●リプレイ本文
日中の陽射しは、まだ肌を焼くほどの暑さだったが、日が暮れ始めると、途端にひんやりとした空気を感じるようになる。そうして、そんな日の夜の空は高く。月は冴え冴えと青白く輝くのだ。
夏の間に伸びきった、背の高いススキ野原が、夜風にあおられて、ざあと音を立てる。
流れるせせらぎが、その音色を深める。
だが、そんな秋の夜の風景に、違和感を覚えさせる音が混じる。
金属のぶつかる音。低い笑い声。それらは、集団で移動する小鬼の出す音であった。
江戸へとあちらこちらから帰還する冒険者達の通る道は、ほぼ決まっている。このススキの原もひとつの帰路である。
「‥‥小鬼?!」
金色の髪に月光を受け、長いローブを揺らして、ティア・プレスコット(ea9564)は、その光景に息を呑んだ。依頼の帰り道、気を緩めていたとはいえ、小鬼の集団に気がつかなかったからだ。
手に刀や棍棒を持つ小鬼達が、ひときわ大きな声を上げると、月光を浴びながらススキ野原をものともせず、やってくる。
「あーあ、仕事の帰りに会っちまうなんてな。ついてねぇや」
軽く肩をすくめる鎖堂一(eb4634)が、仕込み杖に手をかけて、閉じた目を震わせ、軽く眉を上げ、口元に薄い笑みを浮かべた。
按摩に呼ばれ、少し離れた町から帰る途中の堂一が、ふらりとティアの背後から現れる。殺気を放って向かってくる小鬼の集団にかちりと鯉口を切る。
「見ちゃったものは放っておけないわね」
さらに、音も無く、牧杜理緒(eb5532)がティアに軽く微笑みながら現れた。漆黒の装束の上に着込んだ、青い外套が軽くたなびいた。
「‥‥向こうも放っておいてくれないみたいだけどね」
理緒は、小鬼が移動しようとした先に、村があったのを思い出していた。小鬼はかなりの数が居る。だが、これを見過ごす事は、彼女には出来なかった。
「やるんだろ?」
堂一がまた、口の端で笑い、無造作にススキ野原に足を踏み入れる。
人はいずれ死ぬ。どうあがこうが、生き延びる時は生き延びるし、死んでいく時は死んでしまうものなのだ。だが、生き延びれるなら生き延びた方が良い。
「私は、ウォーターボムを使います」
「術士さんかい。じゃあ遠慮なく前に出させて貰おうか」
「あたしも前に行かせて貰うわ」
依頼の帰りである。バックパックには飛び道具が無い。ちいさく鳴く子猫に、おとなしくしててねと囁くと、空のバックパックにそっと入れ、戦闘にはならない場所へと置いてきた。
この小鬼の集団に出くわしたのは、どうやらこの三人だけである。
多勢に無勢。
それは、見ただけでわかるが、身に降りかかる出来事から、目を閉じないと決めているから、前に出る。
「まぁ『逆境武道家』だし、多勢に無勢だからって逃げてられないわ」
「援護‥‥します!」
頷く、小さなティアに、理緒はまた微笑んで頷くと、淡いピンクに光を纏い、自分と堂一にふわりとかける。
「じゃあ、いくかい?」
細波のような音をさせるススキ野原に、怒声を響かせる小鬼の先陣と真っ向からぶつかった。
刃の交わる高い音が響く。
「飛び道具はなしね‥‥なら、なんとかなるかな?」
前から来る小鬼が、日本刀を振り上げる。
その懐に飛び込むと三本の鉤爪のついた手を無造作に振るう。その一撃を振るう間に、別の小鬼が棍棒を振り上げる。だが、その小鬼は、水飛沫と共に小鬼に当たり、よろめかせる。
「これ以上先には、行かせません!」
ティアは淡く月の光を受けてか、青白く光っていた。
振り抜き様に、小鬼を突き倒すのは、堂一である。的確に目を狙うが、その全てが上手く入るというわけでは無かった。だが、月光に白く光る刃は、一体。また一体と、小鬼を戦闘不能に落とし込んでいく。
切れ味の良かった武器も、戦闘が長引くにつれ、理緒によってもたらされた加護も消えて行く。
理緒の三本の鉤爪は、小鬼の血で汚れ、切れ味を落としている。
「数を頼みに力押し、戦術的には正しいけど世の中、正しいからって勝つとは限らないのよねっ!」
何体目かの小鬼切り倒すと、軽く息が上がるのを感じた。それでも、ここで一体も逃がすわけにはいかないのだ。
小鬼にも小鬼の生活圏がある。そこに逃げ込まれ、戦力を整えられ、またやってこられてはたまらない。この戦いによって、近隣の村に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「2度と喧嘩なんか売りたくなくなるようにしてあげるわ」
気合の入った声と、ほとんど一撃で倒される仲間を見てか、逃げ出そうとする小鬼を理緒は逃さなかった。
「人の世界は人のもの、鬼も神も自分の世界へ還れっ」
肌を刺すススキを振り切り、逃げ出した小鬼に向かって、理緒の渾身の拳が唸った。
それと同時に、堂一に飛びかかった最後の一体も音を立てて地に伏した。堂一が、崩れた着流しの裾を直し、理緒の気配を感じて肩越しに顔を向けた。
「終わったかい」
「そのようね」
理緒も、堂一も手も足も、顔も細かい裂傷だらけである。棍棒に打たれた打撲や、刀に切られた傷も無いわけではないが、どれも軽傷で、倒れるまでにはいかない。ただ、二人とも、長く戦ったせいで、酷いだるさを感じていた。
ざわざわと、ススキ野原が揺れ、血生臭さが夜風に乗って吹き過ぎた。
小鬼の持つ松明は、小鬼自身に踏みしだかれ、ほとんどがその紅い灯を消していたが、ティアは火事になる事を考え、広い野原を消火に回る。
「風通しの良さそうな場所で火を放置すれば、それは瞬く間に火事に繋がってしまいます」
ほうと、小さく息を吐く。
たたずんでいた理緒は、目を閉じ、大きく息を吸い込むと、青い瞳を細めて笑った。
「おそくなったけど、牧杜理緒よ。いまさらだけど武道家やってるわ、みんなおつかれさまー」
冒険者達は、ギルドから依頼を受けて、万の仕事をこなす。
その仕事は千差万別だ。
中には、こうしてやむを得ない戦いもある。
誰にも依頼されなかった戦いを、空から青白く冴え渡った月光が照らしていた。