紅い鼻緒の少女

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月19日〜10月22日

リプレイ公開日:2006年10月26日

●オープニング

 十五夜の月はとても綺麗。
 黄色い満月がぽっかりと夜空に浮かぶ。
 ススキを飾って、お団子を供える。里芋をほこほこに蒸して、縁側で食べながら、まあるいお月様を見るのはとても楽しい。
 夕暮れ時の田んぼ道。
 ちいさな少女は、お供えのススキを採りに田んぼ沿いの山際を歩いていた。去年はお婆ちゃんと一緒に来てススキを採った。けれども、今年は足の悪くなったお婆ちゃんは一緒に来れないから、ひとりで来たのだ。
 本当は、昼に来るはずだったけれども、つい遊ぶのが楽しくて。
 気がついたら夕暮れだった。
 夕暮れには畑や田んぼから親達が帰ってくる。言いつけられた用事を済ませておかないと、怒られてしまう。
「田んぼの近くだから大丈夫だもんね」
 そう自分に言い聞かせて、少女はススキを採りに山際へと走った。紅い鼻緒のちいさな草履を履いて。
 だが、秋の日の夕暮れは早い。
 瞬く間に夜を連れてやって来る。
 夕暮れから夜にかける逢う魔ヶ時は、不意に悪意ある者達を呼び込むものである。

 ひとり、群れから離れた小さな生き物が居るのなら、なおの事‥‥。

 山に豚鬼が出たと、山の恵みを収穫する為に連れ立っていた男たちから警告を受けたのは、少女が山に向かった直後であった。
 豚鬼達は、酷く緩慢な、何かを探すような仕草をしながら、村へと向かってくるようだというのだ。
 少女の父親が、冒険者ギルドへと辿り着いたのは、夜もかなり回った頃であった。
 話を聞けば、江戸からそう遠くない村である。
 
 少女を、救出し、豚鬼を退治して下さい。

●今回の参加者

 ea4011 紅 双葉(37歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb4607 ランディス・ボルテック(50歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5521 水上 流水(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb6646 深町 旱(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb7341 クリス・クロス(29歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7621 新堂 小太郎(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb7651 柊 蓮慈(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●黄色い月を背に
「むざむざ、豚鬼に襲わせるわけにはいかないな。間に合わせるぞ」
 水上流水(eb5521)が、倒れこんだ少女の父親に近寄った。落ち着いたその表情にか、少女の父親が、彼の腕を強く掴んでいた。
「どう‥か」
「必ず助ける。あたらしい草履でも用意して、村で待っていてくれ」
 搾り出すような父親の声に深く頷くと、流水は集まってきた仲間にも頷いた。
「水上流水だ。よろしくお願いする」
「旅行中の天津風美沙樹と申しますわ。よろしくお願いしますわ」
 すらりと背筋の伸びた天津風美沙樹(eb5363)が、銀の十字架の刺繍が胸に輝く上衣をふわりと翻して歩み寄る。
「チェッ。今回の仕事のメンバー、むさ苦しい男ばっかかよ‥。助ける女の子ってのも、ガキだしよ。‥まあ‥しゃあねぇか。全く色気のねぇ依頼だが、やるだけやってみっか」
 深町旱(eb6646)が、何処か軽くそっけない口調で少女の父親の前に巨躯を屈めて座り込んだ。美沙樹はちらりと眺めたが、自身の年齢はさておき、彼の女性の範囲は極めて狭いようである。
「何か、お嬢ちゃんの匂いがついたものあるか?上手くいけば、豚鬼より早く見つけられるからさ」
 軽口を叩く旱に顔色を変えた少女の父親だったが、手を差し出す旱の言葉に、安堵し、手ぬぐいを差し出した。
「家族で使っているものだから、同じとはいかないですが、似た匂いはあると思います」
「念の為なのですが、お嬢さんの背格好を教えて頂けますか?」
 新堂小太郎(eb7621)も長身を屈め、少女の父親に頷きかける。少女は、おかっぱで小太郎の腹あたりの身長。父親の古着を作り直した紺色の着物を着ているという。
「さっさと村落に向かわせて貰うぜ。馬に乗って行く方が速いのなら、そうするべきだろうな」
 飄々と、呟き、ランタンに油を入れると歩き出す旱の後を追う様に、次々と、冒険者達はギルドから、村へと向かう。
 外に出ると、夜空にはぽっかりと黄色い月が浮かんでいた。黄色い月明かりに照らされて、彼らの長い影が夜道に出来る。
 一般人の少女の父親がギルドに駆け込めるほどの距離である。馬にしろ、そうでないにしろ、村へ着くのはそう変わらないであろう。だが、早いに越した事は無い。
「助け出せると良いのだが」
 月光を背に受け、碧の瞳を剣呑に光らせるのは柊蓮慈(eb7651)である。モンスターに親しい者を奪われる事を知っているからだろうか。
「最優先は少女の身の安全と田に被害を及ぼさないこと、です。囮組と潜伏組に別れた方がいいでしょうね」
 紅双葉(ea4011)が自身に問うような、確認の言葉が、夜風に乗って溶ける。
「間に合わせよう」
 痩身のクリス・クロス(eb7341)は自身の馬を引きながら、月の影に視線を落とした。
 村へ。
 冒険者達は月を背にして長い影を道連れに走り始めた。

●豚鬼
 月明かりに照らされた、金色の稲穂が、僅かな風にざわりと揺れる。
 未だ、豚鬼は山から降りきってはいないようだ。
「豚鬼は?」
「ああ‥‥まだ山から姿は見えねぇ」
「わかりましたわ。この子達。よろしくお願い出来ます?」
 不寝番をしていた村人に、美沙樹はココと響を預けると、金色の稲穂を横目に走り出す。
「収穫前の田に被害を与えるわけにはいきませんわ」

 その少し前。
「初陣だな…冒険者の供になりたいって言うのなら、死ぬ気でアピールしてみせな」
 最初に到達した旱は、共をしている柴犬に手ぬぐいの匂いをかがせると、山を指差し、自身はそのまま提灯をかざしながら山に踏み込む。
 ほぼ同時ぐらいに流水はススキの群生と金色の稲穂の境まで辿り着いていた。淡く金色に光る球体の燐が、松明ほどの明るさを放ちながら、流水の後をふわふわと着いて来る。
 最初の剣戟の音が聞こえてきたのは、それからまもなくであった。
「くそっ!」
 人が大勢山へと向かっているのだ。その臭いや気配は豚鬼にも当然知れていた。おまけに、ご丁寧に居場所を示す灯りまで掲げてくれている。先行して山に分け入った旱は、豚鬼の痕跡を探すよりも早く、豚鬼に遭遇してしまっていた。丁度豚鬼達も山裾へと到達する頃合であった為でもある。切り結ぶ間に、提灯は地に落ち、ちろちろと紅い火を上げていたが、すぐに豚鬼に踏みしだかれる。
 この戦闘で、豚鬼達が少女のみを探している状態では無くなっていたが、鉢合わせした旱はたまらない。日本刀を抜いて応戦するが、三体の豚鬼から繰り出される重い槌の攻撃を防ぐのがやっとであった。何度か槌が肩や背や腕に当たる。がっくりと膝をついた所に振り下ろされる槌。
 だが、その槌は旱には当たらなかった。地響きを軽く立て、旱に止めを刺そうとしていた豚鬼が崩れ落ちる。
「無事か?」
「死んじゃいないな」
 豚鬼の背後から、新五国光を抜刀した、流水が現れる。流水から離れた場所に、ふわふわと燐の灯りが松明のように辺りを照らす。月の光のあまり届かない暗い森が、状況がわかる程度に遠くから照らされた。
 低い唸り声を上げ豚鬼が一体、流水へと向かい、もう一体は旱に今度こそ止めを刺そうと槌を振り上げる。弱った敵と、新たな敵といってもたかが一人。豚鬼達はそう思っていたが、実は一人では無かった。森の影から、双葉の拳が旱を狙う豚鬼の背後に決まる。双葉の長い前髪が、さらりと揺れ、冷静な青い瞳が豚鬼の動きを凝視する。
「数が揃えば、負けませんわ」
 さらに、美沙樹が流水の脇から、霞小太刀を翻し、豚鬼に一刀入れて現れた。瞬く間に、形勢は逆転する。豚鬼達は、太い唸り声を上げ、誰も居ない、森の奥へと駆け去ろうとした。しかし、それは上手くはいかなかった。
「逃げられると思ってるのか?豚野郎」
 豚鬼の退路を絶ったのは、唇を引き結んだ蓮慈である。手にした日本刀に、燐の灯りが反射してキラリと光った。
 逃げられないと見ると、豚鬼達は反撃に回った。
 重い音を立てて、空気を裂く槌が、弱っている旱に向かう。だが、完全に囲まれている豚鬼は槌を振り切る前に、何度目かの打撃を双葉から受ける事となった。低い呻き声が森に響く。
「鳩尾‥とか喉元‥にはなかなか当たりませんね」
 豚鬼自体はかなり大きいのだが、狙った場所という場所には上手く当たらない。だが、確実に豚鬼にダメージは入る。そこに、美沙樹の刃がざっくりと入った。黒い瞳がすっと細められ、ひとつに緩く結わえられた黒髪が美沙樹の肩にぱさりとかかった。
「お終いですわ」
「手数の多さだけだがな」
 もう一体の豚鬼も、そろそろ限界が来ているようだった。特別な技術こそなかったが、自らの力を過信しない流水の一撃は、着々と豚鬼を弱らせる。
「うおおっ!」
 流水と共に白刃を振るう蓮慈の手数も一役買ってか、流水に振り上げた槌はその行き場を無くし、地に落ちた。それを追う様に、豚鬼も崩れ落ちたのだった。
 三体の豚鬼は、仲間たちの連携で無事、退治される事となった。
 
 
●黄色い月を見て
 旱と流水に僅かに遅れながら、ランタンを掲げて山へと走っているのは小太郎である。ススキのような銀色の髪がランタンの光を受けて光る。剣戟の音が山裾で聞こえてくるのが気にかかる。少女はどの辺りに居るのだろうか。
「山の中までは行っていませんよね」
「大丈夫ですか?お嬢さん、何処においでですか?」
 掲げられる小太郎のランタンの灯りと、クリスの呼び声は、少女に届いていた。
 何よりも、ススキの群生周りで、旱の柴犬が探し物はここだと言わんばかりに軽い吠え声を出していたからである。
 山を警戒しながら、小太郎がススキを掻き分ける。
「助けに来ましたよ」
 頭を膝の中に入れて、小さくまるくなって動こうとしない少女に、稲穂のような金色の髪が揺らし、クリスが優しく声をかける。
「大丈夫ですよ」
 その声に、少女はそっと顔を上げる。ちいさな少女だった。擦り傷はたくさんあったが、何処も酷い怪我はしていないようで、小太郎とクリスは顔を見合わせ頷いた。
 クリスが手を差し出すと、少女はくしゃりと顔を歪め、ぽろぽろと泣き出した。
「大丈夫。もう大丈夫です」
 ぎゅうとクリスにしがみつく少女を抱き抱え、クリスと小太郎は村へと急ぐ。
「音、聞こえなくなったな」
 小太郎が山を振り返る。黒々とした山の稜線が月明かりに浮かび上がっている。
「私たちは村へ」
「ああ。わかってる」
 戦闘も気になるが、少女の無事が優先である。静かになった訳は、すぐに山から現れる仲間の姿で確認が出来る事となる。

 無事、少女を保護し、豚鬼を退治した冒険者達は、村でしばしの休息を取っていた。
「どうぞ」
 神聖魔法で簡素な粥を作って振舞うクリス。
「別嬪だ。どうだい?十年後に俺にお嬢ちゃんを任せてみないか」
 足腰に鞭打って帰り着いていた少女の父親に、酒を飲ませている旱。打撲やら何やら、一番怪我を負っていた旱だが、愛らしい少女の将来の伴侶の約束をとりつけようと、画策をしているようだ。父親の気をまぎらわすには一番なのかもしれない。
「寝ちゃったみたいですね」
 疲れと恐怖でがんばっていた少女は、父親の近くへ布団を持ってきて、べったりとくっついて眠りについていた。
 そういえば、少女はススキを採りに行ったのだと、小太郎は綺麗なススキを何束か採りに戻っていた。括ったススキの束を、そっと、少女の横に置く。
「鼻緒を直すのをやってみたかったのだが」
 紅い鼻緒の草履を探し出し、流水は微笑む。ちいさな草履に紅い鼻緒。壊れてはいないようだったので、やはり、そっと少女の眠る横に置いた。

 金色の稲穂の海を、黄色い丸い月が鮮やかに照らしている。
 怖い思いは、お月様が消してくれると良い。そう、冒険者達は見事な月を見上げて思った。
 駆けつけてくれた彼等のおかげで、しばらくは、安全な暮らしがこの村に訪れる事となった。