露草の約束

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月28日〜07月03日

リプレイ公開日:2008年07月06日

●オープニング

 夏が近くなると、その川の縁。僅かにぬかるんだその場所には、露草の小さな、けれども色鮮やかな青が群生する。
 せせらぎは、浅く、子供等が遊ぶには丁度良い。
 背の高い水草も、灌木も無いその小川は、遠くからでも良く見える。
 青い露草の絨毯が美しい。
 その側に、竹薮がある。
 竹薮から、竹を切り出し、細工物にする。
 それは、庶民の手慰みだ。
 だが、たとえようもなく、美しい手慰みでもある。雨の多いこの時期、農作業が出来ない時の収入源としては欠かせない。
 だが。
 竹薮に、妙なものが住み着いた。
 白く粘つき、まとまった、ぶよぶよとした生物は、雨に打たれながら、竹薮の中を漂う。人の背丈ほどの位置に浮かび、うねる。その様は生理的嫌悪を呼び起こす。
 竹を取ろうと竹薮に入った男に覆い被さると、強力な酸を出し、捕食して行く。
 その間に命からがら逃げた少年が、悔し涙でくしゃくしゃの顔をして、冒険者ギルドへと顔を出した。
 鬼籍へと旅立った男は竹細工の達人だった。偏屈な男だったから、身寄りも知人も少ない。しかし、少年は男の作る竹細工をまねしたくて、数週間前にようやく弟子入りの許可を貰ったのだ。
 身寄りの無いのは少年も同じだった。
「ぼうず、ぼうずの細工物、出来が良ければ俺が買ってやる。‥‥もちろん、作るんだろう? これからも」
 大柄で派手な男が少年の肩を叩いた。前田慶次郎。江戸の冒険者ギルドの依頼に、最近頻繁に横槍を入れる男だ。
 それまでの投資をする。だから、必ずすごいものを作れと、慶次郎は人を食ったような笑みを浮かべる。
「オレの作ったもの、見なくて良いのか?」
「良い。ここに依頼を頼みに来た。それだけで十分だ」
 そういう訳で、混ぜろと、偉そうに慶次郎は冒険者に手を振った。

●今回の参加者

 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

七槻 錬太(ec1245

●リプレイ本文

●夏草の少年
 涼やかな微笑を浮かべて、齋部玲瓏(ec4507)が見知った仲間達に挨拶をする。そうして、小さな依頼人を見て、軽く小首を傾げた。派手な上着を着込んだ大柄な男、前田慶次郎の横に立つのは小さな少年だ。
「そちらの坊ちゃまは、前田さまの新しいお友だちですか?」
 名前を教えてはもらえないかと聞けば、早吾と答えが返ってくる。
 半べそかきつつ、しっかり前を向いている少年を、ぽむぽむと叩くのは忠澤伊織(ec4354)だ。
「早吾くんか、弟子入りしたばっかりだったのに、残念だったな‥‥」
「‥‥っん」
 堪えていた涙が、また盛り上がるのを見て、伊織はまたぽむぽむと叩く。
「大丈夫、仇は必ずとるから」
 な? と、頷けば、神薗柚伽(eb5492)が慶次郎とお揃いの上着に同じような燃える赤い髪を揺らし、ぐりぐりと撫ぜる。
「少年、あんたも辛い思いをしたわね」
 きゅっと抱しめるが、早吾はそっと柚伽の手の中から外れようとする。
「あたしがあんたのおかあさんになってあげる。これで二児の母よ。これが、長男。あんたは次男」
「これだなんて‥‥」
 泣きまねをする慶次郎をちらりと横目で見て、早吾に頷く。柚伽の強引な言葉も態度も、早吾を気遣っての事だ。ちっさい体から妙に有無を言わせないぞオーラを漂わせているかのように見える。慶次郎を見上げる早吾を、慶次郎は軽くつっついた。
「‥‥あ、その。よろしくお願いします」
「よし」
 満足そうに柚伽は頷く。
 赤い絹糸の束のような髪が揺れる。日下部明穂(ec3527)だ。おかしいわねと、依頼書を眺める。
「何だったかしら‥‥その形状、聞いた事があるのよね。古雑巾や古布巾の変化といわれていたかしら。でも、こんな竹林で古雑巾というのも変な気がするわね‥‥誰かが捨てていったのかしら?」
「へえ、そんな奴なのか?」
「ごめんなさい、はっきりしないわ」
 慶次郎が興味深そうに聞いてくるが、明穂は首を捻る。依頼報告書で読んだものか、出自がはっきりしない。はっきりと、これと断定する知識を持つ者は、残念ながらこの仲間の中には居ないようだ。
 知識を有する者がいれば、それが白溶裔だと言ったろう。白く粘ついてまとまった、ゼリー状の生物で、廃屋や山の中に現れる不定形生物。空中を漂って生物に接触し酸で溶かして捕食する。じめじめとした場所や物の隙間に入り込んで捕食の機会を狙っており、不意打ちを受ける事が多い。
「その白い化け物は、見た目が不気味みたいだな」
「うん、白っぽくて向こうが少し透けて見えるんだよ」
「そうか。‥‥少しは動きが止められるかもしれんな」
 師匠が囮となって早吾を逃がしたという事は、足はそう速くないのだろうと、伊織は考える。すぐに早吾を追わなかったという事からも、申し訳ないが捕食対象がすぐに溶かされるという事でも無いのだろう。
(「風呂敷や投網、沢山用意しとくかな‥‥」)
 動きを抑えられれば、人数が少なくてもなんとかなるだろうと考える。
「この時期は竹細工が貴重な財源なのですね」
「うん、田んぼや畑の様子を見ないといけないけど、収穫するまではまだ間があるから」
「では、生活を守るためにも、へんてこな物体は退治してしまいましょう」
 にこりと笑う玲瓏に、早吾はこくりと頷いた。
 依頼を覗く度に、居るような気がすると、慶次郎を見上げて笑うのはアニェス・ジュイエ(eb9449)だ。
「別嬪さんに覚えてもらえて、嬉しいぜ」
「はー。口も相変わらず良く回るね」
 満面の笑みで頷く慶次郎に、やれやれとばかりにアニェスは肩を竦めるが、どうにも気になる。
「ちゃらんぽらんな男じゃなくって、多少男気があるかと思えば‥‥」
 にへらとしている慶次郎を思わずどつくのは柚伽だ。宴会絡み以外の依頼に手を貸すなんて、なかなか良いところもあるかと思えば、これだと、盛大に溜息を吐く。
「師匠の仇討ちか‥‥泣かせるねえ。ま、皆、自分が死なない程度にやって来い。何事も生きてこそだからなぁ」
 アニェスに、手をヒラヒラと振る七槻錬太は、慶次郎を値踏みする。その身のこなしから、本来の出自は侍であるという事は見て取れるが、それ以上のことはわからない。前田。その苗字とふんだんに使える資金と。加賀という国。
 加賀藩主、前田綱紀を連想はするが、断定は難しい。
 人を見ているという事は、同じように見られているという事でもある。
 ふと気がつけば、慶次郎と目が合った。
 浮かんだ笑みは人好きのするものであったが、逆に探られていたのかもしれなかった。

●青竹の合間を縫う白いモノ
 アニェスの用意した粗忽人形には、白溶裔はぴくりとも動かない。せっかく自分の姿を模したのにと、転がる粗忽人形を眺める。
「よし、じゃあハム焼こう!」
「なあ、それ焦げ過ぎないようにしてくれないか?」
 竹薮のはじっこで、良い香りのするハム。食べ物を焼いていると釣られるのは、やっぱり慶次郎で、アニェスは笑い混じりに見上げる。
「食べる気満々なわけ?」
「まあ、前田さんですし」
「しょうがないな前田は」
「慶次郎は、良いから、早吾とあっちいってなさい!」
「危ないですからね、早吾ぼっちゃまと、川原でお留守番していただきましょうね」
 明穂、伊織、柚伽口々に駄目出しをされてしまい、止めとばかりに玲瓏の悪気の無い、優しい言葉が飛ぶ。
 ペット達と一緒に遊んでいてと言われて嬉しいやら、しょんぼりやらの慶次郎を、早吾が袖を引っ張っていく姿を見て、アニェスは大笑いをし、明穂は当然ですねと言わんばかりに頷き、伊織は苦笑し、柚伽は首を横に振りつつ、さあてと竹薮を睨み、そんな仲間達を見て玲瓏がくすりと笑う。
 命の無い、動かない、モノでは、白溶裔は寄って来ないようで、ハムの香りにもあまり興味をしめさない。
 しかし、竹薮でざわざわと冒険者達が動いている。玲瓏は、動かしてみようかと、粗忽人形に糸をつけようとしていたが‥‥。
 命の気配が、白溶裔を呼ぶ事になっていた。
 竹薮を揺す。
 ざざざざざと、笹の葉が揺れる。
 ぐにゃりとした白溶裔の姿が、迫る。
 柚伽の忍犬睦風が、吠え立てる。
「っ! そうはっ!」
 一番身長の高い伊織めがけて、白溶裔が襲い掛かるが、警戒していただけに、粘つく抱擁は避けられた。手にしていた投網をとっさに投げる。
「大丈夫っ?」
 アニェスの手から、陽の光りが一直線に飛び、伊織が逃げるのを助ける。
「袋、入りますか」
 大き目の麻袋を用意してきた玲瓏だったが、そのぐにゃりと動く不定形を上手く袋に入れるのは手こずりそうだ。
「寝ないかね、あれは」
 柚伽の体から、煙が吹き上がる。春花の術を試したのだが、眠ったという姿では無い。伊織の投網が絡み、僅かに動きを鈍くしている。ぬたぬたと動くそれは、青竹にぶつかり、しならせ、笹の葉の音を始終辺りに響かせる。
「‥‥弱ってるかも分からないですし、気を抜かないようにしましょう」
 明穂が淡く銀色に発光する。足元の影を爆破させるつもりだったが、笹の陰が幾重にも重なり、白溶裔の影と、しかと判別が出来ない。
「仕方ありませんわね」
 接近戦はなるべく避けたい。
「酸は飛ばないようですね」
 襲い掛かられなければと、玲瓏は桃の木に魔力を込めながら削りだした、桃の木刀を構えて殴り倒す。どしっという、鈍い反応が手に残る。意外と度胸が良い。
「チクチク削るしかないわね」
 柚伽の手にした掌剣が僅かに白溶裔を切り裂き、忍犬睦風もクナイを掲げて飛び掛る。
「溶けたかっ?!」
 ゆらゆらと切っ先を揺るがせつつ、霞小太刀を閃かせ、伊織の一撃が入って。
「うっそ! もう一体っ?!」
 どん。
 新たな白溶裔は、動きが鈍くなった白溶裔を囲んでいた冒険者達の間に落ちる。小柄な玲瓏が狙われた。しかし、仲間達がすぐ近くに居る。完全には捕獲されなかったおかげもあり、すぐに引きずり出され。
 うねる白溶裔のぶよぶよとした身体が持ち上がり、がっと、別の方向に居た柚伽へと向かうが、その反対方向から、アニェスのサンレーザーが飛び、伊織の刃が翻り。
 二体の白溶裔は、冒険者の手によって、その生命活動を停止させる事となる。

●虹が浮かぶ空の合間と青い露草
「あーっ! ベトベトっ! じめじめっ!」
 小川へと突進するのは柚伽だ。
 小石が多いこの小川は、素足で入ると気持ちが良い。
 垂れ込めていた雨雲が、風に流され、青空が見え始める。
「ああ、晴れて来たね」
 お留守番状態の慶次郎と早吾へと、歩いてくるアニェス。陽の光りがきらりと光れば、そこには虹が現れた。かすかに空を彩るその虹を見て目を細める。
「露草は風情があって」
 玲瓏は、一面に咲いた露草の青い色に、嬉し気に目を僅かに細めた。歌を詠もうかと、ひとつ考え、早吾の上達を願いましょうかと、空に浮かんだ虹を見て微笑んだ。
 柚伽の問いに、それは難しいです。大きいのだと何ヶ月もかかるし、小さいのだと、細部が作れないと、早吾はううんと唸っている。
 そんな早吾をぽむぽむと叩く伊織。
「作った竹細工、俺も見たい。それを師匠の墓に供えれば、きっと喜ばれるぞ」
「あは。きっと、無言でつっかえされます。でも、つっかえされないようなのを、きっと作ります」
「うん、それは楽しみだな」
 作品が見たいと言う冒険者達に、早吾が近くの家から四角い花篭を持ってきた。まだ、このくらいしかつくれないからと。確かに、素人目で見ても、それが上手いものとは思えない。けれども、形が面白かった。きっと、その形が師匠の残した形なのだろう。
「‥‥腕の良いお師匠だったんだね」
 アニェスが、早吾を撫ぜると、早吾はこくりと頷いた。
 俺は何時まで遊んでれば良いの? と、玲瓏の可愛い灰色筋の雛鳥雲居を囲い込んでいる慶次郎を見て、何ともいえない気持ちになった。
 柄では無い。
 この依頼を選んだのも偶然でも何も無い。ただ、前田慶次郎という男が気になってしょうがないのだ。どう問えは良いのかわからない。ただ知りたいというその気持ちを形にするには。
 もらいものだけど、漬物食べようと、慶次郎が何所から出したと、いうぐらいの漬物を広げる。
 面白い。
 伊織も、会う度にそう思ってくすりと笑う。また、依頼で会えればそれで良いと思いつつ。
「これは、お師匠のですか?」
「あ‥‥ありがとうございます」
 竹林から最後に現れたのは明穂だ。手にしているのは、小さな鉈。使い込まれた鉈だった。竹を割るのに使っていたのだろう。また、半べそをかきそうな早吾を見て、明穂はひとつ頷く。
 辛いのはしょうがない。達人の意思を継ぐのは、早吾の心が決めるのだろうけれど、頼るよすがに何か『形見』をと思ったのだ。それは、決して無意味では無いと思うのだ。
 がんばりますと、鉈に話しかける早吾を見て、またひとつ頷いて空を見る。
 空にかかる虹。異国では虹を『橋』と見立てる話しがある。
(「この虹が、早吾の未来へ続く橋とならん事を」)
 明穂の願いは届くだろう。きっと。