【ジャパン歳時記・節分】打ち払うのは

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月25日〜03月30日

リプレイ公開日:2009年04月04日

●オープニング

 何時の頃からか、定かではないが、かんぴょうと人参の甘煮を巻いた巻き寿司を、その年の恵方を向いて、無言で食べきると良いという風習がある。
 海苔に巻かれた太い巻き寿司を無言で食べきるのはかなり時間もかかるのだが、まあそこはそれ、縁起物だからと毎年の恒例行事にしている家もままある。
 さて、ここ京には、とある有名な屋台の恵方巻きがあった。
 花街の芸子さん含め、姐さん達が、何年か前、その店の太巻きを食べて、良い旦那を掴んだという金太姐さんの話が、妙に膨らんで広がったらしく、毎年お客は増えており、あまりの数の多さに冒険者達に手伝いを願い出た年もあった。
 特に値段も上げずに作るという恵方巻きのかんぴょうと人参の甘煮の味付けは、調理法を教えてもらっても、その店主のお婆さんにしか出せず、今年もまた、満員御礼。盛況の内に、節分は終る。
 その店を切り盛りしている老婆は、今年は座って、指図するだけであった。
 もう、足腰が立たないのだという。
 孫娘夫婦が、老女に叱られつつも、立派に屋台を引き継ぎ、冒険者に頼る事無く、節分を終えたのだった。
「完全に隠居するつもりなんですよ」
「まだお元気そうですが?」
 穏やかに笑みを浮かべ、老女の相手をするのは、新撰組局長付き、山南啓助。
「お別れに、ひとつ、この私の作るかんぴょう巻きを差し上げようと思いますよ」
 お仲間に配るくらいは作りましょうと、片目を瞑り、引き際が肝心ですよと笑った。

 老女と別れ、屯所へと戻る道すがら、呼び止められた山南は、若い隊士の不安気な姿に、変わらぬ笑顔を向けた。
 新撰組内の穏健派であり、他の幹部とは立ち位置の違う、人柄の穏やかな山南には話しやすいのか、隊士達の愚痴や相談は、良く持ち込まれているようでもある。
 聞くだけで相談事の過半数は解消するものだ。外部にはこぼせなくとも、組内の山南に聞いてもらうのは、隊士達のガス抜きにもなっていた。
「私達は、これからどうなってしまうのでしょう」
「どうにもなりませんよ。局長についていくだけですから」
「しかし、新撰組がこのまま存続するかどうか‥‥」
 ひたひたと迫る時勢の波を感じない者は居ない。不安に揺らぐ民と同じく、新撰組隊士達も動揺が広がっている。
 源徳家康が摂政を解任された。
 それはいい。いや、良くはないが、仕方の無い事だ。
 問題は――京都がイザナミや悪魔の被害で重大な危機に瀕している今、関東攻めを行っている家康を朝廷が朝敵と認めたことだ。イザナミとの決戦が迫る現状、新撰組にはまだ何の沙汰も無いが、このままで済むとは思わない。
「めったな事を言うものではありません。局長が良いようにして下さいます」
「ですが、隊士の中には、不安が広がっています」
 近藤や土方は変わらず在るだろう。だが、時勢が新撰組という形を何処まで許すか。
 後ろ盾を失えば、京守護の任から外れる事になるだろうと思っていたが。
 朝廷を護る為の刀では無いと密かに思っている。
 朝廷を守る事が、民の安寧に繋がるのかもしれないが。
 しかし。
 微妙にずれる目的と手段。
 それでも、それすら良しとして、ついてきたのではなかったか。
 だが。
 山南の胸に、本人も気が付かないうちに蓄積された寂寥感が、小さなわだかまりとなり、散る桜の花弁のように降り積もっていくのだった。
(「果たして追われるのは、鬼なのか、それとも‥‥」)
 若い隊士達を見送ると、自嘲めいた笑みを浮かべて、通いなれた道へと、山南は足を踏み出した。

「残念ですねえ、引退ですか」
「はい。護衛は私ひとりで十分かとも思いましたが、あまり長く京の町から離れるのは問題がありますので、お力添え下さいますよう」
「小さな村の、静かな庵だそうです。植えたばかりの背の低い桜がもう満開だとか」
 京より少し離れた場所の、静かな山間の村まで老女を送り届けて欲しいという、ささやかな依頼がひっそりとギルドの一角に張り出された。

●今回の参加者

 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb4021 白翼寺 花綾(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4697 橘 菊(38歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec6108 リゼリア・クルージオ(30歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ec6142 檻村 曜子(31歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 戦いの音が遠雷のように聞こえる。
 今、この国は、何処もかしこも激しい戦が繰り広げられている。聞こえたと思ったのは、果たして、遠くの戦の音か、それとも耳にこびりつく、戦いの残滓か。
 どちらでもあり、どちらでもないのかもしれない。
 巨躯を僅かに揺すり、後にしてきた京を振り返る明王院浄炎(eb2373)は、蒙古馬鋼盾に乗せた、かんぴょう巻き屋台の老女と、相乗りをする白翼寺花綾(eb4021)を見て、戦の気配を振り払うかのように笑みを浮かべる。
 浄炎が思った通り、老女は小さな花綾を見て相好を崩していた。
「お婆様っ? この子達はお婆様を守る為に来たンですぅ‥‥怖くないからっ! お空の上から鬼が来ないか見張っててっ。悪い人が来たら知らせるんだよ?」
 花綾は、空を飛ぶ隼の喬佳を見上げる。言葉が通じたかどうかはわからないが、ちゃんと着いて来るようだ。鋼盾の足元を歩く忍犬かすがは、主の顔を見て、わかったと言わんばかりの視線を寄越す。
 それを確認すると、少し哀しげに、ふにゅうと唸る。
「ご隠居‥‥ですっ? お婆様がいなくなったらっ‥‥芸妓のお姉様はどうなるですっ?」
「孫が来年からはがんばるからねえ? お嬢ちゃんも、覗いてみてね」
「そうなのです?」
「そうなの」
 可愛いわねえと、かすがを見て微笑む老女に、大丈夫そうだと花綾は嬉しくなるが。
(「えらい人が元気にならないと周りの人も不安になるみたいでっ‥‥えらい人達にも何かあった‥‥とかっ? 僕に何か出来ればいいんだけどっ」)
 何時も可愛らしい事で、良い事ですと、花綾は、再会の挨拶を交わした時の山南啓助に、滲み出る何かを感じ取っており、小首を傾げた。
 何。とははっきりと形にはならないけれど、何か。
 漠然としているが、何も無いわけが無いとも思う。
「ああ、ここは馬ではキツイかもしれませんね」
 時折、呼吸の魔法を発動させ、橘菊(ec4697)は、周囲に潜むモノが居ないかどうか確認をする。
 次第に山奥になっていくというのに、子供程度の呼吸が幾つかある。はっきりと確かめたわけでは無いが小鬼だろう。仲間達に声をかける。
 険しい細道を老女にセブンリーグブーツを渡して、徒歩で抜ければ、後はゆるゆるとした道が続いているようだ。
 切れ長の目が、春の香りと、戦の音を含んだ風を追う。長い黒髪がさらりと運ばれ。
 まだ、休憩は大丈夫だろうかと、将門雅(eb1645)は、こまごまとした世話をしつつ、一行の前に走らせている忍犬叢雲に変わった動きは無いかと確認を怠らず。
「背後から、何か一団が‥‥来そうですわ」
 菊が、何度目かの魔法で、十ほどの呼吸を確認していた。
「山の中の子供ほどの呼吸ならば、小鬼で間違いあるまいよ」
 霊剣アラハバキを腰にためて、浄炎は油断無く菊が感知した方角を睨み据える。足元の砂が乾いた音を立てて、軽く響く。
 軽い音をさせて、雅の叢雲が戻って来る。異変を感知したのだろう。小柄を構え、軽い口調だが、油断無く、老女の近くから移動が容易い位置へと動く。
「せやなあ。いくらなんでも、子ぉ等だけで、山ン中は無理や。っし、叢雲」
「お婆様、大丈夫ですぅ。お婆様を守ってっ」
 花綾の右瞳は琥珀色、左瞳は藍玉色の宝玉のような瞳に真剣な色が落ち。日本刀を腰にため、山南も移動する。
 ぱっと見は、人数の足らない、女子供の多い行軍である。
 組し易いと小鬼達は思ったのだ。
 しかし。
 一合も打ち合わないうちに、小鬼達は方法のていで、てんでばらばらに逃げ出して行く。
「‥‥深追いはしない方が良いか」
「そのようですわ。‥‥随分と遠くまで‥‥」
 京から下る道すがらである。冒険者の手強さは、骨身に知っているのだろう。浄炎が抜き身の刀を一振りし、鞘へと戻せば、菊がふっと、笑みをこぼす。その探査魔法にひっかかる範囲から、次々と小鬼は撤退していくようだったから。
 叢雲と小鬼へと切り込んでいた雅が、手を振りつつ戻って来る。
「先急ごか〜?」
「ふにゅぅ」
 気を張っていた花綾が、溜息を吐き出すと、ありがとうねと、老女が花綾をそっと撫ぜ。
 それからは、小鬼の襲撃は無かった。
 じき、夜になろうという頃、村の守りが見えてくる。
 鳴子が幾重にもかけられ、何処に隠れていたのか、見張りの男達が現れて、冒険者と老女をにこやかに村へと迎え入れたのだった。

 満開の桜は、村を囲むように、村の中心部へと延びるように、沢山植えられていた。
 その樹齢が短いのが幸いしたのだろう。
 京や、山桜などはまだ咲かぬが、大人の背丈より、僅かに高い若い桜の枝には、淡い桜色した花が、ふうわりと風に揺れていた。
「どうぞ、みなさんで頂きませんか?」
 菊は、酒や甘酒を振舞う。
 持ってきた分は、帰りに気がつけば、村人の好意でちゃんと補充されていたが、その心が嬉しくて、村人達が、どうぞどうぞと、桜の良く見える場所へと、冒険者達を連れて行く。
 桜を見る山南の横顔を見て、道中の会話が脳裏を過ぎり、浄炎は、軽い溜息を吐く。
「山南殿にこの様な事を聞くのもなんだが‥‥新撰組はそもそも、たがために家康公の後ろ盾を必死に得て、朝廷の剣となり最前線に立つ事を選んだのだのだろう」
 迷うのは誰でもある。
 その迷いの揺らぎが、山南に見えるのはどうなのだろうと、浄炎は思う。新撰組の初心を思い返せば、その気鬱は消えるだろうかと、投げた言葉に、山南は笑みを返した。
「もちろん、民の為です。この力、世の為にと」
 浄炎は頷くと、熱を入れるでも無く、ただ在る事として、四方山話の一環のように、言葉を山南へと紡ぐ。
「妻は、九番隊入隊の折にな、こんな事を言っておった 新撰組には力なき多くの民人を救う力が‥‥誠の一文字を背に、弱者を守る真の武の体現者としての姿があると‥‥その力が正しく人々の為に使われ続けるために、中から尽力したい‥‥と」
 ありがたい事です。そう微笑む山南の目は、何処か遠くを見ているかのようだと、浄炎は思う。怒涛のように流れる戦乱の世。
 彼等を統べる主すら、流転する。
「新撰組が家康公を、君主を違える事は無いと言うのは士道において正しい姿の一つだろう。だが、真に君主を思い仕える者は決して盲従はせぬはず。 君主が誤った道を歩むのであれば、それを正し。又、正す為に尽力を尽くすのが誠の士ではないか‥‥とな」
「まさしく、士道であるのならば」
 苦笑する山南に、何時もの明快さは無く、以前を知る浄炎は、おやと思う。
「ですが、我々は正式なお召し抱えではありません。取替えのきく只の刀‥‥。刃こぼれが激しければ、どんな名刀でも鍛えなおさなくてはなりません。そして、刀は取替えがきき、持ち主の手が変わっても文句は言えないのですよ」
「山南殿」
「刀の話です」
「願わくば、何時までも力なき人々の為の剣であり、牙であって欲しい」
 ええ。と、小さく笑う山南に、危ういものを浄炎は僅かに感じた。今までに無い揺らぎが、浮かぶ夜桜と重なり、浄炎は渋面を作った。
 そんな浄炎と山南をちらりと横目で見て、花綾はぐっと心に握り拳を作る。
(「皆様っ‥沈んでる様に‥見えるですっ。そんな時こそっ‥想いの力‥実践ですっ」)
 食事が進み、一息入れる段になると、花綾がすっくと立ち上がる。
 月夜と篝火に照らされて、幽玄な色を映し出す桜に、ごくりと生唾を飲み込む。この下で踊らなくてはと思うのは、踊る事謡う事が好きな花綾の本能の衝動のようなものだった。何よりも、老女と仲間達へと、優しい思いを沢山乗せて。
 身体が覚える音を追い、歌い、舞う姿は、天より降りた舞姫のようでもあった。
 ふうわりふわりと衣擦れの音と、伸びやかな歌声が村へと響き渡る。
 真珠の簪に、京振袖。花飾りの帯止めをしめる自分は、いったいどうしたいのだろうか。
 雅ははっきりと形にならない自分の気持ちに溜息を吐く。
 しかし、今は、この姿で山南の側へと行こうと思ったのだ。きっと夜桜が綺麗だから。
「お似合いですよ」
「そう? ありがと」
 たまに冒険者らしい事をすると疲れると、笑みを浮かべれば、算盤が必要な場所の方が落ち着きますかと、笑みを返されて、苦笑しつつ頷く。
「そういえば‥‥なんか、大変そうやね? 兄貴はそんなふうに見せんけど、内は不安とかあるんやろ?」
「お兄さんは、しっかりした方ですし、何より冒険者です。大丈夫ですよ」
 兄を引き合いに出したからだろう、話の焦点が僅かにずれる。一般の隊士はどうなのだろうかという事も知りたかったのだが、冒険者という言葉の響きに、雅は眉を寄せた。何時に無い憧憬のような響きが混じったのは気のせいだろうか。
「山南はん、あまり一人で思い込むんはあかんよ。一人で抱えられる荷に限界はある。せやけどそれ以上の荷を抱えるんは人の手を借りればええんやから。うちでは力になれんかな?」
「ありがとうございます。どうにもならなくなったら、お願いするかもしれません。その時の相談料は、夕ご飯で手を打って下さい?」
 あまり見たことの無い、子供のような笑顔が雅に返り、雅は目を見張った。何時も穏やかに微笑む姿しか見ていなかったから。
 ふわりと夜風が雅の振袖の袖をとって、舞い上げた。
「あう、山南様途中で帰るですっ?」
 それではと、村を出ようとする山南を見つけて、花綾が、ふにゅと悲しげな顔をすれば、また、ギルドでお会いしましょうと、笑みを返され。
「気を付けて帰るんよ」
「はい。雅さん達も」
 篝火で明るい村から、漆黒の夜の広がる、山道へと向かう後姿を、雅と花綾は見送った。

 庵は、こじんまりした明るい場所にあった。
 懐に入れていた茶葉を老女へと手渡し、雅は思いを告げる。
「お疲れ様でした。縁を大事にし人を幸せにするお婆さんはうちの恩師の一人やと勝手に思ってたんやで。これからゆっくりと四季を愛でるんにあるとええかなと思って。お婆さん、ゆっくりとおだやかにね。またね」
 老女は礼を言うと、まだ、穏やかな時間には程遠いだろうけれど、見失わなければ、きっと大丈夫と、雅へと深い皺をより深くした笑みを向け。
 さて、どうぞと、村で下拵えしておいたかんぴょう巻きを、冒険者達に振舞った。
 ジブンニ出来る事をしようと、ここまで護衛をしてきた。
 菊は、ようやく安堵の溜息を吐く。
「出来る事を、ひとつづつ‥‥ですね」
「ここならば御老も安心でしょう」
 周囲の安全を確認してきた浄炎が笑みを零す。
「おいしそうですぅ〜vv」
 甘い、懐かしい匂いに花綾はぴくりと顔を向け、しかしと、大口を開けないと食べれないかんぴょう巻きと、しばし睨めっこをする。
「僕が食べてる所絶っ対見ないで下さいですぅ〜!」
 ぱたぱたと移動する花綾を、浄炎初め、仲間達が微笑ましく眺め。
 こんな穏やかなひとときに笑いあえるのは、京へと戻れば一転する事を、ひしひしと肌で感じているからだろう。

 京は‥‥。