紅葉狩りの惨劇
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月18日〜10月23日
リプレイ公開日:2006年10月26日
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●オープニング
江戸から徒歩二日程度の場所に、絶景の紅葉が広がる場所がある。
切り立った岩壁の上から、枝垂れるように紅葉の枝が垂れ下がる、その渓谷は別名『喧嘩谷』と呼ばれている。
どれほど中の良い夫婦、友達、恋人同士でも、ふとした弾みに、相手の一挙手一投足に腹が立ち、喧嘩を始めてしまうのだ。
それでも、喧嘩など一時も持たない。谷の紅葉を見ながら、谷を抜ける頃にはすっかり元通り。バツの悪さも手伝って以前より仲良くなったりもする。故に、もうひとつの別名は『絆の谷』という。
今年もまた、その谷に、見事な紅葉が広がった。
仲の良いものは連れ立って。そうでなくても、紅葉を見に、何組かが谷に入った。
だが、今年は『喧嘩谷』も『絆の谷』もその効果を発揮する事は無かった。
山姥が谷の入り口に待ち構えていたからである。
逆立つ白髪。青く鋭い眼光。口は耳もとまで裂け。山姥は、紅葉を見に来る人々を目当てに、そこを狩場と定めたようであった。
命からがら逃げてきた女性が、泣きはらした目で冒険者ギルドに駆け込んだのだ。
「うちの人を助けてください。谷に逃げ込んで‥‥まだ生きています。まだ、きっと‥‥」
泣き崩れた若い武家の御新造さんの姿に、冒険者達は息を呑むのだった。
山姥を倒し、まだ生きているであろう若いお武家さんを救出して下さい。
●リプレイ本文
●走れ
「義を見てせざるは勇無きなり、と申すでござる。直行でござるよ!」
オドゥノール・バローンフフ(eb5425)の言葉がギルドに響き渡った。
いわくの谷に棲むのは、天邪鬼という小鬼だと、城山瑚月(eb3736)の隣に立っていた冒険者が告げた。精神に直接作用する能力だけに耳栓等は不可。不快さを誘発された際は近辺に潜んでいる筈等、急く救出者達を追うようにと、声がかけられる。
正しく、いわくの谷に棲むのは天邪鬼であった。
泣き崩れる御新造の姿を脳裏に浮かべ、冒険者達は谷へとひた走る。
「場所が場所なんで早いところ行かねぇと、大変なことになっちまう!」
「絆の谷に居ついた、絆を断ち切る鬼‥ですか。一度結んだ縁、みすみすと断たせる訳にはいきませんね‥」
鷹城空魔(ea0276)と瑚月は、馬で走るオドゥノールと桂武杖(ea9327)より僅かに遅れ、走っていた。空魔の方が、若干息が荒い。
谷の奥。そう、御新造は空魔に告げたのだ。名所となっている紅葉は、切り立つような小岩の山中を通った最奥であるというのだ。時間はそう残されていないだろうという事は、容易に想像がついた。
「無防備な観光旅行の人を狙う、か‥鬼には鬼の世界へ、還ってもらわないといけないよね」
その二人のさらに後ろを、牧杜理緒(eb5532)が長い茶色の三つ編みをなびかせて走る。さらに後ろをルスト・リカルム(eb4750)、上杉藤政(eb3701)、音羽響(eb6966)の順に走る列は続く。
早くしなければ、若い武家はその命の灯を消すだろう。その思いが、冒険者達の足を速めさせていた。
●山姥
「最近、山姥が出るのだろ?店主。簡単に道の説明願えるだろうか」
山に入る前の茶店である。名所というだけあり、茶店は何店か出ていたが、そのほとんどは戸板が立てられ、休業になっていた。一向に山から下りない人を心配していたら、逃げ延びた御新造から詳細を聞いた為である。しかし、何も知らずに山には観光客はやってくる。そんな観光客に説明する為に、一軒だけ、茶店が開いていたのだ。走り込んで来た冒険者達を止めようと飛び出してきた老主人と武杖は顔を会わせた。
「あんた等‥冒険者さんか!?」
尋常ではない行軍を見て、茶店の主人の尋ねに武杖は頷く。
「ああ、これから人を助けに行くんだ、奥に逃げたらしいから人の通れる場所で隠れそうな場所という物があれば教えて欲しいな。怪我しているらしくて急ぐんだ」
ついでに馬を預かって貰えると助かると、育ちのよさそうな顔を向けられた主人は、ふたつ返事で手綱を預かった。そうして、隠れられる場所ならいくらでもあると言った。岩場の多い場所なので、潜むのなら何処にでも潜めると。
ここから、山は岩場の多い顔を見せる事となる。
観光客が通る山道ではあったが、自然を出来るだけ残そうと、細い獣道のような登山道が一本、くねる様に山奥へと延びている、白く尖った岩の風景は、合間合間に生える緑が美しく、それが紅葉ならばどれほどの景観かと思わせる。だが、その見事な岩山の風景が、急いで駆けつけるには不向きな道程を作っていた。
息を切らして、仲間達が集まる頃には、僅かに先行していた、空魔と馬で乗り付けていた武杖とオドゥノールが先に谷に向かっていた。瑚月の姿も見えない。
「‥みんなには悪いけど‥」
走り、休息をとらなかった空魔の息はかなりあがっていた。だが、仲間を待っている間に、命の灯が消えてしまうのが嫌だった。
幸い、先行するのは空魔だけでは無い。すぐ後ろを、武杖、さらに遅れてオドゥノールが続いている。
「居るぜ」
肌を刺すような圧迫感を感じて、空魔は呟いた。
その呟きと同時に、山腹の狭い場所に、山姥が現れた。白濁した白い眼球に冷え冷えとした青い瞳が冒険者を睨見据える。にたりと笑う口元は耳まで割ける。赤茶けたぼろ雑巾のような着物は、幾人の断末魔を刻み込んでいるのか。反面、磨かれた山刀が陽の光を反射して、ぎらりと光った。
山姥が煙を上げた空魔に飛びかかる。その大振りの山刀は、煙を掻いて地面までめり込む。幾人かの空魔が岩場に出現したが、どの空魔もがっくりと膝をついていた。僅かに、山刀が空魔の肩を裂いたのだ。普段なら遅れはとらなかったろう。だが、ここまでの行軍は思いのほか空魔の体力を削っていた。ぽたりと落ちる紅い花に、にぃと笑う山姥。
しかし、山姥の次の攻撃は空魔には当たらなかった。斜め上から武杖の錫杖が阻んだからである。
「待つんだ、私達のほうが活きが良いんだ。相手してもらおう」
武杖の一撃を山姥が山刀で受け止めると。軽い衝撃音が、武杖と反対方向の岩場から響いて、山姥の注意が逸れる。
「微力でも、全力を尽くさせていただこう。庶民の楽しみを奪うのは許せぬからな」
ようやく追いついた藤政の指から、金色の光が岩場へと向けられていたのだ。
「逃がしませんわ」
息の荒い響からも、拘束の魔法が紡ぎ出される。空魔の鷹ノ心も、山姥の退路を断つかのように旋回している。
山姥は、逃げようとしていた。だが、その足が冒険者達から逃げ切る事は出来なかった。
●喧嘩谷と絆の谷
細い獣道のような登山道の脇の岩場は、尖った小さな山々のようだったから、戦闘中に岩場を登り、谷へと入ろうとするのは、多少苦労しなくてはならなかった。理緒は軽く舌打ちをする。思うように先行が出来ないのだ。
「逆境武道家とはいえ、辛いわね」
「がんばりましょう」
印象深い茶の眼差しで理緒を見るルストも、服の裾を捌きながら険しい岩の山に苦労していた。
小さな山のような岩場を越えると、後は、背後の戦闘に注意しながら、獣道のような登山道を通って進める。やがて、切り立った崖が目に入った。その崖の上の方からは、枝垂れかかるように真っ赤な紅葉が彩っていた。
白い岩肌に、鮮やかな赤。その向うには緑の木々と抜けるような青い空が広がり、絶景を作っている。ふたりより、僅かに、先行していた瑚月は、何か、手がかりになるような落し物は無いかと捜しながら、出立間際に御新造から聞き込んだ、逃げ延びているはずの武家の名前を呼んでいた。
「伊織殿。ご無事か?伊織殿!」
真っ赤な紅葉の下で、伊織を見つけたのは、瑚月の流であった。空魔の千代錦もやってきて吠えている。吠え声の場所に近寄ると、意識は無かったが、伊織の息はまだあった。
冒険者達は、間に合ったのだ。
「奥さんが待ってるんだから!!」
ルストの癒しの光が、伊織に降り注ぐ。土気色をしていた顔に、徐々に赤みが戻っていく。
「大丈夫?‥どこか動かせるかしら?」
「傷は‥大丈夫みたいね」
理緒が、バックパックから、手早く毛布を取り出し、伊織を包む。
「大丈夫でござるか?!」
無事、山姥を退治してきたオドゥノール達の姿が見える。オドゥノールは、手持ちの食べ物をゆっくりと伊織の口に運んだ。
「御内儀がお待ちでござるよ。気をしっかりもたれよ」
「大丈夫。大丈夫ですわ」
響の浄化の光が、伊織の傷口をさらに癒す。
「今年の紅葉は見れずとも‥共に在れば、山はまた同じ顔で迎えてくれるでしょう‥。御夫婦の絆の強さは、もう証明されているんですから」
瑚月の落ち着いた声が、一言一言、ゆっくりと伊織にかけられる。
涙ぐみ、謝意を伝える伊織を瑚月が背負った。
「よく今まで耐えられた。貴殿の妻は貴殿を深く愛されておられるのであるな。私たちは貴殿の妻の依頼でここに参った。感謝されるなら貴殿の妻にされよ」
礼儀正しい藤政の言葉に、伊織はまた謝意を述べ、涙ぐむ。
後は、無事下山するだけであった‥が。
「気に入らないか私が?そういう感情は種族的にもよくある事だからいいが‥」
「ごめんなさい!」
武杖が側を通った瞬間、理緒は急にその姿が気に入らなくなったのだ。谷のせい。天邪鬼のせいと知ってはいたから、気持ちを抑えていたのだが、顔に出てしまっていた。
慌てて謝るが、どうにも不愉快さは止まらない。
「天邪鬼の術は遠くからは効かない。近くに居るはずです」
瑚月が仲間に声をかける。見渡していた冒険者達は、やがて小さな角を見つけた。オドゥノールが豊かな髪を揺らして声を上げる。
「なんてことをするでござるかー?」
岩場の上から、そおっと天邪鬼が顔を出していた。距離的には遠くないが、高い場所におり、捕まえるには本気を出さなくてはならないだろう。
不本意な行動をさせられた理緒が、怒りを込めて天邪鬼を睨みつけた。
「やろうっていうなら、手加減しないわよ?」
「拙者たちはとてもかなりすごく危なかったのでござるよー?」
ちょっとふくれっ面のオドゥノールとやる気の理緒と冒険者達に、えへ。とばかりに頭を下げると、天邪鬼は岩山を転々と上まで登っていってしまう。
「山姥にとっては、ちょうど良かっただけなのであろう。庶民の楽しみなどというのも人の我侭に過ぎぬことはわかっている。だが、それでも庶民が楽しく暮らせるようになれば良いと思うが」
藤政がオドゥノールと理緒に声をかけると、武杖も頷いた。
「景色を楽しむのといわれを楽しむ者がいるだろうからな。名所がなくなるのは面白くは無いだろう」
武杖が昔隠れ住んでいた山も険しい場所だった。自然が豊かで彼の能力の基礎を作った場所で。この山は、違う景色ではあったが、彼は懐かしさを覚えて目を細めて見渡していた。
「もう一回‥みんなで紅葉を見に来られたら嬉しいな」
いつの間にやら、すとんと、不愉快さが消えた理緒が、そんな武杖と仲間達に笑顔を向ける。
「なんかここの谷のいわくとかが気になるから‥後で余裕があったら調べてみっかな?と思ってたけど、あんなヤツが居たんだな!」
空魔は天邪鬼が消えていった方を嬉しげに眺めると、軽い伸びをした。存外、天邪鬼も山姥に困っていたのかもしれない。
紅葉は、これからが本番である。
喧嘩谷と絆の谷も又‥。