安祥神皇と大塔宮護良

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月18日〜06月23日

リプレイ公開日:2008年06月26日

●オープニング

「なんと‥‥それで、ご無事であったか」
 安祥神皇は、大塔宮が延暦寺を出て、人喰鬼の中へ切り込んだと言う話を、御所で聞くことになった。
 混戦の中、慈円と平織虎長の和平会談は安祥神皇の御前で行われた。
 それは、途中までは上手く行きそうな流れであった。何よりも、危険を冒して御所より足を運んだ安祥神皇の力が大きい。しかし、その会談は、暴風のような乱入者によって一気に破談となる。
 あれは、何を意味するのか。
 酒呑童子は、虎長を狙った。延暦寺と組んでいたのだから、それはそうなのだろう。しかし、それだけでは無かった。
 介入する一軍。
 冒険者でも、延暦寺でも、平織でも、鬼でも無い。
 結果として虎長と慈円はその命の灯を消した。
 藤豊秀吉が都を制圧し、一時の平和は保たれたその時、平織虎長が復活する。

 ──第六天魔王。
 
 それは言葉通りか。それとも。
 確認する術は、今は無い。慈円の遺体を延暦寺に戻さず、延暦寺天台座主の座は空席のままである。
 都の空気はまだ張り詰めていた。
 そこに、大塔宮護良一党が、安祥神皇に拝謁したいと申し出てきたのだ。
「会おう。何よりも、ご無事を寿ごう」
「還俗なされたと聞きました」
「そうか、思う所あっての事であろう。宮は真っ直ぐなご気性と聞き及ぶ、此度の乱はお辛い事が多かったであろう」
 そういう御身が大変な状況にあった事を、おくびにも出さず、心底嬉しそうな安祥神皇の姿に、腹心達は内心で小さな溜息を落とす。僧であっても、その身分故に、微妙な立場の大塔宮が、大塔宮護良と名を告げて面会を申し出ている。
 安祥神皇の気性は十分知っている。ここでまず疑いを表に出しては不況を買うだけだろう。
「まだ、都も落ち着きません。非公式のお茶会などいかがでしょうか」
 この戦いで尽力してくれた冒険者をも招き、お言葉を交わしてはいかがかと申し出れば、それは良いと、安祥神皇に一片の曇りも無い笑顔が浮かんだ。


「御所内でお茶会ですか」
「はい、茶を立てるという、難しいものでは無く、庭園で、簡単な菓子と冷たい茶を配り、歓談していただけたらと」
 警備をしてもらえるのならば、ありがたいと御所からの使いは告げて行った。

●今回の参加者

 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 場所は御所である。
 御所の一角。密かに招き入れられる、内々の庭園だと。
「どういうおつもりか」
 ギルドへ話を持って行った男が、冒険者達がやってくる途端に渋面を作った。
「どういうとは?」
 例え仲間だとしてもおかしな動きがあれば注意をしようと備前響耶(eb3824)は気を配っていた。冒険者はどの陣営にも組しない。時には敵となり戦う相手すら居る。
 その認識は間違っては居ない。
「あれです」
 空を飛ぶ風精龍。物部義護(ea1966)の扶桑が京の上空を気持ちよさげに飛翔する。御所近くを飛ぶあれは何かと陰陽寮に尋ね、おそらく冒険者のものと陰陽師に言われて、男は立腹している。
 此度は戦場でなく山奥へ出向くで無く、京の町。それも御所内。狭い庭園と伝えてある。それでなくとも乱の直後で御所の空気もピリピリしていると云うのに、場所柄をわきまえて頂きたいと、くどくどと注意受けた。
「非公式の茶会と云ったこちらの事情も、酌んで頂きたいもの‥‥」
 いずれ解る事ゆえ、お早くと、即される。風精龍は預かる事叶わぬので、申し訳ありませんがお引取りをと深く頭を下げられる。
「‥‥京の町、御所で何かあるとは考えにくい。毒にはくれぐれもお気をつけを」
「あいすみません。お言葉、確かに深く受け止めさせていただきます」
 早期に戦が収束した事についての祝いの言葉と、大塔宮への無事を祝う言葉を確かに伝え、心に思う案件を言付けて、義護は御所を後にする。
 
 奥まった小さな庭園。
 築山があり、玉砂利が敷かれ、初夏の風情をかもし出す、夏の庭。小ぶりな木が、まるで小さな森のように植えられ、玉砂利は小川に見立てて庭をうねっている。置石は苔生し、野の花と思うような可憐な花が生える。
「よく参られた」
 通る声の先には、安祥神皇がにこやかに立っている。数名の共が控える。
 白翼寺涼哉(ea9502)が、静かに頭を下げる。
「ジャパン医療局が局長・白翼寺涼哉にございます。此度は神皇様主催の茶会にお招き預かり恐悦至極に存じます」
「そう、かしこまらなくても良い。ゆっくりして欲しい」
 比叡山、平織関係無く、怪我人の治療に当たった者は少なくない。ギルドから御所へと、向かう冒険者の名は告げられており、その功績もそれとなく安祥神皇に伝わっているようだった。
「我等が救護に専念できたのは、志を同じくするものたち、そして、‥‥神皇様のご支援あってこそです」
「そち等がおらねば、支援も回らぬ。私の言葉が役に立てば、嬉しい事だ」
 動く人が居なければ、上に立つ者の意味は無い。そう、暗にほのめかされ、僅かの間に大人びたが、芯は変わらず真っ直ぐであらせられると涼哉は思う。
「ご尊顔を拝し‥‥」
 挨拶をする神楽龍影(ea4236)は、手を伸ばせば触れられそうな距離の安祥神皇の姿に、半ば涙目である。
(「緊張するーっ!」)
 ふわりと笑う安祥神皇を間近で拝謁し、加賀美祐基(eb5402)は感動ひとしおだった。日々の研鑽が報われたかのようで、とても嬉しいのだ。
 ぽやぽやとした雰囲気を出している美祐基を離れた場所から見なつつ、天堂蒼紫(eb5401)は心中で溜息を吐く。美祐基が心配で付いて来ただけで、さしてこの場所に対する思いも、安祥神皇や大塔宮にたいしての思いも無い。
(「‥‥まあ、せいぜい期待を裏切らないで欲しいものだな」)
 人物を見てやろうと思う蒼紫は、小さな庭園に神経を巡らせる。
(「やれ、ぴりぴりする者が居るが‥‥大丈夫‥‥か」)
 小さな庭園の片隅で、響耶は静かな石と化す。安祥神皇と大塔宮との会談に水を差すつもりは無い。
 この会談の意味を響耶は考える。
 下に居る者は、どうしても上の影響を強く受ける。それは気風と言うものである。取り纏めに立つ者が真面目であれば、真面目な集団となり、穏やかな者なら、穏やかな集団になる。弊害はもちろんある。真面目を窮屈ととる者も居り、穏やかさを甘いと考える者も居るだろう。しかし、往々にして、下につく者は、大勢に流れるものであり、その気風に添う者が残り、頭角を現すものである。
 下から変えようと思えば、それは体制批判へと繋がるか、大きな流れに飲まれ、消えて行くのが世の常だろう。下の意見が上手く上に通るのも正しい世の流れではあるが、そうそうは変わらない。
(「良い意見を生み出し、共有していただければ‥‥」)
 響耶は、そう、強く思う。
 庭に死角は無いか。御神楽澄華(ea6526)はぐるりと見渡すが、低い木々が多く、隠れられる場所は無いようで、胸を撫で下ろす。
(「舞い上がってはいられないけど‥‥」)
 澄華は、自身の関わる事象を思い返し、僅かに寄った眉間の間を触る。安祥神皇に拝謁出来たという事は、とても光栄な事だと思うが、混迷を続ける京の明日がどう変わるのか、それに道は出来るのか。見極めたかった。
 許しを得て、狭い空間ながらも、ふわりと袖を翻す龍影は、少しでも安祥神皇の気持ちがほぐれたらという、一念である。淡く化生をした彼は、美女と見紛うばかりである。見事な舞が、くるり、ひらりと空気をたわめて、流す。
 しかし、じき終わるかという頃合、ぽう。と浮かんだ炎に、侍従達が安祥神皇を背後に庇う。
 驚かせるつもりでは無い。ただ、喜んでもらいたかっただけの龍影ではあったが、魔法を使うとは、言っていなかった。まぼろばと言うには、熱があり。
 ここは御所内であると、不快を全身で表す侍従を、安祥神皇は、良いと押さえる。
 
 ざわつきが納まった頃に、大柄な男が数名の共を連れて庭園へと入って来た。
 大塔宮護良。
 僅かな緊張が庭園に流れる。
 安祥神皇は、笑顔で立ち上がり、歩み寄る。
 大塔宮護良は、安祥神皇の前に膝を折ると、無事の祝いと、自身の勝手な行動を侘びる。立たせようとする安祥神皇が屈み込めば、和すかに顔を上げた大塔宮護良の声が、嫌に響いた。
「このまま、私とこの者等、召抱えては頂けませんでしょうか」
「‥‥宮」
 すでに、延暦寺を後にした時点で、僧服は脱いでいる。冒険者達と人喰鬼と対峙していた時は、もう、武士の成りして戦っていた。武人姿がしっくりくるのは、もともとそういう人物であったからなのかもしれない。
 騒乱は、ひとまず収まった。
 けれども、問題の根は深くなったのではないかと澄華は、安祥神皇と大塔宮護良を視界に入れながら思う。
 快く頷く安祥神皇。深く頭垂れる大塔宮護良。
 そして、それ以上何を語るでも無く、侍従が良い間で茶と菓子を配り始める。冷たい井戸水で水出しした緑茶に、葛が淡い風味で、やはり、井戸水で冷やされて供される。

「此度の騒乱において、神皇陛下の願いに、多くの者が動きました。それは、勅命だからなどでは無く、人々が陛下のお考えに共感し、感じ入られたからこそ。大塔宮様も、陛下のお力となるために、鉄の御所への切り込みを思い立たれ、そして、思い留まられたと聞きます」
 甘い香りで、和やかになった空間を抜けて、澄華が安祥神皇と大塔宮の前に進み出る。鉄の御所のくだりで、護良が、苦笑しつつ頷くのを目の端に留め、安祥神皇に向かい言葉を続ける。
「陛下は、その様に、人を強く導けるお方。故にこそ、そのご威光を狙う勢力は多いでしょう。此度、多くの人が御身の為に働いた事、それを自信として正しいと思う事を、何なりとお申し付け下さいませ。我が身朽ち果てようと、全身全霊を込めて、そのお力となりましょう」
 深々と礼をする澄華に、安祥神皇はこくりと頷く。
「そのような大それた身では無いが、何も無いとは言い難く、また、頼る事もあるであろう。その時はよしなに頼む」
「‥‥恐れながら、お尋ねしたい事がございます」
 緊張に上気した祐基が、和んだ空気の中、言葉を繋ぐ。
「現状において‥‥源徳公の処遇、どうされるおつもりなのでしょうか? 私は、神皇様の為‥‥この国の平和の為にと源徳公復帰の為に尽力してまいりました」
 切々と、源徳の為の自らの戦いを口にする祐基の言葉を、安祥神皇は、じっと聴く。
「‥‥ですが、江戸では義経公が立ち、少しづつではありますが、民の支持を得始めております。それに、神皇様がお年を重ねられれば‥‥摂政の必要もなくなるとも言われております。‥‥神皇様のためにと、してきた事が、全て無駄では無かったのかと‥‥」
 がくりと膝をつき、土下座せんばかりの姿に、安祥神皇は首を横に振る。
 何を落ち込む必要があろうかと、安祥神皇は微笑んだ。多くを語ったが、祐基が訴えたい事はひとつ。安祥神皇の為に自分は動けたのかどうかという問いであった。
「そなたがしてきた事は、そなたの知恵と力となったのであろう?」
 はっと、顔を上げる祐基を、蒼紫は見て、ふうんと思う。
 義護の伝言も伝えられる。
 戦無き世を目指すのであれば、帝の『威』を諸侯に貸す方法では限界があり、すでに破綻しているのでは無いか。帝の『威』では無く、『意』を諸侯に示せばと。
 安祥神皇は、一考しようと頷いた。
「神皇様が御意思を世に知らしめ、決断を下される事で、諸勢力が神皇様の添う目になるを知る事にも繋がり、それこそが、この国の騒乱を鎮める最善策かと愚考致します!──この神楽、身命を賭して、神皇家への恩義に報いまする!」
 龍影は、安祥神皇の判断が嬉しかった事を告げ、溢れる気持ちを抑えつつも、頭を下げる。
 大儀であったと、微笑んで、先に庭園を退出する安祥神皇は、最初に顔を出したのと、あまり変わらぬ姿であった。

 護良に、先の人喰鬼の戦いの中で、無礼があったのではと侘びる涼哉だったが、お主等には、何も無礼など受けておらぬと、からりと笑う護良に、何やら気が抜ける。
 仏門を捨て、還俗し、安祥神皇の臣下となる。それは、人喰鬼の戦いの中で聞いた、微妙な立場から下る事で、降りかかる火の粉を少なくする方法でもあるのだろう。
「私が僧となるきっかけは、御仏のお導きによるものでございました」
 さばさばとした顔の護良を見て、涼哉は聞いてみたかった事を尋ねる。何故、延暦寺で僧になったのかと。すると、護良は、人の悪い笑みを浮かべた。
「私が僧となるきっかけも、御仏のお導きによるものであったよ」
「‥‥左様で‥‥」
 喰えない。涼哉は心内で軽く舌打ちをすると、僅かに頭を下げた。
 蒼紫も、護良に伺う視線を投げていたら、目が合った。くすりと笑う護良に、自身も伺われていたのを知る。
 見廻り組みとして、給金は貰っているからと、報酬を断ろうとしていた響耶は、報酬ではありませんと、神妙な顔の、使いの者に言われた。報酬では無く、足代なのですよと、可愛らしく折られた懐紙を手渡され。
 護衛がてら、安祥神皇と大塔宮護良と歓談しにと言う名目の、大塔宮護良が安祥神皇の臣に下る会談は、無事、終わる事となったのだった。