【時、来たる】風の巻
|
■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月03日〜04月08日
リプレイ公開日:2009年04月13日
|
●オープニング
その島は、風が吹き込む山のような島だった。
岩場がせり出し、海上に切り立ったような小さな島。
風が吹けば、びょうびょうと鳴き声のような声が響き渡り、近隣の漁師達は、鳴き声のようなその風音が海上に響き渡ると、すぐに船を返す。
良い天候であっても、じき大荒れになるからだ。
「何だ、あれ‥‥?」
「縁起でもない。さっさと帰ろうぜ?」
「ああ、もちろんだ。だがよ、あれは何だったんだ?」
漁師達は一際大きな悲鳴のような鳴き声を聞いて、顔を上げた。
ここいらの漁に出るには鳴き島は目印に丁度良い場所に在るのだ。何より、潮の流れが良い。何時でも何処からでも見える範囲に必ず船を出す。
その日、鳴き島の異変を見た漁師達は非常に多かった。
島の上空に浮かんだのは、鮮やかな花畑。
それだけならば、綺麗なものなのであるが、それと共に、何時もの鳴き声が。
まるで女の絶叫のように、響いたのだからたまらない。
ひそひそと噂しあい、鳴き島を振り返り、振り返り、船を返す漁師達。
それからである。
漁がまともに出来なくなったのは。
鳴き島の周辺では、春にかけては、鮮やかな桜色した鯛が取れる。
それが高値で取引され、周辺の漁村にとって大きな収入となるのだが。
「風が収まらないんでさあ」
ほとほと困り果てた複数の漁村の網元達は、顔を突き合わせ、冒険者ギルドへと助けを請う事にしたのだ。
「船が一定の場所以上、鳴き島へと近い海域へと向かうと、まるで刃のような突風が吹くんでさ」
腕の切り傷を見せた男は、溜息を吐いた。
この風が、何時まで続くかわからない。桜色した鯛の季節が過ぎるのは好ましく無い。
「鳴き島の調査と、風が襲う事の調査、解明の上、何かが居れば、その退治で、よろしいですね?」
ギルドの受付は、ひとつ頷くと、さらさらと依頼書を作成するのだった。
その島には、四体の鎌鼬が居た。
白銀の尾を揺らす、空色の目をした狐は、油断無く周囲を見回す。
島に近寄るものが居ないようにと。
切り立った、山のような島の頂上の、複雑に岩場が重なり合った場所の中心に、小さな穴が開いていた。その穴が何かは、覗いてみないとわからないだろう。鎌鼬はその穴を守るかのように、四方を睨み据えていた。
●リプレイ本文
●空を裂くような風
誰がどの船に乗るのか、どう海を進むのか、多少混乱はしたが、なんとか二つの船に分乗する事になる。
海の男の本領発揮とばかりに、大泰司慈海(ec3613)が舵を取る船には、トマス・ウェスト(ea8714)とルンルン・フレール(eb5885)。
ジュディスから、問題の風が何かわからない。陽魔法で出現場所はわからなかった。気をつけてと見送りの言葉を貰ってトマスは顎に手を当てて、ふうむと呟く。
「お花畑って、気になります」
何も無い空間に現れる花畑。この状況は初めてではない。漁師達に花畑が現れた状況を詳しく聞くが、依頼書にある以上の話は無い様だ。不安そうな漁師達を安心させる言葉を置いてきた。
船上から、遠くに見える島を見て、ぐっと拳を握り締める。
「きっと漁が出来るようになるはずです!」
まただと、思うのは慈海も一緒である。
「鳴き島に近付くと突風が吹いてくるってことは‥‥何らかの意思を持った者がいる? 近づけまいと‥‥何を守っているんだろう」
漁師を守る様な場所を選び、漁師の船に乗り込むのはアシュレイ・カーティス(eb3867)。とりあえず船とばかりにリフィーティア・レリス(ea4927)が同船し、シャリン・シャラン(eb3232)が軽いからと笑いながらふわりと船上へと移動する。
「上空に浮かぶ鮮やかな花畑、か」
アシュレイも、髪を撫ぜつけつつ、何処か遠くを見据える。
少しづつ謎に迫るようでいて、謎が深まるような気がしてならない。真相は何処にあるのだろうか。それに迫れているのだろうかと、過去の依頼を脳裏に浮かばせる。
「現場に行かないとわからないな。とりあえず、なんとかなるだろ?」
「風っていうと、あれかしらねぇ? だとしたらこの子が役に立つかもね?」
シャリンは、自分の荷物を見ながら小首を傾げる。
風が襲うという被害。
ならば、精霊が絡んでは居ないだろうかと思うのだ。ゴールドとフィニィから頑張れと見送られた言葉を思い出しつつ、天気になあれと、呟きつつ、淡く陽の光りを纏い、天候を操作する。
長い銀髪を海風に靡かせて、リフィーティアは軽く伸びをする。
海を行く事を選んだのは御陰桜(eb4757)と黄桜喜八(eb5347)である。
「ばかんすにはまだ早いけど、たまには海もイイわよねぇ♪」
水馬、瑪瑙にまたがり、海を行く。
「‥‥船頭さんもよ‥‥怖がらなくて大丈夫だからよ‥‥」
喜八が、船が動きやすいようにと、同行する小さな水神亀甲竜オヤジに水流を変化させる。トマスの連れてきた小さな水神亀甲竜斑越具試獲留丸弐式も、着かず離れず着いてくる。上に大埴輪八二○式業零無丸を乗せようとしたが、重量過多で乗らずになんとなくトマスと一緒に船に乗っている。冒険者の連れているものだからと、何とか心を宥めている船頭のようである。海にはいろいろな怪異があるものだから。リーフティアの戦闘馬ゲールは、船には乗れず、大量の荷物を積んだまま、船の出て行った浜で待っていることだろう。盗賊に会ってもおかしくない荷物だったが、人の良い漁師達がそれとなく見ていてくれるようでもある。
そして、問題の島が目の前に迫ってくる。
慈海は慎重に船を前に出し、漁師の操る船を背にして進む。
「ルンルン忍法、水走り! 私を狙ってくると思うから、みんなでやっちゃってください!」
巻物を開くと、ルンルンは、海上へと身体を踊りこませる。
「‥‥気ぃ‥‥つけろよ? ‥‥援護‥‥するけどよ‥‥」
喜八がルンルンに声をかけると、ルンルンは、水面へと立つと、明るい笑顔で手を振り替えし、そのまま島のほうへと走り出す。
その風は、突然吹いて来た。
最初は、押し戻すかのような、漁師達の言うような、激しい強い風だったのだが。
「あれは?」
優良視力を持ち、よく注意していたアシュレイが最初にその接近に気がつき、漁師を背に庇う。
「まあ、見えるかなっと」
陽の光りで発火させる魔法をリフィーティアは放つが、相手は可燃物ではなさそうだ。
その姿は狐。
真っ白な長い尾を持ち、両腕に鋭く長い爪を持つ。空と海とをうつしたかのような青い瞳を向けて、冒険者達を見ていた。そして、互いに確認出来たと同時に襲い掛かるのは風の刃。無意識に庇うルンルンの手に細かい傷がつく。
「ちょっとばっかり、痛かったりしますっ!」
「っ! 痛かったりするよ〜っ!」
空を裂く音が高い音となって冒険者達へと襲い掛かる。前にと立ちはだかるように、船の操舵を気にしつつ背後の漁船を隠すかのように船の位置取りをしていた慈海にも、風の刃が向かい、かすり傷にもならないような細かい痛みを感じる。
「ヒューリア、出てきて☆」『きて☆』
シャリンが精霊を呼び出す。風神ヒューリアが、二間強もある大きな姿で現れる。その姿に頷くと、まずはと、自らに努力と根性を誘発させる魔法をかける。
「瑪瑙」
その直前に、海中へと波を蹴立てて沈むのは桜と瑪瑙。
一体。二体。三体。四体。
「‥‥捕まえ‥‥られるか‥‥?」
龍を元に作り出したといわれる鞭、金鞭を構えて、振るうが、まるで吹き抜けるかのような狐には上手く当たらない。
耳を掠める吹きっさらしの風の音と共に、次々と現れる白い狐のような姿。淡く緑の色を纏い、甲高い声のような風のような音がする。
「くっ」
吹き流される長い銀髪。リフィーティアは、何か嫌な感じを受ける。ぱちんと弾けたような感覚が襲う。何か魔法をかけられたのだろうが、リフィーティアには効かなかったようだ。
「コ・ア・ギュレイトォ〜!」
大埴輪八二○式業零無丸を盾代わりに、トマスが拘束の魔法を唱える。射程は長く、その拘束対象は多い。
次々に海へと落ちる、白い狐のような姿。
「あれって、風の精霊よね?」
風を止める必要が無くなったシャリンは、羽を震わせ、鮮やかな髪を靡かせる。精霊は可燃物では無い。攻撃の魔法をかけようかと思うが、留まって、ひらりと船の上を飛ぶ。
拘束が成功したトマスが、大埴輪八二○式業零無丸の影から動けない狐のような姿を見て肩をすくめる。
「ふむ、トッドローリィだろうね〜鎌鼬は風の精霊〜、見つけにくいと聞くがね〜」
「鎌鼬じゃあ、燃えないな」
リフィーティアも、頷く。
鎌鼬。両腕に鋭く長い爪を持つ狐です。つむじ風と共に現れ、いきなり切り付ける妖怪だ。冒険者達は姿が見えないと思っていたようだが、この鎌鼬はその姿をはっきりと形作っていた。中には、姿の見え難い鎌鼬もいるのだろう。
動きが止まってしまえば、尋常では無い移動力を持つ鎌鼬といえども、歴戦の冒険者達の敵では無い。
喜八は、大ガマの術を発動させ、妖術巻蝦蟇秘伝を咥える。
「‥‥」
船の近くや遠く、あちこちに落下した鎌鼬を攻撃するには、喜八のガマの助の移動が早かった。鎌鼬は金鞭に絡め取られ、その存在を消して行く。
上陸したルンルンが矢を番えて、近くの鎌鼬を消滅させ。
「おしまいかしら」
ぷかりと浮かんだ桜が手にする刀身に炎の文様が描かれたマグナソードが、鎌鼬を消した。
その途端。
激しい鳴き声のような、音が島から聞こえてきた。
「あれ‥‥」
慈海がポツリと呟く。と、桜が瑪瑙に近寄りつつ、頭上を見上げる。
「出たわねぇ」
「花畑ですっ!」
「鳴き声が止まらないようだね。早く原因を突き止めないと」
鮮やかな色彩に、ルンルンが目を丸くして声を上げれば、アシュレイがこのままではと、船を下りる。
高い場所から、その声のような音は聞こえているようだった。
●鳴き島
「鎌鼬‥‥ああ、お友達から聞いた事あります、兎さんと同じで、気を付けないと首をはねられちゃうんですよね」
ルンルンが、上陸する仲間達から、風の狐の正体を聞き、大変と、大真面目な顔で頷く。
「またデビルが居るかも限らないな」
アシュレイが、切り立った崖のような島を見て、小さく溜息を吐く。登る事もままならない、険しい山だったが、アシュレイは上手に登り道を探し、岩肌に手をかける。
「あの犬は‥‥こんな島までは来れない、か」
「そうよねぇ、あのわんこがいたら確定っぽいけどどっかにいるかしら?」
桜も小さな足の太い、額に白い星のある犬を探す。
花畑の幻影と共に現れたその犬は、今回はアシュレイの言うように、流石に辿り着いては居ないようで。桜は指を頬に当て、小首を傾げる。
「また、天鳥船が関わってるのかしらねぇ?」
「随分‥‥険しいけどよ‥‥行けそうか?」
身軽に喜八もアシュレイの後を追い、軽々と登って行く。
「すごい音ですけど、少し小さくなりました」
耳を劈くような鳴き声に、ルンルンは軽く眉をしかめつつ、軽快に足場から足場へと伝っていく。
「ずっと‥‥浮かんでいるねぇ‥‥でも、薄くなってるよ」
その崖は、慈海にとっては厳しい壁であった。だが、仲間達が登る後を懸命に追う。上空の花畑は、未だ、漂っている。鮮明に見えたのは最初の一瞬。後は、半透明な色合いを示す。この場所には無いという事なのだろう。
小さな島であり、切り立った崖のような山でもある。
探索は、時間をとることは無かった。
入り組んだ岩場を抜け、山頂へと仲間達が辿り着けば、まるで東屋のような、僅かに開けた場所に出た。岩をくり抜き、四方へと細長い窓を開けたような空間だった。その空間の中に、風が渦を巻く様が見て取れた。吹き上がると言っていいかもしれない。
拳大の穴から吹き上がるその風は、徐々に弱くなっているようだ。
「‥‥あの穴が、鳴いているみたいだね‥‥」
肩で息をついた慈海が、強い風に思わず手で顔を庇い、穴を見る。
「どっかに通じてるのかな?」
小さな穴。
ルンルンは首を傾げる。
「花畑、女の絶叫のような風‥‥。人を立ち入らせまいと、島を守っていた鎌鼬‥‥。何かが隠されているはずだ」
「‥‥風‥‥おさまりそうだからよ‥‥。頃合を見て、覗いて見るよ‥‥穴の主とか‥‥居るかもな‥‥」
ひょっとして、何か居るのかもしれない。喜八は装備を付け替え、穴へと寄って行く。
冒険者達の穴への包囲がゆっくりと狭まれば。
ふいに。
風が止んだ。
シンとした静寂が、岩の東屋の中に満ちる。
何処となく、神域のような静けさだ。
最初に動いたのは喜八である。
穴を調べようと、慎重に手を差し入れる。すると、その穴は、そう深い穴ではなかったようだ。
厳密に言えば、吹き抜ける細かい穴は、穴の底に、幾つも開いていたようだが。
その前に。
「‥‥巻物‥‥」
喜八の手に当たったのは、古びた巻物である。
その巻物は、何の変哲も無い巻物。表題すら無い。退色した浅葱色の平織りの組紐で巻かれている。
そっと開けば、文字が書かれている。日本語のようだ‥‥が、かすれて読めない。ただ二か所、『風』と『天鳥船』が、不思議にはっきりと読めた。
「また天鳥船‥‥? 月、陽、地、風と来たから順番からいって次は水なのかしらねぇ? 確か四大精霊魔法使うヒトはその順番で覚えていくって聞いた事があるわ?」
巻物を見て、桜は肩を竦めた。一応終ったのねと確認すると、人遁の術で小さな布の切れ端のようなものを身に纏い、少し早い海水浴を瑪瑙と満喫するのだった。
解決のお礼に、桜鯛を食べていくがいいよと漁師が笑えば、トマスが箸を思い出し、僅かに手がわきわきとなる。
穏やかな空気が帰路の船上に流れるが。
(「あの犬に会えれば、もっと色々聞けるだろうか」)
デビルを感知する石の中の蝶はぴくりとも動かなかった。ただ、事象だけが積み重なっているように思い、アシュレイは、額に星のある犬にまた会えないかと思う。
話の向け方次第で、新しい事を聞けるかもしれない。そう。思うのだ。
「前に遭遇した神隠し事件との関係も気になりますねえ」
船から島を振り返り、ルンルンはうーんと首を傾げる。
何度か、花畑が浮かぶ依頼をこなした。その結末には、何時も巻物が手に入っている。依頼において問題となる現象の名が入り。『天鳥船』という言葉が入る。
(「全部集めると、天鳥船がやってくるのかな??」)
そもそも、天鳥船とはいかなるものか、想像がつかず。慈海は、船を漕ぐ。
鮮やかな青い海と、抜けるような青い空。
吹き渡る風は、潮の香りに春の気配をのせていた。
強い風が吹く日には、鳴き声のような音は相変わらず続くのだが、それは奇岩の間を吹き渡る風の自然の成せる業である。
鳴き島は、風の拠り所でもあるのかもしれない。