誠の稜線
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:3人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月02日〜09月07日
リプレイ公開日:2009年09月09日
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●オープニング
京を出、武蔵へと新撰組は移動した。
そんな中、山南啓助(ez0211)は、山中の道を、京へと馬に乗って歩いていた。
近藤と土方に付き従ってきた。
それは、ただ、誠を貫くためではなかったのか。
芹沢鴨局長が鬼籍に旅立ったのは、何故か。
重要な案件は、何時も自分の頭上をすり抜けて行く。昔はそうでは無かった。
京に上り、役職を得てから、何か、歯車が狂って行ったかのように感じる。それでも、近藤と土方の示す方向を信じてついて行ったのは、ひとえに、民を守れていたから。
確かに、引き上げてくれたのは源徳家康。その恩は十分に感じている。恩義に恩義を持って返すと言う、言い分にも分はある。しかし、自分が守りたかったのは、源徳家康という、旗頭では無い。京には、新撰組の片割れ、御陵衛士が残ったが、自分は残る事を許されなかった。半ば、江戸へ行く事が当然という流れで、何の意見も求められなかった。それに、反論する時間も、余裕も無かった。だが。
「‥‥民を守るのではありませんでしたか、近藤さん‥‥土方さん」
寝静まった陣屋から、外を見る。
京は荒れている。人々が行く場を無くしている。
心の拠り所である、安祥神皇の下、ただの一平卒であっても人々を守れば良い。
「やはり、私はついて行く事は出来ません‥‥すみません」
そっと源徳の陣屋を離れ、愛馬明里に跨ると、山南は、京への道を取って返した。
「‥‥今更、山南さん一人戻ってどうなるってんだ」
「源徳軍に合流した矢先、隊士が動揺する。山南さんにも困ったものだ。残るなら、京都で残れば良かった。このまま捨て置くのは、不味い」
「何とか説得して戻ってくれりゃ、別件で出ていたって事に出来る。けどな、戻って来るつもりが無いってんなら‥‥」
土方は、近藤を静かに見据えた。近藤も土方を見る。
その言葉の続きは、聞かなくても十分に知れた。
この混乱の最中、罪状を上げて見せしめにする事も無い。
武蔵新撰組を纏める為に、名誉の戦死をして貰うのが一番‥‥良かった。
じき、夏も終わりだ。
山の様相も変わってきている。
夜は休息に冷え、生き生きと生い茂る緑も落ち着きを取り戻し。秋海棠の淡いピンク色の花が見られる。
山南は、随分とゆっくりと明里を走らせていた。
「私一人、戻っても大した戦力にはなりませんよね‥‥」
どうしても江戸攻めに加われず、出てきてしまったが、さりとて、急ぎ京に戻る事も無し。
ゆるゆると、山を眺めて、行けば良い。そう、自嘲する。
日が暮れる。
山際の稜線が浮かび上がった。あれほど天と山の頂は近いのに、それはくっきりと分かれ、交わる事は無く。
近藤や土方に対する情がその足を遅くしているのに、本人は気がついていなかった。
●リプレイ本文
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武蔵新撰組内は、酷く慌しかった。
殺気立っていると言っても良いかも知れない。
月道を通り、近藤への面会を申し出たガラフ・グゥー(ec4061)は、しばらく待たされる事になる。
「やれやれ、責任重大じゃのぅ‥‥」
持参した紹介状に書かれている、将門司、将門夕凪の名前が無ければ、門前払いを食ったのは間違いない。何よりも、一人でこの場で待つ事になったのが厳しかった。
離れた宿場の一室で待つようにと言われ、隊から離れて待つ事半日。
夜半、土方が僅かな共を連れてやって来る。
聞かれては不味いと判断したのだろう。そして、今の時期、近藤と土方と二人そろって抜けるのは好ましくないのだろう。幾分鋭さを増した土方の目の中に、何があるのだろうかとガラフはそっと伺う。
ガラフの待つ宿の外に共は待たせ、土方がガラフの前にとどっかりと座る。
行灯の明かりがゆらりと揺れる。
「俺が頼んだのは、山南さんを連れてくる‥‥って事だ。依頼の趣旨も読めねえとは恐れ入る」
言葉の合間の、短い間に、殺意を感じて、ガラフは首を横に振る。
その方が都合が良いのだろう。しかし、それではあまりだ。民の日常の、ささやかな幸せを第一にと、行動に移せる山南殿のような人を切り捨てるという愚は犯させてはならないと思うのだ。
「こちらへ連れてくるにしろ、そうでないにしろ、選択肢は多い方が良いじゃありませんかの? 京での新撰組の評価は最悪と言っても良いでしょうからのぅ」
「ふ‥‥ん。そんな事ぁ、百も承知だ。はなっから、京方面から物資調達なんざ、あてにしちゃいねえ」
「そこで、将門屋が窓口になると。その窓口の京担当という、いわば敵地での汚れ仕事につかせたと言う事で納めては貰えませんかのぅ?」
沈黙が落ちる。
ガラフは、土方の顔色を伺う。京での山南の信頼がどれほどまでに落ちているかはわからないが、罵倒を恐れず戻り、関西での補給の足場の一人にと願い出ている。これは、通るか通らないか。賭けでもあった。
土方は、激昂するでも無く、かといって、無下に追い払うという事も無さそうで、ガラフは判断に迷う。
土方も迷っていると考えて良いのだろうか。長い沈黙の後、土方は小さく溜息を吐いた。
「‥‥将門屋には世話になった。さらに、ご丁寧に隊士の紹介状付きだ」
「では」
「悪くない話だ、だが、書状だけの約束では事が足らねえ。将門屋から直に言質を貰いたい」
この話が通るならと、ガラフは頷いた。
どうやら、大役は果たせたようだと、やってきたのと同様に、静かにこの場を去って行く土方を見送り、安堵の溜息を吐く。
「そうと決まれば、直ぐに取って返さんとな」
●
「山南さんに話せばその事を背負うやろ。せやから話さんかったんやと思うで」
兄の言葉が、耳に残る。将門雅(eb1645)は、空飛ぶ絨毯で、江戸から京に向かう道筋の上空に居た。
(「‥‥大きな取引‥‥失敗なんかせえへんからっ!」)
武蔵新撰組と山南の命を懸けた取引。
雅は兄と姉の助力を得て、最善の策を投じた。持てる権限全てを引き合いに出し、打てる手は全て打った。
「山南はんっ!」
江戸方面から、京へと下る山道で、馬に乗った山南を見つけたのはほぼ丸一日経った昼。陽の精霊琥珀を連れ、ムーンドラゴンパピー月影を伴い、降下すれば、何時もと変わらない笑顔が雅を迎えた。
「この忙しい最中に、どうされましたか?」
「どうしたも、こうしたもあらへんっ! そういう自分かて、何やっとんねんっ!」
「あははははは」
「笑い事やあらへんっ! 武蔵新撰組から連れ戻しの依頼が出てたんやで?」
「戻らないようなら、殺せですか。雅さんに殺されるなら悪くないですねえ」
「どあほうっ!」
「でも良かった。会えて。これ、去年の春から渡そうかどうしようか、ずっと考えてたんですが、貰って下さいね?」
袱紗の中から大事そうに取り出されたのは簪。枝垂れ櫻と三つの鼓のついた可愛らしいものだ。雅は、髪をすかれて、飾られてしまう。ほんのりと桜の香りが漂った。
「ありがとう‥‥せやなくてっ!」
のほほんとした空気に、雅はいっぱいに張っていたものがぷつりと切れた。
「うちは啓助はんの事が好きや。たぶん愛してる。せやから死んで欲しくない。このままやと殺されるから勝手な事やけど啓助はんを預かる事とその対価を近藤はんに打診してる。啓助はんは民の為に動きそして近藤はんらが帰る場所確保するのが役目とちゃう? その為ならうちの全てを使い助ける。それでも山南さんが芹沢はんのように暗殺されてもええっていうならうちも後を追うわ」
怒涛のようにまくし立てる雅に、山南は目を丸くしている。今までの猫かぶりはもうお終い。雅はどうあっても譲るつもりなど無かった。
「‥‥近藤さんにどんな対価を差し出されたんですか?」
「補給路や。将門屋が新撰組の贔屓店となり、京都や津島湊、江戸支店から補給面の手伝いを行うようにし、その窓口として山南はんを指名する。山南はんには京にて新撰組の窓口とうちの護衛の役を担って貰う事で江戸を離れる理由として隊士に示しが付くやろ。将門屋で山南さんを預かる事で新撰組が京都に戻れる場所を確保する動きも出来るんやないかって‥‥」
「‥‥そう‥‥そうですか‥‥それならば、近藤さんは否とは言いませんね」
「ほんま?」
穏やかに頷く山南に、良かったと、雅は胸を撫で下ろした。
「一度、武蔵に戻りますが‥‥雅さんご一緒しませんか? 戻れば忙しいでしょうから、のんびりと山を見ながら歩きませんか? 秋海棠が見事に咲いていますし」
「? ええけど」
「では、どうぞ」
馬に跨ると、山南は雅を引っ張り上げて、前に乗せた。
驚いた雅だったが、盛大に告白した後である。すんなりと山南が承諾してホッとすれば、照れくさいのがやって来て、丁度良いかとしばらく二人乗りを楽しむ事にする。
夕闇がやって来る時刻、山南に雅はそっと抱き寄せられた。
「‥‥ありがとうございます。ずっと、愛しています」
「うん」
それ以上の言葉も無く。
秋を告げる虫の音が、涼やかに耳に響いた。
●
翌日、武蔵から下ってきたガラフと合流する事になる。
土方の言を聞けば、雅は、ひとつ頷く。
「何にしろ、良かったのぅ」
初めましてと挨拶する山南に、ガラフは目を細めて頷く。
先に顔出してきますと、山南が雅とガラフに笑いかけた。
「一緒に行かなくて大丈夫かのぅ?」
殺気走った慌しさを見てきているガラフは、心配そうに声をかける。
「お二人と一緒では、隊士が勘ぐります。先触れしてきますよ、雅さんとガラフさんは、宿屋でお待ち下さいね」
じゃあと、軽く一礼した山南は、何時ものように手を振った。
夜半、のそりと入ってきた土方が、低く呟いた。
「取引は、決裂だ」
「なっ!」
「山南さんは、無頼の輩から近藤さんを守ろうとして死亡した」
「嘘やっ!」
「‥‥こちらとて、山南さんには将門屋預かりになって貰いたかった。尾張御用商人の‥‥な」
「!」
「話はそれだけだ。依頼遂行感謝する」
宿の行灯の明かりがゆらりと揺れた。
雅とガラフ、そして、近藤や土方も知る事が無かったが、愛した人を策謀に巻き込ませたく無いという事と、政治的駆け引きをこれ以上近藤等にさせたくなかったという為の自決だった。
将門屋が新撰組につくという事は、真偽はどうあれ、その称号が由来する藩が後ろ盾になるという名分を、世間に植えつける事が出来るからである。そうなれば、将門屋は少なくない窮地に立たされただろう。
──死に顔は笑顔だったと言う。
「どうしたら、良かったんやろな‥‥」
「‥‥帰ろうかのぅ?」
気落ちする雅の肩を、ガラフがそっと叩いた。
虫の音が、深まる夜に響いていった。
目を閉じれば、秋海棠の淡い色の花が浮かび。ほんのりと香るのは‥‥。