●リプレイ本文
●川原の温泉ツアー満員御礼?
大きな声の依頼人とギルドの受付の呼びかけは、依頼を見に来ている冒険者達の耳に良く入ったようだ。温泉行く人〜の、声に、アニェス・ジュイエ(eb9449)は、反射的に手を上げた。
「行く行くっ! ‥‥え、小鬼退治付き?」
「違いまさあっ! 小鬼退治で、温泉付きでさあっ!」
「ま、いいよ。ついでに退治しましょうとも」
下働きの男が、すかさず訂正するが、あまり耳に入っていない。それは、どの冒険者も同じのようである。
「やっぱり温泉よね♪ え〜と、一応小鬼退治よね?」
にこにこと微笑んで覗き込む志摩千歳(ec0997)は、男の悲痛な顔に、そうそうと、申し訳程度に言い直す。
「紅葉が終わらないうちで良かったです」
野鳥も見られるかな。と、呟く朝霧銀嶺(ec3489)の足元に、狐の楓と柴犬の堅志が仲良く柔らかに纏わりついている。
「滾々と涌く露天の出湯とは、わくわくいたしますね♪」
齋部玲瓏(ec4507)が、穏やかな笑顔で、やっぱり温泉の感想を述べると、アニェスが想像を刺激されたようで。
「は〜楽しみだなジャパンの温泉宿。話には聞いてたけど、入るのは初めてよ♪」
「川辺の温泉ですか♪ 紅葉を見ながら熱燗‥‥う〜ん楽しみです。‥‥その前に一つお仕事をしなくてはいけませんね」
続く緋村櫻(ec4935)も、やっぱり温泉に心惹かれ、ちらりと男を見て、そうそうお仕事がと頷く。
ぱあっと華やかな気配がする。御陰桜(eb4757)が、満面の笑顔で手を振った。
「温泉に入れるなんてイイ依頼見逃すワケにはいかないわよね♪」
歴戦の桜は、今回は後方からフォローに回ると頷き、やはり、静かに参加する歴戦のレイナス・フォルスティン(ea9885)も、のんびりが基本のようだ。
「ジャパンの温泉は子鬼も湯治に同伴で現れる程フーリュー‥‥?」
依頼書を読み返して、ギル・ロウジュ(ea6952)が呟けば、男はがくりと下を向く。その様に、なるほどと口の端で笑い、からかうのもほどほどにしておくかなと口の中で呟いて、依頼の詳細を読み込みにかかる。何はともあれ、小鬼の事情にはこの際目を瞑る。現地の状況を男に尋ねれば、旦那あっ。と、懐かれてしまう。この状況ではそれもいたしかたない。
こうして、川原の温泉湯煙ツアー‥‥もとい。小鬼退治の一行が、のんびりと出発する事になったのだった。
●温泉に浸かる為に成す事は。
良い雰囲気漂わせている小鬼を見て、玲瓏は、小首を傾げる。
「かわいらしいと言えばですが‥‥そんな噂が立っては、人は離れるというもの」
穏やかな物言いで、頷く玲瓏だが、しっかりと、手に構えられているのは桃の木刀である。
「さっくり退治です」
人様の楽しみを奪う小鬼は言語道断。かちりと鯉口を切る。小鬼の楽しみより人の憩いを優先させてもらう気まんまんの櫻が、きっぱりと言い切る。
もちろん、同行の仲間達、全て同じ気持ちだ。
「楓、堅志。後衛の皆さんの護衛を」
ふわりとした毛並みを揺らし、下がるニ匹だが、戦闘の気配に何所まで持つか。
川原に現れた冒険者達の集団に、数で劣る小鬼達は、ぎょっとして、慌てて温泉から上がり、逃げ出す算段である。彼女に良いかっこしようと試みる小鬼もいたが、何しろ、数で劣る。強い相手に向かって行く小鬼はめったにいない。とっとと逃げるのは小鬼の習性であった。
「皆さん困っているので、お引取りして貰えないでしょうか‥‥」
銀嶺が穏やかに呟き、淡く輝きを纏つつ、詠唱を終えた眠りの魔法を飛ばす。一番近い小鬼が、眠りにかかる。
「改装中で、客が居ないのがラッキーだな」
小鬼達が、盛大にコケる。転倒の魔法をギルが飛ばしたのだ。
「全力で退治しちゃいませんと!」
詠唱を終えた、千歳の拘束の魔法も飛ぶ。
「元気一杯に逃げられると、困るわね」
去るもの追わずの方向なのだが、小鬼に向かい。詠唱を終えると、眩しい線が一直線に小鬼の背を打つ。
「‥‥」
前衛で構えていたレイナスが、無造作に間合いを詰めて、日本刀姫切を流れるように小鬼へと吸い込ませれば、ひとたまりもなく、地に伏して行く。
「‥‥ダイジョブそうね」
危なくなれば、手を出そうかと、とりあえず浴衣に着替えて来た桜は、手を出そうかどうしようか悩むが、どうやらかろうじて三体は退治出来たようだ。
残りの小鬼は、うろたえて、足を滑らせたり、こづかれたり、傷を負ったりで、川の流れに身を任せて、下流へとどんぶらこと流れて行くのだった。
ギルが、トリネコの杖を下ろし、溜息を吐く。
「此れに懲りて山に帰ってくれれば」
「もう人のところへ降りてくるんじゃないよ〜」
やれやれと言った風のアニェスが、流されていく小鬼を見送った。片割れ無くした小鬼は気の毒だが、人の領域をはっきりとさせておきたかった。
無益な殺生は、どの冒険者もしない方向だったが、半数は倒さなくては、小鬼は再びやって来る所だった。もっと大勢で。無事、小鬼を退治し、追い払い、嫌な鳴き声も聞こえなくなり、川原には静けさが戻って来ていた。
●湯煙旅情。晩秋を楽しむ。
旅館の人達と、依頼の下働きの男と総出で、川原は綺麗に整えられた。小鬼が荒らしていた痕跡は何所にも無い。
見渡す山は山化粧。裾模様となり。
一雨でも振れば、すぐに山は冬の装いになりそうな、そんな時期。
川を掘らないと出て来ない温泉。この温泉宿へやって来る人々は、それを楽しみにしているのは、十分わかる。
露天は、川風や、山の息吹がとても芳しい。お宿の方の意見を尊重は致しますがと前置いて、櫻はひとつの提案をする。
「高齢の方やご自身で掘るのは難しい、という方へのさーびす、はどうなってますでしょうか? 一つくらい囲われている場所があってもいいかな、とも思いますが‥‥」
「造り付けの、檜風呂というか湯船というか。そんな感じで作るのはどうでしょうか?」
木材運びもお手伝いできますと、千歳が頷けば、玲瓏もにこりと笑顔を向ける。
「温泉改装‥‥お手伝い致します」
「やっ。これはありがとうございまさあっ!」
実はですねと、男は改装終了間際の宿を案内する。宿は三階作りになっており、三階に玄関があった。ここから入れば、急勾配の階段を下る事無く、宿の中の階段を下り、一階である川の上に張り出す階に到達する。増水などで、浸水しないように足の高い櫓が一階下には組まれており、一階にも大きな出入り口があり、緩やかに石作りの階段が川原へと伸びるようになっていた。
川原に直に木枠を組むと、壊れるのが早い。石組みなら、作れない事も無いが、増水の時の手間とかで、設置する議題は上がっては消え、上がっては消えの繰り返しなのだという。
「川岸を掘る温泉って珍しいし普通の湯船とかより風情があるからそのままでイイと思うけど、掘るのはは難しいヒトもいるし旅館の男衆が掘ってくれるってさぁびすもあるのよねぇ?」
桜が、人差し指を頬に当て、小首を傾げれば、男は、それ、それでさあっ! と、何時もに増して大きな声を上げた。どうやら男、手伝いに借り出されているというのは、その湯堀男としての役割もあるようで。
皆さん方の風呂堀り、きっちり手伝わさせて頂きまさあっ。と、笑顔で頷かれる。
「お任せしても良いのですか?」
「もちろんでさあっ!」
千歳がにっこり笑うと、男も満面の笑顔で頷く。
小鬼が退治された事で、安心して戻って来た宿の人達と男により、冒険者達が入れる、大きめの湯穴掘りがはじまる。間に合わなかったりしそうな人を男達は、手伝って回る。川から、細い水路も作られて、熱い温泉を適当な温度へと変える。川原を掘るので、どうしても土や砂がつく。今回の改装は、その土や砂を落としてもらう用の湯船を、旅館の脇に作る事も含まれていた。大勢客が居る時には、そこでのんびりは出来ないだろうが、客が少なく、増水していないようなら、その湯船でも十分露天を楽しめるようになっているようだ。
「泉質効能も気になります」
掘ったばかりは砂や泥で濁っていたが、皆が落ち着く頃には僅かに翠かかる、透明な温泉をすくい、男に尋ねれば、美肌効果に、冷え性や肩凝りに効くと答えが返り、浮かべた笑みが深くなる。
「秋‥‥の気配を」
綺麗な紅葉や銀杏を拾ってきた玲瓏が、川原の温泉にひらりと浮かべる。
くるりと纏めた長い髪は、簪でひとつに纏め。玲瓏は、別の場所に作り、温めのお湯にする。
───竜田姫隠れ燻らす湯煙に憩う心も染め錦たれ。
秋の山の美しさは、湯に浸り、湯煙を通してさえも尚美しく、心に何時までも色鮮やかに錦の色を残し。そんな気持ちを胸に沈める。
自分の掘った、この場所を、そのまま立ち去れば狐や狸、野生動物が入るのではないだろうかと夢想して、楽しくなる。
夕暮れの紅葉残る山を望んで一息つけば、秋の日は釣瓶落とし。
瞬く間に夜の帳が下りて来て。
空には、降るような星。そして、一筋の三日月。
月が見れるだろうかと、楽しみにしていた千歳は、謀ったかのような景観に息を呑み、浴衣の襟をかき抱く。
「湯気の向こうに‥‥三日月」
そして、闇に沈む山化粧。空気は深と冷えて行き。
今度は落ち着いて来たいものだと、息を吐いた。
「いつまでも入っていたくなりますけど‥‥」
背中に北斗七星が光点のように描かれた複雑な墨色の浴衣を着て湯に沈む銀嶺は、たゆたう時間に思いを馳せる。ゆったりと、楽しい時間はあっという間に過ぎて行くけれど、だからこそ皆ゆっくりと、のんびりと楽しく居ようと思うのだろう。
温まった後は、簡素ながらも、美味しい食事が待っている。
「ま、のんびりとだ」
急ぐ事は無いと、休み休み、ゆっくりと温泉を掘り進む。
「そういえば、ジャパンの温泉では湯殿に盆を浮かべて酒を楽しむのだとか‥‥?」
「へい。そういう事でしたら、旦那、お持ちしまさあ!」
湯船に浸かっていて欲しいと言い置き、宿へと戻りとって帰る男の手には、二合徳利と、無骨ながらも味のある、ざらりとした木肌色したぐい飲みが載っている盆があった。温泉の川原の石は意外とひんやりとしており、下から沸き上がる熱い湯と、首筋を預ける冷えた石。そして、冷たい酒を飲む、飲み口がざらりと口に面白く、ギルは笑みを浮かべた。
同じように、レイナスも太陽が描かれた、肌触りの良い浴衣を着込み、その長身を湯船に伸ばし、ギルとはまた違う、白い釉薬のかかった、無骨なぐい飲みで、酒を口にする。冷えた酒と、滑らかな口当たりのぐい飲みに、目を細め。夜空を仰ぎ。
露天に入るのをためらっていた櫻だが、浴衣着用と聞き、胸を撫で下ろす。皆と一緒に入りたい気持ちがあったから。
「あ〜‥‥極楽♪ ティルもこっちおいで」
待機させておいた地のエレメンタラーフェアリーティルが、茶の羽根を羽ばたかせて、アニェスへと寄って行く。浴衣を着せたティルに、お揃いと微笑み、浮かべた盆から、やはり酒を飲む。アニェスに渡された杯は、赤土の平杯。湯に浮かぶ紅葉のようだ。薄い三日月に目を細めて微笑み。ティルには駄目と笑う。
うーんと、手足を伸ばすと、湯の中でゆるりとほぐれ。小鬼退治に穴掘りに、疲れたからだが伸びていく。
「広いお風呂って手足伸ばせるし胸も楽だしステキ♪」
大きめに掘ってもらった湯船で、伸びるのは桜。ぷかりと浴衣越しに浮かぶ胸の円形は、三日月だけがじっと見ている。桜の浴衣は、枝垂桜の描かれた艶やかな浴衣だった。動けば仄かに桜の香りが立ち上る。
「猫太郎、桃キモチイイわねぇ♪」
ケット・シー猫太郎と、忍犬桃も一緒だ。たっぷり浸かれば、そろそろ夕食の時間が迫る。お先にと、桜が上がる。
「まっさーじシて欲しいヒト、わんぽいんとお洒落れっすんを受けたいヒトは言ってね♪」
はいはいと、手を上げたアニェスに、ココロもカラダもほぐしてあげる♪ と、艶やかなマッサージが行われたのは、ちょっとだけ刺激的に秘密。
「秋、ね」
豊かな黒髪を梳きながら、アニェスはこの国に渡って来た時期を思い返す。あれは、春だった。頬を撫ぜる風はもう冷たさをはらみ、冬の訪れを告げている。虫の声もかすかに聞こえ。四季折々の酒の宴を思い。雪見酒が出来ると良いと、心中で呟く。
「頼まれました、ヒラメでさ」
「ありがとう。皆で食べましょう」
銀嶺が、綺麗な色合いの大皿に盛られたヒラメの天ぷらを受け取ってやって来る。ヴェスル・アドミルから、皆で夕食の一品にでもと手渡されたものだ。旅先での無事を願う言葉と共に。
乾かず、皆で手軽につつけるという意味では、天ぷらも良いものである。何しろここは山の中。日本酒がどうぞどうぞと供されて。まだ、厨房がしっかりと組み上がって居ない。川辺で蒸した、舞茸の炊き込みご飯はもち米で、竹の皮に包まれて。川原の一角で、塩をふり、香ばしく焼かれた山女は、豪快に長い竹串のまま。酒の飲めない人にはと、暖かい麦茶の用意もある。
冷酒に、頬を緩ませる櫻。
要らないと言った桜には、男がこれはまっさーじ代になりますと、真剣な面持ちで依頼料を手渡している。
「温泉饅頭は、何所にでもあるものと聞き及びましたが」
興味深々で尋ねる、玲瓏の笑みに、男はぐっと言葉に詰まる。
「! そうきやしたかっ!」
翌朝、炊き立てのご飯の香りと、甘い香りが混ざる。つぶつぶの混ざる、甘い栗餡の入った、少し大振りで、素朴な色合いの蒸し饅頭。その、てっぺんに、小さな真円に僅かに線の入った焼印が押され。よくよく見ると、その焼印は月。昨夜見た細い三日月の焼印だった。
満面の笑顔を浮かべた玲瓏は、去り際に、旅館の繁盛を祈り奉り。
川原の温泉と、新たに加わった、栗蒸し饅頭が、旅館の名物になるのはそれから少しあと。
じき、雪が降る。