桔梗紫の菊の花

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2008年11月20日

●オープニング

 深夜、山裾の草原を、荷車を引いて進んでいた一団は、羽音を聞いて立ち止まった。
 隣町への近道は、この山裾を走るのが一番である。
 ばさり。ばさり。
 かなり、大きな鳥だ。
「うわっ!」
 鈍い振動と共に、荷車が破壊される。
 男達は、襲われたそれが、羽ある鳥であるという事しかわからなかった。
 背にしていた保存食を奪われたのが幸いして、酷い怪我を負ったが、一命は取り留めた。
 やっとの事で隣町に辿り着いた男達だったが、荷車に積んでいた、色とりどりの菊の花は、ほとんど壊滅状態だった。
「これでは、間に合わない」
 街の顔役が、男達を労うと溜息を吐いた。
 山を大回りで回ると、通常往復五日かかる。その山裾を突っ切れば、往復二日で済むからと、送ったのが仇になった。
 この街では、菊花人形作りが盛んだ。
 白、赤、橙、黄、薄紅、鴇色様々な菊で、人形に衣装を着せ掛ける。今年の目玉は桔梗色の菊。色とりどりで、模様を描き出し、うちかけの地の色にと選んだのだ。その菊の花が、まるまる全部無い。もう、噂は近隣へと伝わっている。菊人形祭りには、様々な露天が並び、自慢の菊を軒に飾る。それを愛でながら、飲み食いしつつそぞろ歩くのが秋の祭りとして定着しているこの街へと、楽しみに来てくれるお客さんをがっかりさせたくは無い。
 開始日時は迫っている。
 姫人形と、武者人形。そして、お付の姫童と、童子人形。顔はきちんと人形師が作り、美しく微笑んではいるが、木枠がむき出しの胴体が痛々しい。
 突貫して設えれば何とかなるが、それには問題の山裾を通らなくてはならない。
 丁度街と村の中間点になるという。
「そういう訳で、お願いします」
「菊を無事お届けし、鳥を退治すれば良いのですね?」
「はい。よろしくお願い致します」
 街の顔役は、しょんぼりとした風で頭を下げた。

●今回の参加者

 ea2563 ガユス・アマンシール(39歳・♂・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●菊人形の街・祭り前
 街へと辿り着くと、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)と忠澤伊織(ec4354)は、馬を繋ぐ。
 少し冷えた空気に混じる菊の香りが、ふうわりと漂う。そんな街のあちこちには、切花や、鉢植えの菊が軒下に飾られている。祭り当日は、びっしりと埋め尽くすとの事だった。
「失敗した菊人形の台などは無いかしら」
「そうですねえ」
「お願い出来るかしら‥‥」
 大ふくろうが人を襲うなら、菊人形の台に、着物を着せかけ、人にみせかけ、囮として使うつもりだった。
 花を手入れしていた街の人々は、図面通りに組むから、失敗も何も無いんですが、簡単な枠組みなら、すぐ出来るからと余っている材料で、簡単な木枠を作る。流石に顔の代用は無く、布でも丸めますかと、顔を括りつけられていた。頭から着物を被せれば、それらしくなる。後は、ふくろうが好んで食べるものを括りつけてみようかとフォルナリーナは考える。
 パウェトク(ec4127)は、近道の入り口を確認して来ていた。
「道は封鎖しなくとも、対峙するまでは出入り禁止のフレが出ているようじゃの」
「ああ、そうか。街から菊を取りに行く村までの間に、出てくるかもしれないな」
 鶏肉を吊るしてやって来た伊織が、まあ、無駄にはなるまいと手にする鶏を眺めて笑う。
「‥‥万が一の場合もある‥‥様子を見るに、越した事は無いだろう」
 瀬崎鐶(ec0097)は、ゆっくりと街を見渡す。万が一、通行人がやって来たら、通行人を守り、大ふくろうと戦わなくてはならないからだ。
「‥‥作戦中に、遭遇した不運な人が居たら、何所かに一時退避だね」
「お山の奥のほうに移ってくれれば良かったんだがの」
「餌不足なのかね」
「そうじゃな。保存食が取られたんだったかの。丁度街と村の中間ぐらいの場所で襲われたようじゃ」
 襲われた場所などが正確にわかれば、ある程度は楽だろうと、調べていたパウェトクが、大雑把に地面に道を描き出す。くねくねとした山道の中ほど。見通しは悪そうだ。
 伊織がそれを見ながら頷く。
「襲って来るようなら、すぐに見つけられそうね」
 金髪が、冷たさをはらんだ風にさらりとなびく。フォルナリーナは、依頼書にあった大ふくろうの記載を思い出す。羽根を広げたら、三間強もあるというのだから、空中からやってくる姿は遠目でもよく見えるだろう。
「飛ぶ早さも並じゃなさそうだから、気をつけないとね」
 空を滑空する生物は、大概地を歩く人よりも早い。それが大きな翼持つふくろうである。その速さは容易に想像がついた。
 パウェトク、伊織、フォルナリーナの三名が、各々に囮にはと思うものを持ち、鐶は伊織を手伝おうと頷いた。
 街は、お祭りへ向かう為の準備で賑わい、雑然としている。
 けれども、どの顔も楽しそうで。
 伊織はひとつ頷いて、顎をさする。
「みんなが楽しみにしてる秋祭りのために、一肌ぬごうか‥‥いや、俺自身のためかな。祭り、楽しいもんね」
「よく‥‥雉も鳴かずばうたれまいにと言うが。大ふくろうもその口だな。なんにせよ無粋な輩を退治しようか」
 表情を動かさず、ガユス・アマンシール(ea2563)は、コートの裾を翻して歩いて行った。

●山中の細道
 魔法の光りを纏わせて、ガユスは呼吸の魔法を発動させる。
 呼吸を感知する魔法だ。その魔法の時間は、少し歩いて行くと、切れる。大ふくろうの襲撃を感知する為にと、また、同じ魔法をかけなおして、仲間達と共に歩いて行く。
 人型の囮を引いて歩くのはフォルナリーナだ。様々な布陣を考えるが、仲間達と相談する時間が無かったようである。
 空は、青く高い。じき、大ふくろうの出現したといわれる地点だ。
 囮で出て来ないようなら、枯葉を集め、火を熾して保存食を乗せ、匂いを出そうかとパウェトクは思う。なんなら、鼠の声まねもしようかとも考える。通常のふくろうは、小動物を狩る。大ふくろうはどうかは判らないが、近いものがあるのでは無いかと思うのだ。
「そろそろ、罠を仕掛けたいんだが‥‥」
 肉を中心に、罠をしかけようと伊織は仲間を振り返る。フォルナリーナも、ではと、人形を真ん中に置こうと動く。鐶は、道の向こうと、歩いてきた後方を警戒する。
 その時、目を眇めたパウェトクの、のんびりとした声が響き、ガユスが次いで声を上げた。
「来たようじゃの」
「空に何かの呼吸が」 
 ばさりという、羽音が次第に大きくなる。隠れる事もせず道を歩いて来た冒険者達は、その姿がいわば囮の役割をも果たしてた。餓えた大ふくろうには、たくさんのご馳走としか見えていないのかもしれない。
「あの一体だけのようじゃったの」
 逃げ延びた男達が見たのは、一体のみ。他に追い縋る影は無かったとパウェトクは聞いている。短弓につがえた矢が、ぐんぐんと迫る大ふくろうに、びょう。と、空を裂いた音と共に飛んで行く。
 鈍い音がして、大ふくろうの身体が揺らぐ。
 詠唱を終えたガユスの手から、見えない刃が、揺らぐ大ふくろうへとざっくりと入る。詠唱を終えてから、時間をおいて魔法を発動しようかと試みるが、魔法発動は時間をおく事は出来ない。
「‥‥かなり、痛手を負ったようです」
「あまり、力にはならないかもしれないけれど」
 フォルナリーナは、淡く闇色の光りを纏い、聖なる魔法を大ふくろうへと飛ばす。
「よし、任せろ」
 ドラゴンの皮で作られたという鞭、ヘンリーホイップを、大ふくろうへとしなるように空を裂いて飛ばせば、がっちりと足を絡め取る。傷を負っていた大ふくろうは、鈍い叫びを上げて、地に落ちて来た。
 地に落ちた大ふくろうは、猛禽類の鋭い爪で、接近を阻むかのように、威嚇するが。
「‥‥悪いね。もう飛ばせない」
 鐶は大ふくろうの羽へと日本刀を真横へと抜き払う。背に垂らした三つ編みが動きにつられて、横薙に揺れ。大ふくろうの羽が刃に添って、空を舞い。
「もう一度」
 再び詠唱を終えたガユスから、同じ真空の刃が飛んで。フォルナリーナの魔法も大ふくろうへと吸い込まれる。
「不運‥‥といえば、不運じゃったか‥‥」
 再び、パウェトクの矢が、その太い胴へと刺さり、矢羽が大きく揺れる。暴れる大ふくろうにより、刺さった矢は音を立てて折れ。
 動きの鈍った大ふくろうから、ヘンリーホイップを外した伊織から、二度目の鞭が振るわれ、同時に鐶の日本刀がざっくりと入れば、飛ぶ事を封じられた大ふくろうはそのまま息絶えたのだった。

●菊人形祭りの街
 大ふくろうを退治した後、パウェトクは菊を運ぶ手伝いを買って出る。
 時間を惜しんで山道を通ろうとしたのだ。人手は足らないだろうと。何でも言ってみて下されと、パウェトクは深い笑みを浮かべる。
 菊の沢山乗った台車を押す手伝いをすれば、むせかえる様な香りが漂う。
 様々な色合いの菊の中に、一際鮮やかな桔梗紫の菊。
 この花が、人形の衣装になるのかと、パウェトクは楽しげに目を細め。

 菊人形祭りは、何時始まったのか。
 準備の間から始まっていたのかもしれない。さして号令も無かったが、大通りの軒に連なるのは、高さ三尺強の大輪の一輪咲き。天へと向かい、広がる、大人の手のひらほどもある菊は、見事に花開き。個人で交配した、一代限りの菊花がその美を競う。
 幅三寸、縦一尺。縦に長い提灯には菊花の紋様。夕方になると灯が入り、大通りを不思議に明るく照らし出す。
 大通りの真ん中にある小さな寺の境内に、菊人形が姿を現せば、伊織が感心したように声を上げた。
「桔梗色の菊、かぁ。菊っていうと、黄色とか白くらいしか思い浮かばないけど、こんな色とりどりなんだなぁ」
 鎧武者の鎧には、侘びた鴇色が中心で、細かい細工に黄色の小菊。下穿きには真っ白な菊が生けられ。
 姫人形のうちかけには、間に合った桔梗色した大ぶりの菊が、鮮やかに布が染め抜かれたかのように生けられて、白い細波を描く小菊が美しい。紅い菊を着込んだ姫童と、真っ白な色の菊を着込んだ童子人形が可愛らしく。
 菊といえば、この国では墓前に手向ける花の印象が強い。しかし、着物の滑らかな曲線を描くように生けられた菊は、格別に美しい。ここまで見事に育てた人への賛辞も込めて、フォルナリーナは、感嘆の溜息を吐く。
「菊を服にしようなんて考えた人はすごいわね」
「見事なものだな」
 ガユスは心ゆくまで菊人形を愛でると、不思議な雰囲気を漂わせ始めた夕刻の祭りへと足を伸ばす。見るもの全てが珍しく。
 街のそこかしこでは、高さ一尺ほどの小さな菊人形も顔を出している。寺に飾られる等身大の菊人形の縮小版だ。家々に、木枠があるらしく、翁や小僧。遊女に侍。様々な人形が並ぶ。
 合間の空き地には、屋台が出ている。寒くなってきた時期の祭りだからだろうか。炙る焼き鳥の香りが鼻腔をくすぐる。甘酒に、焼きミカン。珍しいのはお湯に浸した茶碗蒸し。銀杏と鶏肉と椎茸が滋味溢れて食べれば芯から暖かくなる。
 設えられた椅子に腰掛け、パウェトクは茶碗蒸しを木の匙で口に入れ、一服をする。
 艶やかで、華やかながらも、落ち着きのある菊の花を眺めれば、思い出すのは暫く顔を見ない友人の事。
 一輪咲く鉢植えも、衣装になる菊花も。時や場所を変え、健気に生を繋いでいると、僅かに目を眇めて微笑んだ。
 きっとまた会える。会おうという気持ちが、どちらかに、しかと存在している限りは。
 升酒と、つまみに焼き鳥を手に、そぞろ歩く伊織は、並ぶ菊に頬を緩める。
「どうしちゃったのかねぇ。こういうの好きそうなんだが」
 酒と祭りと。
 楽しい事には必ず首を突っ込んでいた友人を思い出し、伊織はやれやれと言った風に軽く肩をすくめる。
 菊は生花であり、菊人形は売り物では無かったが、屋台の片隅で、妙な愛嬌のある二頭身の素焼き人形を見つける。菊人形祭りらしく、手には穴が開いており、中に水が入り、小さな菊が生けられるようになっていた。
 次に会う事があれば、手渡そうかと、黄色い小菊が揺れる、その童子人形を手に取って。
 なんら表情は無かったが、完成し、人々が楽しげに菊花人形を眺めるのを見て、鐶は、ひとつ、こくりと頷く。
 本格的な冬の到来を告げる、菊人形祭りの花の香が、江戸へと戻る冒険者達の後を追うかのようだった。