長月の御伽噺
 |
■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月15日〜09月20日
リプレイ公開日:2008年09月24日
|
●オープニング
満月になる。
長月の満月だ。
真っ白な六枚の羽根をゆっくりと動かし、月光をその身に受け、揺籃は棲みかへと戻ろうとして、ふと、冒険者達を思い出す。
久方振りに、人を愛した。そして、その人を失って。
風精龍と、一つ目巨人が月精龍揺籃の棲みかを襲撃したのは昨年の霜月。
追われ、愛した人は先に鬼籍へと旅立った。傷だらけの揺籃が辿り着いたのは砂浜。その砂浜には何の理の歪みか、沢山の砂男が現れ、現地の女性達が、揃って揺籃の救出にギルドへと足を運んだ。
そして、次に会ったのは、傷を癒す為に訪れた温泉地で、炎龍の棲む穴に落ちた女性を助ける依頼を出した。冒険者達は、炎龍をむやみやたらに傷つける事はしなかった。揺籃は、その事にも、とても、感謝している。炎龍あっての温泉地でもあるからだ。
冒険者達との縁は、まだ続いた。
古い馴染みである一角獣白偲の棲みかを訪ねれば、そこを、揺籃の棲みかを襲撃した風精龍が襲った。白偲を助け、風精龍を退治する手助けをしてくれた。どれだけ感謝しても足らない。その上、揺籃の棲みかは、冒険者がすでに奪回をしていた。揺籃は酷く驚いた。それと共に、尽きぬ感謝を告げたのだ。
ふらりと、この国を見てこようかと傷の癒えた身体で飛べば、春雷に会った。休憩にと思う高原に水が張り、その中に、落ちぶれた神とも言われる夜刀神が、群れを成して巣食っていた。揺籃は、すぐ近くの村の被害を考え、すっかり馴染みになった手段で冒険者に助力を請えば、快く集まってくれた彼等は、山の小さな村を救う。
随分と、楽しかった。
揺籃はまた、くすりと笑う。
あちこちで神が目覚め、人も魔も妖怪も。何時の世も混沌とするのがこの国の良い所だが。自分は、そろそろ、また眠りにつこうかと思うのだ。
年が変わる、その前に。
そう、その前に、長月に、己が棲みかから見る月光の美しさを、彼等に見せたい。
そして、最初に冒険者を呼び、助けてくれた、あの浜の女衆にも声をかけよう。
変わらぬ月の美しさ。彼等と一緒に過ごせたら。
一通の依頼懇願書がギルドへと届けられる。
十分な報酬と共に。
人の良さそうな男が、頼まれたのでと、頭を下げて帰っていった。
「食材の調達と、月光に関する歌を読める者‥‥」
途中の道には小鬼が出るといわれれば、それは一般人には不向きと言わざるを得ない。
料理上手で、歌の読める方、お大尽の無聊を慰める月見の会に出向いちゃくれませんかと、冒険者ギルドの受付が首を傾げつつ、依頼を張り出した。
「ねえ、聞いた?」
「聞いたわよ」
「行くでしょ?」
「当然よ」
「亭主はどうする?」
「置いて行くに決まってるじゃない!」
そうよね。ね。と、浜の女衆は、夢の中で、優しい声を聞き、亭主ほったらかしで、料理の腕を振るう事に決めたのだった。
ススキに、萩の花。月見団子に、衣かつぎ。ほくほくのちまきは鳥と銀杏が入った出汁醤油味。お吸い物には何を入れようか。きゃあきゃあと話を弾ませる女衆に逆らう旦那衆はどこにも居なかった。
月が昇る。
長月の満月が。
海に向かい、洞窟を隠すかのように切り出された岩場の上に顔を出す。
岩場の影が月光で作られ、長く、洞窟の中へと入る。
青白く浮かび上がる洞窟に、その影はある場所でぴたりと伸びるのを止めて。
月による見事な影絵がそこには映し出され。
その影は、長月の月光だからこそ、入る影でもあった。
●リプレイ本文
●月を頼りに、ぶらぶらと。
長月の夜の月は、また格別に綺麗だ。どの月も、それはそれなりに、この国の人々は様々な名を与え、様々に愛でる。
僅かに涼しくなった夕暮れを歩きながら、カイ・ローン(ea3054)は、この依頼のお大尽とやらに思いを馳せる。
「久しぶりに彼に会うのもいいかな」
依頼書を貰えば、その場所は、酷く懐かしい場所で。
そうくれば、この依頼主もおのずと知れる。
歩み行く人は少ないが、その依頼主の正体は、多分皆知れているのだろう。
月の夜に長い影が落ちる。
昼のように明るくは無い。
けれども、慣れた目には、月光の明かりは遠くまで照らされて。夢幻の道を歩いているかのようだ。
ざわめく女衆は、一緒に歩くカイを覚えていた。
めったに旅人も訪れない辺鄙な場所だ。
六枚の羽根を持つ大きな生物を助けたいと思った女衆の気持ちから、事は始まっている。その姿は大きく、異形であったが、女衆には、つい、手を出し声をかけ、近くに寄りたいと思うような、そんな何かがあったのだと、聞いてもいないのに、カイに向かって口々に話して行く。
きっと、子供に、孫に、同じように話して、いつしか伝説になるのだろうと、カイはくすりと笑った。小鬼が出るかもしれないという話だ。一応の警戒は怠らない。しかし、万が一小鬼が居るとしても、冒険者が護衛についているとなれば、その姿は現さないだろう。
東欧に伝わる黒き軍神の力を宿しているという、三つに分かれた黒い刃と黒檀の柄を持つトリグラフの三叉槍と共に持つのは、大きな梨。
夜は冷える。かの浜で場所を探し、夜の海に浸せば、冷たく食べれるだろうかと、女衆に相槌を打ちながら、笑みをこぼす。
それは、近寄らせないでねと、女衆から遠ざけられてしまったのは御陰桜(eb4757)だ。立って歩く猫に、ぱちぱちと帯電している兎。可愛いといえば可愛いが、ケット・シー猫太郎はともかく、流石に、帯電しているライトニングバニー跳太は、触るだけでダメージが行く。
ちょっと離れて歩いて行く。
桜が持ってきたのは、白玉団子。
ねぇ、コレもうちょっと安くならない? と、ウィンクひとつ飛ばしてみれば、店員さんは女も男も僅かにへらりと笑い、おまけしてくれた。その粉で、鉄人のエプロン、鉄人の鍋、鉄人のおたまを使って作ったお月見団子は、レシピもしっかりしていたから、それはもう、ぴかぴかした出来栄えだった。
月光に照らし出される道を歩きながら、桜は大事な人を思う。
美味しく出来たから、帰ったら、アノヒトにも作ってあげようと。そう思えば、自然に嬉しさと楽しさで顔がほころび、足取りも軽くなり。
月精龍揺籃の棲みかである、浜が見えてくる。
浜の下の揺籃の棲みかである洞窟へと下りるのは、かなり絶壁を下らなくてはならない。
その浜で。月の光りを浴びて、白い六枚の羽根を休ませた大きな月精龍の姿は、遠くからでも良く見えた。
揺籃が女衆と冒険者達に助けられた浜と、この揺籃の棲みかの浜は、別の場所なのだが、ここが始まりの場所と言っても良いだろう。セピア・オーレリィ(eb3797)は久し振りに顔を合わす月精龍を見上げて嬉しげに目を細める。
武装は無粋だっただろうかと、内心で溜息を吐くが、小鬼からの警護の必要もあるから、武装は必要である。冒険者が居るという、その事実が、小鬼を遠ざける事になるからだ。古き世より戦いにおもむく高位の司祭に好まれて使われたという、その矛聖槍グランテピエの柄には、聖遺物が埋め込まれている。後から月の光りを宿したその矛は好まれこそすれ、心配に思う気持ちは杞憂だろう。
「茄子って秋が時期だっけ?」
「秋茄子は美味しいよ」
女衆がけらけらと笑う。
「嫁に食わすなだかいう、失礼な諺で聞いた気がするけど‥‥」
「ああ、そういうのあるね」
あまり出自がはっきりとしない諺を思い浮かべたセピアに、女衆はまた笑い、美味し過ぎるから、嫁になんかやらないよと、姑が言ったという話と、秋茄子は身体を冷やす。大事な嫁の身体を冷やして、子供が出来にくくなったら困るという話とあるけど、どっちが本当だと思うかねと、逆に振られて、言葉に詰まる。
旦那さんを置いてきた女衆には、どっちでも良いのかなと、セピアは肩を叩かれつつくすりと笑う。
焼くぐらいしか考えていなかったのだが、女衆がそれならばと、沢山の茄子料理を作った。
定番の焼き茄子には、出汁と鰹節をたっぷりと。生姜を入れれば、また味わいが変わり。ざっと素揚げした茄子を出汁に浸し、木の芽を散らした一品。砂糖出汁で煮込み、唐辛子で辛味を足した一品。大きな皿に幾つも作られたのには、目を丸くした。
その料理を見つつ、丁度良かったと、瀬崎鐶(ec0097)は頷く。茄子の浅漬けを手にした彼女は、並べるのを手伝う。
「招いてくれてありがとう、です」
鐶は、月精龍揺籃の大きな姿に嬉しげに寄って行けば。月夜を楽しんでくれれば幸いと、微笑が返り、喉の奥で笑うかのように頷かれ。
その場で、浜焼きをしようと、女衆が石釜を作り始める。
火がつく様に、鐶は僅かに後ろに下がる。網の上では、美味しそうな魚介。鮑、海老、魚、烏賊、さざえが良い香りを漂わせる。手を伸ばそうとがんばるが、鐶は、ぱちぱちとはぜる火の粉が飛ぶ度に、動きが止まる。見かねた女衆に、大きな海老を渡されて、ぺこりとひとつ頭を下げる。丁寧に挨拶をした鐶を好ましく思っていた女衆に、自分の子供ぐらいの年か、孫の年かとぐりぐりと撫ぜ倒されて。
「遅れてしまったのです!」
空飛ぶ箒に、何やら沢山吊るしてやって来たルンルン・フレール(eb5885)は、持って行く料理に頭を悩ませたのだ。
まず、依頼を見た瞬間に、仲間達と同じく、これは揺籃の依頼ではないかと、場所や雰囲気でなんとなく思いつく。ここまでは良かった。
また、会えるのが楽しみで、腕によりをかけてと、思っていたのだが、あえなく挫折。何を同間違えたのか、今もってわからない。黒い炭の塊りを思い出して、乾いた笑いを浮かべたりして。
しかし、ルンルンは切り替えも早かった。
悲しみを振り切ると、かかった時間を縮めようと、飛んできたのだった。
「料理の基本は脚です!」
少し違う。
そう、自分でも思いつつ言い切った。空飛ぶ箒がよろめくほど沢山の荷物の中からは、茣蓙が出てきたり、栗ご飯や茸ごはんのおにぎりや、葡萄の入った包みがこぼれ出た。何も手を加えなくても、すぐ食べれるからと。
沢山の食べ物と、女衆の笑い声、冒険者達の顔、顔、顔。
月明かりに照らされて、浜は賑やかになって行く。あまり足しにはならないが、この月夜の記念にと、揺籃から小さな月の光りを宿す石がひとつ。集まってくれた者達に手渡され。
●長月の満月は穏やかな光で明るく。
一通り、お腹がいっぱいになると、場所は揺籃の棲みかへと移る。その、巨体が出入りするだけあって、洞窟はそれなりに広い。海へ向かい、洞窟を隠すかのように切り立つ岩が、まるで稜線のように海と空を区切り、岩山の間から見えるかのような、乳白色した月が美しい。
その月の光りは、稜線の影を洞窟内に伸ばす。明るい影だ。
まるで、何かを示すかのような稜線の月影だ。
ただ、美しい月を眺め、月見を邪魔しないように、岩陰にと入り込む大きな月精龍を見て微笑む。
「綺麗‥‥」
大きな月に、ただ見惚れてしまったのはルンルンだ。
波の音が間近に聞こえ、岩の稜線の真上に見える月は、その模様まで見えるかのようで、見ていると吸込まれそうな光りを放つ。
月と言えばと、桜は兎浴衣に着替えると、頭にラビットバンドを装備した。ふわふわした兎の耳を模した飾りのついた装備だ。
「さぁさぁ、飲んで飲んで♪」
「ありがとう」
カイは、桜からお酌をしてもらい、酒精のせいかどうか、ほんのりと顔を染める。カイの持ってきた、数種の貴重な酒は、次から次へと消費されて行く。何も対価がなくてと、揺籃が申し訳無さそうに頭を垂れるが、これは、気持ちだから。
「これからも、困った事があったら何時でも力になるよ」
揺籃を見上げれば、詩酒オーズレーリルを干した揺籃が、嬉しげに目を細める。
「感謝する。親しき友よ」
「お招きありがとね♪」
今回で三回目よね? と、小首を傾げてウィンクする桜の兎耳がお辞儀をするかのようにふわりと揺れれば、喉の奥で笑うかのように、揺籃が答える。
「覚えているよ、愛らしき友よ」
そう呼んで構わないだろうかと、言葉を落とし。
その、揺籃の優しい言葉に、一緒に来なかった恋人を思い出し、桜は小さく溜息を吐く。一緒に来ようと、誘えば良かったかもと。口に乗せれば、簡単なその言霊も、内に溜めれば、溜息となって気が沈むのかもしれない。
『月を見て 想い浮かぶは あの人も 今この月を 見てるかしらと』
「慕う言霊に乗せれば、きっと届くだろう」
揺籃の返事に、つい思いを零していた事に桜は少し慌て、でも、言霊に乗せたその人へと、気持ちが飛んでしまう。
鐶が、あまり表情の見えない顔をその満月に向ける。
あまり得意では無いから、妙なものになっているかもと首を傾げれば、思ったままの言葉なら、何でも構わないのだよという、揺籃の言葉に、月の歌を口に上らせる。
『長月を 慕う心と 過ごす夜』
素直なままの言霊だと、喜ぶ揺籃に、月光に関する歌になっていないかもしれないと考えていた鐶は、ん。と、嬉しいのか、恥ずかしいのか、よくわからなかったが、優しい気持ちになって頷いた。
『お月様 光が優し 空の花』
短冊を持って来ていたルンルンも、こんな感じで良いのかなと、口の端に乗せた言霊は、可愛らしいもので、揺籃はとても喜んでいるようだ。素直な言霊は、心地良いと。
そうかなと、ルンルンは照れたように笑う。
韻を踏むものを歌と呼ぶのねと、セピアは頷いて、けれどもやはり少し唸る。
『秋風に そよぐ銀の羽(は) 追いかけて 仰ぎ見たるは 月の揺籃』
「駄目ね、陳腐になっちゃって」
「いや? 私と月と揺り籠を重ねてくれたのだろう?」
「まあね。この依頼聞いた時、揺籃さんの名前はなかったけど、貴方の白銀の羽根の影を見たようなきがしてね、それだけ」
「あれから、随分人に関わった‥‥。特に方々。神にも魔にも迫るかという、大きな力ある方々の心根に触れ、好意を確かに見させてもらった。人の世は同じであり、変わり行くものであり‥‥しかし、私はそろそろ、眠りに入ろうかと思うのだよ、冒険者」
月の揺り籠と、揺籃の名をかけたセピアは、じっと揺籃を見た。
「‥‥眠るの?」
「左様」
深く、短い肯定の言葉を落とした揺籃は、無くした愛しい人の記憶は癒されつつあるが、しばらく寝て、気持ちを落ち着かせたいのだと続けた。
カイが、揺籃にまた酒を勧める。
「百年や二百年ってわけじゃなんだろ。なら、珍しい物事を集めてまた会える日を楽しみに待っているとするよ」
「ああ、私もまた、皆の顔を見たいと思う」
神酒を干すと、揺籃は白銀の羽根を振るわせた。
目を丸くしたルンルンは、また会えるかもしれないという揺籃の言葉に、じゃあ、揺籃さんの事は、子々孫々に伝えちゃいましょうと、少し寂しげに笑う。何時もの元気さは鳴りを潜めて。
「揺籃さん、起きてまた私達のこと思いだしたら、いつでも声をかけてくださいね」
「その時は、子供の一人ぐらい連れてこれるかな?」
「きっと」
月精龍にも色々居る。揺籃は、そういうタイプなのだろう。カイは、すっかり馴染みになった大きな龍を見上げる。眠るのは此処では無く、流石にそればかりは教えられないがと、揺籃は続け、年の瀬まではふらりとしているから、呼んでもらえれば何時でも来ようと、カイに告げる。この場所で友が、名を読んでくれれば、気がつくからと。
『長月の 月の光に映る影 目を閉じれども 消えることなし』
洞窟の奥へと伸びた月影はとても綺麗だと、カイは思った。月そのものも綺麗だったが、それによって出来た影が。
目を閉じても、はっきりと思い出すだろう。
この地の月影の位置を。