蛍狩りの前に。

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月01日〜07月06日

リプレイ公開日:2008年07月11日

●オープニング

 蛍の小川は、江戸から程近い山の中にあった。
 淡く小さく光る蛍。姫蛍が、川縁の竹薮から一面に空中に上がって行く様は、まるで夢の中のようで。
 その蛍の小川を見物するのが売りの料理旅館が、その山の持ち主だった。
 今年も蛍の時期がやって来て。

 しかし。

「何か居るんでさぁ!」
 おっちょこちょいで、大きな声の、料理旅館の下働きの男が、ギルドの受付に掴みかからんばかり。
「あ、あなた、去年小川に荷車落とした方ですね」
「へぇ。物覚えの良いお方で‥‥じゃねえっ! 何か居るんでさぁっ!」
「何か?」
 男が今年は慎重に、荷車に青竹で作った縁台を乗せて、蛍狩りに最適な場所へと設置すると、綺麗な女性が儚げに微笑んでいたという。
「そらもう、たまげたっ! て感じでさぁっ! 幽霊、幽霊に違いありませんぜっ!」
「でも、足も影もあったんでしょ?」
「ありましたっ! けど、あんなぞっとする微笑みは見た事ありゃしません!」
 男は意外と勘が良かった。かなり遠めに見ただけなのだが、怖いと思ったのだという。
 女の背後に、きらきら光る糸のようなものを見たしと。
 山の中の旅館に暮らしていたからか、もともとなのか、この男の勘を、料理旅館の女将さんは高く買っていたようで、依頼に十分な料金を持たせていた。
「何とか、正体探って下せえっ!」
「なあ、退治したら、蛍狩り、し放題で良いんだろ?」
 真っ赤な髪に派手な羽織。前田慶次郎という、この男、頻繁に依頼に横槍を入れる。結果として、ギルドが潤い、さして問題にはなっていないようで、受付もまたかと言う顔で笑う。
「あ、それは大丈夫だと思いますよ」
「へえ、女将さんからも、そう言いつかっておりまさぁ」
「怪しい女を退治して、蛍狩り。楽しそうで良いじゃねぇか」
「へえ? 楽しいんで?」
「ああ、楽しいぜ」
 そういうもんですかねぇと、下働きの男は首を傾げた。

 蛍の小川の奥の道で、男が見たという女が、くすりと笑う。
 その背後には、良く見ると、小川を渡して、大きな蜘蛛の巣が張られていた。
 夜の闇に紛れて、女は姿を変えた。三間弱の大きな蜘蛛。
 蛍の小川の上流に、住み着いた、毒々しいまでの黒と黄色の色合いのそれは、女郎蜘蛛だった。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9450 渡部 夕凪(42歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アキ・ルーンワース(ea1181

●リプレイ本文

●山に潜む女の正体
「女郎蜘蛛ねえ‥‥」
 緑の匂いがむせ返るような山を登りながら、木賊崔軌(ea0592)は、出発する時にアキ・ルーンワースから聞いた話を思い出す。依頼人から聞いた話を総合して、アキがその知識から、その妖怪の名前と特徴を導き出す。
 女郎蜘蛛。両足を広げれば五間強にもなる巨大な鬼蜘蛛だ。近付いてきた男性を虜にして糸で絡めとり、生き血を吸うと言われている妖怪だ。美しい女性の姿に変身することが出来るという。呪縛糸から抜けるのは、それなりに厄介だ。
 そんな妖怪と山中でばったり会い、逃げおおせたという、何所か抜けた風の依頼人、実はすごいのかもしれないと、アキは小首を傾げた。
「幽霊の正体視たり蜘蛛女、でござるか」
 初夏の山の川沿いは、むせるような木々の息吹の中、清涼感を伴う。小川のせせらぎを聞きながら、結城友矩(ea2046)は不敵に笑う。出現した妖怪の正体が何であろうとも、切り裂くのみと、自慢の日本刀、胴田貫へと手をやる。
「早めに片付けたい所だねえ」
 事前に、該当の場所を下見していた渡部夕凪(ea9450)は、下働きの男が見たという、不審な人影を確認して来ていた。山中は、木漏れ日が差し、明るい。夕凪の視力は、その小さな人影を捕らえた。常人なら、普通の女に、見えるだろう。長い戦いの中で培った勘が、それを違うと告げる。確かに、下働きの男は、とても勘が良かったのだと頷いた。
「妖怪にも事情があるとは思いますが‥‥人のささやかな心を和ませる場は護らせて頂きます」
「うん、小夜様。サクッと退治したいねっ」
 たおやかな笑みを浮かべて、観空小夜(ea6201)が微笑めば、近くを歩く天乃雷慎(ea2989)が嬉しそうに頷く。
「サクッとですかぃ?」
「うん、サクッと!」
「いいねえ。サクッと」
 ギルドからついて来ている依頼人の旅館の下働きの男とと、追加依頼人である前田慶次郎。不安そうな下働きの男とは間逆に、わくわく。とか、きらきら。とかの擬音を背負って付いてくる。
「では、お昼頃なのですね」
「へえ、朝の仕事終わってから荷車引いてったんですから、間違いねえでさぁ」
 こくりと、所所楽林檎(eb1555)は頷いた。真っ白な髪が、大きな髪飾りと共に風に揺れる。冒険者達は、妖怪の出る時間帯を大よそ推測していた。影が出ていたという依頼書から、まず、日中で間違いないだろうと。林檎の問いはその推測を裏打ちする。
「そんなに深い山でも無いんだね。でも、綺麗だねえ」
「へへ。ありがとうございまさぁ」
 雷慎は、大よその内容の補完と、山の地理を、下働きの男から聞き出し、頭に叩き込む。江戸から少し離れたこの山の中の料理旅館は、山という広大な庭園を持っているのと同じだと、男が嬉しそうに笑うから、つられて笑って頷いた。
「日中で片が付きそうですわね」
 もしも、夜にしか現れない妖怪ならばと、対策もしてきたが、幸い日のあるうちに退治する事が出来れば言う事は無い。小夜がゆったりと微笑む。
 山中の道を挟み撃ちにするが良いと、相談は決まっていた。

● 山道での戦闘
「念の為に」
 林檎は、ぽうと、淡く闇の光りを纏う。その探査の魔法の距離は短い。気づかれずに探査するのなら、状況を作り出さなければならないが、幸い、ここは山の中だ。起伏もあり、道が曲がっていた。女郎蜘蛛が居る場所からは見えない。
「やはり、人の呼吸ではありません‥‥」
「後は、合図を待つだけか」
 淡く桜色を纏った友矩が、低く笑う。士気を高める魔法だ。そして、念には念をと、胴田貫にも、淡く桜色の魔法を付与する。
 その頃。
 山を迂回し、女郎蜘蛛の背後へと回り込んでいた、小夜、雷慎、夕凪が到着していた。
(「良し行こうか」)
 夕凪が、雷慎、小夜が動きやすい場所に映るのを確認すると、長弓梓弓を引き絞る。
 びょう。
 空を裂いて、飛ぶ矢が、女‥‥女郎蜘蛛へと突き刺さる。鈍い音と共に、甲高い、嫌な咆哮が上がる。髪を振り乱し、ぎらりとした目でこちらを睨む。
 そして、その姿は、巨大な蜘蛛へと変化する。
「いくよーっ!」
 暗闇という、黒檀で作られた漆黒の木刀がまるで黒鋼のように鈍い光を反射しつつ、何時の間にか雷慎の手から女郎蜘蛛へと打ち込まれる。
「その動き、止めさせて貰います」
 夕凪の横で、詠唱を終えた小夜は、拘束の魔法をかけ。
 回り込んだ三人の攻撃が合図になる。
 崖の下には、こんもりとした茂み、その向うをさらさらと澄んだ小川が木漏れ日を反射して光る。その巨大な蜘蛛を、暴れさせるわけにはいかないと、夕凪は裾を蹴立てて距離を詰めに走る。
 初手の矢が刺さったと同時に、反対側に潜む友矩、林檎、崔軌が動く。
「足止めを‥‥」
 林檎が邪悪なる者は抵抗が効かなくなる魔法を放つ。
「‥‥ま、蛍見に行ったついでに、あの世まで誘われてちゃ洒落になんね。早々にご退場ねがおう」
 崔軌が友矩と併走し、淡く桜色を纏い、女郎蜘蛛へとその気弾を飛ばし。
「既に、逃げ道はないぞ、魔物っ!」
 渾身の力を込めた友矩の一撃が、上段から深々と女郎蜘蛛を切り裂いた。
 力の差は歴然で。
 だからといって、連携がしっかりしていなければ、こうも易々と倒せる相手では無かった。変化を解いた女郎蜘蛛の大きさは、半端無い。蜘蛛糸は仲間を絡め取り、竹薮を半壊し、小川のせせらぎは破壊されただろう。
 しかし、この仲間達が、ニ撃目を打ち込む必要が無いのは、すぐに見て取れたのだった。
「話‥‥出来なかったなあ‥‥」
 ぽつりと、雷慎が女郎蜘蛛の屍の前で呟く。人里へ降りて来ないように説得出来たら、そのまま山に帰って欲しかったのだ。何が何でも殺さずに済めばと。
「では、弔いを致しましょう? 雷慎」
 女郎蜘蛛の命をも惜しみ、雷慎と小夜は、山の奥へと、その骸を葬りへと向かった。

●蛍
 静かな夜だった。
 空には、降るような星が浮かんでいる。
 漆黒の夜はそうそう無い。
 星明りが、蒼い陰影を作り出し、木々の影のみが黒々と溜まる。
 小さな提灯で足元を照らし、料理旅館から、小さな笑い声の細波が山の中へと響いて行く。
 むせ返るような緑の香りがする日中とは異なり、深と冷えて来た山間の道。
 小川のせせらぎが耳に優しい。
 かさこそと動くのは虫の音か。
 縁台に座ると、切り出したばかりの、青竹の瑞々しい香りがした。
 供される食事は、焼き締めた、焦げ茶の弁当箱に詰められていた。丁度良い大きさの鮎の塩焼き、牛蒡の叩き。地鶏は自家製の味噌に漬け込まれたものが炭火で炙られ、薄く削がれ、木の芽の香りを添えられる。厚焼き玉子は上品な出汁の味と、ほんのりと甘いものと二切れ入る。甘い卵には焼印が押してある。茹でた枝豆が皮から出され、松の葉に刺さって団子のようだ。細竹の筍と、大葉が天ぷらで脇を固める。葡萄が柔らかい寒天でほんのりと甘く小さな器で端に居る。筍ご飯がほんのりと出汁醤油のお焦げの香り。ぎゅっと握り飯にされたものが、竹の皮に包まれ。
 今年は、女郎蜘蛛が出た為、全てのお客様に断りの手紙をしたためてあったという。万が一の事があってはならないからと、旅館の女将は笑う。浴衣が部屋に配られて。貸切ですと、また笑い、提灯の灯りを吹き消した。
 蛍の時期は短い。
 丁度見頃で無ければ、お客様に失礼ですからと。
 気を配り、整えられた、人の手の入る雑木林、草むら、竹林。自然のままでも、沢山の蛍は見れるが、一斉に湧き上がるようにはならないのだと言う。
「静かにしなきゃだめかな?」
 雷慎が、女将に声をかけた時、女将が、すっと手を小川へと向けた。
「まあ‥‥」
 小さく溜息を吐くのは、小夜だ。
 最初はひとつ。
 緑の小さなひかりが、草むらに灯る。
 ふたつ、みっつ、よっつ‥‥。
 次々と湧き上がるかのように、小さな緑の光りの乱舞が。
 一群が上がると、また、次の一群が。
 定まらぬ軌跡を描く緑の光りは、様々な方向へと漂って行く。
 やがて、縁台へ座っている冒険者達の足元、膝元へと、小さな光りの飾りになりにやってくる。
「そういや、他の楽しみって?」
 冒険者ギルドで聞いた、慶次郎の言葉がずっと雷慎は気になっていた。
「おまえさん達」
「?」
 何が楽しみなんだろう。
 さらにわからなくなった雷慎の頭をぽむぽむと慶次郎が叩いて行った。
「いける口だろ、前田さん」
「お。ありがたい、美人の酒は倍美味いからな。飲む」
 夕凪は、差し出した酒を、満面の笑顔で受ける慶次郎に、くすりと笑う。
「前田慶次郎か、どこぞで小耳にはさんだ事があるような名でござる。確か加賀の‥‥」
 何所で聞いたのかと、首を捻る友矩に、慶次郎は答えるでも無く、にやりと笑う。
「‥‥まあ、野暮でござるか」
 そう思うが、どうしても気になってしまうようで、懇意にしている武将の名を上げ、良ければ口を利くがと続ければ、まあ飲もうかと、口を封じるかのように、酒を注がれてしまう。消費された酒や矢などは、こっそり慶次郎が負担していたのは後で知ることになるのだが。
「貴殿程の猛者が浪人とはもったいないでござるな」
「猛者って、俺は後ろで見てただけだし‥‥友矩の一撃見た後に、そんな事言われるとなっ」
 にこにこにこにこと、食べて飲む男に、それ以上突っ込む確実な情報を友矩は持たず、苦笑しつつ、杯を重ねる。
 笑みを口元に浮かべたまま、夕凪は、また、慶次郎に酒を注ぐ。
「まあ、この蛍達の前じゃ浮世の事情なんざ今はどうでもいい事さな?」
「浮かんでは消える、蛍のごとくてな」
 美人はこれだから好きだと、慶次郎が、酒を注ぎ返して笑うのを見て、夕凪は、互いに、素性は探らないが吉か。と、心中で笑い。ふと、顔を上げれば、同じように食べて飲んでいる場所に居る、崔軌が、心持挙動不審なのを目にして、くすりと笑った。
(「見逃してやる」)
 
 小夜は、蛍を見て、感慨深く息を吐く。
 夜に浮かび、あてどなく光りの軌跡を描く蛍は、戦火に散った人の魂ではないのだろうかと思うのだ。蛍に乗って、魂が彷徨うのなら、その魂を空へと返したいと。
 次々と、光りの波のように浮かび上がり、浮かび上がれば、彷徨う軌跡で乱舞する蛍の宴も、そろそろ終盤に差し掛かる頃、雷慎は、そっと横笛を吹き始めた。
 飄々と響くその笛の音に、小夜の足が動く。
 魂が居るのなら、天へと。
 還って欲しいとの祈りを乗せて、狭い足場でゆっくりと舞う。
 空を仰げば、降るような星。
 彼女の舞いにより、蛍へ乗った魂は、あの星達へとうつって行くのかもしれなかった。

 学者として、僧侶としてその淡い発光の命への興味は尽きない。
 ぽう。と、光りを放ち寄る蛍に、林檎は僅かに頬を緩める。
「蛍、見ながら帰ろうぜ」
「はい」
 そろそろ蛍狩りも終りの時刻。群舞のように舞い踊る蛍も、少しづつ光りを落とす。
 少し早めに帰ろうかと、崔軌が林檎に声をかければ、二つ返事で頷かれる。
 つかず離れず、二人はゆっくりと夜の蛍を追いながら歩く。
「崔軌さんにあたしが言おうと思っておりました‥‥」
「‥‥崔でいい」
 蛍がゆらりと前を過ぎる。
 朱に染まった林檎の顔が、僅かな光りに照らされて、また、夜の蒼さに消えて行く。
「あの‥‥」
「ん?」
 ゆらりと揺れる蛍火に、林檎が立ち止まる。ひとつ深呼吸して、崔軌を見た。その信頼も、側に居られる安心感も、いつしか思いは形を変えた。
 伝えないよりは、伝えた方が良い。何度か共に過ごすうちに固めた気持ち。
「‥‥貴方をお慕いしております、と‥‥お伝えするのは迷惑ですか‥‥?」
 淡い光りが浮かんでは消える。
 驚かされたのは崔軌の方だ。
「友人のままで居るよりは‥‥と、思いまして」
 林檎の言葉に息を飲み、手の中にある、小さな指輪を弄び‥‥返す言葉は‥‥。

 ゆらり、ゆらゆら。
 小さな蛍が蒼い闇を浮かんでは消えていった。