金の指輪
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:07月31日〜08月05日
リプレイ公開日:2008年08月09日
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●オープニング
気に入らないから。
あの人が気に入らないから。
あんなに優しくて可愛いのに、どうして父さん選んだのかわかんないから。
どうして僕達のかあさんになってくれるのかわかんないから。
かあさんは綺麗だった。でも、薬の臭いがいつもしていた。
その手に嵌った金の指輪が緩くまわっていた。大事なのよと、微笑む母さんは綺麗だった。
──けど──その、金の指輪を、別の優しくて可愛い人に父さんは渡すんだ。
きっと。
「隠そうとして、それで、落としちゃったのっ?!」
「うん、まあ、そういう事になるかな」
「なるかなじゃなくて、落としちゃったんだねっ?!」
「うん‥‥まあ、いいじゃんか」
「良くないよ!」
「バレやしないって」
「バレるよ!」
「普通、バレるわな」
正と、吾郎は、上から降ってきた声に、心底驚いて首をすくめた。そして、恐る恐る、上を仰げば、にこやかな父親の顔がある。
とっても笑顔。
でも、それは、とっても怒っている事だという事は、二人とも良く知っていた。
「何所に落としたって?」
「‥‥蟹穴」
「蟹穴に行ったのかっ!」
にこやかに怒っていた父親は、蟹穴と聞いて、血相を変えた。怪我は無いかと、悪餓鬼二人の身体を見るが、大丈夫そうだ。
この近くには、蟹穴と呼ばれる海へと繋がる穴が、岩場に開いている。
急斜面になっており、上がっても蟹の好むものは無いのか、その乾いた岩場には、めったやたらに奥に居る大きな蟹は上がってこないが、満月夜の晩にはごく稀に顔を出す。幸い、今は新月だが、万が一の事もある。
「竪穴に落とした、指輪の探索ですか」
「女房の形見でして」
男は懐かしそうに目を細めた。
忘れるわけが無いけれど、子供達には不実な大人と映ったのだろうなと、父親は苦笑し、新しい金の指輪を弄ぶ。まだ、早いと、あの人に言ったのだが、あの人は、早くても、遅くても、子供達の母親は一人で、自分は他所のお姉さんに過ぎないと笑った。そこから仲良くなっていけば良いのだから、遅いより早いほうが良いと。時期なんて、選ぶものじゃないでしょうとも。
決して自分は弱いとは思わなかったが、あの人の言葉で、随分と弱かったのだと気がついた。
子供二人は、顔をつき合わせて考えていた。
「探しに行こうよ」
「蟹穴だぞ。死んじゃうよ」
「じゃあさ、冒険者さん達に頼もうよ」
「お金かかるんだぞ」
「出世払いで」
「ばーか。そんなん通るかよ」
「でもさ、あの人が居るんなら、父さん、かあさんの金の指輪なんていらないだろうから、探してくれないよ。今日だって、探す気も無い風で、仕事行っちゃったじゃんか。俺等が探さないと、かあさんの指輪‥‥」
「泣くなよ」
「泣いてないよ!」
小さな双子ちゃんが、出世払いで! と願い出た依頼は、すでに父親が願い出ている。そう、言おうとすると、大きな姿に遮られた。
ふらふらと江戸の冒険者ギルドに顔を出す、前田慶次郎だ。
「いいねえ、出世払い。それ、お兄ちゃんに出世払いしてくれる?」
「良いよ。おじさん」
「お 兄 ち ゃ ん」
「父さんより年上っぽいから、俺も、その呼び方はどうかと思うよ」
「自分でお兄ちゃん言うかな」
むに。
むに。
小さなほっぺたを摘まんで、じゃあ、慶次郎で妥協しようと、大人気ない行動をとった男は、受付に、だけ見えるように、内緒の人差し指を口に当てた。
どうやら、余計なおせっかいも焼きたいらしい。慶次郎の行動に慣れてきた受付は、軽く肩を竦めると、依頼書を作成した。
●リプレイ本文
●ギルドにて。
「母親の金の指輪を自分たちの手で取り戻す。それでこそ男だ」
裾に銀糸で隼の刺繍のある、漆黒のマントを翻した桜乃屋周(eb8856)が、子供達に、頷く。長身、短髪、意思の強い碧の瞳が子供等を見据える。
「うん、お兄ちゃん」
「俺達、やる時はやるよ!」
「‥‥」
ここで、女性だと訂正するのも大人気ないかと、周は鷹揚に頷いた。たとえ、性別を間違えられようと、子供達の心根に心動かされたのは事実だ。
「双子ちゃんはお幾つかしら?」
フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)がにこりと微笑む。
「「もう五歳だ」」
そう。と、頷く。五歳とは、また、小さな子だとフォルナリーナは心中で思う。言わずとも分かってくれ。とは、まだ早かったのだろうが、きちんと言葉で伝えて通じるかどうかも微妙な年齢である。子供達の態度を見ていれば、十二分に伝わるような気がするのだが、親は意外と見誤るものなのだろう。
にっこりと挨拶をしながら、御法川沙雪華(eb3387)が、連れてきたペットを前田慶次郎に引き渡す。
「それで、うっかりキャメロットからペットを連れてきてしまいましたの」
「前田さんはいつもギルドにいる気がするの」
「おお、寝泊りしたいぐらいにいるかもしれないなあ」
おやおやと、笑うパウェトク(ec4127)の前に、慶次郎の大きな手が、久し振りだと差し出され。パウェトクの背後から、出てくるサリが、祖父がいつもお世話になっていますとぺこりと頭を下げてまわる。
おひさ〜♪ と、黙っていれば渋い壮年で通る大泰司慈海(ec3613)が、満面の笑顔で手を振ってやってくる。
おひさ〜♪ と、笑う慶次郎に頷くと、双子達にくるりと向き直る。妙に愛嬌のある笑顔なので、子供達はきょとんとした顔だ。
「ボウズたち、出世払いかー。大きくでたもんだねぇ〜。将来は大物になるね♪ ボウズたちは、慶次郎くんとゆっくりしてて。オジサンたち、先に蟹をやっつけておくからね!」
うん。と、可愛い返事が返るのを、うんうんと頷いて。
頬に手をあて、軽く溜息を吐くのは日下部明穂(ec3527)だ。
「慶次郎さんのお節介もこれで何度目か‥‥」
「いやん。明穂‥‥」
子供達に見られないように口に一本指を当てて、黙っててと懇願する、慶次郎をちらりと見て、また溜息を吐く。何だかんだ言って、つい来てしまう自分も十分お節介かもしれないと内心また溜息を吐く。しかし、お節介とはいえこれは依頼。どうせ世話を焼くなら、指輪の事も、家庭の事情も、これからの行く先をつけたいものだと思う。
きゅっと、高くひとつに結わえた銀の髪が流れる。レイ・カナン(eb8739)が、新しい家族が、新しい生活を始められるようにとの思いを胸に、にこりと笑った。
「双子ちゃんが新しい家族と仲良く暮らしていけるよう手伝いたいの」
「まずは指輪探しからだな」
行こうかと、群雲龍之介(ea0988)が立ち上がった。が、その持ち物は非常に重く、何人かの手助けが必要であった。
●子供のキモチ。
蟹穴から少し離れた場所で、レイとパウェトクが、子供達と話していた。
何となく、大人から説教を食らうのは、雰囲気でわかるものだ。微妙な空気を読み取った双子は何となく落ち着きが無い。
「あのね、私にも二人目のお母さんが居るのよ」
レイがにこりと笑えば、双子は顔を見合わせてから、レイを見た。
「彼女の事を母親と思う事は難しかったわ。
だって彼女は若くて可愛くて、そして人間だったから。だけど彼女は明るくて楽しい人で、弟も生まれてもっと賑やかになって、家族が増えるのって、なんて素敵なんだろうって思ったの」
レイは、気持ちを込めて、子供たちを見た。自分の生い立ちと生まれる軋轢。それを越えてもなお、繋がる絆の暖かさを伝えたかった。
「お父さんもお母さんの指輪を大切に思ってるのよ」
「お父さんも指輪を探す依頼を出していたのを知っているかな」
「「ええっ!」」
子供達は、パウェトクの言葉に目を丸くする。そんな子等を優しげに目を細めて、パウェトクは見る。父親の良いところはどんなところかと問えば、自分達と真面目に色々競争してくれるし、返事が返ってくるかは別だけど、何でも話は最後まで聞いてくれるし。と話し出す。パウェトクの笑みは深くなる。
「その女性も、左様な所が気に入ったのかもしれん」
「新しい家族が増えて、新しい事が始まるんだって気楽に考えてみたら?」
レイが、明るく笑えば、パウェトクも頷く。亡くなったお母さんの代わりだなんて、お父さんも考えていないはずだよと。
●蟹穴
乾いた岩場に、磯の香りが、僅かに香る。夏草も伸びたその場所は、確かに、知らないで居ると、はまり込みそうな穴だった。
「よし、降りるぞ」
淡く新緑の色を纏わせると、周はふわふわと、頼りなさげだが、宙に浮いてゆっくりと穴を下って行く。龍之介が、その後を、傾斜がきついならば、ロープがいるかと、足元を確認しつつ下る。
「どれほどいるのか‥‥」
なるべく安全に降りれるようにとパウェトクはロープに瘤を作る。
「襲ってこなければ良いのですが」
「そうだねー。もし寝ちゃったら、可愛い女の子に起こされたいっ」
明穂が呟くと、慈海が、松明を掲げて下りつつ、希望を述べる。あくまで希望のようだ。
蟹穴は、かなり長かった。
けれども、下りきると、明るい陽の光りで入り口が照らされて、そう苦も無く砂浜へと辿り着いた。
と。
目の前に、蟹がっ!
「っ!」
龍之介がオリファンの角笛を吹くが、仲間達に耳栓は徹底されていない。ほんの僅か、互いに時が止まる。
砂を蹴立てて、蟹が迫る。
「多少なら、盾となれます!」
鬼の守り刀を抜き放ち、明穂が前に出るのと同時に、慈海も前に出る向こう側が透けて見える氷晶の小盾を構え、魔槍ドレッドノートを構える。周の手にした両刃の直刀、シャスティフォルが翻る。
「回り込む事が出来ませんね」
後方から様子を伺っていた雪華の身体に煙が纏わりつく。忍法だ。睡眠を誘う春花の術がその手から放たれる。
風向きは、生憎と蟹穴の上へと吹き上がる。
しかし、蟹はぴたりと動くのを止めた。
同じように、ぱたぱたと眠りに誘われた仲間達を、周がせっせと起こして回れば、事も無し。
しかし。
蟹は一体では無かった。がさりと蟹がもう一体。
「焼き蟹ですね」
「‥‥蟹祭り!」
雪華がぽつりとつぶやけば、慈海がうきうきと応えた。
では、行きますかと、周が走り出し。
●大人のキモチ。
ひとり、フォルナリーナは、双子の父親を捕まえていた。大工である父親は、仕事の真っ最中だったが、棟梁が顎をしゃくって押し出してくれた。どうやら、事情は承知のようだ。
「仕事が忙しいというのは、殿方の悪い癖よ?」
フォルナリーナは、子供達がギルドへ指輪探索の依頼を出しに来たことを告げれば、父親は、あい済みませんと頭を下げる。早速捕まえにと、言うのを、首を横に振り、フォルナリーナは小さく溜息を吐く。
「そうじゃなくて、子供達は、あなたが亡くなった奥様に対する気持ちが無くなったのではないかと、勘繰っているのよ」
「とんでもないっ!」
「伝わっていないの。伝えてあげてね?」
フォルナリーナは微笑んだ。
●指輪
様々に光りを掲げ、もう一度、蟹穴を捜索する冒険者達。
「大丈夫か? しっかり捕まっていろ?」
「うん、ありがとうございます」
龍之介が、正を背負い、降り、吾郎を慈海が背負う。
ランタンと松明で明る過ぎるほど明るくなった蟹穴だったが、金の指輪は中々見つからない。最初に降りる時点で、随分と砂や岩を落としたからだ。最初から指輪を探索しながら降りれば、その光りの中、すぐに見つける事が出来ただろう。
「あまり遠くへ落ちたとは思わないのだけれど」
明穂は、蟹穴の直下を重点的に探す。
「凹凸のある場所に落ち込んではいないかの」
砂浜まで落ちたという事もあるかもしれんのと、パウェトクは、小さな凹凸を丹念に探る。
「これかしら?」
雪華が、光る小さな指輪を見つけた。潰れずに、見つかったその指輪は、綺麗な金色をしていた。
その頃、ようやく父親がやってくる。
●そして。
「男はやっぱ弱いから、優しく癒してくれる女の子が必要なんだよね! 前の奥さんを忘れたとかじゃなくて‥‥同時に複数を愛せる、ある意味罪深い生物なんだよ、男って。ボウズたちも、あと十年もしたら、わかると思うけど、今はまだちょっと早‥‥」
半べそになりかかった双子達の姿に、慶次郎が、慈海の口に梅干を突っ込んだ。漬物に凝っているんだと沢山出して話題を変える。
かなり、その例えは早いと言う事だろう。
龍之介は、父親の良いところと悪いところを子供等に聞く。レイにも似たような話を聞いていただけに、答えは早い。龍之介は、そうかと、頷く。
「君達の父親はお母さんを忘れるような人か?」
子供達は、顔を見合わせた。何しろ、お母さんの事を忘れて、金の指輪を他所のお姉さんにあげるのでは無いかという、勘繰りから事は始まっている。忘れたいのでは無いかという、根本の疑いがあるのだ。
「もしも君達に友達になりたい子がいるのだけど、その子は『前にお別れした別の友達が好きだからもう友達は作らない』と言われたらどう思う?」
やっぱり子供達は顔を見合わせる。身の色が赤ではなく虹のような七色をした珍しい、なないろスイカをさくりと切り分けて手渡すと、小さな歓声が上がるが、どうにも渋い反応に、龍之介は苦笑する。
「あっ!」
明穂が、指輪を父親に手渡すのを見て、子供等は、非難の声を上げた。当然自分達の手元に来るはずだと思っていたらしい。だが、この依頼は父親が出した依頼だ。本当は、泣くほど心配していた子供達に渡してあげたい。しかし、父親に手渡すのが筋だろうと、明穂は思うのだ。
大人の理屈で子供は動かない。手順を踏めば、踏んだだけの答えが帰る。それはもう身に染みているだろうと、安堵の表情を浮かべた父親を見て明穂は頷いた。大切に金の指輪を胸に抱くその姿に、双子は、目に涙をじわりと浮かべた。
「大切な指輪を落としてしまって御免なさいと、お父上に謝らないといけませんわね。お父上も‥‥言葉足らずだったと、双子ちゃんに説明してあげてくださいませね」
冷める前に食べましょうと雪華が、焼けた蟹へと仲間を誘い。
どうやら親子関係は修復へ向かいつつあるようであった。