躑躅の影で笑う

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月07日〜05月12日

リプレイ公開日:2008年05月18日

●オープニング

 手入れのされない山躑躅。その、鮮やかな躑躅色が、新緑の山の中で咲き誇る。
 岩肌を這うように、下がって咲く山躑躅、木々の間から、零れ落ちるように咲く山躑躅。
 その山は、奥まった場所にあり、猟師ぐらいしか目にする事の無い山の花の宴だ。
 しかし、その山躑躅の山は、奥まっているにもかかわらず、どうやら個人所有の山のようだった。張り巡らされる高さ六尺ほどの竹の柵。猪や、熊などがあまり出ない場所なのかもしれない。その柵は、一山ぐるりと囲ってあった。猟師の足で、回って一日という所か。
 柵の一箇所、人が出入り出来る場所がある。その、場所は、よく見れば、獣道のように躑躅の山の中へと続いており、反対側は、一山越えた山の村へと繋がっている。山の村までも、猟師の足で徒歩半日といった所だ。
 その、躑躅の山の中には小さな庵があった。
 庵の周りには、品種改良した躑躅の花が、白、赤、躑躅、ふちが白く中が桜色に染まった花など、満開に咲き誇る。甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
「お父様は無事かしら」
「大丈夫だよ、きっと大丈夫」
「何時までもここに居るわけにはいかないわ。お父様も心配なのですもの」
「そうだね。この食料が尽きる頃までに、あのイヤらしい奴等が消えないようなら、俺が助けを呼びに行こう」
 庵の中で、娘と、青年が、脱出の相談をしていた。軽業を芸にする、旅芸人の青年は、怯える娘をなだめる。一人娘を嫁にくれ。そして、そのまま、旅に出る。そう言われれば、温厚な父親でも怒るのは当たり前だ。
 でも、娘の手を離す事など出来なかった。その、報いだろうかと。
「でも!」
「どうしてか、この庵には入ってこないみたいだから、ね?」
 これは、父親の心だろうかと、娘は思う。この人と、旅に出たい。そう、思った。父親は大事だ。母が鬼籍に旅立ってから、十年。苦労してきた人だ。大事に育ててくれた人だ。けれども、これは譲れない。風のように生きる人と、共に行くと決めた事は。
 庵から、出すまいとするかのような、あの骨の姿を見ると、泣けくるのだ。あれは、本当に父の心なのかもしれないと。

 山の躑躅は、かなり、昔から育てているのか、背の高い、立派な躑躅ばかりだ。
 細い獣道は、その躑躅の庭‥というより、躑躅の迷路を四方八方に繋がっていた。
 がくり。がこり。
 嫌な音がする。
 その躑躅の森、躑躅の迷路に、怪骨が現れたのだ。
 その理由は。
「私が悪かったのです」
 半死半生で、冒険者ギルドに駆け込んできたのは、その躑躅の森の住人である男。年の頃は四十になるかどうかだろう。
 男は悔恨の念でいっぱいのようだ。
「娘を‥失う事の怖さで、我を忘れていた‥」
 その山で、今年二十歳になる娘と二人で暮らしていたという。娘は、気立ての良い、素直な娘で、あの男の娘にしてはと、交流のある村の人々にも可愛がられていたという。その、娘が、旅芸人に恋をした。
 一緒に行くと、初めて親に逆らった。
 行かせたくない。
 そう思ったのだと、男は自嘲する。
「腹ただしさに庵を飛び出し、躑躅の中を無闇やたらと歩いていた、その時、囁かれたのです」
「囁き?」
「はい。『嫌なら、行かせない様にしてやろう』と」
 真っ白な犬が笑ったのだという。
「それで‥」
「叶ったら、山を貰うと」
「約束を‥」
「してしまいました」
 愚かな事をしました。けれども、その愚かな罪は、償わなくてはならないと。
 娘と旅芸人の青年は、山から旅立つ事は無く、庵に閉じ込められているという。
 怪骨が、躑躅を揺らし、山を彷徨う。
 娘と、旅芸人の青年を助け出して欲しいと、祈るように願い出た。

 躑躅の陰で、嫌な笑い声がする。
 それは、毛むくじゃらの姿をしていた。三尺ほどの大きさのその獣。獣なのかどうかわからないが、真っ白な犬のような姿のそれは、悪しきモノに違いなかった。

●今回の参加者

 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

キース・ヴォルク(ea4274)/ ジュディス・ティラナ(ea4475)/ エンデール・ハディハディ(eb0207

●リプレイ本文

●躑躅の山
 空は真っ青に晴れ上がる。
 新緑の芽吹きの香りが、むせ返る山道を、冒険者達は行く。
 躑躅色が新緑に覆われる山の中に、時折鮮やかな色を見せる。じき、満開の躑躅の山に到達する。
 何所かけだるい雰囲気で、独特の笑い声を響かせ、トマス・ウェスト(ea8714)はしょうがないね〜と、見送りの二人の事を思い出す。問題の山の躑躅の迷路。上空を飛んで、地図を書いてもらうはずだったジュディス・ティラナとエンデール・ハディハディだったが、その山まで出向くのに日数がかかる。
「真っ白な犬? 犬がそんな事を出来るはずがない。この様な魔物の類は初めてだな」
 ありえない。そう、超美人(ea2831)は断言する。特にこれといった知識は無いが、長く戦いに身を投じてきた感とも言うべきものが、そう彼女に告げるのだ。その裏づけは取れず、僅かに考え込めば、仲間達に妖を暴く知識のある者が数人居た。ジークリンデ・ケリン(eb3225)が、記憶の糸を手繰る。
「その、白い犬は、邪魅‥‥と呼ばれるデビル‥‥悪魔ですわね」
 邪魅。毛むくじゃらの犬のような外見をし、これと思った人物に狙いを定めて、力を貸すことを約束しながら欲望を育て、堕落と悪の道へと誘うデビル。直接的な力は無いとされているが‥‥。基本は言葉巧みに人を欺こうとする、この国独自のデビルである。
「ふうん。やっぱり、悪魔か。しゃべる犬なんて、化生や悪魔の類に決まってるからな」
 かしかしと、軽く頭をかくと、日向大輝(ea3597)は、それでも約束せずにはいられなかった、依頼人をちらりと見る。憔悴するその姿。子を持つ親の気持ちは未だわからないが、単純なものではなさそうだ。
 愛するが故に。そんな父親の不合理で、けれども切実な気持ちをゼルス・ウィンディ(ea1661)は言葉に紡ぐ。心のほんの僅かな隙間に、彼奴等は忍び寄ってくるのだから。
「過ぎた愛情が心を狂わせ、不幸を招く‥‥。いかにも悪魔の好みそうな状況ですね。‥‥思い通りにはさせません」
「深く美しきは人の心、然れど恐ろしくもあり、それでも、まだやり直せるなら力になりたいと存じます」
 ええ。と、ジークリンデが頷く。悪に落ちるのも人ならば、神のごとき善に昇華するのも人だから。
「とすると、通常攻撃も効かないだろう。九尾の狐以来の難物だな」
 かつて退治した、化生のモノを思い返し、美人はやれやれと肩を竦める。
「目印は、白い躑躅で良かったよな?」
「白い躑躅が咲いている方へと進めば、庵に着くらしいね〜」
 依頼人が山の持ち主なのだから、地図は簡単に出来そうである。ただ、上から見る地図があれば、楽になるだろう。
「うわ‥‥山躑躅‥‥キレイだねぇ」
 その山は、いきなり目の前に現れた。周りの山は新緑の緑で溢れかえっている。その中に、躑躅色、赤、白、様々な色合いで、こんもりと活けられた花篭のような山に、大泰司慈海(ec3613)は感嘆する。出来る限り、この躑躅を荒らしたくは無いとも思うが、この躑躅の山に閉じ込められている二人を無事救出出来るかにもかかっている。依頼人を空飛ぶ絨毯に乗せると、確認の為にお願いねと、ほぼ依頼人と同じ年齢にもかかわらず、妙に愛嬌のある笑顔を向ければ、おっかなびっくり依頼人は空飛ぶ絨毯に乗る。
 その横を、ジークリンデの霊鳥ヴィゾフニルが飛び、地図はほぼ完璧なものが出来た。
 躑躅は密集して植えられており、戦闘に適した場所は無い。ただ、分かれ道はいくつかあった。
「最も短いルートでよいではないか〜。怪骨を引き寄せうる場所はここでいいだろう〜」
 丁度中腹。引き寄せれば、庵までの道が、すっきりと開くはずだ。トマスの指した場所が適しているだろうと、仲間達も思う。
「まずは人質の安全確保だ。救出無くして、次は無い!」
 美人が力強く頷いた。マクファーソン・パトリシア(ea2832)は、美人から受け取った呼子を仲間に見せる。
「これで合図が送られれば白い犬退治開始って事でいいかしら?」
 ゼルスは、行きがけにキース・ヴォルクから告げられた助言を思い返す。大丈夫。きっと。そう、頷く。随分前から祈りを捧げていたその魔法は、青空を彼の頭上から奪う雨雲を発生させていた。

●躑躅の迷路を抜けて
 美しい躑躅の中に、嫌な雰囲気が漂う。
「まあ、これくらいなら、大丈夫そうだな」
 大輝が、手斧を振り下ろせるか、確認をする。狭い道。獣道とは良く言ったもので、大人ひとりが進むのが精一杯である。
 その一番前を慈海が進む。手には浄玻璃鏡の盾。鏡のように磨き上げられたその盾に、色とりどりの躑躅が映り込む。
 マクファーソンが、嫌な顔をする。
「なんか、うじゃうじゃいそうね。用件済んだらさっさと逃げるわよ」
 ざざざざざ。
 躑躅が揺れて、がこり、がくりと、硬い音がし始める。怪骨だ。
 幸い、躑躅はどれも大きな木で、日本刀が躑躅の迷路を突き抜けて攻撃をしてくるとかは無いようだ。それだけに、先頭の者に負担がかかる。
 列をなしてやってくる怪骨。
「引き寄せる場所まで、もうちょっとだよっ!」
 慈海は、トマスから降霊の鈴を借りている。この鈴が鳴っている間は、アンデッドは鈴の音に引き寄せられて来るという、魔法の鈴だ。庵の二人を救出する為の、囮班と、救出班と分かれる事になっている。
 大輝と美人も前に出れるのならば、戦う気は十分なのだが、いかんせん、躑躅の迷路の道幅は、あまりにも狭い。という事は、怪骨も一体しか前に居ないという事だ。だが、倒さなくては、前に進めず、倒して前に進もうとすれば、新たな怪骨が現れるという、じわじわと消耗する、戦いになるのだ。
 振り下ろされる怪骨の日本刀を、慈海が、その盾でがっちりと受ける。
「コ・ア・ギュレイトォォォ〜!」
「らちがあきませんね」
 トマスの拘束の魔法が飛ぶと、慈海のすぐ後ろに居るゼルスが竜巻を発生する魔法を放てば、躑躅が花吹雪となって、怪骨と共に空へと舞い上がり、鈍い音と共に、怪骨は地面に落ちる。その後を、追う様に、色鮮やかな躑躅が舞い落ちて。
 ようやく、庵に辿り着く。
「色々あるんだろうけど話は後。まずはこの場を離れて怪骨のいない場所まで行く事を考えて頂戴!」
 マクファーソンが、庵の中の2人に声をかければ、顔を出す、旅芸人の男と、娘。旅芸人の男は、集まっている姿を見て、すぐにそれが冒険者だと知り、娘に助けだよ、大丈夫と、頷いて。
「!」
 庵の周りは、四方八方へと、小道が延びている。その小道から、怪骨が一斉に現れる。
「近寄らせはしなくてよ?」
 炎の力により、努力と根性を誘発させる魔法を、旅芸人の男と娘にかけていたジークリンデが微笑み、石化の魔法をかける。地表から、真っ白な怪骨が、灰色の石像へと変化していく。
「ごめんあそばせ」
 怪骨の数が、減っている。減ってはいるが、次から次へと出てくる事に変わりは無い。
 ジークリンデの連れてきたフロストウルフのアインラッドが、前方の怪骨へと飛びかかれば、その隙に、マクファーソンの水球が怪骨へと打ち込まれる。
「聖なる母の元へ帰りたまえ〜」
 トマスの浄化の魔法が、次々と、怪骨を再び黄泉路へと向かわせて。

 その頃、囮の仲間達は、あまりにも多い怪骨に辟易していた。
 その場所へと、怪骨を連れて走る事に、酷く抵抗する己の身体に美人は、奥歯を噛締めた。
「逃げる? 私が‥‥。依頼達成の為なら仕方あるまい。出来るだけ、途中で憂さ晴らしをさせてもらおう!」
 逃げるわけではなく、囮になっているのだけれど。
 背後から襲い掛かる怪骨をかわすと、月光に光る露を映したような短刀、月露で打ち込む。流石に一撃では倒れないが、ぐらりと揺れたその白い骨は、遠からず動かなくなる。
 慈海の手の鈴の音が怪骨をさらに引き寄せる。これで、脱出する仲間達が有利になれば。
 かなり息切れしてきた頃、ようやく、笛の音が、躑躅の山に響いてきた。
 仲間達が、囲いを抜け、脱出した合図だ。美人が嬉しげな声を上げる。
「救出完了の合図? これで親玉退治に専念出来る!」
「は〜。そんじゃあ、もう近寄って欲しくないよね〜」
 慈海は、鈴をしまうと、魔除けの風鐸を取り出した。風が吹けば、この風鈴を中心とし、かなりの範囲、アンデッドは近寄れない。幸い、ゼルスが躑躅を飛ばしまくっていたおかげで、風通しが良くなっていた。がこり。がくりと、怪骨が引いて行く。
「状況に応じ怪骨達へ指示を出す必要性を考えれば、そう遠くない距離にいるはず‥‥」
 一息吐くと、ゼルスは、巻物を開く。その巻物は、月の魔法の巻物。
 飛ぶは月の矢。
 邪魅。
 指定されたその名を持つ者は、この場にただひとつ。
 そうして、ゼルスの思った通り、邪魅は遠くない場所に居た。
 咆哮が上がる。
「何所っ?!」
 ゼルスは周りを見回す。しかし、迷路の中では視界が利かない。唸り声の方角は、わかるが、そこに行き着くまで、怪骨をなぎ倒し、地図を見ながら進まなくては辿り着かない。

 救出した仲間達は、再び躑躅の山に入るかどうか、考えていた。
 大輝は、行くつもりで歩き出す。
「後は、体力の許す限り、怪骨や邪魅退治かな」
「う〜ん、そうなのだがね〜。ここで色々失うかもしれない危険を冒してでも、今倒すべき相手かね〜?」
 トマスは、最初にこの依頼を聞いた時から、その知識により、白い犬が邪魅であると理解している。下級悪魔。正面から相手をすれば、負ける筈の無い敵である。しかし、悪魔は様々な手管を使う。下級といえども、その主だった特殊性は、変化である。
 変化されれば、それを見つけるのはまた別の話になってくる。
 数々の戦いの経験がその言葉を言わせたのかもしれない。
 
 怪骨は確かに退治する事が出来た。しかし、邪魅の姿は捕らえられなかった。躑躅の壁さえなかったら。上空から、月の矢を撃つ事が出来ていたら。邪魅の姿を見ることが出来ただろう。そうすれば、仲間達の攻撃は当たる。
 だが。
 躑躅の山から、怪骨は消えた。
 とりあえずの平和は戻ったのだ。
 涙ぐみ、旅芸人の青年と、娘の手を取る父親。彼等にもうわだかまりは無さそうだ。
 何年かに一度はちゃんと帰って来てあげてねと、言う慈海の言葉に、娘は頷き。
 躑躅の山から、二人の救出は成功したのだった。