親分の、面子に掛けろ!

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2006年10月19日

●オープニング

 江戸の近くの宿場町の、小さな渡世人一家の達吉姐さんは、働き者で別嬪で。今年三十路になるが、そんな事は気にもならない良い女。出入りする若い衆はみんな姐さんが好き。町のみんなも、気風の良い、男前な姉さんが好き。
 流れ流れる渡世人達も、この町に寄る時は、幾分気持ちが浮ついたとかなんとか。
 ところが親分の惣五郎。姉さんが良い人なのを良いことに、花町になじみは数人。お姉ちゃんを見れば声をかけずにはおかれないという女好き。そんな親分の、唯一の自慢は、素人さんには声を掛けても手は出さない!という事で。
 所がどっこい。
 町外れの茶屋で、頬の赤みもとれないような、おぼこい娘と仲良くお茶を飲んで何処かへ姿をくらまし、翌夕刻まで帰らなかったってのが、矢のような速さで姐さんの耳に入ったからたまらない。
 姐さんだって渡世人の女房。ひとつふたつの浮名なんざ気にしない。
 だが、しけこんだのがおぼこい素人娘とあっちゃあ聞き捨てならねぇ。
 親事の真偽を親分から直に聞こうと、紋付羽織を着込んで、組の玄関先に正座して待つこと一日。帰宅した親分は、そんな姐さんに、もうしどろもどろ。どうにも要領を得やしねぇ。
「よござんす」
 達吉姐さん、膝の埃を軽く払うと、立ち上がり、家の奥へと引っ込んだ。
 心の鼓動が止まらねぇのは惣五郎親分。
「何故バレた…」
 呟きを、しっかり聞かれているとも知らず。
 なにせ小さな町の事、しかも、町中に好かれてる姐さんの一大事。耳も目も、親分さんには傾かねぇ。

 翌日。『花を捜してきます。事によっては帰れません』と、書かれた半紙が、残されていた。
 後ろ暗い所のある親分は、この文字が三行半に見えてしかたない。
 だからといって、おおっぴらにすれば、面子丸潰れ。それだけならともかく、組存続の危機でもある。

 冒険者ギルドに頼む筋合いでは無いのは、充分承知。
「で?その娘さんとは本当に‥‥」
「ばっ!馬鹿言わねぇでくれ!腐っても渡世人の端くれだ。素人さんには手ぇ出さねぇ!」
「そう言えば良かったのに」
「町の野郎共から、状況証拠が上がってんだ‥‥下手に言い訳なんざ出来るか」
 この場合、要らないプライドであると、ギルドの受付はがっくりと肩を落とす。
「‥‥じゃあ、その娘さんは?」
「隣町まで送って来た。遠くの村から、親戚頼って出て来て、町を間違ったらしいからな。ここ最近は小鬼とか色々出やがるから‥‥」
「若い衆に送らせたら、何も問題無かったんじゃ‥‥」
「‥‥若い頃の達吉に瓜二つだったんだよ!」
「あー‥‥さいで‥‥」
 受付前で照れながらへこたれている惣五郎親分の姿が、冒険者達の胸の奥にしまわれたのだった。

 ちょっとぐれてしまった達吉姐さんを探し、組に戻るようお願いして下さい。

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5979 大宗院 真莉(41歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5980 大宗院 謙(44歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クリス・クロス(eb7341

●リプレイ本文

●冒険者ギルド
 夏の日差しが残るとはいえ、吹く風はもう秋のもので。
「秋口なのに暑いのはどうにかならんだろうか‥‥」
 双海一刃(ea3947)が、呟く。要は痴話喧嘩なのだろう。実際、そうなのであるが。
 挨拶をし、じっと惣五郎親分の目を覗き込んだのはネム・シルファ(eb4902)である。小柄で可愛らしいネムに見られて、まんざらでもない親分は、笑顔を返す。その悪びれない瞳に、ネムは、やっぱりと心中で呟いた。
 良い人なのだと。
 良い人には違い無かったが、その素行には問題があるだろうと、おおよその冒険者は思っていた。
「全く、素人に手を出さないなんて馬鹿な誓いをたてるからいけないんだ。強制でない限り素人も玄人もないだろうが」
 おおよそ以外の冒険者も居るには居た。粋に着物を着崩した大宗院謙(ea5980)が、親分の肩を叩いて肩を持つ。
「で、やったのは事実なのか?」
「素人さんには手出しはしねぇ」
 目を細め、口元に笑みを浮かべる謙に、憮然とした表情をする惣五郎。だが、さらに憮然とした表情で、大宗院真莉(ea5979)が惣五郎を睨みつけた。
「渡世人だか、なんだか知りませんが、奥様以外の女性に手を出すからこの様なことになるのです。いくら強い方であろうとも、浮気することで心に傷はつくのですよ」
 真莉の睨む姿は美しかったが、美しいだけに、とても迫力があった。謙と惣五郎は、目を合わせると、どちらからともなく肩を竦める。だが、謙の方はいつもの事のようで。
「あなたも、こんなことをわたくしにさせないためにも控えてくださいね」
「どうだい、二人っきりで一緒に花街あたりを探さないかい」
「考えない事も無いですが。今回はご遠慮致しましょう」
 真莉が頷くや否や、謙は何処吹く風かと瀬戸喪(ea0443)に声をかける。しかし、かけてから、喪の性別が同じと見て、しまったとばかりに、今度こそ本気で肩を竦めた。舌の根も乾かないうちにと、真莉が怒りの鉄槌を下そうとしていたが、やはり喪の性別に気がついて、今回は見なかった事にしてあげようと、鷹揚に頷いた。
「ま、後は俺等に任せて、シマでどっかり構えて待ってるんだな」
 笑いかける木賊崔軌(ea0592)に、ううむ。と唸った親分であった。ただ待つのは以外に骨身に染みるものである。
 軽く腕を組んで、その様をしばらく眺めていたレンティス・シルハーノ(eb0370)は、小さく溜息を吐いて、仲間達と表に出る。外国生まれのレンティスは、そもそも、渡世人が良くわからなかった。というよりも、とてもまっとうな貞操観念を持っていたから理解しがたかったのかもしれない。
「素人じゃなきゃ、浮気しても良いものなのか?それがトセイニンとやらの流儀なのか?」
「ま、お姉ちゃんに目がねえのは男の悲しい何とやら‥ってヤツなんだが」
 悩むレンティスを見て、崔軌がこっそりと呟いた。
 
●宿場町〜隣町茶屋
 親分のシマ内の宿場町で、剣真(eb7311)は、達吉が信頼している人を捜していた。信頼する人ならば、達吉が居場所を教えて居るのでは無いかと思ったからである。
「達吉姐さんだったら、組に居るだろ?」
「組に行ったら、丁度お留守だったので。火急の用でどうしてもお会いしたいのですが。出来ましたら、達吉さんと仲の良い方にお話を聞きたいのです」
「姐さんの事なら、組内の者が一番知ってるんじゃないのか?」
「それが‥親分さんに内緒なので‥」
 きちんとした身なりの、姿勢の良い青年が困っているとなれば、力になってやりたいと思うのがこの宿場町の人達であった。親分に内緒で、達吉姐さんに用事がある。それはどういう事だと囲まれて、根掘り葉掘り聞かれ、真はほうほうの体でその場を後にする事になった。
 もちろん、達吉が出て行ったなどおくびにも出さなかったから、達吉の家出は知られることが無かったが、若い二本差しが、達吉を頼って来た、流石姐さんだという別の噂は流れる事となった。

 宿場町から、隣町へと向かうと、丁度隣町の入り口辺りに、茶屋がある。町の出入り口は、旅する人の休憩所が多い。冒険者達が目をつけたのも、そんな茶屋のひとつで、『甘味所』と暖簾が下がっているのが、その茶屋に決めた一番の理由である。
「花を摘みに、ではないのだから、娘さんを見に行ったのだろうな」
 親分から見せてもらった半紙を思い返し、一刃はやれやれといった顔をする。ほぼ、花は少女と見て良いだろうと、冒険者達の大半は、達吉の行く先を隣町と絞っていた。少女と達吉の容姿などは、親分に充分に聞いている。捜すのに問題は無さそうである。
「じゃ、行きましょうか」
 ネムが竪琴を爪弾きながら歩き出すのを合図に、三々五々、冒険者達は町に少女と達吉を捜す為、散っていった。


●隣町〜花と達吉
「忘れ物を届けに来たんだけど。これかな?」
 レンティスは、割合と早く、問題の少女に遭遇していた。まず、背が高かった。レンティスの胸元まである少女はそう居ない。けれどもまだ頬の赤みの取れない少女は、大きな目でよく笑う、賢そうな少女だった。
 青く染められたスカーフを見せると、緊張気味に少女はふるふると首を横に振る。
「誰かとお間違えでは?」
「ええっ?!」
「え?あの!」
「何て、冗談だけど」
 大仰に驚くレンティスを見て、うろたえる少女だったが、くしゃりと笑う彼に釣られて、思わず微笑んだ。
「昨日送ってくれた人の奥さんが、あなたとご主人の仲を疑ってるみたいで‥良かったら、一緒に行って誤解を解いてあげてくれませんか?」
 レンティスの後から駆けつけてきた真の言葉に、少女は大きな目をさらに大きくして頷いた。

 背の高い、はっきりとした顔立ちの美人。翡翠の玉簪を挿している。
 達吉を纏めるとそうらしい。冒険者達は、達吉を難なく探し当てる事が出来ていた。大通りを、宿場町へと向かって歩く達吉らしき女性を発見したのは、兎を胸に抱いて達吉を捜していた喪であった。
「さて、僕の場合こういったときに上手いことは言えませんし‥」
 追い詰める言葉ならいくらでも考え付くのですがと、口の中で呟くと、喪は仲間に知らせる為、ゆっくりと踵を返した。
「達吉さんかい?」
 崔軌が、路地から達吉に声をかけた。振り返る達吉は、想像していたよりも、さばさばとした顔をしていた。
「親分さん所に寄ったら、居ねぇっていうからさ」
「何を聞き込んでお見えかねぇ‥心配は無用と、うちの人に伝えて下さいな。今から帰る所ですけどね」
 ころころと笑う達吉に、嫉妬やらの感情は見出せない。
 なんだかんだと話しつつ歩くと、仲間達の待つ茶屋が見えた。そこには、達吉と同じくらい大柄な少女が、緊張した顔で待っていて。
「おやまぁ‥冒険者の方々?」
 宿場町をシマに持つ、渡世人の姐さんだ。何が行われたか、居並ぶ面子で簡単にバレてしまったようである。
「親分が、昔の達吉姐さんに似てる娘さんだったって言ってたぜ」
 レンティスはやってくる達吉に声をかける。達吉を茶屋に座らせながら、ネムが真摯な黒い瞳を向ける。
「若い頃の姐さんに瓜二つだから、他の人には任せられないなんて、素敵な人ですね‥羨ましいです」
「親分、かなりへこんでいたぞ?まあ、のろけまくってはいたがな」
 一刃が盛大な溜息と共に、ネムの言葉を継ぐ。
「浮気をされたことに気が病んでいるなら、私と浮気をしてみないか」
 謙がすかさず達吉に近寄り、粉をかけるが、その瞬間に、茶屋の空間の温度が下がった。真莉である。憤懣やるかたない彼女は、いつもの事なのか、謙を氷の棺に閉じ込めると、達吉の横に座り、真剣な顔をして達吉の手をとった。
「何か言いたいことがあるときはちゃんと言った方がいいですよ。それが、惣五郎さんのためでもあり、達吉さん自身のためでもあるのですから」
「姉さん、可愛いなぁ」
「は?」
 達吉は、冒険者達を見回して笑い、少女に満面の笑みを見せた。

●犬も喰わない
 達吉と少女を待たせて、親分を連れて来た崔軌は、茶屋に入る前に親分に耳打ちする。
「惚れた女誤解で手放すなんざ漢のザマじゃねえ、云われるまでもねえだろうがな‥」
 侘びは自分で入れろと、送り出す。とっくに達吉の誤解は解けているという事は内緒である。それくらいは、冷や汗掻いて貰っても罰は当たらない。
 覗き、聞き耳を立てる冒険者達だったが、出会った時点の達吉の態度からして、揉めるなどは無いだろうとは思っていた。
 案の定、神妙な顔をして達吉の前に座る親分に、でこぴん一発食らわすと、達吉はころころと笑い出す。それを見て、やにさがる惣五郎親分。緊張した空気は一瞬のうちに甘いものに変わって。
 何だったのだろう。親分の騒ぎようはと、首を捻らずにいられなかった。往々にして、仲の良いふたりの痴話喧嘩などこんなものである。
「あーいいなー俺も彼女欲しい‥」
 すっかり遠い目のレンティスの横では、ネムが嬉しそうに二人を眺めていた。
「親分さんも、姐さんも、素敵です」
「誤解も解けたようだし。私と一緒にすばらしい夜をすごさないか」
 懲りないのは、謙である。暇を告げる少女の手を握り、口説いていた。
 崔軌が無言で少女と引き離すと、真莉の一撃が綺麗に決まった。茶屋前で地面にめり込んでいる謙に声をかける者は、居なかった。踏んでいく一刃は居たが。
「‥俺にも一応『だーりんはにーの間柄の人間』くらいはいるぞ。‥いるけどな‥京都在住でな。‥‥だから八つ当たりくらいさせろ」
 少し遠い目をして、理不尽な言い訳をする一刃を責める者は誰も居なかった。やはり、しばらく遠くを見ていたレンティスが、首を横に振ると、仲間達に振り返った。
「なあ、みんな、別の茶屋で、茶でも飲まないか?」

 男女の仲には介添えなど要らないのかもしれない。あまりの甘さに砂を吐いた冒険者達の報告に、ギルドの受付けは、いつもより労いの言葉を多くかけたとか、かけなかったとか。