加賀の雪見酒

■イベントシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:13人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月12日

リプレイ公開日:2010年01月19日

●オープニング

 加賀も、しばし混沌としていたが、ようやく、年賀の寿ぎを迎える事が出来るようになった。
「殿がおらぬからといえ、年賀の宴をおろそかにするのは、加賀者としてはありえぬからな」
 悪魔によって瀕死の傷を負った奥村永福だったが、その傷が治ると見るや、老体にあるまじき元気を発揮し、新たに築き上げられつつある加賀城を見回りつつ、城内の者に細々とした指示を与えていた。
「ご老体はのんびり休んだら‥‥」
「かーっ! お前といい、易英といい、良い年した者が身を固めんで、ふらふらしとるからだろうがっ!」
「あ、俺はそろそろ、江戸へ戻ろうかな」
「たわけっ! 今江戸でその間抜け面晒していても、百害あって一利無しじゃっ! 下手に首突っ込まれたら殿に申し訳なくて、この老首くくるわ!」
「‥‥ますます江戸へ行った方がよさそうだが」
 すぱーん。良い音がして、大柄な慶次郎の赤い髪を易英が叩いた。
 小言をひとしきり言った後、永福はふいに真面目な顔で慶次郎を覗き込んだ。
「ったく‥‥思う相手もおらんのか」
「居る」
 慶次郎の即答に、永福は、おやと言う顔をする。
「ふん、それならまだ、易英よりましだ。攫って来るとか、夜這いをかけるとかして嫁に取れ」
 即答した慶次郎の顔は意外と真剣で、永福はおやと思う。
「‥‥温和な告白は無いわけ?」
「お前の好みは熟知してるからな。放っといても成就する事などあるまい!」
「断言っ!」
「まあいい。とりあえず、雪見酒だ。白山に詣出て、その後は宴会だ。麓で難儀しておる民達に、正月の楽しさを忘れさせるわけにはいかんからな」
 加賀の白山には神と悪魔が眠る。
 冒険者によって、再封印されたその山には、悪魔も居るが、間違い無く神も眠り。
 特に神社というほどの神社は未だ無い。
 ただ、山腹へと出向き、酒と肴を奉じ、祈りを捧げて下ってくるだけである。
 騎馬の犬鬼が跋扈する前は、頻繁に上っていたようだが、ここしばらく、白山へ詣でては居らず、随分と久方振りの参拝になるようだった。
 真っ白な雪に覆われた白山。
 そして、加賀。
 正月にあらずとも、宴会は出来るが、正月だからこそ、何かを祈り、願うのもいいかもしれない。
 真っ白な音の無い世界で。

●今回の参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214)/ 山王 牙(ea1774)/ 御神楽 澄華(ea6526)/ 神木 祥風(eb1630)/ 鳳 翼狼(eb3609)/ 城山 瑚月(eb3736)/ マキリ(eb5009)/ 神薗 柚伽(eb5492)/ アニェス・ジュイエ(eb9449)/ ククノチ(ec0828)/ 日下部 明穂(ec3527)/ 忠澤 伊織(ec4354)/ 齋部 玲瓏(ec4507

●リプレイ本文


 雪の降り積もった山は静かだ。
 さくり。さくり。
 踏みしめる足音が、吸い込まれていく。
 白山に新春の寿ぎをと、加賀の留守居役である奥村永福を先頭に、家臣団と混ざり、冒険者達が静かに御山を登っていた。
 ある程度まで登ると、そこには少し開けた窪地が現われる。
 その窪地へと、お神酒が注がれ、三方に乗せられた榊が静かに供えられた。
 永福の詠唱する、加賀の寿ぎの言葉が、低く響いていく。
 冒険者達は、全て、縁起の良い人々として喜ばれ、前方を歩いていた。その中でも、護法の冠と月下の浄衣をきっちりと着込んだマキリ(eb5009)と神木祥風(eb1630)は、良ければ最前に歩いて貰えると嬉しいという申し出で、永福のすぐ後ろを歩く。
「この服も、大分着慣れたなあ‥‥」
 加賀という国が立ってから、国主が白山を詣でる際にあつらえたというその装束に袖を通すのも、何度目になるだろうかと、マキリは思う。白山に寄る依頼の度に、ひょっとしたらという気持ちで、着込む事が多かった。
(「結局、神様には見せられなかったけれど」)
 神は居た。穏やかな微笑を浮かべた、色の淡い綺麗な女神。最後に懐かしそうに告げられた言葉の数々の意味は良くわからない。けれども、何となく心の奥から呼ぶ声がしたのかもしれないと、マキリは長い戦いを思い返す。必死だった。どうしても守らなければと、何時も思っていた。それに形が与えられたようで、その形は温かくて、マキリにとって心地良いものだった。
「永久の果てで会うときには、もっときちんと守れるように‥‥立派な、カムイラメトクになってるよ‥‥」
 ──憧れの神様。そう、口の中で呟くと、晴れやかな笑顔で踵を返す。
 穏やかな笑みを浮かべたまま、祥風は、静かに思いを馳せていた。吐く息が、白く零れるのも、心地よい寒さだ。
 道中で見られた、自生する南天の赤い実と葉のすらりと伸びた姿が、雪の中に浮かび上がる様に、新春の喜びを見出して、笑みは深くなる。背筋の伸びた祥風の歩みは緩やかで。加賀という国を覆っていた暗雲は、ひとまず晴れた。こうして共に新年を迎えられる事を素直に喜ばしく思う。
 永福の詠唱の後、ひとりづつ、祈りを捧げて、捧げたものから下山して行く。
 祥風は、先に振舞われたお神酒を捧げると、先の戦いで御山に眠る白山大神と、まつわる神々へと祈りを捧げる。
(「御身の眠りが健やかなる様に、我々も頑張りますね」)
 綺麗な所作で祈りを捧げて、祥風は、ふっと笑みを浮かべた。
 陽の光を受けて、鳳翼狼(eb3609)の金の髪がふわりと冬の空気をはらんで揺れる。
「白山大神さん、黒鳶ノ獅子さん、悪魔との戦いに来れなくてごめんね。また会いたいけど、それは世の中が乱れた時なんだよね‥‥。これからもずっとここで眠り続けるんだね‥‥ありがとう」
 何時になく静かな面持ちになったのは、白山があまりにも静かだったからかもしれない。翼狼も、加賀にまつわる長い戦いを点々と見てきていたから。江戸と京で依頼が別れるほどに激化していった加賀の混迷を思い、それが晴れる事に、そっと心からの謝意を告げて。
「この静寂の中で眠り続ける‥‥神というものは‥‥女というものは、強いな」
 祈りを捧げると、忠澤伊織(ec4354)は無精ひげに手をやり、御山を振り返る。静かな山だ。穢れひとつ見当たらない、その真白の世界に呑まれそうな、軽い錯覚に陥る。漆黒の陣羽織がはたりと、白山の風に揺れた。
 隆々たる巨躯を折ると深く祈りを捧げるのは山王牙(ea1774)。高く結わえた雪の色を映す髪がぱさりと鎧の襟をなぞって落ちる。
「新しき年が、長きに続いた戦乱の時をついに終え、平和への道に向かう年になるように」
 願うのはただ、この国に訪れて欲しい安息。白山で眠る神へとただそれのみを。真摯な面持ちの牙は、ゆっくりと立ち上がる。
 紅絹が揺れ、白絹の千早が雪のように、さわと揺れた。齋部玲瓏(ec4507)の持つ桜の木の枝のような蝋燭と手渡された酒がそっと置かれる。白山大神への祈りと、寿ぎと、世に訪れる平和を静かに祈る。
(「願わくば、魔を抱えて眠る神への感謝の念を人が忘れてしまわぬように」)
 その祈りの合間に、つややかな長い黒髪が小さな背を滑り落ち。
 黄金の毛並みの熊イワンケを見た加賀人は、目を丸くしたが、白山のみに随行と告げれば、それならばと、共にある。ククノチ(ec0828)は、カムイの名を冠するイワンケと共に祈りを捧げたかったのだ。神と悪魔の眠る山。御山は相反するものも共に飲み込む。その懐の深さに、あるべき理を目の当たりにするようで、胸を掴まれる。真白き世界は、ククノチの故郷を懐かしく思い起こさせる。舞をと願い出れば、頷かれ。ついと足を雪原へと踏み出した。胸に抱かれるのは守り刀。神刀・クドネシリカを引き抜けば、その刃に映し出されるのはただ、真白の色のみで。紅絹が色鮮やかに雪を舞い上げ。常ならぬ技量が張り詰めた中にも凛とした美しさを生み出す。それはまるで、冬のこの景色を切り取ったかのようで。舞を納めるとククノチはイワンケと共に静かにその場を後にする。
 ただ静かに粛々と、アニェス・ジュイエ(eb9449)は祈りを捧げ。
 ひっそりと、影のように祈りの人々に付き従っていた城山瑚月(eb3736)は、茶の瞳を静かに閉じて、白山へと詣でる。
(「‥‥俺の知る方達が、後悔のない生き方を成せる様。幸福であってもそうでなくても、最後には笑える人生である様に‥‥と」)
 江戸から依頼で加賀へと向かう事はあったが、戦い以外でこの国に入るのは初めてかと瑚月は笑みを浮かべる。それぞれが、それぞれの面持ちで、気持ちを抱えて進み行く様を見ていた。職業柄、人との縁は希薄になりがちだ。それ故に、ここに集う見知った顔の数々を大切に思うのだ。山の空気に溶け込むように下山する。
 様々な顔が、様々に、祈りを白山に捧げた。
 祈りは、見えない力となり、きっと御山を静かにささえるだろう。


 避難民の村には、様々な物資が流れ込んでいた。しかし、拠り所を失って集まる人々には、活気というものがどうしても少ない。そこへ、華やかな一団が現われれば、正月の寿ぎとばかりに急に空気が、喜びに色めき立つ。何しろ、やって来た冒険者達の中には、踊り手が居たから。
「張り切って踊っちゃうよ!」
 屈託のない笑顔を振りまくミフティア・カレンズ(ea0214)は、大好きなこの国の皆が、出来るだけ元気になれるようにと、軽快なステップを踏む。小柄な身体がはじけるように飛び、紅絹が衣擦れの音を響かせ、大きな金の輪銀の輪の耳飾が、しゃらしゃらと澄んだ綺麗な音を出す。金の絹糸のような滑らかな髪が共に跳ねて踊る。手にする、透けて見えるほど薄いヴェールが、ふわりと優しく空気を含んで右に左にと揺れる。白銀の世界を思わせて、ミフティアの踊りに華を添える。踏み鳴らす足からは、可愛らしい鈴の音が、ミフティアの気持ちを表すかのように楽しげな音を鳴らし。極みに達するかというその踊りに、人々の目は釘付けになった。ひとしきり踊り終わるとアニェスに、どうぞよろしくとぺこりと頭を下げる。
「人を暖める陽光にとって、其れを喜ぶ顔は何よりの糧だとおもえますが」
「言うじゃない」
 踊らないのですかと、問う瑚月に、アニェスはくすりと笑い、手にする扇子を音を立てて広げる。その扇子に描かれるのは恵みもたらす鮮やかな陽。くるくるとその手は扇子を回し始め、艶やかな腰つきと、地を踏むような踊りが始まった。
 柔らかな羽衣が、アニェスの動きに釣られてふわりと揺れる。足の鈴の音が動きに合わせて、艶やかに鳴り響く。大きなきんと銀の輪の耳飾が豊かな黒髪の合間に隠れ見えて踊る。翡翠の首飾りが胸元でゆらめいて。
 踊りを楽しむために輪になって囲んでいる人々の中に、アニェスは富樫政親──鶴童丸の姿を認める。男姿で袴を着ている政親へと、アニェスは踊りの終わりに手にした扇子をふわりと投げた。彼女と始めて会った日の事は忘れない。白拍子の姿をした鶴童丸の所作は美しかった。どんな舞を舞うのか、酷く気になったから。にっこりと笑みを向ければ、鶴童丸もその笑みの意味を理解したのか、方々へと頭を下げると、静かに前に出る。
 先ほど踊ったミフティアや、アニェスとはまた違った動きだ。腰を落して、足は滑るように動く。広げた扇は、派手に動く事は無かったが、一拍毎に違った表情を見せる。静かな踊りだが、酷く目を引く。アニェスは、この国の踊りは型で動く事を見て取り最後に扇子をぱちんと閉じた鶴童丸に、満面の笑顔を向けた。
 そんな踊りの数々に、溜息を吐くのはククノチだ。特に、アニェスの踊りは、なんて自由なんだろうかと羨望の眼差しを向ける。自分の踊りとは違い、とても眩しいと思うのだ。
 踊り手達の踊りに浮き立った人々は、加賀の侍達が持ち寄る酒や餅を手に、心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。楽しいという気持ちは、それだけで前向きになる。
「みんなで踊ってみましょうか」
 ククノチが、ぼーっと見ている女の子や小さな子へと声をかける。手拍子が子供達を踊りへと向かわせる。みんなで繋いだ手が輪になって、歓声が上がる。踊りつかれた子供達は、にこにこと手を振る玲瓏の下へと走る。雪だるまが、次々と完成し、まるで避難村を守る衛兵のようにあちこちに姿を現す。新雪へと向かい、共に駆け出せば、真っ白な平原に、点々と足跡がついて、そのうち足跡で花を浮かび上がらせたり、全身で倒れこんで、人形を刻んだりもして。きゃあきゃあと言う笑い声が絶えなかった。
 村人へと、祥風はお神酒を振舞う手伝いを買って出る。どうぞどうぞと振舞って行けば、調子の悪そうな人や、怪我をしている人が目に付く。ここに来るまでの苦労がしのばれて、祥風は身に授かった聖なる魔法を惜しみなく付与する。
「皆で健やかに新年を祝えると良いですね」
 沢山の感謝が、祥風へと届いて。
 餅つきが始まる。餅米の蒸しあがる香りは、この上も無く甘い。
 石臼へとあけられた餅米を、牙は丁寧にこねて纏めると、頃は良しとばかりに、打ち上げて、腰の入った餅を幾つも作る。俺もやると手を出して来た慶次郎を認めて、牙はその手を休めて、笑みを浮かべる。
「明けましておめでとうございます」
「おお、明けましておめでとうっ」
 昨年の戦いの助力に感謝の言葉が、慶次郎から告げられる。
「この一時が、長く、より多くの人にもたらされる事が出来たら良いですね」
「ああ、本当にな」
 牙と慶次郎は、笑顔の人々を眺めて、互いに笑いあう。
 何時か、この国の何処からでも、笑顔が絶えないと良いのに。
「どんどん食べて! 飲んで!」
 その人懐っこさと絶やさない笑みを浮かべて、翼狼はくるくると動いて回り。
 人々が楽しそうにしているのを見て、伊織は良かったと笑みを浮かべる。加賀の脅威は一旦は去った。けれども、こうして定住の地を持たない人々も少なくない事も事実である。それは、この国のあちこちで起こっている悲劇だ。
「正月くらい、楽しく過ごせて良かったよな」
 目を細めて頷いて、あちこちを透かし見て、食べ物や飲み物が行き渡っているかどうかを良く見て回る。
(「俺が踊るわけにはいかんからな」)
 綺麗で楽しく艶やかな踊りの数々が脳裏に残る。ああして元気付ける事の出来る素晴らしさを良いものだと思うが、人にはむき不向きがあることだしと、頷きつつ、裏方作業を黙々と。
 次第に正月の宴会の形がととのって。


 そして、一通り食べ物が行き渡れば、にぎやかになっている村は、本格的な宴会が始まった。もう出来上がっている者も少なくなさそうだ。
 そんな中、アニェスは慶次郎を手招きして、村の外れへと連れて行く。その姿に、慶次郎は何も言わずについて行く。
 くるりと振り返ると、アニェスは、慶次郎を見据えた。
「ね、前田。一度‥‥きちんと言わせてね」
 そう言いつつ、少し逡巡すると、アニェスは思いきって顔を上げた。
「好きよ」
 その言葉を、慶次郎はじっと聞いている。どうやら、予測はしていたかのような姿に、アニェスは続ける。
「聞かせて欲しいの。あんたの目に、あたしはどう映ってる?」
 ずっと聞きたかった。そして、聞くのが怖かった。この関係すらも壊れてしまいそうで。一縷の望みさえも砕けてしまいそうで。けれども、もう迷わない。きちんとした答えを、受け取る覚悟を決めてきたのだから。
 ぐっと唇を引き結んでいたアニェスへと、慶次郎はすまんと言った。
「可愛いと思う。‥‥妹のように」
「‥‥そう、ありがとう」
 ひとつ頷くと、アニェスは綺麗な笑顔を見せた。
 かき集めた色々な気持ちを、ひとつの笑顔として見せた。
 次から次へと、慶次郎と会った時の自分を思い出してしまう。
 それでも、それは大切な思いで、大切な時間だったはずである。これからも。
 人の気持ちは簡単に切り捨てられるものではないのだから。
 花開く時は必ず来るのだから。
 男姿の政親へと酒を注ぐと、伊織はあらぬほうを眺め、政親をまた眺め、一息吐くと、茶飲み話のように、ぽつぽつと語り始める。
「もう、江戸のギルドに依頼を出す事も無いよな」
「そうでありたいものだと、思う。しかし、手に余るようなら、迷う事は無く助力を願いに伺うが?」
 綺麗な手だ。槍を振るう政親の手は筋張っている。それでも杯を干す政親の手は綺麗に見える。伊織は、何時からか思い始めた事を言葉に乗せる。
「‥‥なぁ、俺を雇わないか? ずっと守るぜ‥‥約束する」
「是非も無い。一門になってもらえるのなら、喜ばしい限りだ」
「あ、鶴童丸、そうじゃなくてだな」
「?」
「‥‥まあ、良いか。うん、良いか。そこから始めるか」
 何が可笑しいのだと、政親は、笑い出した伊織に首を傾げる。武ばった世界に生きてきた政親に、婉曲な告白は通じなかったようだ。これまで、そんな素振りを告げなかったのだからしょうがない。しかし、それもまた、一興かと、伊織は笑う。

 村の寺の本堂を借りて、宴会が始まる。人々へは、折に入ったお節が配られる。
 質素なお節ではあったが、心に染みるお節でもあった。とろりとした昆布巻きに、つやつやと光る黒豆。ぱりぱりと音がする、田作り。牛蒡、人参、蓮根、椎茸、蒟蒻と地鶏の煮物の上には、早取りの緑の野菜が添えられ、蒲鉾が無骨な姿で鎮座する。酢で煮しめた大根、人参、蓮根、昆布が、仄かに甘酸っぱく、柚子の香りがほんのりと広がる。甘辛く煮付けた鰤の切り身が一際大きく。南天の葉と赤い実が彩りに添えられた。
「おせち料理だ♪ 美味しそう♪」
 ミフティアは、キラキラした目でそれらを眺め、両手を合わせると、頂きますときっちりと頭を下げる。日持ちさせる為に、しっかりと味付けられたお節の数々を口に入れると、その滋味溢れる味に笑みを浮かべる。これだけの量を作るのは、どれ程の時間がかかったのだろうかと、ミフティアは作った人や、運んだ人の事を思い、大事に食べなくてはと思う。
 遅れてやってきた慶次郎を見つけて、突進するのは神薗柚伽(eb5492)だ。慶次郎と良く似た赤い髪が揺れる。江戸で出会った母とも呼ぶ冒険者である。
「慶次郎、おひさー。おかあさんよ。遥か加賀までご足労してやったんだから、感謝しなさい」
「あ、おかあさん、お年よりは無理しなくてもかまわな‥‥」
 にこやかに抱き合う柚伽と慶次郎だったが、慶次郎の何時もの一言で、脇腹を柚伽は容赦なくどつく。
「だーかーらー、老人扱いするなって言ってるでしょ、このバカ息子!」
「だって、おかあさん実年齢‥‥」
 再び慶次郎に鉄拳を入れる柚伽は、先程までお酌をして回っていた村人達が振り返るのを、何の事やらわからないと言った風に、手を口に当てておほほと笑う。外見はとても若い娘にしか見えないから、すこーし可愛い素振りで回っていたのだ。だが、慶次郎の顔を見て、すっかりと地が出た柚伽であった。
 そも、この国の戦禍が拡大するにつれ、加賀から持ち込まれる依頼も高い戦闘力が必要になるものが多く、柚伽としては、もうすこし慶次郎と付き合いたかったのに出るに出れなかったのだ。白銀に染まる加賀を見て、寒さに肩をすくめると、いつものような笑顔の慶次郎を見上げて笑みを浮かべる。
「ここが慶次郎の故郷なのねー‥‥」
「ん。綺麗だろ」
「‥‥さむっ!」
 しんみりしそうな雰囲気を打ち払うように、柚伽は杯を手にして、お酌っ! と、何時ものように慶次郎へと向かえば、はいはいと、大きな身体を小さくして、慶次郎が柚伽へと酒を注ぎ、にぎやかな場がまたひとつ。
「潮がね、俺と易英さんが似てるって言うんだよー」
 人好きのする翼狼が、笑顔の花を撒きながら、奥村易英と立花潮を捕まえて、酒を注いでいる。
「‥‥」
「それは興味深いお話ですね。私も聞いてみたいな、潮」
 床にめり込みそうな潮を見て、小首を傾げる翼狼は、静かに笑みを浮かべる易英と見比べて、やっぱり何処が同じかわからないなあと笑う。
 ぽつりと、そうやって無意識に人を、お羽目になる所ですと言う潮の言葉が聞こえたかどうか。
「加賀の人達、俺大好きっ。これからも皆仲良く、加賀を守っていけたらいいよねっ」
 連なる顔へと、翼狼は次から次へとお酌して、本堂を移動しまくる。笑いさざめく中は、どうしてこんなに楽しいのだろうか。雪深きこの地なのだけれど、とても暖かいと思うのだ。
 なにやら微妙な空気になっている易英と潮を見つけて、祥風は首を傾げつつも、年賀の挨拶を告げる。
「色々お世話になりましたね」
「何、世話になったのはこちらの方だ」
「神木様、どうぞ一献」
 笑顔で祥風へ頭を下げる易英と、場の空気が変わったからか、嬉しそうな潮が、杯を差し出して。お正月の楽しい雰囲気に、祥風は知らず笑みを零し。
 富樫の一団を見つけて、瑚月はそっと席を移動する。
 何処かに出ていたのか、ようやく中に入ってきた政親を呼び止めると、年賀の挨拶を告げる。
「とても‥‥世話になった。父上がこうしてこの場に居られるのは、そなたのお陰だと思っている。ありがとう」
「いえ‥‥理由がどうあれ、刀を突きつけたのは事実ですので、一言お詫びをと参じました」
「侘びなど必要無い。詫びねばならぬのは、私の方だ。これから、一生をかけて、加賀へと尽くす。詫びる機会を作ってくれたそちに、幾重にも感謝を告げよう」
 政親と話している姿を見とめて、泰高がそっと場を離れてやってきていた。憑き物が落ちたというのは、こういう顔なのだろうと、瑚月は思う。さっぱりとしたその顔と言葉。出で立ちすら涼やかで、まるで別人だ。そして、責任の取り方といい、モノの言い方といい、親子良く似ていると思いつつ、瑚月は謝意を受ける。
 ぐっと堪えたような顔をしたアニェスが、宴に混じる。
 再び踊り始めたアニェスが淡く光る。
 一瞬、加賀武士たちの間に、剣呑な緊迫感が張り詰めた。それが魔法発動の予兆だと知っているからだ。しかし、その緊張はすぐにとける。蜃気楼がその場に映し出されたのだ。その景色は桜吹雪。
 深く息を吐き出すと、手近な場所へと座り込んで、お節を肴に、ぐっと酒を煽る。少しだけ目が座っているのは、多分気のせいではないだろう。にじんだ涙を拳で拭うと、再びぐっと杯を煽った。
(「‥‥泣いてたまるかー!」)
 胸に刻まれた恋の傷は、きっと時が笑い話にしてくれる。その時まで。ククノチがどうした事かと、アニェスの側に座った。イワンケは、村の外に待機してもらっていた。そのイワンケに、お節などを持っていった帰りに、なにやら雰囲気の違うアニェスを見て、追いかけてきた。ククノチに、アニェスは少しぎこちない笑顔を向けて、また、杯を干した。
 そんなアニェスを遠めに見ていた慶次郎に気がついて、瑚月は小さく会釈を向ける。慶次郎は、苦笑しつつも、手を軽く上げ、会釈を返すと、宴会の席をそっと出て行く。追わずが花でしょうかと、瑚月は思い、豪快に飲み進める仲間にお酌をしようか、するまいかと考える。
(「得意だって人に、遠く及ばないと思うけど‥‥」)
 雪景色に舞う花びらの蜃気楼に目を細めると、日下部明穂(ec3527)は、竹製の竜笛を吹き始める。それなりの腕前の明穂の調べは雅やかで、新年の明るい雰囲気を盛り上げて行く。巫女装束がその場に色を添え。つややかな絹の束のような髪が、春を思わせる調べに合わせて僅かに揺れる。こっそりと出て行った慶次郎を、目の端に留め。
 慶次郎とは古い馴染みだ。何やら何時もと様子が違う姿に笑みを浮かべて見送る。
(「何をするか知らないけれど、応援してるから、がんばって」)
 後で慶次郎は、明穂から聞けば、変わらず、明穂だもんなと笑われる事になる。
 小さな子等と遊んでいた玲瓏は、遊びつかれて食べ物に走って行く子等を嬉しそうに眺め。さて、自分も宴会に混ざろうかと、歩き出す。最後まで、どうしようかと考えていたが、小指にとった紅を引いた。
 加賀は荒れた。
 民も多く鬼籍へと旅立った。そして、慶次郎の身内も、その旅路への共をしている。見る度に、何時も変わらぬ姿であったが、心中はいかばかりかと、慶次郎の心の内を玲瓏は思いやる。自分はただの冒険者だ。そして長く戦いを共にしたわけでもない。時折会えれば、良かった。けれども。
 思案に暮れていると、前方から、慶次郎の姿が見える。真っ直ぐに玲瓏を目指しているようで、思わず立ち止まる。
 玲瓏は軽く頭を下げる。胸に下げているのは銀の首飾り。聖なる守りというその首飾りを、玲瓏は一度慶次郎に手渡そうとした事があった。加賀に嵐が起こる。その戦いの中に向かう彼の人の少しでも守りになるようにと思い。
 あれは春の日だった。蓮華咲く塗り坊が居て、穏やかで楽しい日だった。一度懐に入れてくれた銀の首飾りを取り出し、玲瓏にかけ返した。その時、言われた言葉がある。
『戻って来たら、かけてくれると嬉しい。それまで玲瓏がかけていてくれると、尚嬉しい。‥‥その紅引いてな?』
「承諾と受け取っていいか? 俺の嫁に来てくれるか?」
「見るもの聞くものを、分かち合えたら嬉しいと思います」
 真剣な表情の慶次郎へと、玲瓏は一瞬はっとするが、小さく頷いた。
 慶次郎の背後がどっと沸いた。
 その大きな身体に塞がれて見えなかったのだが、沸いた声の方向を見やれば、沢山の顔が本堂から覗き見ているのに、玲瓏は気がついて、顔が赤くなる。
 軽々と抱かかえられて、玲瓏は驚きに目を見張る。慶次郎がとても嬉しそうに、玲瓏に笑みを向け、その後沢山の顔に手を振った。
 一緒に居ると、居心地が良くて。
 けれども、大事な友の気持ちも知っていて。
 ──でも。
 もっと一緒に居たいと思うその気持ちに嘘は無くて。
 玲瓏は戸惑いながらも、赤い紅を引いた愛らしい口元に、柔らかな笑みを浮かべた。

 柚伽は、慶次郎の告白に目を丸くする。玲瓏は知らない仲では無い。共に何度も依頼を重ねた中でもある。
「あんた何時の間にっ?! おかあさんへ紹介しなさいーっ!!」
 春めいた調べが続く。明穂だ。
 その告白を眺めながら、これは面白い事になったものだと内心でくすりと笑い、頷いて。
(「‥‥茶化すのはよしてあげる。友人としてお祝いと思ってね」)
 春の調べは、祝いの調べになるようにと。
「この野郎。縁結びのお守り効果か〜?」
 伊織は、玲瓏を連れて宴席に戻る慶次郎をさっそくぐりぐりと肘で小突きにやってくる。さあ祝い酒を飲めと杯を渡し。
「そういう伊織は先は長そうだが?」
「言ってろ!」
 再びぐりぐりと肘で小突き。
「これからどうするの? 加賀に残るの? 江戸に戻るの?」
 玲瓏におかあさんですよと告げていた柚伽は、慶次郎へとくるんと顔を向ける。
「玲瓏が良ければ加賀‥‥だな」
 日の本の情勢は落着に向かってはいるが、落ち着いたとはいえない。加賀の内をしっかりと固めなくてはならないのだろう。ちゃんと、おかあさんが生きてるかどうか顔は見に行くからという慶次郎をひとつどついて、柚伽はがんばってと笑みを浮かべた。
「心より、お祝い致します」
 牙が、一連の流れを微笑ましく見て、酒を注いで幸せを祈っていると祝福を告げ。
 加賀の地にも、末永い平穏がありますようにと、深い笑みを浮かべた。

 人の暮らしは続いて行く。
 何が変わっても、日常は続くから。
 笑って泣いて、時には苦しんだりもするけれど。
 きっと最後には極上の笑顔が待っている。
 誰の上にも必ず。
 
 真っ白な雪が、はらはらと落ちてきた。
 それは、先ほどの桜の花びらのように。
 
 季節は‥‥巡って行くのだ。