●リプレイ本文
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涼やかな風が吹く。リフィーティア・レリス(ea4927)の長い銀の髪が、引かれるように風に梳かれて吹き上がる。
花の香りがふうわりと漂うこの広い空間は高天原。
何時来ても、とても気持ちの良い場所だと、頷く。これで、戻る時に、思っても居ない場所へと飛ばされる事が無ければ、最高なのにと呟く。
「それにしても、不便よねぇ‥‥また、で〜とに行きたいし今後の為にも長居出来る様にシておきたいわねぇ♪」
つい先日、新婚旅行でやってきていた御陰桜(eb4757)は、変わらぬこの地に楽しげに目を細めた。
少し困った顔をする想夜に、瀬崎鐶(ec0097)をギルドで紹介した事を思い出す。
「やっほ〜、今回もヨロシクね♪」
まずはご挨拶と、苗字が夜十字に変わった事をにこやかに報告すれば、ご結婚おめでとうございますと、丁寧な祝辞が返る。
「あたしの友達の鐶ちゃんよ♪ 想夜ちゃんはこうみえて、実は可愛いわんちゃんなのよ♪」
「‥‥今回初めてですが、宜しくお願いします」
ぺこりとお辞儀を返す鐶の三つ網が背で揺れる。
「想夜です。ええと、犬は仮の姿で、ええと、今も仮の姿ですが」
つい、その動揺っぷりに桜は期待の眼差しを向けてしまう。何しろ、太っとい足の、可愛い茶の子犬だったのだ。もふもふぐりぐり加減は最高だったのだから。
「想夜さん、こんにちわです。風車回すお手伝いに来ました」
満面の笑顔で、ぺこりとお辞儀をするのはルンルン・フレール(eb5885)。高天原の機能を完全に回復出来るのならば、是非お手伝いをとわくわくしてやってこれば、何だか浮かない顔の想夜に、小首を傾げる。
「あれっ、困った顔してるけど、どうかしたんですか?もし何か悩んでるのなら、教えてください‥‥昔から三人寄れば、かしま‥‥あれっ? とにかく何とかって言うじゃないですか」
途中で、何か混ざったが、ルンルンは真剣である。
リフィーティアは、その単純な行為を冒険者がすると言う事に首を傾げる。
「風車を動かせばいいんだよな」
「はい、どうしてか、私の手では動かないのです」
「ふうん。想夜が回そうとしてもダメだったって事だよな? 何で動かせないんだろうな。‥‥回さないといけない事があるのか?」
「で、起動っていうのは前にやった陽の風車とおんなじ感じで大丈夫なのかしら?」
「はい、順番は私が先導致します」
「なら、大丈夫ねv ‥‥ところで、天使ってコトは想夜ちゃんも神様に仕えてるのよねぇ? どんな神様なの?」
「天之御中主神と申しまして、ええと、その。何処かに居ると思うのですが、さっぱりわからないのです。多分、まだお目覚めではないのだと思います。お姿は‥‥気まぐれなお方で、その時の気分で形を変えられてしまい、私にはさっぱりとわからないのです」
確たるお姿の方が多いのに、主神は非常に気まぐれでと、溜息を吐く。
「何だろう? 目を覚ます合図の音が足りないとか‥‥ほら、近所にも居ませんでした? 大きな声だしたり、決まった音ならしてあげないと全然起きてこない寝ぼすけさん‥‥えっ、私の事じゃ、無いですよ」
ぶんぶんと首を振るルンルンは、再び、つい別の方向へと考えが向かってしまったようで、ついっと目を逸らす。
くいくいと、想夜の袖をひっぱり、目立たないように気を配りつつ、でも知らない人が見たら、実に無表情で鐶は両手に抱えるように持ってきていた酒を見せる。
「‥‥あの。天之御中主神様って、お酒好きなのかな? とりあえず持って来たの」
「お好きな時もあれば、そうでない時もありまして‥‥まず、お姿を現してくれるのかが問題なのです」
「‥‥そうですか‥‥」
かくりと小さく首を横に傾げて、鐶は考える。神様は総じて酒好きだという、師の言葉を受けて、もし神様に会えるのならば、手土産にと用意したのだけれど、好きな場合ならば、喜んでもらえるが、そうでない場合なら、これは無駄になってしまう。
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『西海(さいかい)』と呼びたまえ〜」
白髪を揺らし、独特の笑い声を響かせて、トマス・ウェスト(ea8714)が顔を出した。
「神がどこにいるか、だと〜? 天に住まう神はどこにでもいるし、何より我々の心に住まわれている〜。何処で祈ろうが、神には届くだろうが、より近くで届くとなれば、いかねばならないだろうね〜」
この国の在り様について、トマスは思う事がある。
それを告げに。
さわ。
高天原の穏やかで優しい風が、鐶の頬を撫ぜて行く。
「鐶ちゃん、行くわよーっ」
桜が、花畑に立ち竦む鐶へと声をかける。
呼ぶ声に、あまり表情を変えないまま、はっと我に返った鐶は、小さく頷いた。
「‥‥此処が高天原なんだね。風が気持ち良くて、土と草木のいい匂い」
様々な思いを乗せて、風車を回しに、冒険者達は高天原を進んで行くのだった。
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不思議な光景だった。
羽の無い風車は、苔むしたような塔である。その塔の下に、入り口らしきものがぽっかりと開いていて、そこに入ると、地上にある風車の内部とさして変わらないような組上げがされている。ストッパーとなっている場所の閂を下に倒すと、想夜から、感嘆の声が上がる。動いたその閂が、想夜では、びくともしなかったようだ。
「‥‥ん。動かし方は、これでいいのかな?」
想夜を見上げる鐶だったが、それで良いことが、すぐにわかった。
風車が回る音がしはじめたのだ。
光を撒き散らし。
それは、風の色。
きらきらと小さな粒子が舞い散って行く。
それが収まると、別方向から、小さな鈴の音のような音がかすかに耳に届く。
ルンルンが、楽しそうに、歌うように風車を見て笑う。
「回れ回れ、鈴の音高くです♪」
「綺麗ねえ」
桜が笑みを零す。
「次に向かおうか」
リフィーティアも嬉しげに目を細める。
独特の笑い声を上げつつ、トマスは、事象が成る時は成り、成らない時は成らないね〜と先へと進む。
『水』、『土』、『火』と、順調に風車は回り、ようやく最後の『月』の風車へと辿り着く。
「これ回したら、終わりよねぇ?」
桜は感慨深そうに塔を見上げる。
そして、『月』の風車が回り始めた。
月の色の粒子がきらきらと舞い散ると、あたり一面に、小さな鈴の音が、何重にも重なって響き渡る音がした。
「何でしょうっ?!」
ルンルンがその音に軽く肩を竦めて、耳を塞ぐ。それほどまでに多重に音が響いたのだ。
その音は、次第に小さくなり、やがては風に吹き消されたかのように消えていった。
「何だったのかな」
音を振り払うかのように首を振ると、リフィーティアが周囲を見渡す。
「‥‥何処にもお見えでは無さそうです‥‥気配は感じるのですが‥‥かすかで‥‥」
「‥‥やっぱり、お寝坊さん?」
想夜の言葉にルンルンがぼそっと呟く。今の音は、まるで目覚ましのようでは無いか。それでも起きない事は、多々ある。そう、思わず自分を振り返ってみたりする。
酒香が風に混じる。鐶が酒の封を切り、杯に注いだのだ。その杯を高く掲げてみる。
「‥‥声で呼びかけないと、駄目なのかな? やっぱり」
釣り出されては来ないものかと思ったのだ。
「かーみーさーまーっ! 出てきて下さーいっ!」
ルンルンが、ありったけの大きな声で呼ぶと。
花畑を巻き上げるかのようなつむじ風が起こった。
「あ」
「うっそ〜っ」
「‥‥神様?」
「けひゃひゃひゃひゃ〜っ」
「これはっ」
主神と呼びかける想夜をずんずん無視して掲げた鐶の杯へと口をつけたのは、空に浮かんだ大きな隼。翼を広げたその全長は十尺はあろうか。風の色を纏うその隼は、ごちそうさんと、砕けた声で鐶へと笑いかけた‥‥ような気がした。
その横で、つい拍手を打つのはルンルンだ。
「神様、世界がこの高天原みたいに綺麗で、穏やかで、みんなが笑顔で暮らせる、ほわっとした暖い平和な世の中になりますように‥‥後、私も幸せなお嫁さんになれますように」
「起動が完了しました‥‥主神。今までどちらに?」
『はい、ごくろうさ〜ん。ちょっとね〜。空に散ったままでいたのが長かったからね〜。戻るのも時間くっちゃったみたいでね〜』
空に散ったままという言葉に、桜は瞬間的に、頬を髪よりも色の濃い桜色に染める。
「ってコトは、あたしと信人ちゃんが、ヒトに見せられない程らぶらぶシてたの、見られちゃってる‥‥」
『らぶらぶはご馳走様〜。皆らぶらぶしとってくれたら、平和でいいし〜v』
何か違うっ。
がくっとする桜は、ちょっとばかし、思い切り恥ずかしくしゃがみ込む。
今までの経緯を、想夜が天之御中主神へと語り始めた。
冒険者達は、何を聞くというつもりもなかったので、そのまま、高天原へと散って行く。
「聖なる御所に住まうセーラ様、弥勒菩薩様、タロン様、あと、え〜と、ジャパ〜ンの神様〜。和睦でもいいけど、各大名とそれに組する冒険者どもに一発ガツ〜ンとお灸をやって、ジャパ〜ンを、魔王を敵と見定め、神皇君を中心とした国家に立て直してくれないかね〜。故郷のエゲレスのように王を頂点とした統一国家でないから混乱するのだよ〜」
特に、現われた天之御中主神に言うつもりは無かったトマスは、そのまま祈りと言うか、心にわだかまった言葉を空に向かって紡いだ。
『隼だけど、ワシv も一応、ジャパ〜ンの神様だから、お返事〜v』
「‥‥」
ばさりと翼を震わせて、楽しそうに天之御中主神がトマスの祈りに嘴を文字通り突っ込んだ。
『ワシは、とりあえず、見てるだけ〜っ。そも、今の世は人が動かしてるし〜。君達も君達の思いで動いてるけどね〜。ワシもワシの思いで動くから〜。何が正しくて、何が正しくないかは、ひとりづつ違うし〜。神毎に違うし〜』
正義は、寄る所によって違う。
それが如実に現われたのが、今のこの国かもしれない。
トマスは首を横に振る。自身さえ断罪の対象になっても構わないと思うほどの覚悟は出来ているのに。この国の在り様と同じように、この国に存在する神と呼ばれる存在は、様々であるようで。
「そうういうものだね〜。我が輩は、我が輩の行く道を進むだけだがね〜」
神や仏の慈悲や奇跡は、あてにするものではないと言う事を、トマスは良く知っていたから。
戻ったならば、驢馬・鈍器丸を探しにいかなくてはと思う。多分、出発した場所に残っているだろう。あの場所は、穏やかな場所であったから、きっと無事でいるだろう。再び、共に、いつものように歩き出すだけだ。
高天原の風が、背を押し出すようにトマスの白髪を巻き上げた。
澄んだ空の色。水彩画のような風景。
リフィーティアは、風を受けて、空を飛びながら、呟く。
「こういう場所は、簡単に行ったりせずに、そのままそっとしとくのが良さそうな気がするなあ」
移動中、空飛ぶ絨毯に乗っていたリフィーティアは、何処までも続く花畑と、遠くに見える木立や湖の美しさを歌にしようかと、ずっと言葉を纏めていた。けれども、今はきちんと纏まらない。
「見て、感じて、ちゃんと歌に出来たらいーなーとは思うんだけどさ」
謡い手であるからには、形にしてみたい。それが、ずっと語り継がれ、謡い継がれる事を考えると楽しくなるから。
きっと、いつか。
「はい、ぷれぜんと♪」
艶やかな青、黄、ピンク、紫の花を編み、小さな花弁を何枚も広げている白い小花を合間に編み込み、色鮮やかで可愛いらしい花冠を作った桜は、鐶の頭にそっと載せた。
「‥‥ありがと、ございます」
「似合うわーっv」
穏やかな風が、ふたりを祝福するかのように巻き上がる。
そういえば、起動したらどうなるのかと想夜に聞いていた桜は、そろそろまた高天原からの強制帰還の時間だと思い至る。
鐶もそれを思い出し、無表情のまま、想夜へと会釈をする。しかし、その無表情の中には、嬉しさと感謝とが入っているのが、しばらく一緒に過ごしていた想夜にも見て取れているようだ。
「‥‥面白かったよ。ありがとうね」
想夜は、こちらこそ、ありがとうございましたと、深々と居合わせた冒険者へと頭を下げた。
何かの縁でこうしてここに居る。
どの冒険者も。
袖刷り合うのも他生の縁。
何時か又、何処かで。
高天原の起動は、緩やかに開始される。
滞在時間は、ゆっくりと長くなるようだが、それがどれくらいの速さで長くなるのかはわからず、移動時の拘束は変わらないようだ。そして、帰還時の場所も、次第に移動時の場所近くへと接近し、いずれは、戦の無い場所に限定されるが、思う場所へと帰還出来るようになるのだという。戦が少なくなれば、それは早まるのだろうが、今のこの国では、それは随分と先の話になるようだ。
冒険者達が、全て戻ると、隼の姿をとっていた天之御中主神は、再び空に溶ける。
無関心と言うわけではないが、積極的に介入するつもりは無いようだ。
全て流れるままに。
その先がどう変わろうと、天之御中主神は人の一勢力に加担する事は無く、争い事に参入する事は無い。
哀しみによって生まれる慟哭も。
楽しみによって生まれる歓喜も。
全てあるがままに。