蓮華咲く春の小道

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月24日〜03月29日

リプレイ公開日:2009年04月02日

●オープニング

 大きな焼き物の猫が、でん。と、店の前に鎮座ましましている。
 その店は、瓦屋だった。
 瓦を焼く合間に、人形を焼いている。
 怪しげな失敗作も沢山在るが、この春はひとつ売れ筋の商品があった。
 招き猫である。
 焼きあがった猫型に、真っ白い特殊な顔料を塗り、その上から、顔を描く。
 大きさは、大中小。
 大きなものは、一尺ほど。小さなものは、二寸ほど。中ぐらいなのはその丁度中間ぐらいの大きさ。愛嬌のある猫が、片手を上げているだけ。特に目立った装飾は無い。
 白黒ぶちの、少し小太りな招き猫。
 それを隣町まで卸しに行く途中で、出たのである。
 壁が。
 それは、普段ならば、出る場所は迷宮や、洞窟の中だ。
 しかし狭い一本道。何かまかり間違ったのか、彼なりの理由があるのか。
「ははあ、塗坊ですね」
「そんな妖怪ですか」
 ギルドへと飛び込んだ瓦屋の主人は、その場に居た冒険者が呟くのを聞いて、目を丸くする。
「へえ、塗坊。見たいなあ」
「あ、前田様」
「うん、加賀に帰る前に、ひとつ面白い依頼へ出たいって思ってたからな。混ぜて?」
「お帰りになるんですか?」
「そ。また帰ってくると思うけど、とりあえず」
 依頼人の頭上で会話する、大柄な人物は前田慶次郎。時々ギルドへ顔を出しては依頼に首を突っ込んで遊んでいる、良くわからない人物である。
「とにかく、その壁、どかして下さい」
 納期が迫っているんですと、とほほな顔した依頼人が溜息を吐いた。

 塗坊が立っているその後ろに、小さな蓮華の花が群生していた。
 陽は、塗坊が邪魔にならない方角から蓮華に降り注ぎ、蓮華は可愛らしい色合いで、幅一間ほど、道に広がる絨毯のようになっていた。
 そして、その蓮華の絨毯の上には、時折白い蝶々が、ひらひらとやってきては、何処かへと飛んで行く。
 両脇の丘にも、びっしりと春の小花が咲き乱れ。
 うららかな春の陽射しの一角は、とても静かであった。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5876 ユクセル・デニズ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

虎仙 龍(ea0996)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ ミハエル・アーカム(eb3585)/ 和泉 みなも(eb3834)/ キーラ・クラスニコフ(ec5766

●リプレイ本文

●うららかな春の日
 瀬崎鐶(ec0097)が、依頼人へと頭を下げていた。
「‥‥できるだけ迅速に終了させるので、暫く待っててください。お願いします」
 その横で、齋部玲瓏(ec4507)が、納期を確認している。その道は使わない旧街道で、納期が迫ったから止む無く使おうという事になったようでもある。群雲龍之介(ea0988)が頼るミハエルが、ざっとの地図を依頼人から聞き取り、書き記し、龍が龍之介から借りた馬、白王号にて、出来るだけ板や鉢などを集め、現場までは距離があり、出立前に手渡す事となる。
 荷車に積まれた招き猫を覗き込み、御陰桜(eb4757)が、欲しいなぁと呟けば、納品が終ったら、どうぞお越し下さいと言われて、じゃあ、余計にがんばっちゃおうかと艶やかに笑う。
 派手なお揃いともいえるような衣装と髪の神薗柚伽(eb5492)と前田慶次郎は、いつものように柚伽がぽんぽんモノを言い、何か口を滑らせたらしい慶次郎に軽い突っ込みを入れている。
 その様を、ユクセル・デニズ(ec5876)が軽く目を細めて見る。この国の人々は慎ましくおとなしやかだという先入観を訂正しなくてはと、くすりと笑う。
 相変わらずだと、日下部明穂(ec3527)は横目で慶次郎を眺めると、依頼書を読み込みにかかる。最後の別れと言うものでもない。一抹の寂しさはあるが、また、会えるのならば、依頼をしっかりとこなそうと心中で頷く。
 ぽかぽかと陽射しは温かく、山の合間には、穏やかな春風がそよぎ。
 一面に咲く春の小花の真ん中に、道は続いており、うららかな日差しの中で、鼻腔をくすぐる春の香りと、その景色にヨーコ・オールビー(ec4989)は、笑みをこぼす。が。
 
 どーん。

 縦横二間弱はあろうかという岩の壁が、行く道へと立ちふさがっているのが、遠くからも見えた。
「ふぅん? アレが塗坊? くろくておっきいのねぇ?」
 大きな胸の谷間がゆさりと揺れる。小首を傾げた桜が頬に指を当てて、立ち塞がる物体を眺める。
 塗坊。突然現れて旅人の行く手を阻む妖怪であるが、さて、この妖怪は何故、道を塞ぐのか。桜はみなもに気性の荒い妖怪では無いと詳細を聞いたせいもあり、すたすたと近寄って行く。
 やれやれと言った風に、ほぼ警戒無しで寄って行くのは、仲間達全てでもある。
「初めまして、叢雲龍之介と言う」
「ちょっとあんた、そこで何してるの?」
 生真面目に挨拶をする龍之介に、柚伽も平気で声をかける。
 確かに、この大きさは、移動するには難があると仲間達は思い思いに岩の壁を見上げた。
 近寄る冒険者達に、塗坊はぴくりともしない。ひばりの鳴き声が高い場所から聞こえてきて、白い蝶が間を通って行く。
 難しい言葉はわからないだろうし、こちらの言葉が聞こえているとしても、反応を返す事が出来ないと踏んだ明穂は、淡い月の光りを纏う。
『どこから来たか、教えてくれる?』
『おひさまのきえるほう』
 ユクセルもインタプリティングリングで、会話を試みる。
『何故ここでじっとしているんだ?』
『おはなすき』
「「「おはな? ‥‥お花?」」」
 側で聞いている、玲瓏とヨーコが顔を見合わせる。
 ユクセルが、続いて問いを投げかけ、明穂がそれに続く。
『皆が道を通れず困っている』
『ここを通りたいのだけど、どうすれば通ってもいい?』
『とおる、だめ。つぶれる、だめ』
 また出てきた、花という言葉に柚伽は首を傾げる。通るという単語に反応したようだ。
『もっと花がよく見える場所を知っているが、一緒に見に行かないか』
『いや。このはながすき』
 この花?
 仲間達が首を捻っている間に、近くを調べていたのは鐶だ。
「‥‥塗坊の反対側に‥‥蓮華の群生が‥‥あるよ‥‥」
 丘を登り、塗坊が立ち塞がっている向こう側はどうなっているか確認しに行っていた鐶が、軽く手を上げて、仲間達へと様子を知らせる。
 少し丘に登れば、角度が変わり、塗坊の向こう側に、びっしりと群生する可愛らしい蓮華の花が咲いているのが見て取れた。そして、塗坊の頭上付近にも、蓮華の花が生えていた。僅かな土と亀裂から、生えたのだろうか。不思議な光景であるが、何となく、それもありかと思わせる風景である。
「かわいい‥‥ですね、その頭上のお花からこぼれたものでしょうか?」
 玲瓏が塗坊を見上げて、笑顔を向ける。決して、無理に手を出すつもりは無いのだと。
 桜が笑顔で塗坊を撫ぜる。念の為、インタプリティングリングを使用する。
『そっか、コノ花達を守ってたんだ? 花好きのイイコなのね♪』
「蓮華が気に入った? 確かに、可愛らしいわよねぇ」
『なんやボン、後ろの花踏まれたなくて、そうやって通せんぼしとるんか?』
 あらあらと、柚伽が蓮華の絨毯を眺めて、ひとつ溜息を吐けば、ヨーコが呆れたように、でも優しく笑う。やっぱり念の為、テレパシーリングを装備して、塗坊を見上げる。
『ここを通せんぼされちゃうと困るヒトがいるの。それにコノコ達も踏まれたりしないとこの方が安心出来るんじゃないかしら?』
 桜が、丘を指差す。ヨーコは塗坊に、うんうんと頷く。
『なかなかええ根性や。‥‥ただな、ボン、肝心な事忘れてんで? 道ゆーんは、前からだけやのうて、後ろからも人は来るもんやねん。両方同時に人が来たら、どないする?』
『‥‥』
『あかんやろ。うちらはな、そんなボンの手助けに来たんや。このレンゲソウを、丘のそこの空き地に植え替えんねん。そうすれば、レンゲも踏まれる心配なしに広いところで咲き放題や』
 見事に咲いていると、蓮華を眺めていた明穂は柔らかく笑みを浮かべる。確かに、塗坊では無いが、これを荷車に踏まれるのは忍びない。出来るだけ穏やかに、頼むように語りかける。
『これからも、蓮華が人に踏まれることが無いように』
「あっちのほうが、人に踏まれることもないし。日当たりもいいわ」 
 柚伽も、小さな子にカンで含めるように繰り返して語りかける。
「これを、こう。向こうに」
 身振り手振りで、蓮華を植え替える動作をするのは龍之介だ。
『花を傷めずに植え替えるよう努力する』
 植物に知識の豊富なユクセルが、大丈夫だからと、大きく頷く。
「あちらの方は、花は少ないようです」
 玲瓏が、草が伸びてはいるが、花の少ない場所を指差す。同じく、花のあまりない場所を探していた柚伽が、そこならよさそうねと頷いて。
『判ったか? 判ったんなら、どいてんか。早速植え替え始めんで!』
 じーっと考えていたらしい塗坊が、地響きを立てて、冒険者の指し示す丘の一角へと移動を始めたのだった。

●蓮華の花の植え替えと、春の丘と、瓦工房で
「慶次郎、あんたも手伝うのよ?」
「どうぞ、前田殿」
「‥‥ありがたく使わせてもらう」
 当然と言わんばかりに声をかけた柚伽は、とほほの顔で頷く慶次郎の背を叩き。掘削人のスコップを手渡す龍之介は、これ、何処かでめっちゃ使ってただろ。壁とか。と、スコップに呟く慶次郎にくすりと笑う。
 力仕事もあるから、手伝ってと言うヨーコは、はーい。という慶次郎の可愛い返事に噴出しつつ、容赦なく手伝わせる。
 丁寧に運ばれた蓮華を植え替え、ユクセルが水をこぽりと湧き出させるのには、塗坊から『すごーい。すごーい』と、歓声が上がっていた。声が届いたのは数名だが、この場所が気に入ってくれているようだ。
 ありがとうございますと、声が響き、まだ植え替え途中だが、柚伽の声かけで、轍の分だけ先に移植させ、荷車は蓮華を踏まずにがらごろと通っていく。納期にも十分間に合いそうだ。
 あまり人の通らない道ではあるが、まったく通らないわけでは無い。普通の旅人は、塗坊がいても、障害物として丘を回り込めば良いだけだったので、被害は無く、時折姿を現す。
「‥‥ありがと‥‥ございました」
 ぺこりとお辞儀をする鐶に、こちらこそご馳走様と、お茶とお菓子の礼を言い、塗坊が移動する様を旅の土産話と喜ぶ旅人が居たりもした。
 埋め戻しをする柚伽、明穂、玲瓏によって、道は綺麗に馴らされて。
 そうして、荷車が無事通り、植え替えが終れば、日当たりの良い場所で宴会が始まる。
 大量に持ち込んだ酒を、惜しげもなく振舞う龍之介。
「さあさ、労働の後の花見酒は格別やで! さあ、曲のリクエストがあればどんどん言ってんか。片っ端から弾き倒したんで♪」
 ヨーコが妖精の竪琴をかき鳴らすと、楽しげな曲を歌い始める。
 丘には蓮華の絨毯が広がり、もともとあった、小さな花々。白、黄色、淡い紅に、青に紫。萌え上がる様々な緑の息吹の合間に開く色合いは、優しく、陽の光りをはじく。時折吹く春風が春の香りをいっぱいに乗せて頬を撫ぜて行く。
「それにしてもやっぱりこの丘は壮観‥‥来年も、また一緒に見たいわね」
 帰ってくるのでしょう?
 そう、言外に告げた明穂に、もちろん、もちろん。と、満面の笑みで慶次郎は答える。
 饅頭や酒は何処だと、当然慶次郎が用意しているものだと言う柚伽の声に、はいはいと、腰を低くして荷物を開ける慶次郎の背を見て、明穂はくすりと笑う。変わらず、またと。
「穏やかないい場所だ。俺はこの国が結構気に入ったよ」
 ユクセルの言葉に、そっちの国もいい国だろうと、慶次郎が答えるのを、笑みを浮かべて頷く。暦の年は三十であるが、過ごした年月は長い。けれども、その時間すらも春の風は吹き飛ばしていくかのようで。
 街道で火を熾そうとがんばっている玲瓏だが、がんばるだけでは火は熾せない。何処から持ってきたのか慶次郎に火種を渡され、沸いたお湯に桜の塩漬けを落として、やれやれと一息つく。
「前田さまは、加賀へお帰りですか? 淋しくなりますね」
 玲瓏は、これをと、聖なる守りを慶次郎の懐へと押し込む。
「日の光が行く先をあたたかく見守り、月の光が影をも照らしてくださいますよう」
 まるで兄のよう。と微笑む玲瓏に苦笑する慶次郎は、懐の銀の首飾りを取り出し、玲瓏にかけなおすと、ずっと出し渋っていた手を出して、頭を撫ぜ、懐から紅をひとつ玲瓏に手渡した。
「戻って来たら、かけてくれると嬉しい。それまで玲瓏がかけていてくれると、尚嬉しい」
 その紅引いてなと、眇められた慶次郎の目は、いつもとは少し違った笑みだと、玲瓏は思った。
 龍之介が、二人を手招きし、何処から調達したのか、山菜料理の沢山詰まった重を出せば、重かあと、慶次郎が何やら考えているようだと、柚伽がちらりと目の端に留める。
 まあ、飲もうと、差し出す龍之介の酌に大喜びで手を出す。言葉を聞き取れたのは数名だが『たのしい』と、塗坊が終始ご機嫌であった。こんな塗坊もたまには居るのだろう。
 戦乱収まらぬ、うららかな春の日に‥‥。

 瓦工房では、桜が嬉しそうにひとつ頷く。
「にゃんこといえばコレよねぇ♪」
 人遁の術で、猫耳尻尾、などをつけた姿で、うきうきと、らぶらぶになる為にはと考えて招き猫の着色をする桜。
 そして。
「招き猫。左手を上げたのは、人を招くって意味があるのよ。また、あんたが江戸に帰って来るように、ね。こんな時代だけど、病気しないで元気で戻ってくるのよ。手土産は忘れずにね!」
「最後の言葉必要?」
「必要に決まってるでしょ」
「たぬきー。お母さんも涅槃に旅立たないように」
「いい度胸ね、あんたはっ!」
 にっこりと笑った柚伽は、慶次郎の背を思い切りひっぱたいて見送って。
 ひとつひとつ手作りなのを見て、感動しつつ、工房内を眺めて回る龍之介は、工房脇に、誰かの失敗作なのか、実験作なのか、埴輪もどきや、タヌキなどが沢山転がっているのを見て噴出したりした。
 制作意欲旺盛な瓦屋さんのようだ。
 無事、招き猫が届けられれば、後はまた、瓦を焼くのに戻るのだろう。
 鋼色した瓦を、龍之介は綺麗なものだなあと眺めるのだった。