうひとつ?」
 再び、志摩の拘束の魔法が飛ぶ。
 よれよれになった反物は、その鮮やかな色彩を桜の下へと横たえて。

 後はもう。

 ひらり。

 はらり。

 桜の花が地に落ちた、百花繚乱の反物の上へと舞い落ちて。

 ───そして‥‥。

●花見。
 ざあっと、音がしたのは、風の音か。花弁の舞い散る音か。
 その桜は、本当に古く、大きな桜だった。
 回復の魔法をと、近寄った志摩だった。回復の魔法が効いたのかどうか、妖怪による拘束がとれたからなのか、それはわからなかったが。
 白っぽい葉のような苔がびっしりと生え、その苔の中から、生える緑もある。古い、古い木。
 確かに、桜の花も、点々と、僅かにしか咲いていなかった。
 赤みを帯びた葉の上に、申し訳程度に咲く、精一杯咲いているだけ。深い森の色を纏ったその古木に、点々と咲いている、彩り。
「あ‥れ?」
 伊織は、目を擦った。依頼ではあるが、こんなに見事な古木の、最後になるかもしれないという桜を見せてくれた猟師に、感謝して、さあ一緒に酒を飲もうと声をかけて、桜を眺めた、その時。
 苔生したその枝から、若芽が吹き出し、蕾が生まれ。
 こりゃあ良いと、慶次郎の呟きが聞こえた。
「桜の精さんとかがおったら、宴に誘えれば良いかと思うておったが‥これは‥」
 次々と開花する、山桜の新芽と花。
 青空を背に、ふわりと揺れる、桜の雲。
「満‥開‥か」
 龍樹がぽつりとつぶやいた。
 生憎、この現象を読み解く者は居なかったが、桜の古木は、冒険者と猟師の目の前で、木魂へと変化したのだった。
 木魂。樹齢百年を越える木が、稀になるという。その性格は温厚で、僅かに知性を持つという。
 生まれたばかりの木魂が語る事、思う事は僅かではあるのだろう。しかし、この満開の桜は、長く気にかけてくれた猟師と、助け手の冒険者への感謝の気持ちでもあった。

 そして、始まるのは、宴会だった。

 準備は万端。
「イギリスの酒も悪くないよ」
 はらはら落ちる桜の花を見上げて、アニェスが、満面の笑みを浮かべる。妖怪退治も冒険者の仕事のうちだが、この宴席が無ければ、手を上げたかどうかと。差し出すのは、発泡酒。しゅわしゅわと立ち上る口当たりの良い酒は、最初の一杯に飲み干される。なんなら、スウィルの杯も試してみるかいと、蜂蜜のごとく甘くなるという、魔法の杯を差し出すと、何でも興味深々の慶次郎が手を上げる。
「うっそーん」
「面白いだろ?」
 目を丸くする大男に、アニェスが笑う。
「慶次郎、あんたなんか芸はできないの?」
 古木の下、舞い落ちる花弁に、抜けるような青空。美味い酒とくれば、余興が必要では無いか。柚伽は、慶次郎の襟首を引っ張り上げれば、はーい。おかあさんと、手を上げる。
「ジャパンの桜、かぁ‥うん、話には聞いたことあったんだけどね、見事なもんだ‥」
 重なり合う花の陰影が美しい。花吹雪も見事だ。特に、あんな咲き方を見れるとは思わなかったと、アニェスは引っ張りあげられた慶次郎を見つつ、踊りなら、まかせとけと、立ち上がる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
 猟師に、酒を注ぐと、明穂はほうと、小さく溜息を吐いた。歌なら歌うと、余り上手では無い歌を歌いだした慶次郎をちらりと見る。雪見酒の次は花見酒。
 酒好きは、何が無くとも酒盛りをするものなのだ。
「うむぅ‥桜は良いな‥本当に見事だ‥」
 龍樹は、ちびりちびりと酒をなめ、この桜に目を細める。口元には笑みを浮かべてはいるが、時折、溜息をつくのは、ふとしたはずみに落ち込む酒の性のようで。
「美味そ〜う」
「俺が作ったんじゃないがな」
 食べ物に釣られて来る慶次郎を笑いながら、伊織の出す重箱の中には、頼んで詰めて貰った酒のつまみがぎっしりと入っていた。鳥の炙り焼きに木の芽が添えられ、根菜の炊き合わせ。イカの酢味噌和えには金胡麻が散り、ゆで卵の燻製は、ほんのりと桜の木の香りがついていて。
 大皿や、鍋に、沢山の料理を作るのは千歳だ。
 鮭の入った白濁した鍋は、まだ、僅かに冷える山の空気を緩める。わしも出そうと、桜餅風味の保存食を乗せるパウェトク。
 そういえば、花見はほぼ一年振りだと、千歳は思い、軽く溜息を吐く。
「‥本当は一人でなければ良かったんですけど‥」
 思うように行かなかったのか、ただ、時が悪かっただけなのか、それは彼女しか知る事は無いが、舞い落ちる花弁を眺めて、もうひとつ、溜息を吐いた。
「ふむ、あらためて見るれば見るほど見事だな、また次も花を楽しませてくれれば良いが‥」
 龍樹は、思いがけず沢山の食べ物に、相好を崩して、山桜の古木を眺めて笑った。

 多分、きっと。

 来年も、再来年も。

 助けてもらった恩を忘れずに、この山桜は咲くのだろう。