彼岸花の土手

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月30日〜09月04日

リプレイ公開日:2008年09月07日

●オープニング

 その土手には、狂ったように彼岸花が咲く。
 咲くというより、埋め尽くすように、天へと赤い手を伸ばすように。
 花は美しいものである。
 しかし、その土手は。
 
 近くの村の大人達は、彼岸花の咲く時期は、その土手には近寄らない。
 その群生を見ると、酷く胸が詰まるからだ。
 だが、子供達は平気なようで、時折、行ってはいけないという親の目を盗んで遊びに行く。
 そこで、惨事が起こった。

 土手に、山姥が現れたのだ。
 
 土手沿いを、旅する旅人は多い。そのうち、気の毒な男がひとり、山姥に捕まったのだ。
 泣き叫ぶ子供達の声で、大人達は、土手へと向かう。
 すると、にたりと笑った山姥が、大きな山刀を構えて、彼岸花の中に立ち上がった。

「鞠を落としてきちゃったのっ!」
「馬鹿! 鞠なんか、いくらでも買ってやる」
「でも、花ちゃんから貰った、大事な鞠なの」
 今にも、彼岸花の土手へと走り出しそうな小さな娘を抱えて、旅姿の親子は、村へと駆けて行く。
 山姥は、どうやら彼岸花の土手から動くことはなさそうだ。
 けれども、土手に上れば、山姥が立ち上がるのが見える。
 このままにはしておけない。
 村長は、冒険者ギルドへ人をと言えば、逃げてきた旅人が、江戸へ向かうから、依頼出してきましょうと頷いた。

「山姥が居座る土手ですか」
「土手に上らなければ、山姥は動かないみたいです。それで、あつかましいお願いなのですが‥‥」
 娘の鞠を捜してはもらえませんかと、旅人は、おかっぱ頭の少女を撫ぜながら苦笑する。
「鞠か。鞠は女の子には大事だよなあ」
 ぬっと、首を突っ込んだのは前田慶次郎。
 うんうんと、頷いて、鞠、捜してこようと、親子に笑いかける。
「一面の彼岸花。禍々しくて良い」
 ぽつりと呟くと、何時に無い、酷薄な笑みを浮かべた。
「前田様付きの依頼っと‥‥」
 最早、動じなくなっている受付は、その笑みに気づかず、注意書きに、さらさらと付け加えている。


 山姥は、落ちていた鞠を見つけて、拾い上げた。
 金糸、銀糸。赤、橙、黄が主な色合いで、所々に、黄緑と青の色々が渡る、亀甲紋様の鞠だ。
 座り込むと、山刀を横に置き、そっと手の中に入るぐらいの、小さな鞠を撫ぜた。
 おおう。
 おおおおう。
 山姥の鳴き声が、月夜に響いた。

●今回の参加者

 eb3974 筑波 瓢(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

●夏の終わり
 びし。
 神薗柚伽(eb5492)は、何所と無くいつもと違う雰囲気をしている、大きな姿の前田慶次郎を叩く。
「あんた図体デカイのに夏バテしてるの? あたしは夏バテなんてしないわよ、年寄り扱いしないでよね」
「‥‥おかあさん、年考え‥‥」
 びし。
「まだまだ身も心も乙女なんだから!」
 再び何かが飛んでいった。
 本物の乙女が泣く。そう、影でこっそり呟いたのは、柚伽に聞こえたかどうか。
「や。皆ちょっと久しぶり。少しね、欧州に行ってたのよ」
 しゃらしゃらと装身具の綺麗な音を立て、アニェス・ジュイエ(eb9449)が、手を振ってやってくる。(「前田さまは結構な年なのじゃ」)アニェスを見送りがてら、お団子を手渡す鳳令明は、慶次郎を遠巻きに見て、ほうと溜息を吐く。
「ちょいと久し振りか」
「お。アニェスに伊織、久し振り」
 忠澤伊織(ec4354)がにこりと笑う。自分は久し振りだが、酒場には頻繁に慶次郎がらみの依頼は張り出されているのを知っている。飲むか食べるか、子供関係か。
「子供、好きなのか?」
「まあな。気合の塊りみたいだからなあ。子供は。和むし」
「へえ。そんなもんか」
 依頼書を眺めて、やっぱり子供がらみを確認する。山姥を倒して、少女の鞠を拾ってくるのだ。けれども、彼岸花が埋め尽くすという土手とはと、伊織は軽く肩をすくめる。
「あの色といい、形といい‥‥トドメは有毒性ときた。なにか不吉なものを感じさせる花だよな」
「球根に毒があるから、死体が動物に掘り荒されないように、墓地に植えられることが多いみたいね。彼岸花とか幽霊花とか死人花とか、イメージ悪い名前が多いわよね」
 柚伽が、やれやれといった風に溜息を吐く。花に罪は無いが、摘んで家に飾っておきたいとは、あまり思わない花ではある。
「随分変わった所に居ついたものですねぇ」
 ふうむと、頷き、筑波瓢(eb3974)が、山姥かと依頼書を見る。
 山姥。逆立つ白髪に、青く光る目。耳まで裂けた口に、鋭い爪。その老婆は恐ろしい形相で、山刀を振るう。普通の山姥は、老婆の姿で人を騙し、襲う時に正体を現し、人間一人ぐらいならペロリと平らげるという。攻撃力はそれなりに高い。
「‥‥何か思い入れでもある場所なのかねぇ」
 土手から動かないのはどうしてだろうかと、伊織は思う。彼岸花に忘れられない想い出があるのか、土手に想い出があるのかはわからないが、気になった。はっきりと出自の知れない伝え聞きに、山姥は多産だというのを思い出すが、真偽の程はわからない。そういう山姥も居るかもしれない。
「どこからやってきたんだろうね」
 周辺を調べれば、土手の由来も、山姥が居ついた訳も知れたのだが、動こうとする冒険者は居なかったようだ。

●山姥との戦い
 瓢は、スクロールを開く。自身の幻影を作り出す魔法を展開させるためだ。
「転地万物の理を変化、蜃気楼の如く我を映し出せ」
 どの位置で、何所に幻影を作り出すのか、悩んだが、姿の見えない場所で、山姥が幻影を見れる場所とくれば、土手の反対側であろうか。土手の上に、幻影は浮かび上がる。
 動かない幻影だ。山姥が気が付くのに、少し時間がかかったが、咆哮が上がる。視界に入ったのだろう。
 駆け上がり、その山刀で、ざっくりと切り伏せるつもりが、相手は幻影である。その力は空を掻き、山姥はたたらを踏む。
 咆哮が上がった頃、冒険者達は山姥を囲むようにと、展開するが、山姥が何所から上がってくるのかわからないので、囲むという事は出来ない。ただ、気を引く時間は僅かにとれたようだ。
「動かないで!」
 アニェスの手から、陽の光りが飛ぶ。直接は当てない。鞠が見つかるための、足止めをするのだ。
 仲間達が山姥に辿り着くまでにと、瓢は再びスクロールを広げる。
「影爆砕、天地万物の理をもちて邪怪駆逐とせむ。禁!」
 激しい音と共に、山姥の影が爆発すし、山刀を持ったまま、山姥がよろける。
 走り込んだ伊織が、向こう側が透けて見える、氷晶の小盾を構えて迫る、万が一、鞠を持っていたら不味い。幾分ふらついていたが、すぐに山姥は、山刀を振りかざした。
「っ!」
 ずしりと重い山姥の山刀を受ける。透けて見える盾は、山姥の凶悪な顔を間近に見せる。と、その腹辺りに、膨らんだものを見つけた。伊織が叫ぶ。
「前田のおかあさん、腹に鞠がある!」
「了解よ〜っ!」
 柚伽が、仲間達の牽制に山姥の近くまで来ていた。ぐっと手を伸ばせば、その懐から、鞠を手に入れることが出来る。それを見届けると、伊織は盾を放り投げると、大脇差一文字を抜き放って、ゆれる切っ先から、白刃を閃かせて、山姥へと踏み込む。
「よし‥‥悪いな!」
「天地万物の理を変化、汝起きる事を『禁』!」
 瓢が、僅かに遅れて、魔法を発動させる。淡く銀色を纏うのは、月の睡眠の魔法。
「逃がさないわよ」
 柚伽は、しっかりと鞠を抱えて煙を纏う。大ガマが、山姥の背後を取り。囲い込まれれば。

●彼岸花の‥‥
 風に揺られて、炎が燃え広がるかのように、彼岸花が揺れる。
 山姥は、そのまま彼岸花の土手に葬られ。
「山姥も元は人だったと聞く。身は外道に落ちても心の一寸に人としての何かが有ったのでしょうね」
 何所にでもある言い伝え。それが正しいものかどうか、確認は出来ないが、そんな言い伝えも何処かにはあるのだろう。瓢は、山姥が鞠を抱えていた事に、そう思うのか。
 終ったかと、慶次郎が顔を出す。出来れば置いてきて欲しいものだがと、ペット達を手渡し苦笑する。
 鉄の臭いが鼻に付く。山姥を屠った土手を改めて眺めれば、真っ赤に燃え揺れる、彼岸花。
「過去はとうの昔に桃花の影に置いて来たが‥‥この光景に心騒ぐは天の恩恵か、それとも罪深き我が心に対する罰か‥‥」
 青紫を宿す浄眼の右目を、伏せ、瓢は僅かにひきつれた顔の右の傷跡を手で覆う。
 まざまざと蘇る過去を思い出し。揺れる血の花を静かに眺め。
 ふと見ると、酒場で見た愛想の良い顔の慶次郎の眉間に、深く皺が寄っているのに気が付いた。何を語りかけるでもなく居る瓢に、慶次郎も、何を語るでも無いようだ。目線の先には。
 血の様に咲く赤い彼岸花。

「中秋の名月にはまだちょっと早いけど、お花見でもしましょう!」
「山姥を埋めた彼岸花の土手を花見‥‥ね」
 だが、僅かに眉間に皺が寄っている。
「慶次郎も江戸に出てきて半年以上経ったわよね。冬・春・夏・秋と、一通り楽しめたかしら? 加賀とくらべて江戸はどう?」
「そうだな。楽しかったよ。おかあさん。江戸は次から次へと玉手箱のように面白いものが出てくるから好きだ」
「っていうか、あんたずっと宿場暮らし?」
「いいや? 仮住まいはあるぜ。面倒見てくれるご近所さんも居る」
「良かった。どれだけ裕福なんだかと、心配しちゃったわよ」
 ありがとなと、言葉少なく返されて、おや? と、柚伽は思う。あまり調子が良くないのだろうかと、覗き込めば。
「一面の紅い花‥‥すごい、大地が燃えてるみたい綺麗‥‥ね」
 この国の人は、これを不吉って言うかと、アニェスは首を捻る。仲間達は、この一面の彼岸花に、何を思うのか聞いてみたかった。
 黄泉路へと送った山姥を哀れと思うのは、勝って此処に立っているからなのだろう。依頼なら。人を守るためなら、また己の手を染めるのを厭わない事をアニェスは知っている。だが、一杯の酒を献じる傲慢は許して欲しいと、地に酒を注ぎ、自らも一口杯を干す。
 飲むかと差し出した酒は、悪いが遠慮しようと断られる。
「前田慶次郎、あんた、『誰』? 何が狙いで、冒険者に近づくの? はぐらかすのは、やめてね。答えたくないならそう言って。二度と聞かなから。そこまで悪趣味じゃないもの、流石にね」
 アニェスは、ずっとその事が気になっていた。軽く肩を竦め、慶次郎を覗き込む。自分ながら、畳み掛けるような問いだとは思う。しかし、聞かずにはいられないのだ。
「それを聞かなけりゃ、俺の依頼は受けられないか? 聞いてどうする? 何か変わるのか? はぐらかすなと言いながら、答えたくないなら答えるなと言う。それは、酷く矛盾した質問じゃないか? ‥‥狙い‥‥狙いが無けりゃ変だって事か?」
 息が詰まる。アニェスは、空気を求めるように喘ぐ。
「‥‥前田‥‥あたしはそんなつもりじゃ‥‥」
 人が語らない背景を聞くのは無粋だ。それは、十分アニェスは理解している。不意に雰囲気の変わった慶次郎に、己の言葉が引き金になったのを知る。
 場が悪かった。
 いつもの軽い依頼ならば、多分軽くいなされるか、それ相応の答えが返ってきたに違いないのだが。
「出自は加賀。誰に仕えているわけでも無い。俺は俺が好きで江戸に居る。良く出来た従兄殿が居てな、暮らすに十分以上のものは貰っている。お返しに、加賀の若い職人を江戸で勉強する手助けをしている。江戸の冒険者や、依頼の動向なども、徒然に書いて送る事もあるが、それ以上、今は何もしていない。加賀に火の粉がかかる事になれば、また別だがな。‥‥満足か?」
 彼岸花が夜に浮かぶ。
 真っ赤な花は、天へと燃え咲く。
 淡い色した茎の緑が、地中から現れたかと思えば、ある日突然、真っ赤な花が開くのだ。それは前触れ無く。
 慶次郎を目で追えば、踵を返した大きな背中だけが目に入る。
「得体の知れない奴の、依頼を重ねてくれた事、感謝する」
「‥‥前田‥‥」
 アニェスは、次の言葉が出て来ない。ただ聞きたかっただけだったから。立ち去る背中をただ見送った。