【時、来たる】陽光の巻
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月14日〜12月19日
リプレイ公開日:2008年12月24日
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●オープニング
額に白い星のような毛並みのある、茶色い小さな犬。
太い足にくるんと巻いた尾。
黒目がくるくるとして、すっごく可愛い。
岬は、村はずれにいた、その犬が一目で気に入った。
「おまえ、何所の子? ‥‥おいで、おいで」
呼びかけると、丸くなった尾を千切れんばかりに振り、岬に寄ってくる。わあ。と、歓声を上げて、岬はその犬に手を伸ばす。立ち上がれば、岬の顎まで来る。
ひとしきり、じゃれられると、犬は、岬から離れて、前方へと駆け出した。
「何所行くの? 何所か行く所あるの? 僕ん家おいでよ。僕の弟にしてあげるから!」
犬は、ぱたぱたぱたっと、尾を振ると、また、前方へと駆け出していく。
「おお? 岬坊。ひとりで山に行ったらいけないよ」
畑仕事している大人が、岬に声をかけるが、岬は、前を走る犬を指差しす。
「あの子、捕まえるんだ!」
「おやおや。犬なんて、誰かから貰えば良い。怪我するよっ!」
「あの子が良いんだっ!」
「岬坊っ!」
今年で八歳になる岬は、そこいらの大人よりも足が速い。
「岬坊っ!」
「大丈夫、大丈夫っ!」
岬が、犬を追って山に入るのを何人もの大人が目撃し、何人も止めようとしたが、叶わなかった。
いくらしっかりしているとはいえ、まだ八歳だ。
山の危険は様々で。
岬の父親にすぐに連絡が行き、畑仕事を切り上げた父親が、しょうがないなと、山に向かった。
「うわっ!!」
犬と岬が山に入ったのは、丁度正午。冬の太陽が一番真上に来る頃。
ぐらりと、地が揺れた。そして、その時、一瞬、山が明るく光ったような気がした。
すぐに、それは消えていったが。
そして、見たことの無い花畑が、山一面に広がったのだ。
冬の山だというのに。
「何だ、ありゃ‥‥」
「岬坊を早く連れ戻さないと」
普通では無い状況に、村人達は、岬の父親の後を、次々に追う。母親を早くに亡くした岬は、その可愛らしさと素直さで、村の中では誰もが可愛がる子だったから、特にかもしれない。
花畑は消えていたが、取り乱す父親を押さえつけつつ、慎重に、出きるだけ早く山道を進むと、妙な光りが、村人の行く手を阻んだ。
踏み出そうとした足の場所に、ビシッと、音がして、光りの筋が入った。音が入ったとみられる場所からは、焦げた匂いが立ち上る。
「な‥‥んだ?」
見れば、光りの向こうに亀裂が走っていた。
その亀裂は、山腹を横断するように入り。
気が付かず、走っていけば、落ちる所だった。
落ちる。
「まさか‥‥」
岬の父親が、大声で岬を呼ぶ。すると、亀裂の下から、犬の吠え声が。
慌てて、近寄れば、今度は光りは村人を邪魔しない。
真っ暗な亀裂の底。どれほど深いかわからない。
「岬! 岬っ!」
父親が必死で叫ぶ。
『大丈夫だ。しかし、深い』
光りは、声を発した。
『普通の人では、辿り着くのが難しい。じき、鬼もやって来る』
きらきらと光る光りは、男達にぎょっとする事を告げる。
冒険者ギルドへ。信じて良いのかわからない。けれども、もしも本当に鬼が来るとしたら!
村人達は、大急ぎで冒険者ギルドへと馬を走らせた。
●リプレイ本文
●亀裂
「これはまた、すごい亀裂ですね」
僅かに目を伏せ、城山瑚月(eb3736)が、地を割った亀裂を覗き込む。とても、深く、暗い。亀裂の底まで見通す事が出来ないほどだ。
「微塵隠れで、そこまで移動出来るのかしら‥‥」
声が届くのかどうかも解らない、その奥底を覗いて、御陰桜(eb4757)が、小首を傾げる。鮮やかな桜色の髪がふわりと揺れた。
「向こうは、見えますから」
瑚月の詠唱が終ると、煙が立ち昇る。そして、その身は一瞬にして亀裂を飛び越え、対岸へ姿を現した。
「よーし。後は、乗れるだけ乗ってくれよ?」
銀の髪をかきあげて、リフィーティア・レリス(ea4927)が仲間達に声をかける。空飛ぶ絨毯で飛び越えれば、そう苦も無く対岸には辿り着く。
「うわ‥‥深いね‥‥」
シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)が、乗せてもらっている絨毯から亀裂を見て呟く。鬼の姿はまだ見えない。ステラ・デュナミス(eb2099)も、亀裂を挟んで戦わなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「この亀裂を刻んだ存在って、何かしら」
現れた花畑。
不可解なその景色が、冒険者達は皆気にかかる。
アシュレイ・カーティス(eb3867)は、改めて村人に聞くが、先に話を聞くには、時間も無く、依頼書に載っている以外の話は聞き込めなかった。しかし。
「‥‥前回と同じだな。ただ、月は出ていないが‥‥」
「最近、お花畑とか、裂けめとか、はやってるのかシらねぇ?あの村にも神隠しの伝承とかあるのかシら?」
桜がアシュレイに頷く。
果たして。
上杉藤政(eb3701)は、事象の成り立ちを、静かに考える。
村人へ語った声の主は、実は村への鬼の接近を村人へ知らせる為に、岬を通じて村人を亀裂に招いたのではないか。ともなれば、それは、村の守り神ともいえる存在である。
(「もし、そうなら、今後も村と共存出来るようにしてやりたいものだ」)
「俺、自分の世界に帰る方法を探して、旅しているんですよ‥‥突然出来た亀裂とか、ただの自然現象じゃない何かもあるかなと思って気になって」
まずは、人命救助と、村人に話を聞く仲間達と共に、同じような話を聞き、音無響(eb4482)は視線を遠く彷徨わせる。
「助け手になりますよ。絶対!」
小さな岬を思えば、何が何でも助けたいと思った。そして、もうひとつ。
帰りたい場所がある。
そこに辿り着く糸口があればと、響は胸をいつも掠める故郷を思う。
「みんな渡れたか‥‥しばらくは大丈夫そうだけど‥‥」
往復をして、仲間達を渡したリフィーティアが、にこりと笑い、亀裂を覗き込む。
「謎の光りって‥‥多分燐光だと思うけど‥‥精霊が自分から人間に話しかけてくるってのは、珍しいよね。鬼が来る前に、もう少し先に進みましょう」
シャフルナーズが山頂を指差す。彼女は、知識を手繰り、依頼書の光りの正体を、大よそ予想つける。
「山頂までぎりぎりと言うところでござろう」
藤政は未来を見る魔法を使ったが、その鬼、岬とだけでは、曖昧であり、確たる映像は、残念ながら浮かび上がらなかった。しかし、もうひとつの魔法で、太陽は大雑把な方角と距離を藤政に告げて来る。向かう方向は、亀裂から一直線に山頂の方角。そして、村などで僅かに時間をとり、今また、亀裂を渡るのに僅かに時間をとった。
山頂で迎え撃つとは行かなかったが、山頂から下ってくる人喰鬼に遭遇する時刻だとはっきりと解るのは、じきだった。
●人喰鬼
その鬼は、人喰鬼だった。
冒険者達は知る由も無いが、あても無く、ただこちらへ向かうだけの、何のしがらみも思想も無い鬼だった。
木々の向こうから、やってくるのが見えた。
「よし、行くぞ」
「手数が多い方が良いだろうしね」
「後方には回しませんよ」
リフィーティアが鬼のような奇妙な顔が意匠された鬼神ノ小柄を構え、現れた鬼へと向かい、振り切る。シャフルナーズは陰陽小太刀照陽、陰陽小太刀影陰を同時に叩き込んで。アシュレイがコルムの槍を鬼へと繰り出し、前に出る。
「一撃の重さはありませんが‥‥」
瑚月が小太刀紅葉の紅い刃を閃かせ、前衛と僅かに動きをずらして鬼へ。
「移動出来るなら、やってみようかシら」
煙を纏い、微塵隠れの術で、桜は鬼の懐へと飛び込むが、離脱するには足らず、鬼の攻撃を真っ向から受ける事になりそうだった。しかし、かろうじて、左右に持ったマグナソードで鬼の重い一撃を受ける。がくりと膝が笑う。
「!」
「桜さん! これ以上先には、進ませない!」
響は、高速詠唱で士気を高め、走り出し、ステラが、やはり高速詠唱で努力と根性を誘発させる。
「決まれば‥‥」
「罠をかける時間はござらぬか‥‥」
鬼が来る前に、何か仕掛けたかったが、その時間は無いようだ。上杉もやはり高速詠唱でその姿を消した。
「っ! このっ!」
「流石に、すぐには倒れないねっ!」
鬼の振るう斧をかいくぐり、リフィーティアが再び刃で鬼の身体に裂傷を作れば、シャフルナーズの二刀がさらに深く赤い線を鬼へと刻む。アシュレイの槍が、二人の合間を縫うように突き刺さり、瑚月の刃が、幾筋も切り裂き、紅い刃がさらに紅く染まる。
何とか離脱した桜が、離れた場所で息を吐く。
響の日本刀霞刀が、弱ってきた鬼の体力を削ぐように、切りつけられる。
「纏まったダメージ。送らせてもらうわ」
ステラの手から飛沫が飛ぶ。尋常ならざる水球の威力は、鬼の上部へと向かう。重い水音が響き、水が周りに飛散する。
鬼が、がっくりと膝を付く。
見えない場所から、藤政が、太陽の光りを湾曲する魔法を放ち。仲間達が次々と鬼へと裂傷を増やせば、さしもの人喰鬼も、再び立ち上がる事は叶わなかった。
●燐光と‥‥
「んー。駄目っぽいな。ロープ使おうか」
リフィーティアは、空飛ぶ絨毯を下ろそうとして、諦める。亀裂といっても、少し下がると、ごつごつしており、下の方へ行くほど、細く狭くなっているようなのだ。
詠唱を終えると、光りの球が出来る。
(「‥‥暗いトコって、何か苦手なんだよな」)
それでも、降りようと思うのは、亀裂の底が気になるからである。
燐光が現れたという。依頼書の記述を見れば、どう考えても、燐光なのだ。
横を飛ぶ、自分の燐光、ティルナを見て、複雑な表情になる。
アシュレイや、仲間のロープも足して、かなり長いロープが完成している。
「手伝うよ」
ロープを、地上で持ち、岬や子犬を引き上げる手伝いをシャフルナーズは申し出る。
「では、私は降りるとしよう。どのような空間かも興味あるゆえな」
藤政も、リフィーティアの後を追う。
「‥‥駄目ですか‥‥」
瑚月は、微塵隠れの術で、亀裂の底を目指すつもりだったが、微塵隠れは、視認出来る場所でなければ、移動は叶わないようだった。
底の見えない亀裂。
「おーい。助けに来たぞーっ」
アシュレイが叫ぶ。
子犬の鳴き声が聞こえ、子供の声がする。
「あっ、一緒に落ちた犬も忘れないでくださいね!」
亀裂の上からは、響の声が直接届く。
下はどうやらじゃりのある地面のようだ。
毛布巻きでやってきた、小さな岬は、意外と元気一杯のようで、大きな声でお礼を言う。アシュレイは、よしよしと頭を撫ぜると、岬を括りつけて登る。
「一人でよく耐えたな。安心しろ、すぐに地上に連れ戻す。しっかり掴まっていろよ。‥‥額に白い星‥‥珍しいな。お前が亀裂が現れた原因だったりして‥‥な。前回は巻物だったが‥‥」
アシュレイは、岬の横で、尻尾を振る子犬をじっと見て、呟く。アシュレイに見られて、わからないとでも言うように、子犬は小首を傾げ、大きく鳴いた。
「心強い友達が御一緒でしたか」
引き上げられた岬と、子犬を見て、瑚月が相好を崩す。ただ、待つ。それは、探す側や、待たせる側に比べて、体感時間が長い。その長さが落とす辛さが岬に見えず、安堵する。つい、ぎゅっと抱き寄せれば、嬉しそうな声が上がる。痛む所は無いか聞けば、大丈夫と、元気な声が。
「大地が揺れた後に現れた花畑と、村人に警告を発した光‥‥総てに関連性があるのならば。底が見えない程深い亀裂に落ちた岬殿とわんこさんが共々『大丈夫』なのは、彼に護られたお陰なのかも知れませんね」
そっと頭を撫ぜると、岬が満面の笑顔を帰した。その笑顔を見て、瑚月は、要請には応えられたでしょうかと、笑みを浮かべて呟いた。
「怖かったでしょう? でも、もう大丈夫よ♪」
瑚月の次は、桜が優しく抱き寄せる。可愛らしい声が、やっぱり嬉しげに、くすぐったそうに上がる。
「ちゃんと世話をすると約束するなら、飼える様に、お願いシてあげるわ」
「おねえちゃん、ほんとっ?!」
「本当よ」
「うん! 俺ちゃんと世話するよ!」
「良い子ね」
今度は反対に桜がぎゅっと抱しめられて。
亀裂の状態を見ながら、小さく溜息を吐くのは響。
「帰る手掛かり‥‥見つからないかなぁ」
「特に、これといった変化は無いみたいね」
亀裂の出来る前の花畑の事も、地震の事も、依頼書に書いてある以上の事は探れず、亀裂を探りつつ、ステラは首を傾げる。ただ割れたのか、何か出てくるために割れたのか。物か、力か。燐光が何か知っているのかもしれないと、首を傾げた所に、問題の燐光が現れた。
亀裂から。
ゆっくりと浮上してくる。
亀裂の下は不思議といえば、不思議な空間だった。狭く、細長い底は、白い細かい砂利の地だった。明らかに、割れた左右の槌とは違っていた。しかし、それだけであり、それが何を示すのかまではわからなかった。
細部まで探る事はしなかったからか、燐光が下に居たのを見つけられないでいた。それとも、今迄居なかったのか。
冒険者達が口々に謝意を述べると、燐光は頷くかのように上下する。
「精霊が、助けてくれるなんて、何か特別な事でも? この亀裂と関係があるのかしら」
シャフルナーズの問いに、燐光は瞬く。
『無闇な流血は望まない‥‥我が出てきたせいでもある』
「最近、世界中で悪魔が出るとか異変が起きてるけど、もしかしてそれとも関係有るの?」
『あるといえば、ある。無いといえば、無い』
精霊の観念なのか、それとも、この燐光の観念なのか、つかみ所の無い答えに、シャフルナーズは困惑する。その後を継いで、アシュレイが前に出る。
「お前は何故言葉を話せる? 何者なのか? 鬼の襲来を予言したり‥‥未来が見えるのか?」
『同じ事を聞けば、答えは貰えるか? 鬼は、たまたま、上空に上がった時、来るのが見えた』
「では、この亀裂が現れた原因はお前だと言うが、これはどこに繋がっている?」
『何所にも‥‥』
「一瞬現れたという花畑は一体何なのだ?」
『古の‥‥場‥‥』
「天鳥船というものを知っているか?」
『無‥‥論』
アシュレイの矢継ぎ早の質問に、燐光は瞬きつつ答える。その瞬きが、次第に、ゆっくりとなっているのに、気が付いた者は居ただろうか。
「この度の一連の、貴方の真意は何所にあるのでしょう。今後、どうされるのか‥‥」
藤政の問いに、燐光の声は、もうはっきりとは聞き取れない音になっていた。
『す‥‥でに‥‥叶っ‥‥た‥‥』
燐光の瞬きが、ふ。と、止まった。
その光りが僅かに膨張する。
確かな陽光。
その閃光は、辺りを照らした。
かすかに、花の香りが漂って。
一瞬の事だった。
軽い振動が冒険者達に感じられた。
それは、物が、地面に落ちた振動。
子犬が動く気配がした。
目を開けた冒険者達が見たものは、巻物を拾い咥えた子犬だった。
その巻物は、何の変哲も無い巻物。表題すら無い。橙の平織りの組紐で巻かれている。
子犬が咥えた巻物をそっと外して開けば、文字が書かれている。日本語のようだ‥‥が、かすれて読めない。ただ二か所、『陽』と『天鳥船』が、不思議にはっきりと読めた。