冬桜

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月19日〜11月25日

リプレイ公開日:2008年11月27日

●オープニング

 山は様々な色に染められている。
 春は息吹の若草色、淡く色をつけ、夏は匂い立つ緑、命の色に。秋は鮮やかに頬を染めるかのような色。
 そして、深と静かな墨色を落とすかのような冬が近付く。
 山裾から見ても美しいものだが、山に分け入る猟師達は、さらに不思議な色を目にする。
 深い山なれば、人を拒むかのように、だが、呼んでいるかのように。
 その山も、そんな色を持つ山だった。
 冬桜。
 小さな桜が、紅葉が落ちきる前に、雪の訪れを誘うかのように、白っぽいが、淡い桜色の花をつける。
 陽射しが暖かい日に見る冬桜も綺麗だが、いよいよ冬将軍がやってくるという、曇天の空の元に見る桜は、格別に綺麗だ。春の訪れを呼ぶ桜は、艶やかでもあるのに、冬の訪れを呼ぶ桜は、酷く高潔であるようにも見える。
 そんな冬桜のある山へと向かいたいと願うのは、小さな少女である。名を綾香と言った。年は十。身なりは良いが。
 着ているのは喪服である。漆黒の着物と羽織り。帯も帯揚げも草履も。何もかも墨色をしている。
 まるい頬に僅かに朱が差し、桃色の唇は引き結ばれている。
「遺骨を埋めに行きたいのです」
「失礼ですが、保護者様は‥‥」
「承知しています。確認をとって貰っても構いません」
 しっかりとした口調。十には思えないほどだ。
 綾香は、武家の家に育ったという。養子だと知ったのはつい先日の事。
「猟師をしていたという実の父の遺骨を冬桜の木の根元に埋葬したいのです」
 江戸に程近い場所で、小鬼の集団に襲われたという父親は、その近くで埋葬されるはずだったが、持ち物に、不釣合いな小刀を所持していた。そこから、綾香の家が割り出され、連絡が行ったのだと。
「両親は、尊敬できる良い人です。実の父に、何時でも会いに来るようにと身分証明の代わりに渡したと言います」
 もう少し、大人になったら、父の話をするつもりだったのにと、母親は泣き崩れ、父親は綾香に頭を下げて詫びたのだと。
 父も、良い人だったようですと、綾香は下を向いた。預けた両親に負担にならないように、一度も門を叩いた事が無かった。
 着物の内側には薄い小さな産着が縫い止められていたのだと。
「猟師仲間の方々には連絡がつきました」
 あまり、口数の多い方では無かった実の父が、毎年この時期には冬桜を見に行くのだとういう事を聞いた。
 春の桜よりも、好きだと。
 娘が生まれた日に咲いていたからかもしれないと。
「ですから、私は見てみたい」
 そして、その冬桜の下へと父を眠らせたいと。
 まだ幼い顔だが、凛とした雰囲気を纏わせて、綾香は頭を下げた。
 最近、その山へと入る渓谷のつり橋の向こうに熊鬼が一体出没するのだという。江戸から山へはそのつり橋を渡らないと片道六日もかかる。近隣の村人達や、山に入る猟師達の脅威にもなっているのだとか。
「父の供養代わりに」
 熊鬼を退治して欲しいと、依頼料を冒険者ギルドの受け付けに手渡しつつ、綾香は言った。
 泣いた跡の無い、毅然とした顔で。

●今回の参加者

 ea1181 アキ・ルーンワース(27歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2364 鷹碕 渉(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2886 所所楽 柚(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5094 コンルレラ(24歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb5588 カミーユ・ウルフィラス(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

所所楽 林檎(eb1555)/ ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292

●リプレイ本文

●曇天の空
 今にも雪が降り出しそうな、暗い曇り空を見上げて、アキ・ルーンワース(ea1181)は、小さく息を吐く。吐く息も白く。
(「冬の‥‥桜、か」)
 横を歩く小さな綾香の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
 どうぞと、アキが差し出す防寒具を、綾香は深く礼をして喪服の上に羽織る。
 折り目正しい綾香を見て、アキは、笑みを浮かべる。
 大切なこの子を、この世界に迎える祝福であっただろう白い花は。
(「‥‥春とは違う高い空に、きっと綺麗に映えただろうね‥‥」)
 そんな事を思い、何度目か、空を仰ぐ。
(「‥‥問題は、熊鬼だけか」)
 冬桜の元に辿り着く前に立ち塞がるのは。
 熊鬼。猪の頭を持つ鬼。全身は濃い茶色の毛皮で被われおり、冒険者などを襲って略奪を繰り返す。そのため、略奪品のヘビーアーマーを着込んでいるような武装度の高い鬼も居る。
 冬の本格的な厳しさには未だ遠い。そんな寒さはコンルレラ(eb5094)にとって好ましいものである。だが、一応防寒着は着込む。出立前にジェシュファに聞いた熊鬼の生態を思い返して、備える。
「供養ねえ‥‥‥‥‥‥」
 小鬼に襲われた父親の供養という事が、コンルレラには理解出来ない。
 熊鬼が脅威になっているから退治するという事で、やって来ては居るが、何が供養なのか、しっくりくる答えが見つからない。自分よりも僅かに低い綾香の行動は何所からくるのだろうかと。道中事あるごとに思い返していた。
 小鬼をも自然の一部と捉えているからかもしれないが‥‥。
 ゆるゆると歩く葬送の旅連れ。
 冬の色に変わる道行は、何所か寒々しい。所所楽柚(eb2886)は、共に歩く綾香を振り返る。目が合えば、必ず小さくお辞儀をされて。柚も小さくお辞儀を返す。
(「綾香さんの気丈さに敬意を‥‥」)
 じき、問題のつり橋だ。
「綾香ちゃんは‥‥高いつり橋は怖くないかな?」
 黒髪をかきあげて、僅かに屈んで尋ねるカミーユ・ウルフィラス(eb5588)に、綾香は、はい。と頷く。大きな目が、カミーユを見上げる。
 足は疲れていないか、何だったら手を繋ごうかと、カミーユはにこにこと笑みを向ける。
 けれども、大丈夫です。お心使い感謝しますと、丁寧なお辞儀が帰り。
(「とても十歳には見えないわね」)
 真赤な髪と、派手な羽織を揺らして、神薗柚伽(eb5492)は綾香を眺める。
 しっかりしているのは、武家が育てたからだろうか。
(「母親を亡くした貧しい猟師の娘が引き取られて育った‥‥って所かしら」)
 子供は泣くものだ。
 理不尽なまでに、事あるごとに。
 けれども、泣けていないという事に、綾香は首を捻る。一度も会う事の無かった父であれば、たとえ実の父でも実感が沸かないのか。それとも、武家の娘として、育ての親を心配させまいと、泣きたいのを堪えているからか。
 どちらにしても、あまりにもしっかりとし過ぎているでは無いかと。
「熊鬼か‥‥‥‥‥‥相手が何であれ、全力を尽くすさ」
 獣と違い、鬼はやっかいである。多少なりとも頭を使う。それが、熊鬼ともなれば、力がある分、人里に与える影響も少なくは無い。鷹碕渉(eb2364)は、見えてきたつり橋の向こうを透かし見て。

●つり橋の向こう
 細いつり橋だった。
「ちょーっと見てくるよ」
 カミーユは、馬を繋ぐと、何か気配はあるものの、姿の見えない対岸を見て、古びたほうきベゾムを取り出した。これは、空を飛ぶ。ふうわりと浮かんで、対岸の上空、を飛べば、きらりと光るモノを見つける。よく見れば、防具が光っているのだ。
 熊鬼が徘徊している場所で、防具を着込んでいる。
 がっと、上を向いたのは、熊鬼だった。熊鬼は、カミーユと目が会うと、上空から見えない場所へと、移動して行く。カミーユは、移動方向を確認する。
「あっちか‥‥」
 一方、柚は太陽に熊鬼の位置を聞いていた。
 金の指輪が光る。
 木々の間を移動している熊鬼だったが、時々は陽のあたる場所に顔を出す。大体の方角を知る事が出来た。
「目撃情報があちら側だけだとすれば、こちら側に渡って来れない訳があるのでしょうか。‥‥揺れるのが怖いとか、体格的に渡れないとか、怖いとか」
「俺も、そんな気がする‥‥橋、細いから、本能的に渡るのは危ないと理解してるのかもしれない」
「とにかく、渡ろうか?」
 渉が、つり橋に足をかける。
「犬、嫌いかしら?」
「いいえ」
「良かった。この子睦風って言うの。護衛代わりに側に置いてね?」
「ありがとうございます。睦風さんよろしくお願いします」
 柚伽が、忍犬睦風に、護衛として指示を出す。熊鬼の痕跡があればボーダーコリーのイラマッシタに匂いをかがせ、追跡させるつもりだったが、こちらには何の痕跡も無かった。
「向こう側がテリトリーか」
 渡った先でまた探してみようかと思う。
 戻って来たカミーユが、渡ってすぐ右側の森に潜んでいると告げれば、柚が太陽に聞いた方向とも一致して。
「少々お待ち下さい」
 巻物を開き、柚が渉に士気が上がる魔法を付与し。
 綾香を後方に、つり橋をなるべく早く、渡る事になる。

 ぎしぎしと、大きな音が響き、ぐらぐらと揺れるつり橋を、仲間達全てが渡り切ったその瞬間に、右手の森から、熊鬼が現れた。
「綾香ちゃんは後ろに」
 カミーユが手を出せば、こくりと頷かれて、急ぎ、後方へと走り。
「点穿ち」
 居合いから抜き放つ、渉の日本刀法城寺正弘が、襲い掛かる熊鬼の鎧の隙間へと、ざっくりと入った。
「悪いね!」
 鞘にコロポックルの伝統的な文様が意匠された、コンルレラの小刀マキリとモンスターの骨を用いて作られた短刀スカルダガーが、斧を構えた熊鬼の腕を切り裂く。小柄な身体がくるりと反転し、熊鬼の攻撃を避けて着地する。
「見え辛くなれば‥‥」
 動きが鈍れば、さしもの頑丈な熊鬼と言っても、戦うに難しく無い。すかさず飛んだアキの暗闇を作る魔法が、熊鬼に黒い塊りを纏ったかのような姿にさせる。
「少しづつでも、削らせてもらうよ?」
 対象を内部から破壊する魔法を、アキとほぼ同時にカミーユが放つ。
「早々動いてもらっては困ります」
 巻物を開いて念じれば、柚は熊鬼の影を縛り、動けなくする。
「奥義・椿落とし」
 足元を蹴立てて、渉が再び、鞘に収まった刃を閃かせる。熊鬼のまん前に立った渉の繰り出す刃が、深々と熊鬼に入り。
 コンルレラのニ撃目が同じく熊鬼の手を切り。アキとカミーユの魔法が飛んで。
「あらやだ。終っちゃったっ?!」
 狭い場所だ。大ガマは無理だと判断した柚伽は、回り込んで、風向きを探し、春花の術を発動させたが、その頃には、熊鬼は地響きを立てて倒れていた。

●水墨の景色
 はらり。
 山に踏み込めば、曇天の空から、白い雪の花が舞う。
 はらり。
 今年この辺りでは初めての雪だと言う。
 はらり。
 小さな白い雪が、次々と降りてくる。
「寒いと思ったら雪だわ」
 柚伽が、白い息を吐き出して、空を見上げた。
 さらに歩くと、山の中腹に、もう雪が積もったかのような場所が見えた。
 それが、冬桜だった。
 白く小さな花が、暗い色合いの中、凛とした色合いで、曇天の空へと開いている。あまり、花の香も無い。
「桜は春のものだって聞いたけど、冬の桜もいいものだねぇ」
 コンルレラは素直にその冬の桜を愛でる。
 カミーユは小さく感嘆のする。
「ジャパンにも美しいものがあるんだね」
 雪の中では哀しげな感じがするけれどと、華やかな笑みを浮かべる。
 古木と言って良い、冬桜の木の根元に、綾香の連れてきた父が安置され。
 宗派は違うかもしれないけれどと、アキが簡単な葬祭を司る。
「この年になって初めて見たわ」
 柚伽は、舞い落ちる雪と、咲き誇る冬桜を見て僅かに微笑む。押し花に出来るだろうかと手にした桜は、白い花弁に僅かに桜色が入っていた。まるで、雪の結晶みたいだと柚伽は思った。
「綾香ちゃんは冬生まれなの?」
「はい」
「‥‥ひょっとして、そろそろ誕生日なのかしら?」
「‥‥はい」
「そっか」
 ちょっと哀しい誕生日になってしまったわねと言えば、綾香は、いいえと、静かに首を横に振って。
「倍、大切にしてもらっていたと‥‥気がつきました」
「父君とのお別れはしっかり出来たかい?」
 カミーユが尋ねれば、はいと頷かれる。
 簡単な埋葬が終ると、渉は、ちらと、綾香を見ると、見回りをして来ようと、その場を後にする。その小さな少女の護衛として、出来る事を考えて。
「キミに会うことはなくても、産着を肌身離さず持って、毎年冬桜を見て、心に留め続けてきたんだね。綾香ちゃんも父君と会うことはできなかったけど、冬桜を見る度に思い返すことが出来るね」
「‥‥‥‥はい」
 カミーユは、頷く綾香に、うんと、深く頷いて。
 ずっ冬桜を見上げている綾香の頭を、アキはそっと撫ぜた。
 綾香が、冬桜から、視線をアキに移す。アキは、穏やかに微笑んで、頷いた。
 頭を撫ぜるのは、きっと、それが一番気持ちが届く場所なのだろうと、思うのだ。子ども扱いしているつもりはアキには無い。綾香も、そういう事は敏感に感じ取る子なのだろう。しっかりしているという事は、大人をよく観察していると言う事でもあるから。大人と同じように、人の好意を行動の意味を覗いているのなら。
「お父さんの‥‥変わりに」
 もし、お父さんの魂が今ここに居るのなら、有難うと伝える為にそっと触れたいと思うだろうと。
「ここでは、我慢しなくても良いんだよ‥‥?」
 みるみるうちに、綾香の大きな目に涙が溜まって行く。
 うん。と、アキはまた頷いた。アキの手の下で、綾香はぽろぽろと泣いた。
 柚は、綾香を一人にしてあげようと思っていた。
 一人で思う事は沢山あるだろうから。
 仲間達に伝えておけば、そんな時間もとれたかもしれない。
 理由付けはいくらでも思いつくのだけれど。これなら、これで良いかと、綾香を見て。
 
 雪が舞い。

 冬桜の花が白く咲き。