●リプレイ本文
●五月晴れの空に。
神薗柚伽(eb5492)を見つけると、前田慶次郎は何時ものように、お母さんと嬉しげにがっしりと抱擁をかます。柚伽は、そのかなり年配の息子ほどの慶次郎をぱふぱふと叩く。
「あんたフラフラ遊んでるみたいだけど、どっかのお坊ちゃんなのかしら? けっこういい年なのに困った子だね。オカアサンハ心配ヨ」
「あっはっは。まあ良いじゃないか、ほら、嫁を貰うと大勢の美人さんが泣いたりするじゃないか?」
しっかり棒読みの柚伽に、真意を質すつもりは無い。慶次郎もそれはわかったのか、愛想良く笑い返す。
同じ年代の忠澤伊織(ec4354)は、何時もの光景に目を細めつつ、何度目だ? そう、慶次郎と挨拶を交わせば、江戸に来てから、ずっと顔会わせてるなぁと、大型犬が尻尾を振っているかのような嬉しげな慶次郎に、苦笑する。
「真由ちゃんっていう、慶次郎好みの女の子の簪を取り戻すのね?」
柚伽は、満面の笑みで頷く慶次郎を見上げる。そういえばと、伊織が、顎をなでながら、問題の簪の依頼書を眺めて呟く。
「男からもらった、大事な簪なのかな。妬けるねぇ」
「がーん。そうだった!」
「‥‥前田さん?」
また、手伝ってくれるのかと、パウェトク(ec4127)が慶次郎に振り向くときには、なにやら縦線を背負っている姿に、まあ、よろしくのうと、声をかけた。
そんな依頼主を、高千穂梓(ec4014)は見てみぬ振りをしつつ。大事な人から貰った簪という事だと。
「思い入れのある簪なのだな‥‥」
「きっとみつけて、元通りのきれいなまま、お返ししたいものです」
大切にされている簪なのですねと、齋部玲瓏(ec4507)は、頷く。それにしてもと、十七夜月風(ec4855)は思う。光物を集めるのは、鴉の習性であるが、見境無く収集するのはいかがなものかと。
「‥‥獣はこれだから困る」
「そうさのう。こんな街中を大きな鴉が我が物顔に、何とも危ないことだわい」
今に、人から直接奪うのでは無いかとも懸念される。辺鄙な場所なら、まだお目こぼしもあったかもしれないが。玲瓏が大きな目を僅かに伏せる。
「小さな子が襲われたりでもしたら大変」
「まあ、巣を作ったところが悪かったと思ってもらいましょうか」
少しかわいそうではあるけれどと、日下部明穂(ec3527)が頷く。銀杏並木は、ある程度人通りも多い。万が一の事があってはいけないだろう。
「簪、良いよね、便利で綺麗」
きらきらと光る簪、細かい細工の簪、くるりと金属を曲げただけの簪まで、様々な色や形や、装飾を施したそれは、女性にとっては大事な品だ。とても好きと、アニェス・ジュイエ(eb9449)が満面の笑みを浮かべる。
けれども、大鴉が好きで持って行くのは困るのだ。
●大鴉の巣
晴れ渡った空の下、若緑の色をした銀杏並木は、薫風香る。
玲瓏が、巣を確認する。何本もある銀杏の木の中腹辺りに、ひのふの‥‥全部で十の巣があった。そうして、中ほどあたりの巣に、依頼主の簪らしきモノを見つけた。
「あそこに、見えます」
するすると、最初の銀杏に登り始める風が、仲間達に確認の声を上げる。
「特に他には取られた人は居なかったんだよな」
「これが最初みたいね。気がついたのも、これが最初でなかったら、もっと早く退治依頼が出てたそうよ」
明穂は、来迎寺咲耶が聞き込んでくれた、大鴉に関する被害状況を確認していた。今の所、誰も居ない。大鴉が十もの巣を作ったのは、居心地を試していたのか、仲間を呼ぶためか、それも定かではないが、万が一、仲間を呼ばれるのならば、さっさと叩き落すに限る。
慶次郎が柚伽の登る木の下で風に手を振る。
「落ちたら、全力で受け止めるのよっ!」
「お母さんの体重に潰されて粉々になっても、がんばるからっ!」
「‥‥落ちてやろうかしら」
職業柄、生業柄、隠密行動専門柄、さらにその小柄な体躯もあいまって、絶対落ちる事などは無い柚伽であるが、このまま、ぐうの音も出ないほど、落ちるのも良いかもしれないと、ふと思うが、何はともあれ、大鴉の巣を確認しなくてはならない。
「はあ、これね」
その簪は、大鴉につかまれたとみられる傷は多少あったが、崩れては居ない。早めに依頼が来たのが幸いしたのだろう。
さわさわと揺れる、銀杏の葉が身体に触れるのは、何となくくすぐったいが、心地良いものだと風は思いつつ、慶次郎と柚伽の漫才を聞きながら、大鴉の巣の中を確認する。細かい枝で作られた大鴉の巣だったが、一番端のここには何も無い。どうやら、巣の中に蓄えるのはこれからだったようだ。
ぐっと、手をかけると、しっかりと固定された巣を叩き落す。
ばさばさと、壊れながら落下する巣を見ながら、明穂が小首をかしげる。真っ赤な絹糸の束のような髪が、ぱさりと落ちる。
「やる事が‥‥ありませんわね」
巣の中に、何かあるならば、それを手分けして回収し、持ち主を当たるという事も出来るのだが、無いとなると、見守るしか出来ない。
「戦利品があれば何かと助かったのにな」
梓も頷く。
「卵も雛も、無い様で、なによりだの」
同じく、パウェトクも少しでも手伝いになろうかと、銀杏に登る。するすると登るのは、柚伽ぐらいで、パウェトクと風は、比べれば少しゆっくりで、柚伽がふたつ目を落とす頃に、ひとつ目を落としにかかるが、手は多いほうが早く終わる。
「罠も何とか出来たぞ」
「あたしも出来たわ」
「伊織のはわかるが、アニェス‥‥が罠か?」
「そう。あたしとあんた、どっちが派手かねぇ?」
「そりゃ、聞くまでも無いだろう? 俺は美人より派手なつもりはございませんともさ」
「口から生まれてきてるみたいね」
「まったくだね」
これでもかと、じゃらじゃらとアクセサリーを身につけた、アニェスが、慶次郎に声をかける。すると、にやりと笑う慶次郎はこくこくと頷いて。なんてまあ、達者な口だと、アニェスは僅かに肩を竦めれば、柚伽が、賛同の頷きを返し。呆れ顔の女性陣に、慶次郎は悪びれずに笑う。
伊織が、その様子を眺めてくすりと笑う。伊織の作った罠は見事なものだった。野生動物ならば、簡単にひっかかるだろう。さて、大鴉は、どうなるか。
やがて陽も暮れ始める。
●大鴉
鈍い鳴き声が響く。
「ちょっと底意地悪いかしら」
山盛りの、落下した巣を、銀杏並木の目立つ場所に明穂とアニェスが置く。銀の簪は、柚伽が、丸屋の慶次郎の所の若い衆に預けてある。そうして、行き来の少なくないその銀杏並木を、退治が済むまでとおらないようにと、玲瓏が動く。ぺこりとお辞儀をして回る玲瓏の可愛らしさに、近隣の商店街の皆さんが、道路整理に乗り出して、そこいらあたりは問題無さそうだ。
大鴉は、巣がすべて落ちているのに、激しく動揺しているようだ。
夕暮れの茜色にくっきりと浮かぶ真っ黒な鳥の姿。
陽が沈んでも、太陽の力が使えるという補助の力がついた月桂冠を僅かに触り、アニェスは詠唱を始める。彼女の手から、寄って来る大鴉へ、一直線に光りが飛んで行く。その光りは、大鴉に当たり、嫌な鳴き声を響かせる。
「はいはい、こっちよ」
夕暮れにも、きらきらしいアニェスから、放たれたのだと、理解したのかどうかはわからないが、巣が落ちた腹いせはしたいようである。一羽は、よろけつつ、もう一羽は、アニェスへと急降下を開始する。
木にとまってくれれば、影から爆発をかける魔法が使えるのだけれどと、明穂は大鴉の動きを見逃さないように注意する。
「鴉は嫌いじゃ無いんだがな‥‥」
依頼ならば、退治するのみだがと、風は、小太刀陸奥宝寿とホーリーナックルを構える。そこにつけられた、レミエラの輝きも光物として、大鴉の注意をひきつけられはしないかと考える。
アニェスに寄ってきた大鴉へ、それとばかりに、柚伽の網が投げられる。一羽がそれにひっかかる。流石に、大鴉である、網を破ろうとあがくが、その前に、仲間達がわらわらと寄って行く。幸い、怪我をしていない方の大鴉で、相方が捕まった大鴉は、その速度を緩めるが、そこへパウェトクの短弓から矢が飛び、再び、アニェスの陽魔法が、闇を裂いて飛んで行く。
「さあて」
伊織が落ちた大鴉に大脇差一文字の刃をざくりと入れて、梓の宝槍三叉戟毘沙門天が突き刺した。援護をと、しっかりと桃の木刀を握り締めた玲瓏へと、その黒い羽根は届かず、落ちてしまえばタコ殴り。明穂の鬼の守り刀が翻り、風の小太刀もざくりと入った。
●水饅頭と銀杏並木。
「役得ですわ」
銀杏といえば、秋。そういう思いを抱いていたが、新緑の銀杏並木も、目に鮮やかで良い。そうして、秋はどれくらい綺麗だろうかと、金色の並木を思い、明穂は微笑む。それを見て、どうにも、ちゃっかり、しっかりってのが抜けないんだよな。何にしろ、頼りになる奴だよなと慶次郎が呟いたのが聞こえたかどうか。
新緑の季節が終われば、その緑は色を濃くし、陽射しが強まる夏が来る。その先取りともいえるような、涼やかな水饅頭を、つるりと食べる。
「良いもんだねぇ」
青々しい緑の銀杏に、やはり目を細めるのは伊織だ。葛を固めたその中に、裏漉しした餡が透けて見えるのが、涼し気だ。食べるのが惜しいが、このまま見ているのもまた、惜しい。
ほんのりと、柚が、餡の中から香る。
「仕事の後は、甘い物に限るよなぁ」
そのさっぱりと甘い水饅頭の喉越しに、風は嬉しげに目を細めた。美味しい物を食べれば、それだけで元気になるようだ。
「あれから、三ヶ月。みんな、江戸に馴れて来たのではないかな」
「おお、ありがとう。お蔭様で、元気でやってるよ。江戸の粋を加賀に溶け込ませるよう、がんばってる」
パウェトクの顔が広いという言葉に、子供のように笑い、顔だけは広いと、笑い返し、顔を見ると安心すると、こっそりと言われて、おやと、パウェトクは意外そうに慶次郎を見る。そこには、もういつもの慶次郎しか無かったけれど。
水饅頭はどう作るのだったかと、梓は思う。ぱくりと食べれば、僅かにもっちりとした歯ごたえがし、甘くした水がつるりと喉の奥へと饅頭を送る。
「葛の加減が難しそうだ」
作ってみたい。けれども、限定と言われるだけの、味に、先は長そうだと、美味しさに舌鼓を打つ。
きゃらきゃらと、仲間達と水饅頭を食べている慶次郎を見て、アニェスは、まぐまぐと水饅頭を頬張る。薫風が歩いてきた銀杏並木の緑の葉を揺らす。秋には黄金になる、その様も見てみたいと思い。
(「皆、アレに会いたいのかな」)
示し合わせたわけでもない依頼だが、同じ顔を何人も見る。そういう自分は、水饅頭が無ければ来なかったのだけれど。と、思いつつ、あの人好きのする男は何者だろうかと。
思い切り、そのまま聞いたのは好奇心旺盛な玲瓏だ。とっても直接的。
「数量限定水饅頭が手に入るとは、前田様は一体何者なのですか?」
慶次郎は、小首を傾げる玲瓏の頭をぐりぐりと撫ぜる。玲瓏はれっきとした成人女性なのだけれど、そのお人形さんのような雰囲気と身長で、慶次郎的にちっさい子という認識があるようだ。
「たっくさんお友達のいる、お兄さんだよ〜」
「‥‥前田、年幾つだったか?」
「オカアサンハ心配ヨ」
伊織が、横で笑い、柚伽は何度目かの棒読みをして、わざとらしく溜息を吐いた。
また話してみたくなるっていうかと、アニェスは、泣きまねをしている慶次郎を見て、くすりと笑った。
五月晴れの空の下。銀杏並木に、笑い声が良く響いていた。