紅葉と天邪鬼の谷〜消えた天邪鬼

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月19日〜11月24日

リプレイ公開日:2009年11月29日

●オープニング

 江戸から徒歩二日程度の場所に、絶景の紅葉が広がる場所がある。
 切り立った岩壁の上から、枝垂れるように紅葉の枝が垂れ下がる、その渓谷は別名『喧嘩谷』と呼ばれている。
 馬も通れない渓谷を抜ける。その渓谷へと辿りつくまでには、切り立った岩の九十九折が続く。白く険しい岩の景色のその先には、両脇に壁が立つように狭まった道がある。それを抜ければ、紅葉の谷が広がる。様々な赤い色が複雑な陰影を描き、白い岩壁から、枝垂れて落ちる。白い岩に生える紅葉を見上げれば、その向こうには真っ青な秋の空。
 その鮮やかさに息を呑む。

 しかし、どれほど中の良い夫婦、友達、恋人同士でも、ふとした弾みに、相手の一挙手一投足に腹が立ち、喧嘩を始めてしまうのだという。
 それでも、喧嘩など一時も持たない。谷の紅葉を見ながら、谷を抜ける頃にはすっかり元通り。バツの悪さも手伝って以前より仲良くなったりもする。故に、もうひとつの別名は『絆の谷』という。
 何故このような事が起こるのか。それは、谷には天邪鬼が住んでいた。
 この天邪鬼、悪気は無いようであり、それ以上の手出しはした事が無い。
 行楽地としても人気が高いこの場所は、山姥が出た際には、冒険者の活躍で事なきを得た。
 多少人数が多くて、人出の整理に冒険者の手を借りる事もあったが、概ね、何事も無く。
 谷に入れば喧嘩して。谷から出る頃には照れ笑いながら出てくる人々でごった返す。
 
 所が、今年に入ってから、喧嘩谷の名が地に落ちた。
 誰も喧嘩をしないのだ。
 普通の紅葉狩りとしても、絶景な場所ではあるが、この場所で起こる、ささやかなハプニングを楽しみにしている人も多い。また、それを目当てに、この谷の事を知らない人を連れてくるのを、密かな楽しみにしている人も多いのだ。
「商売上がったりで」
 がっくりと肩を落とした茶屋の店主が、冒険者ギルドに顔を出した。
 立ち並ぶ茶屋にとって、一年で一番のかきいれどきだ。何とかならないものかと。

 その頃、天邪鬼は深い穴に落ち込んでいた。
 紅葉谷の岩壁のはるか上。
 天邪鬼の棲みかである。
 歩きなれたその場所から、真下に集う人々へと、ちょっかいをかけるのが楽しみの、害の無い天邪鬼だったが、つい先日この谷を襲った地震で出来た、亀裂にはまり込んでしまったのだ。
 どれくらいの時間がたったのだろうか。
 時折降りしきる雨が、身体を冷やすが、そのおかげで水分補給はかろうじて何とかなっている。
 目に映るのは、切り裂かれた空と、覆いかぶさるような潅木のみ。
 静かに身体を横たえると、天邪鬼は丸くなり、まどろみに身を委ねるのだった。

●今回の参加者

 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 頬を冷やす秋の冷たさ。
 朝晩の冷え込みは、時に冬にも劣らず、我知らず身を竦めるほどでもある。
 吐く息は、山が近付くにつれ、白く形を現す。
「‥‥そういうわけで、単に天邪鬼が住処を変えただけなのか‥‥若しくは」
 陽が昇っていけば、次第に緩む冷たさ。けれども、何処か冴え冴えとしてきた山の空気を吸い込むと、城山瑚月(eb3736)は心配気に首を横に振る。
「喧嘩はしないに越したことはないのでしょうけれども‥‥何があったのでしょう」
 小さく息を吐き出し、齋部玲瓏(ec4507)が、次第に見えてくる目的地の山を仰ぐ。しばらく、紅葉らしい紅葉が無いのが、この山に辿りつくまでの道程でもある。秋も深まる山に、鮮やかな色合いが点々とあったのは、江戸からすこし行くまでで、ここ半日ばかり、歩けども、秋の色は、朽葉に胡桃といった、渋めの色合いが、深い陰影をつけた常緑樹の合間に筆をおいたかのように色をつけているだけで、秋の華やかさは見当たらなくなっている。
 それも、くだんの谷を美しく見せる一因となっているのだろう。
 さくさくと歩く、街道の途中、何組かの旅人の行く先も谷にあると気づき、紅葉狩りを楽しむだけの余裕のある人々の居る事が、何だかほっとする光景でもあった。
「何かあったのでなければ良いのですが‥‥」
「棲みかはだいたいわかってるのよね? だったら、見に行ってみるのが一番かしらね」
「そうですね。谷の上にある場所なので、普通の人には荷がかち過ぎるでしょうが、我々なら、行けるでしょう」
 瑚月が話すのは、問題の谷に住む天邪鬼の話。
 害意の無い、その鬼が、谷に入った者へ、仲違いをさせる。その仲違いの様を見て、楽しむのが、天邪鬼の楽しみでもあるようだ。ずっとそれは続いており、人と天邪鬼は、その谷では仲良く共存していたのを思い出す。
 辿りつけば、何時もは押すな押すなの人込みである紅葉の時期のはずなのに、谷へと向かう人影はまばらであった。
 立ち並ぶ茶屋に、ゆったりとくつろげるのは良いのだが。
「近日、変わった事はございませんか?」
 小さな玲瓏が、小首を傾げて穏やかに茶屋の主人へと問いかける。問われた女将は、太い帯を叩き、そういえばと。
「地震があってねえ。以外に揺れたが、こちらは、何処も無事だったよ」
「谷の岩は幸い崩れちゃいなかったね。奥まった大岩に亀裂が入ったぐらいかね」
 両脇が切り立った崖になる現地まで、奇岩といった風景が連なる。険しい岩肌に、木々が所々生を主張して空へと向かって伸びている。九十九折のその道から、意外と遠くまで、その奇岩は続いている。人の入らないような場所の大岩だから、めったな事は観光客にも、茶屋を営む人々にも起こらないようだ。
 目にする以外の場所で、ひょっとしたら、その奇岩と同じように、ひび割れがあるかもしれないと、冒険者達は思い至る。
「事故‥‥も、考えられますね」
 険しい岩場の上だ。万が一を考えて、瑚月は、仲間達の先を促す。


 その場所は、色鮮やかな谷だった。
 両脇に切り立った、まるで関所のような岩壁を抜けると、ふいに視界が開ける。
 関所のような岩壁の合間の道よりも、幾分か広いその場所は、やはり岩壁がせり上がるように、そそり立つ。
 その合間から生えた紅葉は、一斉に色ついたのか、真っ赤な天蓋を広げる。
 その、真っ赤な天蓋を仰ぎ見れば、上空には澄んだ秋の空が高く青く、見上げた人々を惹きつける。そのまま、上空へと飛んでいけるかのような心地にさせた。
「反応無いわねえ」
 太陽へと、天邪鬼の居場所を聞いてみたアニェスは、見当たらないという意味を返されて、首を捻る。
 木立の影が落ちた場所、太陽の当たらない場所。そんな場所に居るのだろうかと。
 空を滑空するのは、玲瓏の鷲・雲居だ。
「何も見つけられないようです」
 玲瓏は、ほう。と小さく息を吐く。上空からの探索では、見つからないのかもしれない。
「だとすると、棲みかに何かありましたかね」
 瑚月が、軽々と岩壁を上って行く。
 その後を、アニェスと玲瓏が、やっとの事でついて行く。時間をかければ、冒険者には苦も無い事だ。
 登りきった場所は、天空の狭間。
 吹き渡る秋風が、岩場の上の紅葉を揺らし、それ以上見上げるものは空の青だけという、高き場所で、三人は息を呑む。
 見渡せば、ゆるやかな青波を思わせる山々の連なり。
 点在する紅葉が、綾錦を描き、真下には燃えるような赤い紅葉。
 下から見上げる赤い天蓋も見事だが、見下ろす紅葉の色鮮やかさと爽快さは、また格別なものでもあった。
「意外とでこぼこしてますね、足元気をつけて」
 岩場のおうとつは、すんなりと探索をさせてはくれない。
 瑚月は、大きな岩などの陰を良く探す。
「‥‥あれは、どなたかの服の切れ端では無いでしょうか」
 玲瓏が、潅木にひっかかっている、布の切れ端を見つける。
「あら、亀裂があるわ」
「狭い亀裂ですが、天邪鬼が落ち込むには、十分でしょうね‥‥」
 潅木が蓋をするように目隠しする亀裂を発見した。
 その亀裂を覗き込むが、奥は暗くてよく見えない。
「よろしくね、リュイ」
 陽の精霊に声をかけるのは、アニェスだ。何があるか見てきてもらおうと思うのだ。すぐに戻ってくるリュイは、何かあるという素振りを見せる。しっかりとした指示を出さなかった為、リュイの反応は曖昧だ。だが、今回は、それで仲間達には十分だった。
 きっと、この亀裂の下に天邪鬼が居るのだと。
 縄を岩にくくりつけると、下へと下る準備万端に整えていたのは瑚月。
「あの‥‥これを‥‥」
「あ、あたしのも持っていって?」
「では、降りたら合図しますので、落として下さいね」
 コトリとも音がしないのは、落ちた天邪鬼が警戒しているのだろうか。それとも、動けないような事態になっているのだろうか。不安げな面持ちで、玲瓏が、綿入れを出し、アニェスは薬の類を用意する。
「うぅん。何か手伝いとか出来ないかなあ」
「縄が切れないように見ていて下さい」
「見てるだけ?」
「助けて下さいね?」
「うん、がんばるわ」
 ではと、瑚月が笑みを浮かべると、アニェスが頷き、仲間内ならではの、何処かとぼけたやり取りで、空気が和んだ。
 大人しく玲瓏の背後で控えている三笠さまを、玲瓏はそっと伺う。もし、瑚月の手に余るようならば、動いてもらおうかと考えたのだ。穏やかな笑みが玲瓏へと戻る。
 何時落ちたのだろうか。この亀裂は新しそうだがと、瑚月は慎重に降りて行く。
 降りた先には、小さく丸くなる、天邪鬼が居た。
 驚かさないようにと近寄るが、もう動くだけの気力も残っていないようだ。うっすらと目を開けて、瑚月を見るが、慌てる素振りもみられない。
 上に待つ二人へと合図をすれば、やわらかな綿入れと、薬が降りてくる。
 そっと天邪鬼を綿入れで包み、薬を手渡し、介添えしつつ飲ませれば、何処を見ているのかわからないような目に、光が戻る。
「大丈夫ですよ」
 そう、ゆっくりと言葉を紡ぐ瑚月は、毛布と綿入れで天邪鬼を包んで背負う。
 あまり取っ掛かりの無い亀裂だが、縄もあり、あまりにも軽い天邪鬼を、本当に背負ったままだろうかと何度か振り返り、亀裂から救出する事に成功するのだった。
 底冷えのする亀裂の中から上がれば、陽の当たる岩場の上は、秋風が吹くとはいえ、とても暖かな空気が漂っていた。


 玲瓏のひろげてみせた、沢山のお菓子を見ると、天邪鬼は嬉しそうに、お餅を手にし、水を飲む。何か足らないモノは無いかと、気を配っていたアニスは、その、屈託の無い様を見て、くすりと笑う。
「何にしろ、無事で良かったですね」
 瑚月が、後片付けをしながら、目を細めて谷を見下ろした。
「報告に行かないといけませんね」
 天邪鬼の、無邪気に食べる様子に、思わず笑みを浮かべていた玲瓏が、はたと思い当たり、茶屋まで戻る事になる。天邪鬼様もご一緒にと、語りかけると、しばらく考えた様子の天邪鬼は、着せ掛けてもらっていた綿入れを脱いで、丁寧に畳んだ。元は、山の者である。暖かな秋の日差しと、差し入れられた食べ物や薬に、すっかり元気を取り戻したのだろう。
 ぺこりと三人にお辞儀をすると、奇岩の連なる山肌へと、するすると降りて行く。
「ふふ‥‥天邪鬼、か」
 アニェスは、その鬼の習性を思い出し、それもまた良しと思う。きっと、この距離が良いのだろう。共に暮らさなくても、そこに居ると、互いに思い、気を使いあい、時にはいたずらをしかけられるという、踏み込み過ぎない距離。
 遠くでまたぺこりとお辞儀をする姿に、目を細める。
「後で素直になれるなら、ちょっとした悪さは可愛いものよね」
 茶屋の主人達は、天邪鬼が事故に会っていたという事を聞き、驚き、助かったという言葉に、それぞれが胸を撫で下ろしている。
 差し出された行楽弁当は、とても豪華なものだった。いっぱいやりたいかもと、ふと思ったアニェスの心を読んだのか、酒・稲荷神が弁当についてきていた。
 まっ黄色な玉子焼きに、山女の甘露煮。まっしろなお握りには、焦げた味噌がたっぷりと塗られ。茸が沢山入った、香ばしい炊き込みご飯のお握りに、栗ご飯のお握り。松葉に刺さった銀杏の淡い緑がつやつやとひかり。地鶏と牛蒡、葱の炊き合わせは、出汁の風味が塩梅良く。柿がまるごとひとつ入っていたりもする。
 瑚月は、仲間達と共に、再び紅葉の天蓋の下へと歩き出す。
 玲瓏と、三笠さまが、瀟洒な歌を読みはじめる声が、はらりと落ちる赤い紅葉に乗って落ちるかのようだ。
「お疲れ様‥‥」
 英気を養うに丁度良い。瑚月が誰へと無く呟く。
 これからまた、戦乱の只中へと戻っていかなくてはならないのだから。
 鮮やかな景色の中、お弁当を広げ、笑いあい。
「お友達になれましたでしょうか」
「なれた。きっと」
 玲瓏の呟きに、アニェスが、にこりと笑みを返す。
 そうですねと、玲瓏が、アニェスへと頷いた。

 こうして、喧嘩谷、絆の谷は、また元のように喧嘩しては仲直りするという、いわくつきの紅葉狩りが楽しめる谷となったのだった。