●リプレイ本文
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師も走る。戦いも走る。様々な激動の渦が巻き起こっている、お江戸。
けれども、だからこそ、日々の暮らしや楽しみは、欠かす事が出来ず、それが祝い事であれば、なおの事。
張り出された招待状を見て、思わず顔がほころぶ。
淡いぴんくのウサギさん面が、ゆっさゆっさと耳を揺らしつつ移動してくる。長身のウサギさんは、夜十字信人(ea3094)を見つけると、小首を傾げる。ウサギの面を取れば、そこには陸堂明士郎(eb0712)の男前な姿がある。そのギャップに周辺がどよめくのは何時もの事か。
「結婚おめでとう。本当に‥‥心からおめでとう」
「む‥‥祝辞に感謝を」
「可愛い伴侶で何よりだ。準備、手伝わせてもらうよ」
「うむ。重ね重ね、感謝する」
ぱむぱむと、肩を叩くと、明士郎は、笑みを深くし、親友の為にひと肌も二肌も脱ごうと思う。一日しか時間がとれないのが、本当に勿体無くて。愛と砂糖の守護神(?)『兎耳大明神』として、奔走する事となる。
「‥‥この度はおめでとうございます。何時までも、揺るぎの無い幸せを」
三つ編みが揺れる。瀬崎鐶(ec0097)が、何処と無く無表情に、仲が良いからこそわかる笑みを乗せて、ふかぶかぺこりと頭を下げる。
「鐶ちゃん、ありがとv」
色鮮やかな桜色の髪が、ふんわりと揺れ、御陰桜(eb4757)が、満面の笑みを浮かべる。いろいろ取り沙汰された、女性同士の疑惑も、結婚と共に、返上だ。それはそれとして、可愛い子は、可愛いのは別でもあり、鐶にぎゅっとはぐをする。
幾度と無く、共に依頼をこなしてきたカイ・ローン(ea3054)。新郎である信人とは、強い繋がりもある。その、祝い事にと駆けつけた。
「おめでとう。良き日であり、これからも、良き時が過ごせるよう」
「おめでとうございます」
はにかみつつも、祝いの言葉を告げると七神斗織(ea3225)は、桜へと、お祝いの品として、簪・若葉を手渡す。何時も綺麗な桜だが、結婚が決まったと聞けば、より一層、綺麗に見える。ほんのりと上気した頬が、艶やかさを増しているかのようだ。
(「綺麗‥‥」)
ほぅと、ひとつ息を吐いて、隣に居るカイをそっと見上げれば、新郎と話し込んでいたカイも、斗織へと視線を落とした所であり、知らずに視線が絡む。斗織は、その偶然に、顔を真っ赤にして、つい下を向き、カイは困ったような、照れたような笑みを僅かに浮かべ。
共に思うのは、──いつか。
祝辞に、祝いの品に、二人の仕草に、ふっと笑うと、信人が祝いの謝意を告げる。
「感謝する」
「ステキ。ありがとーっv うv ふv ふv でも、そういう、二人も、じきよねぇ?」
桜はわかりやすい二人の初々しさに、にっこりと笑顔を返す。
「式は西洋風にするんだよね?」
こほんと咳払いして、カイが尋ねれば、桜がこくりと頷く。
「そうなの。黒式でやりたいんだけど、じゃぱんには、建物が無いでしょ?」
それならばと、覚えている限りの、洋風の式の方法を、カイは二人に語って聞かせ。
「恵まれているな。俺は」
事細かに準備をしてくれる仲間達の姿に、信人はぼそりと呟いた。大事な戦友達。そして、世話になった七神と、妹のような鐶が寄ってくれれば、他に何も要らないほどで。
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「あたしは持ってるどれすでもイイけど、べーるとか、信人ちゃんの礼服、探しに行きましょ」
結婚前のうぃんどしょっぴんぐ。ついでにでーとも兼ねれば、一石二鳥だ。桜は、何時もと同じ姿で、何時もとちょっと違う信人の手をとった。その様を見て、嬉しそうに、やっぱり仲良しでなければわからないほどの笑みを浮かべた鐶。
「式を‥‥挙げてくれる、僧侶の協力者捜索‥‥と、料理」
準備で、出来る事をしにいこうかと、二人とは別の方向へと向かうのだった。
「結婚、か‥‥。此処までの美人と巡り合うなどとは、夢にも思わなかったが」
傍らを歩く桜を、眼の端に入れると、笑みを深くする。
戦いに始まり、戦いに終わる人生だとばかり思っていた。ただ、心のままに、戦いへと向かい、数知れない依頼をこなした。それがどうだ。何時果てても構わないと何処かで思っていたかもしれない。けれども。
「信人ちゃん、こっちこっち! イイのがあるのよ」
「生涯を賭けて、守るべきものが俺にもあるのだな」
商店の前で、手を降る桜に、眼を細め、ほんの僅か、笑みを浮かべた。その笑みは、何時に無く優しくて。
「信人ちゃん? なあに?」
「桜、頭の上にひよこが乗っているぞ。‥‥嘘だ」
「もう、馬鹿なコト言ってないで! ほら、これなんかイイんじゃない?」
貸衣装店では、和洋折衷、様々な衣装が並んでいる。下手な衣装店よりも、豊富にあるようだ。その中で、真っ白なたきしーどを桜は手に取った。すっきりとした姿が、きっと似合う。そう、思って手招きすれば、何処かとぼけた何時もの調子で。そんなやり取りも、普通に毎日側にあり、無くてはならないものになっている事が、酷く嬉しい。
こっちのぐれーもイイかもしれないと、桜が衣装の前で、あれもこれもと引き出しているのを見て、信人は可愛いなと思うと同時に、申し訳なさも沸いてくる。
信人の出自は神聖騎士だ。その立場に配慮し、結婚式の形式に気を使ってくれているのだから。この国の侍や、志士であれば、そう難なく式は上がったはずなのだから。
「これが、やっぱり一番イイわね」
「桜」
「なぁに? 信人ちゃん。ぐれーの方が良かったかシら?」
「いや、それは、桜の見立てに任せる。そうじゃなくてだな‥‥」
たきしーどをあててくれる桜に、ほんの少しかがみ込むと、ありがとうと呟く。眼を丸くする桜に、出自の事をぽつりぽつりと告げれば、馬鹿ねえと笑われる。
「しかし、お前の為なら騎士の位など返上するのだがな」
「あたしは、そういうのと結婚するんじゃ無いわよ?」
ぎゅっと抱きついて、桜はきっぱりと言い切った。
「あたしが結婚するのは、の・ぶ・と・ちゃ・んv」
ぼそりと呟く信人の言葉を、満面の笑みで返すのだった。
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鐶は、ギルドへと向かう道すがら、手すきの冒険者を狙って声をかける。
黒宗派の僧侶は居ないものかと。
丁寧に話す鐶の話を無碍にする冒険者は居ない。皆、きちんと話を聞いてくれたが。
「そうですか。僕の話を聞いてくれてありがとうございます」
数人に声をかけるが、なかなかこれと言った答えが戻らない。ひとつ考えると、また、すたすたと歩き出し。何人か目で、ようやく目当ての黒宗派の僧侶を見つける事が出来た。
「‥‥という理由で、挙式を取り仕切って頂けないでしょうか? お願いします」
「構いませんよ。祝福を与えるのは、私にとっても幸運な事です」
二つ返事で快諾されて、鐶は、ほっと安堵の溜息を吐く。
「鐶ちゃ〜ん」
「あ‥‥」
ぶんぶんと手を振る桜と、街中で丁度出会う。
「こちらが、そのお二人です」
「くれりっくさん?」
「おめでとうございます」
「よろしくお願いシます」
「感謝します」
祝福を授けるだけなのだし、布教の一環にもなるから、謝礼とかは気にしないでと、黒の僧侶は、笑顔で新郎新婦にも了解の笑みを向けてくれたのだった。
「では、私は料理屋へと行って来ます」
「あ、費用は持つから、言ってね?」
その角の先に、美味しそうな仕出し可の、暖簾がありましたと、鐶が仲良く並んでいる二人を見て、やっぱり親しい人にしかわからないほどの笑みを浮かべ、では。と、すたすたと再び立ち去って行く。
「信人ちゃん、コレ覚えてる?」
「ああ‥‥」
手にした様々な思い出の品を見ながら、桜と信人は、のんびりと、川を見ながら散歩をしつつ、冒険者街へと帰って行く。じき、夕暮れで。明日は結婚式を挙げる事になる。
結婚前の、ほんの僅かな‥‥。恋人だけど、恋人以上の、柔らかな空間が愛しくて。
紫の夜の帳に、二人の影が長くひとつに尾を引いた。
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翌朝。仲間達が片付け、飾り付けてくれた我が家は、何処かほっとするようで、緊張するようで。
白い花が立っているかのような桜が、深い色合いの赤い絨毯の上に立っていた。
昨日手に入れていた、長いヴェールは、きらきらとした小さな石と、小さな真珠が表情をつけ。編みこまれた花模様が、白い花弁のようなドレスの上に、模様をつけるかのようだ。
一方、信人も真っ白なタキシード。胸には艶やかなピンクの花。手に手袋を持ち、桜へと手を伸ばす。
わらわらと集まった冒険者街の仲間達や、うわさを聞きつけて集まった周辺の人々が、口々に祝いの言葉を投げかける。
こくりと頷くのは鐶。紋付袴姿が、きりりと凛々しい。
そっと包んだいくばくかのご祝儀は、料理費用と、心ばかりのお礼にと、黒の僧侶へと手渡され。足らない分は、桜と信人がすこしずつ補った。
赤い絨毯の先には、黒の僧侶のにこやかな姿。
「夜十字信人。貴方は、御陰桜を妻として迎え、苦楽を共にし、幾久しく共に暮らす事を誓いますか?」
「誓います」
「御影桜。貴女は、夜十字信人を夫として迎え、苦楽を共にし、幾久しく共に暮らす事を誓いますか?」
「誓います」
幸せにするよ。幸せにするわ。
そんな、互いを思いやるやさしい鎖。
促されるまま、誓いの口付けを交わした二人は、西洋風の、鐘の音は無いけれど。沢山の花と一緒に用意されていたのはお米が、集まった人々から、降るように祝われ。
こくりと頷く鐶は、ぱっと見、わからなかったが、とても感動していて。
そのまま、周辺を巻き込んで、なんだか良くわからないほどの宴会へと突入する。幸せは沢山皆にお裾分け。幸せをかこつけ、みんなで宴会を。とにかく、にぎやかな結婚式が無事に終了する事となった。
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「信人ちゃん、イイとこ連れてってあげる♪」
「新婚旅行か? お前が行きたい場所なら、何処にでも連れて行くぞ」
ちょっぴりいたずらを思いついたような顔をして、桜が、信人に微笑めば、信人はそれこそ、それは男の役目だとばかりに、何処に行きたいかと問えば、そうじゃないのよと笑う桜。
向かった先は、とある高原。
冬が近付いたその高原はとても寒かったが、小さくがんばって咲く冬の花を見つけて、桜はにこりと笑う。
「この辺りでイイかしら?」
「何処に行くというのだ」
「イイとこv ちゃんと手を繋いでね?」
桜は冷たい冬の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、思い浮かべるのは、色鮮やかな花畑。穏やかな風が吹き、優しい空気の満ちる、あの場所。
一瞬の後、二人は、高天原へとやってきていた。ずっと高天原に関わってきた桜だからこそ、やって来れたのだ。
「どう? 綺麗なとこでしょ」
「これは‥‥何処だ‥‥」
周囲を見渡す信人に、桜はぎゅっと豊かな胸を押し付けて零れるように囁いた。
「高天原よ」
さわ。
花の香を含んだ風が、二人を撫ぜるように吹き抜けて行く。
何処からか、鈴が小さくなるような音がする。
大きな花が翻る。
鮮やかな花弁が、ひらりと揺れて、二人を祝福するかのように舞い上がった。
誰も居ない高天原。
その滞在時間は短かったけれど、鮮やかな花畑の中、新婚の二人は、楽しい時間を沢山過ごす事となったのだった。
「‥‥桜」
「あ、信人ちゃん、おかえり〜」
高天原から戻る時は、別々の場所に飛ばされる。歴戦の冒険者ならば、さして苦労も無く江戸へと戻ってくる事が出来るのだが。結婚したばかりで、いきなり知らない場所へと飛ばされた信人は、一日振りで合う妻の顔を見て、溜息を吐いた。
「どうシたの?」
「いいや? ただいま」
その柔らかな温もりを、胸にかき抱き。
こうして、二人の新しい人生が始まるのだった。
永久に幸あれ。
幾久しく──幸せに。