【時、来たる】月光の巻
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:9人
冒険期間:11月03日〜11月08日
リプレイ公開日:2008年11月11日
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●オープニング
風が変わる。
空気が冷たさをはらんで来る。
月精龍揺籃は、ふと、違和感を感じて顔を上げた。
年末には、一度眠りに入るつもりだった。
けれども。
「さても‥‥まさかこの時に居合わせることが出来ようとは‥‥」
月道が変化する。
そして、僅かに潜む、気配が。
「つい昨日の事のようにも思えるが、果てしなく昔の事のようにも思える」
冒険と歴史とを何時も傍観者の立場で見続ける月精龍は、月の無い夜に白い六枚の羽根を僅かに振るわせた。
復元したのかと、目を細めて。
その村では、満月の晩に出歩くと神隠しに遭うという言い伝えがあった。
実際に、神隠しに遭ったという記録は、百年ほど前の事。
その前の記録は曖昧で、伝説か、御伽噺かというような時代である。
だが、どうやら記録に残る前、遥か昔には、頻繁に行方知れずが出たようだ。戻って来たという事も一度や二度では無いようだが。
それは、涅槃へ呼ばれたとされる昔話。
『満月が綺麗な夜、夜道を歩けば、芳しい花の香りと、心地良い風が感じられ、そちらへと足を進めれば、見たことの無いような花畑が広がり、高く澄んだ青空が広がり。小さな鈴を振るような優しい音が風に乗って耳に届き。ここは一体何所だろうと見渡せば、遠くに火の光りが見え、やれ、帰りが遅いのを心配して迎えに来たかと、呼び声を上げ、向かって行くと、すとんと段差を踏み抜いたような感じがした。不思議に思えば、何所にも花畑は無く、気持ちの良い鈴の音も聞こえず、深とした夜があるばかり。火に近寄れば、近くでは見慣れぬ人々が居り、何所から来たと問えば、同じ問いが返され。どうやら花畑を見る前とかなり離れた場所に居る事が判り。事情を聞いた善意の人々により、元の場所へと戻る事が出来た。───村伝記より』
その村から、夕子という少女が行方不明になったという報が入った。
満月の夜、月見をしていた親達が気が付かない間に、布団を抜け出したようなのだ。
月見の晩に、会いたい人が居ると言ったが、まだ十二。早すぎる逢瀬は認められないと、無理に寝付かせた。それが仇となったと、父親は泣いた。母親はやつれて臥せっているという。逢瀬の相手も十二。名を稔と言った。
稔も、探して探して。方々に頭を下げて回り、空いた時間は、夕子を探して、ほとんど寝て居ないという。必死な姿に、双方の両親は闇雲に駄目だと言った自分達の考えの足ら無さを呪った。
けれども、普通はこんな事になる事などなく、親の心配は順当であると、周りはなだめた。
夕子の行方も心配だが、稔の体調も心配である。
「夕子さんの行方の探索と、稔君の心のケア」
それと、ご両親達ですねと、こっそり冒険者ギルドの受付は呟いた。
稔は、金色の小さな鈴と、小さな桃色の石のついた小さな花飾りを胸に隠し持っていた。
夕子のものだ。
あの晩、夕子は待ち合わせの場所に来なかった。
何かあったのだろうかと、夕子の家へと向かえば、途中の木立ちの中で、拾ったのだ。夏祭りで稔が作ってあげたものだ。
ほんのちょっと、一緒に月が見たかっただけなのに。沢山の人を哀しませた。何より夕子が居なくなった。浅い眠りは、心身を細らせて行く。
夕子は、花畑の中に居た。
見たことの無い花ばかり。とても綺麗。早く稔の所に行かなくては。手には、青い組紐に銀色の小さな鈴と、磨いた桃色の石をつけた、帯飾りが握られている。自分で編んだのだ。夏祭りの飾りのお返しにと。それを渡したら、すぐに家に帰るつもりだった。
それなのに、稔から貰った鈴飾りを落とした。
綺麗な花畑を半べそかきながら、夕子は鈴飾りを探していた。
夕子の消えた場所では不定期に淡い光りを放っていた。
その光りは、夜中でも、よく見ないと判らず、昼にはほとんど見えない。新月に近付くと、その痕跡はほとんど無く。夜半に、人が通る事が無ければ、気が付かないような場所だった。
月の出ている夜に出歩かないという風習のある村だからこそ、誰も気付くことなく、そして、気が付いても気のせいで済ませてしまうほどの、小さな異変だった。
●リプレイ本文
●伝記のある村
御陰桜(eb4757)は、ヴィクトリア・トルスタヤに、ルンルン・フレール(eb5885)は沖田光に、各国各地で残る、神隠しに似た話を聞く。
様々に形を変えて残る、不意に人が居なくなり、また現れるという現象は、頻繁に起こっているわけでは無いが、意外と多く伝え語りとして残されていた。だが、そのどれもが、曖昧である。全て同じに思おうと思えば、そうであるし、全て違う現象と思えば、まったく違うようにも思えるからだ。
(「揺ちゃん、寝てるって言ってたし‥‥」)
月夜の不思議と聞き、桜が思い出したのは、数々の依頼を重ねて友と呼ぶ事になった、人好きな月精龍揺籃の事。年末には眠りに入ると言っていたが、もし会えるなら、冒険譚を愛する月精龍の事、何か知りはしないかと考えを巡らせる。
揺籃がその地にやってくる事は最後まで無かった。
彼と会う事は、友と呼ばれる者だけが出来る行動でもあった。しかし、この依頼では酷く難しい選択であり、誰も試すものは居なかった。
揺籃と会わなくても、解決する術は十分にあるのだから。
ルンルンは、遥か昔には、神仏や精霊の世界は今よりももっと身近に有ったのではないかと言う光の言葉を聞いて頷く。
そう。
遥か昔には、神仏や精霊の世界と人とは今よりもっと‥‥。
伝記があるという。
その伝記を信じるならば、何かあるのは夜。
冒険者達は皆そう思い、思い思いに村へと散っていた。
問題の伝記を調べに向かったのは二人。
自国に伝わる同じような物語を思い浮かべ、アシュレイ・カーティス(eb3867)は首をゆっくりと横に降り、夕子の身を案じる。
「『涅槃』は差し詰め『常世の国』と言ったところか‥‥」
「満月の晩に神隠しかあ‥‥やっぱり、月が鍵になるのかな」
ぱらぱらと、古い伝記の載る記録書を無骨な手でめくりつつ、大泰司慈海(ec3613)が、アシュレイの『常世の国』という言葉に顔を上げ、『涅槃』は『黄泉の国』で、『夜見の国』とも言うかもねと、何所か可愛らしく首を傾げる。
「鈴を振るような音って、何だろうね‥‥」
一番古い記録は、百年ほど前。その記述を読み返して、溜息を吐く。
『よう』な音とある。鈴の音とは書いていないのが気にかかる。
戻って来た男の見た人々については、別所に記載があった。
「見慣れぬ人々って、この国の別の地域の事みたいだね」
「ふむ、何所から戻ってきたのか、詳しく書いては無いか」
「えーっと。この村より北から戻り、十日歩いたとあるよ」
「随分離れた場所だな。段差を踏み抜いたというのは、落ちたと見るか、異なる場所から降りたと見るか‥‥」
顔を突き合わせていても、それ以上はどうやら見つからず、二人は稔に会いに行く事にする。
村を狐のエエンレラと共に駆け回っていたのはマキリ(eb5009)だ。
「戻った人、北の方から帰って来たんだ!」
この国の北。
伝記に書いてある、村に戻れた男は何所から戻ったのか。マキリは、村の人々に聞いてその事実を知った。それは、伝記には記されて居ないが、別の記録として残されているようであった。
そして、そのまま、夕子の家から、夕子の着物を借りて明るい内に探索を始めてみる。
「夜のはずなのに青空、見たことも無い花畑‥‥月道かって言ってた人もいるけど‥‥異世界かぁ‥‥」
世界は確実に変化している。その様を見ていたマキリは、複雑な気持ちを胸に落とす。どちらが良いとは言えないけれど、この変化は自分達に何をもたらすのだろうかという、漠然とした揺らぐ気持ちがあるのだ。
だが、とりあえず、伝記にある通りなら、何か起こるのは夜だ。昼に判るだけ調べてみようと思い。
古老はいずれにと、年寄り達が日中顔をつき合わせている場へと円巴(ea3738)は向かう。
古い話であるはずなのに、あまりにもしっかりと記録が残されていたのが気にかかったのだ。ただの村人が文字で記されて残るというのは、戻った男は、それなりの地位ある男では無かったのかと。
「そうさのう。村役だったとかじゃなかったかの」
「うむ、別の記録があるから、それを見たらええ」
「ありがとうございます」
巴は、慈海達が見ていたのと同じ文書に辿り着く。
そこには、確かに、村役という記載があった。
「さて‥‥問題の現象の真偽は‥‥」
絹糸の束のような長い黒髪が揺れる。
昨今、月道が変わった。それに関係する事か。それとも、隠れ里が特殊な結界で覆われていたものか。様々な推測が脳裏を過ぎる。全ては、夜になってからかと、深く溜息を吐いた。円旭が探してくれた情報は、知り得たものと残念ながら大差が無く。
吹く風が頬に僅かに冷たい。
理不尽に引き裂かれるふたりが可哀想で、依頼書を手に取ったのだが。カイ・ローン(ea3054)は、手にする依頼書を眺めて呟く。
「まあ、一寸ばかり未知なる世界ってのにも興味があるのは否めないけど」
ほんのちょっぴり冒険心が顔を上げる。
それは、冒険者なら誰でもひとつふたつ心に持つ、未知なるものへの挑戦心でもあるだろう。
まずは消えてしまったという夕子の両親を慰めにと、足を向ける。
村の中では、比較的大きな家に住んでいた。
憔悴した母と父。
カイは二人を力づけるように、言葉を紡ぐ。
「彼女が戻ってきた時、貴方達が伏せっていては今度は彼女が罪悪感で伏せってしまいますよ」
「戻ってくるのでしょうか」
もう、戻ってこないかもしれない。
戻ってくるのかもしれない。淡い期待と、深い絶望が交互に顔を出す二人に、もうひとり。セピア・オーレリィ(eb3797)も深く頷く。カイもセピアも神聖騎士である。嘆く人を放ってはおけない。
「無事、戻って来たという記録もあるし‥‥悔いていらっしゃるのでしょ?」
はい。と、頷き、きっと何度も思い返しているのだろう。乾かない涙の後がまた濡れるのを、痛ましく思う。まさか、行方不明になるなんて、誰にも予想など出来ない。入れ替わり覗きに来る近隣の村人達が口々に言うのを耳にする。
そう、まさかという事は、誰にも予想など出来ないのだから。
「夕子ちゃんが帰って来た時には、きちんと気持ちを大切にしてあげれば、大丈夫」
きっと、心細い思いをしている。救出された後に迎え入れてくれる肉親の温かさは何にも代えがたい。気を静めるようにセピアは言葉を選ぶ。何の武装も無い彼女は、ただ神聖騎士という聖職者としての勤めを果たそうと心を砕く。
穏やかな村だ。
そして、出会う村人達も素朴な人々だ。
村に流れる空気は今でこそぴりぴりとしているが、きっと平時はのどかで静かな山間の村に違い無く、人攫いが出るような剣呑な場所からは程遠いのではないかとも思う。
「ちょっとイイかしら?」
桜は、沈んでいる稔を見つけて声をかけた。稔を励まそうとして歩み寄るのは、桜、ルンルン、アシュレイ、慈海。それぞれが、それぞれに伝記について、わかる範囲で聞き、調べてからやって来た。
「絶対夕子ちゃん見つけるから、そんなに落ち込まないで‥‥それで稔くんが体調崩しちゃったら、もっと駄目だと思うもの」
にこりと、明るい笑顔で頷くルンルン。
姿を映したものを見目麗しく栄えある姿にするといわれる辺津鏡で身だしなみを整えた慈海が、長身を屈めて、目の下に隈の出来た稔を覗き込む。あまり寝ていないのだろう。本人はしゃんとしているつもりなのだろうが、どこと無くふらついており、焦点が上手く定まって居ない。
二人で月見。
可愛らしい逢瀬を望んだ結果がこの惨状だ。
万が一はめったに無いから、万が一でもある。
出来るだけ安心できる言葉はどれかと、思わぬ事で自責の念に駆られている稔に、慈海は言葉を捜す。
「おじさん、僧兵でその道の本職だから、任せてよっ」
僧兵がどうその道の本職かは慈海も疑問だったが、押し切った方がいい時もある。
「どんな少女かわからないのでな。特徴や、顔立ちを教えて貰えないかね? 着ているものがわかれば良いのだが」
「良く笑う‥‥可愛い子‥‥」
アシュレイがゆったりとした風で稔に問えば、稔が淡々と答える。同じくらいの背で、おかっぱ。紺の着物に丸っこい兎模様が散っていると。
「待ち合わせ場所はどこだったのかな?」
「林を抜けた‥‥所。あんまり、遠出させちゃ駄目だと‥‥思ったから」
慈海が、安心してよという雰囲気を纏わせつつ、首を傾げると、夕子の家から遠くない場所を告げられて、そのまま俯いて行く。林を抜けた所ですねと、ルンルンは、それを聞くと走り出した。
「ナニか夕ちゃんの持ち物持ってたら貸して貰える?」
桜が、たゆんと胸を揺らして、稔を覗き込む。ふうわりといい香りが漂う。
稔は、自分の懐辺りを、ぎゅっと握り込んでいた。そこから取り出したのは、小さな鈴と、小さな桃色の石のついた小さな花飾り。ちりちりと、小さな音を立てて、逡巡の末、桜に手渡される。
「稔ちゃんって夕ちゃんのコト好きなんでしょ? 心配するのは分るけど夕ちゃんが帰って来た時にそんな元気のない顔してたら、夕ちゃんは自分のせいだって考えちゃうんじゃない?」
恋人達を引き裂くような酷い話をこのままにはしておかない。桜は白い指で、少しやつれた稔の頬をむにむにとつつき、満面の笑顔を向ければ、慈海もそうそうと、頷く。
「稔くんが病気になっちゃったら、夕子ちゃんが逆に自分を責めちゃうよっ」
「夕子が消えたのは、おまえの責任ではない。気に病むな。鈴飾りという手がかりが残されていたのは、天がおまえに味方しているということだ。おまえが今すべきことは、夕子を出迎える時に備えて、体調を万全に整えておくことだ」
戻った夕子に看病されたいというなら仕方ないがと、アシュレイが少し軽口を混ぜて元気づければ、桜がまた、むにむにとつつく。
「夕ちゃんはあたし達が絶対に連れて帰るから稔ちゃんは最高の笑顔で『おかえり』って言ってあげなきゃダメよ?」
泣くのを我慢していたのだろう。
寄せられた温かさに、稔の目から涙が盛り上がり、何度も何度も頷く姿に、桜はまた大丈夫と笑った。
「あれっ」
「あらっ」
聞いている内に、夕子が消えた場所も自然と耳に入ったマキリと、稔から聞いてきたルンルンは、林で顔を合わせていた。昼の明るい内に、少しでも手掛かりを得ようと思ったからだ。
伝記にある鈴の音や、もしくは、風の流れとかをふたりは探ったが、取り立てて、不思議なものは無かった。
足跡を確認しようと思っても、捜索に入った人々の複数の足跡で痕跡は消され。
巻物を開いて、呼吸を探査する魔法を発動しても、隣のマキリと、小さな動物達などの息しか分からない。
やはり、夜を待つしか無いようだった。
●夜、浮かぶ淡い光り
その夜は、満月では無かった。月は満ちるにはまだ足りない形を不安げに空に浮かべ。
しかし、依頼の期日は決まっている。
いってらっしゃいと、夕子の家でセピアは手を振る。
「夕子ちゃんはきちんと連れ帰ってね」
夕子の家に残る事にしたのだ。稔も見ていたいが、同じ方向に家は無く、さてどうしようかと考える。
桜は稔から借りてきた、小さな髪飾りを持って歩く。忍犬桃に、匂いをかがせるが、依頼するまでにすでにかなりの日数が経っている。あまり、効果は無さそうだ。
夕子の両親に、助け手だと分かる様にと、一筆書いてもらおうとしたカイだったが、生憎文字が書けず、ならばと、母の櫛と、父の根付を借り、夕子の小袖を借りてきた。忍犬セイに試そうとする匂いは、やはりあまり追跡にはならないようである。
夕子の家から、冒険者達はそぞろ歩く。
問題の林まで、確かにそう距離は無い。
「満月で異なる場所へ移動というと月道が思いつくけど、あれって魔法を唱えないと移動できないはずだったような。まあ魔法を使わなくても移動できる月道が発見されてなかっただけなのかもしれないけど」
月はこの世界に大きな影響を投げかけている。折りしも、最近月道が変化したばかりだ。冒険者達の多くがそう考えるのも無理は無い。けれども、そうだと決まった訳でも無い。カイは首を横に振る。
「神隠しの原因がなんであれ、騒動の種にならないようにしよう」
花の香、吹く風、どんな些細な事でも見逃すまいと、冒険者達は歩く。
「私は、ここで待ちます」
巴が林の前で立ち止まり、もし、何かあったらと、仲間達に毛布と保存食を預ける。
気をつけてと、やはり見送る。リチャード・ジョナサンから足りない物資があればと聞いていたが、特には無く。
「満月、夜道、花の香り、心地良い風、花畑、青空、鈴の音、火の光‥‥。伝記で伝わってる事を順に追って行ったら追い着けるのかしらね?」
桜が呟く。
手にした髪飾りが、ちりちりと音を立てる。
すると。
何所からか、ちりちりと音がする。
その音と、もう少し別の、しゃらしゃらという、鈴の音に近い、何か別の音。
「あ。風に香りがあるよ」
マキリが、くんと鼻をひくつかせる。花の香がするのだ。
「夕子! 居るのか?!」
アシュレイが叫ぶ。
「夕子ちゃん! 助けに来ましたっ!」
ルンルンも呼びかける。
ちりちり。
しゃらしゃら。
鈴の音と、何か音が。
響いて。
耳の奥が圧迫されるかのような、感じが。
淡い月の光りが、冒険者達のすぐ目の前に、ぽうと浮かんだ。
そして、そこから。
少女がひとり、転げ落ちるように現れた。
夕子だ。
手にしている、青い組紐の先に、桜が借りた髪飾りと良く似た鈴と、桃色の石がついている。
鈴が、共鳴するかのように鳴り、桃色の石も、引き合うように淡く光っていた。
夕子が現れた瞬間、真っ青な空と、この国ではめったに見た事の無いような鮮やかな色の花が見えた。
その空間に、手を伸ばす間も無かった。
淡い月の光りは、そのまま、あっという間に小さくなり、ふんわりと手のひらに乗るぐらいの光になり。
ぽとりと、地に落ちた。
良く見ると、それは巻物だった。何の変哲も無い、巻物。表題も無い。真っ白な平織りの組紐で巻かれていた。
「もう大丈夫、一緒に稔ちゃんの所へ帰りましょ♪」
桜が、きゅっと抱き締めて、そっと撫ぜると、夕子は声を上げて泣き出した。呼ぶ声がしたから、一生懸命走ってきたのだと。そしたら、がくんと落ちて、怖かったと、泣いた。
「夕子ちゃんの髪飾り、ちゃんとありますよ」
ルンルンが、桜が借りて来た、夕子の髪飾りの事を言うと、泣き顔が少しほっとしたかのように変わり。ルンルンは、嬉しそうに頷き、おんぶしていきましょうと、背中を差し出した。
巻物を開くと。文字が書かれている。日本語のようだ‥が、かすれて読めない。ただ二か所、「月」と「天鳥船」が、不思議にはっきりと読めた。
その記述は、村の記録には‥‥無い。