●リプレイ本文
●菊人形の街・祭り前
街へと辿り着くと、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)と忠澤伊織(ec4354)は、馬を繋ぐ。
少し冷えた空気に混じる菊の香りが、ふうわりと漂う。そんな街のあちこちには、切花や、鉢植えの菊が軒下に飾られている。祭り当日は、びっしりと埋め尽くすとの事だった。
「失敗した菊人形の台などは無いかしら」
「そうですねえ」
「お願い出来るかしら‥‥」
大ふくろうが人を襲うなら、菊人形の台に、着物を着せかけ、人にみせかけ、囮として使うつもりだった。
花を手入れしていた街の人々は、図面通りに組むから、失敗も何も無いんですが、簡単な枠組みなら、すぐ出来るからと余っている材料で、簡単な木枠を作る。流石に顔の代用は無く、布でも丸めますかと、顔を括りつけられていた。頭から着物を被せれば、それらしくなる。後は、ふくろうが好んで食べるものを括りつけてみようかとフォルナリーナは考える。
パウェトク(ec4127)は、近道の入り口を確認して来ていた。
「道は封鎖しなくとも、対峙するまでは出入り禁止のフレが出ているようじゃの」
「ああ、そうか。街から菊を取りに行く村までの間に、出てくるかもしれないな」
鶏肉を吊るしてやって来た伊織が、まあ、無駄にはなるまいと手にする鶏を眺めて笑う。
「‥‥万が一の場合もある‥‥様子を見るに、越した事は無いだろう」
瀬崎鐶(ec0097)は、ゆっくりと街を見渡す。万が一、通行人がやって来たら、通行人を守り、大ふくろうと戦わなくてはならないからだ。
「‥‥作戦中に、遭遇した不運な人が居たら、何所かに一時退避だね」
「お山の奥のほうに移ってくれれば良かったんだがの」
「餌不足なのかね」
「そうじゃな。保存食が取られたんだったかの。丁度街と村の中間ぐらいの場所で襲われたようじゃ」
襲われた場所などが正確にわかれば、ある程度は楽だろうと、調べていたパウェトクが、大雑把に地面に道を描き出す。くねくねとした山道の中ほど。見通しは悪そうだ。
伊織がそれを見ながら頷く。
「襲って来るようなら、すぐに見つけられそうね」
金髪が、冷たさをはらんだ風にさらりとなびく。フォルナリーナは、依頼書にあった大ふくろうの記載を思い出す。羽根を広げたら、三間強もあるというのだから、空中からやってくる姿は遠目でもよく見えるだろう。
「飛ぶ早さも並じゃなさそうだから、気をつけないとね」
空を滑空する生物は、大概地を歩く人よりも早い。それが大きな翼持つふくろうである。その速さは容易に想像がついた。
パウェトク、伊織、フォルナリーナの三名が、各々に囮にはと思うものを持ち、鐶は伊織を手伝おうと頷いた。
街は、お祭りへ向かう為の準備で賑わい、雑然としている。
けれども、どの顔も楽しそうで。
伊織はひとつ頷いて、顎をさする。
「みんなが楽しみにしてる秋祭りのために、一肌ぬごうか‥‥いや、俺自身のためかな。祭り、楽しいもんね」
「よく‥‥雉も鳴かずばうたれまいにと言うが。大ふくろうもその口だな。なんにせよ無粋な輩を退治しようか」
表情を動かさず、ガユス・アマンシール(ea2563)は、コートの裾を翻して歩いて行った。
●山中の細道
魔法の光りを纏わせて、ガユスは呼吸の魔法を発動させる。
呼吸を感知する魔法だ。その魔法の時間は、少し歩いて行くと、切れる。大ふくろうの襲撃を感知する為にと、また、同じ魔法をかけなおして、仲間達と共に歩いて行く。
人型の囮を引いて歩くのはフォルナリーナだ。様々な布陣を考えるが、仲間達と相談する時間が無かったようである。
空は、青く高い。じき、大ふくろうの出現したといわれる地点だ。
囮で出て来ないようなら、枯葉を集め、火を熾して保存食を乗せ、匂いを出そうかとパウェトクは思う。なんなら、鼠の声まねもしようかとも考える。通常のふくろうは、小動物を狩る。大ふくろうはどうかは判らないが、近いものがあるのでは無いかと思うのだ。
「そろそろ、罠を仕掛けたいんだが‥‥」
肉を中心に、罠をしかけようと伊織は仲間を振り返る。フォルナリーナも、ではと、人形を真ん中に置こうと動く。鐶は、道の向こうと、歩いてきた後方を警戒する。
その時、目を眇めたパウェトクの、のんびりとした声が響き、ガユスが次いで声を上げた。
「来たようじゃの」
「空に何かの呼吸が」
ばさりという、羽音が次第に大きくなる。隠れる事もせず道を歩いて来た冒険者達は、その姿がいわば囮の役割をも果たしてた。餓えた大ふくろうには、たくさんのご馳走としか見えていないのかもしれない。
「あの一体だけのようじゃったの」
逃げ延びた男達が見たのは、一体のみ。他に追い縋る影は無かったとパウェトクは聞いている。短弓につがえた矢が、ぐんぐんと迫る大ふくろうに、びょう。と、空を裂いた音と共に飛んで行く。
鈍い音がして、大ふくろうの身体が揺らぐ。
詠唱を終えたガユスの手から、見えない刃が、揺らぐ大ふくろうへとざっくりと入る。詠唱を終えてから、時間をおいて魔法を発動しようかと試みるが、魔法発動は時間をおく事は出来ない。
「‥‥かなり、痛手を負ったようです」
「あまり、力にはならないかもしれないけれど」
フォルナリーナは、淡く闇色の光りを纏い、聖なる魔法を大ふくろうへと飛ばす。
「よし、任せろ」
ドラゴンの皮で作られたという鞭、ヘンリーホイップを、大ふくろうへとしなるように空を裂いて飛ばせば、がっちりと足を絡め取る。傷を負っていた大ふくろうは、鈍い叫びを上げて、地に落ちて来た。
地に落ちた大ふくろうは、猛禽類の鋭い爪で、接近を阻むかのように、威嚇するが。
「‥‥悪いね。もう飛ばせない」
鐶は大ふくろうの羽へと日本刀を真横へと抜き払う。背に垂らした三つ編みが動きにつられて、横薙に揺れ。大ふくろうの羽が刃に添って、空を舞い。
「もう一度」
再び詠唱を終えたガユスから、同じ真空の刃が飛んで。フォルナリーナの魔法も大ふくろうへと吸い込まれる。
「不運‥‥といえば、不運じゃったか‥‥」
再び、パウェトクの矢が、その太い胴へと刺さり、矢羽が大きく揺れる。暴れる大ふくろうにより、刺さった矢は音を立てて折れ。
動きの鈍った大ふくろうから、ヘンリーホイップを外した伊織から、二度目の鞭が振るわれ、同時に鐶の日本刀がざっくりと入れば、飛ぶ事を封じられた大ふくろうはそのまま息絶えたのだった。
●菊人形祭りの街
大ふくろうを退治した後、パウェトクは菊を運ぶ手伝いを買って出る。
時間を惜しんで山道を通ろうとしたのだ。人手は足らないだろうと。何でも言ってみて下されと、パウェトクは深い笑みを浮かべる。
菊の沢山乗った台車を押す手伝いをすれば、むせかえる様な香りが漂う。
様々な色合いの菊の中に、一際鮮やかな桔梗紫の菊。
この花が、人形の衣装になるのかと、パウェトクは楽しげに目を細め。
菊人形祭りは、何時始まったのか。
準備の間から始まっていたのかもしれない。さして号令も無かったが、大通りの軒に連なるのは、高さ三尺強の大輪の一輪咲き。天へと向かい、広がる、大人の手のひらほどもある菊は、見事に花開き。個人で交配した、一代限りの菊花がその美を競う。
幅三寸、縦一尺。縦に長い提灯には菊花の紋様。夕方になると灯が入り、大通りを不思議に明るく照らし出す。
大通りの真ん中にある小さな寺の境内に、菊人形が姿を現せば、伊織が感心したように声を上げた。
「桔梗色の菊、かぁ。菊っていうと、黄色とか白くらいしか思い浮かばないけど、こんな色とりどりなんだなぁ」
鎧武者の鎧には、侘びた鴇色が中心で、細かい細工に黄色の小菊。下穿きには真っ白な菊が生けられ。
姫人形のうちかけには、間に合った桔梗色した大ぶりの菊が、鮮やかに布が染め抜かれたかのように生けられて、白い細波を描く小菊が美しい。紅い菊を着込んだ姫童と、真っ白な色の菊を着込んだ童子人形が可愛らしく。
菊といえば、この国では墓前に手向ける花の印象が強い。しかし、着物の滑らかな曲線を描くように生けられた菊は、格別に美しい。ここまで見事に育てた人への賛辞も込めて、フォルナリーナは、感嘆の溜息を吐く。
「菊を服にしようなんて考えた人はすごいわね」
「見事なものだな」
ガユスは心ゆくまで菊人形を愛でると、不思議な雰囲気を漂わせ始めた夕刻の祭りへと足を伸ばす。見るもの全てが珍しく。
街のそこかしこでは、高さ一尺ほどの小さな菊人形も顔を出している。寺に飾られる等身大の菊人形の縮小版だ。家々に、木枠があるらしく、翁や小僧。遊女に侍。様々な人形が並ぶ。
合間の空き地には、屋台が出ている。寒くなってきた時期の祭りだからだろうか。炙る焼き鳥の香りが鼻腔をくすぐる。甘酒に、焼きミカン。珍しいのはお湯に浸した茶碗蒸し。銀杏と鶏肉と椎茸が滋味溢れて食べれば芯から暖かくなる。
設えられた椅子に腰掛け、パウェトクは茶碗蒸しを木の匙で口に入れ、一服をする。
艶やかで、華やかながらも、落ち着きのある菊の花を眺めれば、思い出すのは暫く顔を見ない友人の事。
一輪咲く鉢植えも、衣装になる菊花も。時や場所を変え、健気に生を繋いでいると、僅かに目を眇めて微笑んだ。
きっとまた会える。会おうという気持ちが、どちらかに、しかと存在している限りは。
升酒と、つまみに焼き鳥を手に、そぞろ歩く伊織は、並ぶ菊に頬を緩める。
「どうしちゃったのかねぇ。こういうの好きそうなんだが」
酒と祭りと。
楽しい事には必ず首を突っ込んでいた友人を思い出し、伊織はやれやれと言った風に軽く肩をすくめる。
菊は生花であり、菊人形は売り物では無かったが、屋台の片隅で、妙な愛嬌のある二頭身の素焼き人形を見つける。菊人形祭りらしく、手には穴が開いており、中に水が入り、小さな菊が生けられるようになっていた。
次に会う事があれば、手渡そうかと、黄色い小菊が揺れる、その童子人形を手に取って。
なんら表情は無かったが、完成し、人々が楽しげに菊花人形を眺めるのを見て、鐶は、ひとつ、こくりと頷く。
本格的な冬の到来を告げる、菊人形祭りの花の香が、江戸へと戻る冒険者達の後を追うかのようだった。