【時、来たる】地鳴りの巻

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月05日〜02月10日

リプレイ公開日:2009年02月16日

●オープニング

「嫌だよ、また地鳴りだよ」
「困ったな‥‥これでは商売上がったりだ」
 とある峠の宿屋の夫婦は頭を抱えていた。
 町から町へ、ちょうど半日ちょい。
 次の町へ一日では辿り着けず、この峠で休憩すれば、丁度良い具合に旅が出来る。
 表立った街道でも無いが、まったく人通りの無い道でも無く、そこそこの繁盛をしつつ、二十数年、夫婦は仲良く宿屋を続けていた。
 それが、ここ数ヶ月、夜半に地鳴りのように宿屋が揺れるのだ。
 客足はぱったりと落ち。
 夜明け前に町を出て、夜通し歩いて次の夜明けぐらいには次の町へと辿り着く。
 そんな風に商人達の移動が変わってきてしまった。
 大きな街道は回り道になるが、余裕のあるお大尽な商人はそちらへとまわってしまう。
「祠を移動させたのが悪かったのかねえ」
「馬鹿言っちゃいけませんよ。あれは、ちゃんとお坊さんに高いお金払って見てもらい、御祓いまでしたじゃありませんか。それに、祟るなら、どうして今頃なんですか!」
「だってなあ。それしか考えられないぞ?」
 顔を真っ赤にして怒る、ふっくらとした女将に、細くて小さな亭主は、小さく溜息を吐く。
「馴染みのお客さんが辛うじて泊まっていてくれるけれど、これが続けば‥‥」
 真赤な顔した女将は、今度は真っ青な顔をして、宿の前に座り込む。
 夕暮れが近い。
 いつもなら、二、三組の宿泊客が顔を出す頃合なのに、今日は誰も居ない。
 ふと、何かの気配に横を向くと、太い足の茶色の子犬が、ばう。と鳴いた。
 額に白い星のように毛色を変えた、黒い目の愛くるしい子犬だ。
「あれまあ」
 子犬に手を伸ばして撫ぜれば、千切れんばかりに尻尾を振る。子供は商人として、昨年巣立った後だ。食べ物も扱うから、家の中には入れれないがと、事訳を子犬に言うと、外で良ければ、家に居るかいと尋ねれば、わかっているのか居ないのか、ひとつ小さくまた鳴いた。
「おや?」
 ご機嫌な子犬だったが、一方向を向くと、急に唸り始めて、威嚇している。
 何も無い日暮れの道である。
 動物は人に見えないものを見ると言うが、番犬になってくれるかと、亭主も嬉しそうに目を細めて見れば、しばらく威嚇していたが、たったったと、亭主の足元に寄って尻尾を振った。
「ここいらで、助けを呼ぶのもひとつの手かもしれないな」
「‥‥そうですねえ。調べてもらいましょうか」
 宿屋夫婦は、随分意地を張っていたのに気がついた。子犬を撫ぜながら、冒険者ギルドに助けを求めようと頷きあうのだった。

 宿から離れた山の中で、燃え盛るかのような炎が何も無い空間から現れた。
 炎を纏い、背には黒いコウモリの翼。つるりとした肌。いやらしく裂けた口。
『あの場所に違いない。だが、姿形もわからぬとくれば、探すに難儀‥‥。あの犬も忌々しい』
 悪魔はひとつ呟くと、火をつけるのは簡単だが、見つからなければ話にならぬと、夜の闇に赤黒い炎と共に静かに浮かんで宿屋を見ていた。

 夜半、丑三つ時に、地鳴りは起り、夫婦は飛び起き、やれやれと溜息を吐く。
 それと同時刻。
 寂れた山寺の境内に移されていた、石の碑が、ぽうっと淡く光りを発していた。
 その光りは一瞬で消え去った。
 よくよく見れば、石の碑には、真新しい文字が刻まれている。
 その文字は『時来たる』とあった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb3867 アシュレイ・カーティス(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ シャリン・シャラン(eb3232

●リプレイ本文

●地鳴りする土地
 出来る限り早く。
 冒険者達は徹底してその旅路を急ぐ。
 しかし、道中、町へと寄る者は、真っ直ぐに進む者と、別れる。
「祠が建っていた、という事は必ずそれが建てられる事になった何か、が有ったんじゃないかと思うんです」
 町の古老を探し、沖田光(ea0029)が穏やかに問う。
「いわれとか、あったら聞きたいな」
 長い銀糸の髪がさらりと肩から落ちる。リフィーティア・レリス(ea4927)の問いは、仲間達全ての問いでもある。
 古いもので、何度も朽ちかけたが、その度に修理を重ね、いつも綺麗にしてあるのだとか。中にあるのは、ただの石の碑であり、何故その石が祭られているのかもわからないという。
「幻覚が不意に現れる場所だというが、大勢が見たわけじゃないからの。はっきりとはしないんじゃよ」
「それはもしかして、花畑‥‥とか」
「‥‥まさしくそうじゃが」
 その幻覚とは、色とりどりの花畑と、澄み渡った青空なのだとか。
 突然の不思議な地鳴りに、額に白い星の子犬‥‥偶然の一致とはとても見れない。ステラ・デュナミス(eb2099)は、依頼に気になる一致を見ていた。祠を移転する際に御祓いをしたお坊さんはすでに他界し、会う事は叶わなかったので、光と共に古老の前に居た。花畑と青空という言葉を聞けば、益々、これは偶然ではないという思いを強める。手土産をと出せば、何、話をするのは久し振りで来てくれただけで嬉しいものと返されて。
 すでに夜更け。あと数刻で明け方となるような、そんな時刻であった。

 その頃寺へと辿り着いていたのは大泰司慈海(ec3613)である。
 じき、丑三つ時。
 真っ暗な寺をさくさくと歩く。問題の祠は、すぐに見つかる。小さく、質素な祠である。その中には、大人の両手に僅かに余るほどの楕円の細長い、小さな石の碑があった。
「二十数年も経ってから祟るなんて‥‥そんな意地悪な神さまは居ないって思いたいなぁ」
 安心して、宿が続けられると良い。そう思い、慈海は古の知恵の神が書いたとされる、古い辞書を写した巻物、オグマの書を持ち、その碑を手に取る。難しそうな文字は無かったが、ぱらぱらとこぼれる石の破片に、おやと思い、撫ぜてみれば、ぱらぱらとまた落ちる。
「これかあ‥‥」
 よくよく見れば、『時、来たる』という、真新しい文字が、まるで石を掘るかのように、刻まれている。誰かがきざんだというよりも、文字分の余分な石が浮き出て落ちた。そんな感じである。
 そして、刻限は丑三つ時を数える。
「あ‥‥れ?」
 慈海の手にしていた碑が、ぽうっと淡く光り。何やらかすかに動く。よくよく見れば、置いてある台座には、石が移動している後が僅かに残っている。それは、宿のある方角だ。戻りたいのかもしれないなと、慈海は思う。
 その現象は、すぐに消えてしまった。未だ何かあるかなと、見ていたが、もう動かなので、寺の内部を探索を始める。
 書物らしい書物はほとんど無かった。だが、その中に、日記と見られるものがあった。
 ──祠を移してからは、花畑の幻影はなりを潜める。果たしてそれが良かったのかどうか。
「て、事は、碑、宿へと持っていった方が良いよね」
 花畑の幻影。
 その現象が起こった依頼に関わっていた慈海は、ひとつ頷いた。
 陽も明ける頃、町へと寄ったステラとリフィーティアが、寺へと辿り着く。
 慈海と情報を交換すると、ステラはミラーオブトルースの魔法を発動させる。
 月、天鳥船と書かれた巻物が出現している。月、陽。そして今回は地鳴り。
「今度は『地』よね?」
 六精霊が揃うのでは無いかと、様々な推測をステラは思う。残り三属性が絡む場所の助けはないかと思うが、残念ながら特に何もないようだ。通常の魔法というくくりでは、反応しないものなのかもしれない。
「精霊かあ。ここ最近は、神とか言われるのも出てきてる。何が出てきてもおかしくないかな」
 祠そのものには何の仕掛けもなさそうだがと、リフィーティアは、ごたついてきた各地を思う。
「急ごうか」
 短時間の休息をとると、仲間達と合流をする為に、三人は各々の最速で宿へと向かう。

●不安な宿
 何処にも寄らずひた走れば予定到着時刻よりも半日以上早く、現地へと到着していた。一日目夜半と言って良い時刻に辿り着いていた。深夜の訪問ではあったが、冒険者と知れると不安気な面持ちの夫婦が、宿の中へと招き入れる。
 もしかしたら、誰かが見張っているかもしれない。
ならば、見張りやすい位置から見えないようにと、セピア・オーレリィ(eb3797)は思うが、街道は一本道であり、姿を隠しようが無い。
誰がどのように、何を見張っているのか、曖昧でもあり。
警戒だけは怠らず、そっと裏口から中に入る事になる。
「額に白い星の犬、少し前に山に突然亀裂が出来た事件でも関わってたっていう話ね? その時、不思議な花畑が現れたって事だけど、もしかして不思議な花畑って何ヶ月か前に女の子が行方不明になった事件で現れたもの? 地鳴りが起こり始めたのが数ヶ月前っていうのにも符号するし。とすると、燐光が言っていたらしい『悪魔と関係があるといえばある』という言葉、一悶着ありそうね」
 仲間達が寄っている犬へと視線を移し、セピアは首を傾げる。
 額に白い星のある犬を見つけて、目を見張るのは御陰桜(eb4757)だ。
「あら?このコって岬ちゃんのとこにいた‥‥?」
 おいでと手を出せば、ばう。と鳴いて寄ってくる。確かに、以前見た犬だ。ころころの身体をぎゅっと抱しめれば、犬も嬉しそうに尻尾を振る。桜は、同行のペットにインタプリティングリングを嵌めようとしたが、人の指輪はペットには嵌らない。嵌らなければ、その魔法は発動はしないようだ。
「岬のところで飼われているんじゃなかったのか? おまえが現れたところでは必ず何かが起こるな。おまえは何を見た? 何を守ろうとしている?」
 アシュレイ・カーティス(eb3867)も、桜と同様、その犬には見覚えがある。アシュレイはインタプリティングリング
を使用し、犬と会話を試みる。
 宿の中では、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が、犬の前足を持ち、目線を合わせようと抱きかかえていた。なすがままになっている犬の胴が長く伸びて尻尾が千切れんばかりに振られるのに、目元をほころばせ、レティシアはテレパシーを発動させる。アシュレイのリング同様、同程度の知能が無ければ意思の疎通は難しく、犬程度ならば簡単な単語が引きだせるだけでもあった。
だが。
『しばしこの姿で失礼するよ。冒険者諸君』
 アシュレイとレティシアは思わず顔を見合わせる。
 嬉しげに尻尾を振る犬の中身は、どうやら犬では無さそうだ。
「では、何に吠えたのか教えて頂けますか?」
 レティシアは見た目は可愛い子犬なのだがと小首を傾げて、幾つか質問する。それは宿に害を持つ者なのか、宿に守るものがあるのなら、何があるのか。
『悪魔が、狙っていたからね。悪魔と私は共に、ある場所を探しているのだよ』
「兄弟犬というわけでも、ただの犬というわけでもなかったという事か」
 アシュレイはやれやれと首を振り、そろそろ丑三つ時だと、宿の外へと出る。真っ暗な夜の闇の中、地を揺るがす音と振動が宿を襲った。それは、ほんの僅かな時間。
「丑三つ時に起こる地鳴り、か。この国では、丑三つ時とは特別な意味を持つのだろう?」
 あまり良い場合に使わない時間帯のようだがと、アシュレイは首を傾げる。取り立てて、何という事はなさそうだ。明るくなれば、地形もしっかりと見えるだろうと、また宿へと戻る。
 地鳴りがすると、レティシアは音と話す魔法を使う。
『あなたはどうして鳴ったの?』
『碑を呼んでいるんだ』
『地鳴りの理由かしら?』
『碑を呼んでいるんだ』
『どうしたら良い?』
『?』
 音の会話は何故音が鳴ったかと、その音の出た方向のみである。抽象的な質問はきちんと帰らないが、どうやらこの場所に、祠の中の碑が必要のようだ。
「‥‥天鳥船という言葉に聞き覚えは?」
 アシュレイの問いに、犬は笑ったような顔になった。
『まさしく、それを探している』
 続きは明日の朝が良いだろうと言う犬が、夜中の来訪に心細げにしている夫婦を見れば、冒険者達は頷いた。
「また、『天鳥船』? 今までの場所と何か関係があるのかシらねぇ」
 ふうんと、犬を撫ぜて、桜はまあ、そのうちわかるかしらと頷くと、簡単に用意された部屋へと、仲間達の後を追った。

●暗躍する者達
 翌朝近く、町へと寄った光が、遅れて宿へと辿り着き。
 朝日が宿屋を照らせば、その宿屋は岩の隙間に入るかのように立てられていた。
 街道は細く、山は岩が多い。
 木々がその岩をぬうように生い茂るが、その土壌は硬質のものだ。
 丁度小さな宿がすっぽりと入る程度の空き地が山側にあり、祠があった真上に宿は建っているようである。どうりで、裏口へ入る隙間が狭いと思ったと、セピアは宿の中に潜みつつ溜息を吐く。
「あー、さっぱりした!」
 桜はお風呂を借りて、すっきりとした顔で出てくる。
 リヴィールマジックで、魔法の痕跡を探す光だったが、魔法はかかっているのだろうが、それは人の手による魔法では無さそうで、さしたる反応は返らない。
「宿屋の下に大ナマズがいるとは思えませんし‥‥祠がそこにあったという事は、むしろ祠自身よりも、有った場所に秘密がある気がするんです。例えば何かを鎮める為に置かれていた、お祓いで20年は何事もなくやってこれたけれど、その効果が薄れ始めている‥‥とか。いろいろ考えたんですよ」
 光は、後を着いて来た犬へ、やれやれと、語りかける。ばう。と、犬は尻尾を振るばかりだが。中身が何かが化身した犬だと聞かされている。
 冒険者達の疑問は、ほぼ全て、解決しそうだが。ひとつ、退治してしまいたいものがあった。
 悪魔だ。
 レティシアや皆に避難を勧められ、そんな怖い事があるのだろうかと、宿の夫婦は二つ返事で頷く。
 簡易テントなどを借り受けて、出立する頃に、ステラとリフィーティアと慈海が到着する。休み無しでぶっ通しの強行軍でやってきた二人は疲労を隠せない。少しだけ空飛ぶ絨毯だった慈海は少しだけ元気。途中の町で休息と思ったが、通りに町は無く、ぶっ通しで宿へと向かう事が第一だった。
「大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫」
 これくらいの事で根を上げるわけにはいかない。リフィーティアは、声をかけてくれた宿の夫婦へと、にっこりと笑顔を返し、きっと解決できるからと、問題の犬と共に送り出す。
「付き添います」
 使い物にならないかしら、そう内心で呟きつつ、ステラは簡単に情報を交換すると、夫婦と共に、出発をする。
 見えない悪魔へと吠えかかる犬が居なければ、きっと出てくる。
 そう、冒険者達は踏んでいた。
 龍晶球と呼ばれる、悪魔が近付くと宝石の光る指輪を嵌めていたアシュレイが、仲間達にそれとなく合図を送る。
 セピアの悪魔探知の魔法ではまだわからないという事は、まだ遠くに居るのだろう。
 その間に、アシュレイはヘキサグラム・タリスマンを広げ、長い祈りを始める。祈りが終れば、悪魔の行動を阻害する結界が生まれるのだ。
 際立った土地勘から悪魔の襲撃予測を立てようとレティシアは思うが、空も飛ぶであろう悪魔が何処からやってくるかは、用意に想像は出来なかった。だが、周囲に気を張り巡らせる。
 姿が見えない相手を特定するのは困難だ。近くに来ているはずなのだが。
「デビルがアレに目をつけていたとは、ね‥‥想像は付くけれど、あれを何に利用するつもり?」
 レティシアが、大声を上げる。
 はったりも攻撃のうちだ。
 桜は春花の術を考えていたが、狭い場所だ。風向きを考えても、使わない方が良いと両手に構える刀身に炎の紋様の描かれた刀を握る。いざとなれば飛び込んで、隙を作る。攻撃の一手は届かないが、動揺させる事は出来るだろう。
 その言葉は、悪魔は無視出来なかったようだ。
「貴様等には必要無いものだ。寄越せば、何かしら見返りをやろう」
「っ! そこかっ!」
 声のする場所へと、リフィーティアがサンレーザーを向けるが、はっきりと、そこと場所がわからない。
 慈海が魔槍ドレッドノートをあたりをつけて、振り抜くが、空を切る。
「出来る限り、生け捕りにっ!」
 アシュレイが叫ぶ。何か裏があるなら、聞き出したいからだ。
「取引するつもりがないなら、俺は帰らせて貰おう」
 嘲笑する声が響く。デビルの移動は空を飛ばなくても早い。
「『透明化したデビル』」
 激しい音が、腹に響く。
 月の矢が発動したのだ。
 この現場一帯に居る透明化した悪魔は、この場所を狙っていた悪魔のみ。
 咆哮が上がると、宿の夫婦が立ち去った道側で、背に黒い羽を持つ悪魔が現れた。僅かに、炎を纏う。
「ネルガル」
 光は、その膨大な知識から悪魔の名を言い当てる。地獄の密偵と呼ばれ、他の悪魔に情報を流す悪魔だ。かなり離れた場所に居る。月の矢が無ければ、逃走されていただろう。
 正体を現し、呻くネルガルへと、今度こそ、慈海の槍が突き刺さり、リフィーティアの両腕から、霞小太刀と鬼神ノ小柄の斬撃が入る。
 そして、負いついたレティシアが記憶入手の魔法を発動させる。
「『上司・任務・地鳴りの原因、正体と使用意図』」
「‥‥多数‥‥天鳥船の確認、奪取‥‥た‥‥っ」
 的確な言葉に纏めたレティシアの問いに、途中までは答えたネルガルだったが、すでに虫の息だった。
 宿を守っていたセピアは、悪魔が倒れる様を見て、安堵の溜息を吐く。
 地鳴りから聞いた碑を呼んでいるという話により、碑は宿へと持ち込まれる。
 そして、その夜。
 軽い地鳴りと共に、碑は淡く輝き、その姿を変えた。
 栗色の平織り組紐で巻かれた巻物へと。
 中には、かすれて読めない文字がびっしりと書かれていたが、『天鳥船』『地』という文字だけがはっきりと読めた。

 宿は、安息を取り戻した。じき、その話は街道に伝わるだろう。
 人が戻ってくるのもそう遠くは無いはずだ。
 しかし、それを確認出来れば良いと言わんばかりに、白い星の犬は、何時の間にか居なくなっていたのだった。