●リプレイ本文
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飛び出してきた小坊主の姿に、冒険者達はその足を止めた。
ひとしきりまくし立てた小坊主は、その冒険者達を改めてよく見ると、あんぐりと口をあけた。
「お産が始まったのですかっ、急ぎ手筈を」
「‥‥奥さん‥‥? そっか、先代さんの遺言叶ったんだ。案外‥‥傘化け達の恩返しかもね? ‥‥騒がせたお詫びに」
小坊主に、アキ・ルーンワース(ea1181)は、優しい笑顔を向ける。その言葉に微笑むと、ひとつ頷いて、齋部玲瓏(ec4507)は笑顔のまま、見知った寺の門をくぐる。
「お産ですか。かしこまりました。何ぞお役に立てれば幸いにございます」
小坊主の必死さに相好を崩すと、緋村櫻(ec4935)は、手助けならば参りましょうかと頷き。門をくぐれば、ふうわりと梅の香が漂い、櫻は笑みを深くする。
境内の隅にはまだ残雪も残る。法衣の裾が翻る。
「‥‥先ずは、お産の準備から始めようか。ある程度までは皆でやった方が早い」
「えぇと‥‥こういった場面は初めてでして‥‥何をどうすれば」
「まずは、水汲みでしょうか。お湯を沢山沸かさないといけないはずです」
大胆にも腰巻を前掛け代わりに括りつけると、玲瓏は井戸へと向かう。
「は。お湯ですか。かしこまりました。では、水汲みを致しましょう」
請け負ったのは良いが、お産となると、勝手が違う。櫻は果たして自分に何が出来るかと視線が彷徨うが、どうやら水が必要だと聞き、共に井戸へと向かう。アキは、小走りでうろうろしている小坊主へと声をかける。
「ありったけの桶を持って来てくれるかな?」
「でもっ!! もしお化けが出たらっ!!」
「うん、お化けは多分大丈夫、‥‥さしせまってきたら、お化けに驚く余裕もないし、準備が先でも、間に合うよ」
確かに、この寺にお化けは出た。最初のお化けはあまりよく知らないが、次に出たお化けの時には、玲瓏と共に退治に参加している。最初のお化けから随分と時間が開いて出たお化けは、どうやら先代住職が加減を忘れて化けて出たようなものだった。だから、きっと今回は出ない。そう心に思いつつも、心配している小坊主へと、安心させるよう言葉をかける事も忘れずに。
「もし、出てきましたら、その時は思い切り力になりますよ」
きりりと高く黒髪を結わえた侍姿の櫻が、ぽんと腰の日本刀・姫切を叩けば、小坊主はその凛々しさにこくこくと頷いて、お待ち下さいねと叫んで、母屋から、大小様々の沢山の桶を、がらんがらんと音立てて持って来る。
「火を熾しませんと」
玲瓏がお勝手の薪を確認すると、黙々と水を汲んでいた櫻も合流する。
「火の番、代わりましょう」
「あ、ありがとうございます」
沸いたお湯が、次々と、桶に入れられ、何処と無く慌しい空気が流れて行く。
「お茶が入りましたよ、どうぞ、皆さん一服して下さい」
のほほんと絵に描いたような若い住職が、お勝手の一角を占領して、こぽこぽと緑茶を湯飲みに注ぎ分けている。何時の間に。
「‥‥あ、これはこれは、ご住職様。この度は、おめでとうございます」
「あ、どうもありがとうございます」
「な・に・やってんですかあっーっ!!」
差し出されたお茶を受け取りつつ、櫻がぺこりとお辞儀する。なにやら和み空間がその場にぽっかりと出来上がる。それをばりばりと壊すのは小坊主である。額に青筋が浮いているのは気のせいだろうか。怒られて、乾いた笑いを浮かべて、冒険者達と小坊主に謝ると、早々に退散する若住職の背を見送り、櫻もほんのちょっぴり、乾いた笑い。
「わ、私が動揺しても仕方ありませんね」
でも、やっぱり慣れないこの空気に、どこか動きがぎこちない。薪をくべつつ、ふと思いつく。
「‥‥そうそう、綺麗な布とかも必要でしょうか」
ぷんすかと怒っている小坊主を見て、アキが笑いをかみ殺しす。
「んー布といえば何だろう‥‥綺麗な晒とか、一杯ある?」
「布‥‥晒し、ですか。奥の押入れにあると思います」
「じゃあ、持ってこようか。集めたら、ひと段落着くね‥‥後は赤ちゃんのご機嫌次第だから‥‥」
その後で、本堂の見回りに行こうかと小坊主に声をかければ、はいと、大きな返事が返る。
一方、お婆さんの手助けをと、玲瓏は、励ましの声を送りつつ、頑張る奥様の汗を拭いたりと気忙しい。
「若さまについて頂いた方がよろしいでしょうか?」
そう、そっと声をかけると、ふるふると首を横に振る。お婆さんは、それを見て豪快に笑い、うろうろしてるアレを遠ざけておいでと玲瓏に障子に映った影を見て囁いた。
「若さま? お生まれになりましたら、及び致しますので、どうか遠ざかっていて下さいませんか?」
「はい」
成すがまま。そんな気の抜けた返事をすると、境内へととぼとぼと向かう若住職の背中を玲瓏は見送り、陣痛が収まると幾分と和らぐような奥様の顔を見て、ほっと一息つく。痛みが走る際の声は確かに若さまに聞かれたくないかもしれないとこくりと頷き。
櫻はうめき声を聞く度に、顔を上げる。火の番をしつつ、お湯を絶やさないようにと気を配り、冷めればまた火にかけているのだが、その声に気を持っていかれる。
「あとは、天に祈るばかりです」
どうか無事に生まれますようにと。
布を探していたアキは、まっさらな晒しが沢山押入れから出てきてほっとする。手ぬぐいの類も、きちんと畳まれている。奥様が用意していたのだろうか、ごそごそと探っていると、奥から怪しげな布が入った箱も出てきて。それは後から、若住職からどうぞ記念にと渡されて微妙な笑いを浮かべる事となる。
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お化けの見回りにと、本堂を歩けば、足に伝わるのはまだ冷たい床の温度。そわそわする小坊主を見てくすりと笑い。
ギルドで読んだ依頼書にあったのは、主に本堂。傘化けに一反妖怪が現われたのを退治され。そして、次に回るのは、墓地や物置。墓地に飛び回ったのは沢山の傘化け。アキはそれの退治に参加していた。その傘化けはどうやら前の住職の持ち物であった風。墓石を倒してしまったり、いろいろあったけれど、きっちりと退治して、傘化けが告げたかった文字も読み取ったのを思い出す。何処にも異常ないのを確認すると、境内へと小坊主と共にゆっくりと歩く。
「しろくろ、後はお願い」
ボーダーコリーのしろくろが、アキのお願いに一声低く鳴くと、たったったと、境内や周囲の警戒へと走り出す。
「‥‥お兄ちゃん代わりになるんだし、あんまり慌てずに頑張らないとね?」
「! はいっ!」
こっそりと耳打ちすれば、ぱあっと明るくなった小坊主が、大きくアキに頷いて。何処と無〜く所在無げな若住職が、境内の梅の木の下で佇んでいるのを見てくすりと笑い。お産に男は邪魔なだけなのだろうと思っていたので、それとなく部屋の外で小坊主と見張り番をする事にする。
お勝手から、外を見渡して、警戒をするのは櫻。
こんな日に、妖怪の類は、お呼びでは無いのだから。しっかりと手順を反芻し。
「何処からか出てきたら、すぐに向かいませんと」
お勝手の外では、ウルフの黒旋風が大人しく待っている。
その頃、お産は最後の頑張りどころとなっていた。もう少し。もう少し。
奥様がいきんだ所で、つるんと出てきたのは、真っ赤な赤ちゃん。
「お湯をお願い致しますっ!!」
玲瓏の声に、櫻がまってましたとばかりに桶を運ぶ。
その暖かいお湯で湿らせた布で、綺麗にすると、玲瓏は奥様の顔の近くへと赤ちゃんを近づける。
「おめでとうございます。お疲れ様でございました」
「ありがとう」
後産までしっかりと確認すると、玲瓏は手際良く着物と布団を整える。小さな赤ちゃんに櫻は驚きと湧き上がる喜びに笑みを浮かべて、おばあさんの言うままに、産着の変わりに布を巻く。
大きな泣き声は、外へとも聞こえていて、集まった男達は、障子が開くのを今か今かと待っていた。
からりと開いた障子の中には、幾分疲れてはいたが、笑顔の奥様に、元気な赤ちゃんが居た。
おっかなびっくり抱き上げる若様と、目と口を大きく開けた小坊主が覗き込み。
「抱かせて貰っても良いですか?」
「もちろん」
小さくてやわくて、元気の塊を腕に抱き、アキは幸せな笑みを浮かべる。が、そこで、はたと気がついた。
(「俺‥‥若住職さんとそう年が変わらないんじゃ‥‥?」)
つーっと下がるのは、一筋の汗だったのか、冷たい予感だったのか。
アキ、二十一。若住職二十二。
ちょっとだけ乾いた笑いが浮かんでしまった。
「お茶が入りました」
何時の間にやら、玲瓏が人数分のお茶を入れてきていた。
「お婆さまも、どうぞこちらへ」
まだ随所冷たい冬だけれど、今日はぽかぽかと暖かい小春日和。
本堂の縁側に座り込むと、境内の梅の花が良く見える。
赤ちゃんを横に、休息する奥様をそっと残し、集まった面々は、まったりと、お茶を飲みつつ、暖かさを身に受ける。大きなお煎餅がしょうゆのいい香りを立ち上らせていた。
ようやく一息ついた玲瓏は、ほぼ一年振りに足を運ぶこの寺をしみじみと眺める。手際の良さを褒めてくれたお婆さんがくれたものを思い出し、玲瓏はくすりと笑い。
「いつの間にか、素敵な奥様がいらして、良かったです」
小坊主と、若住職に、また会えた事の喜びを告げると、玲瓏は微笑む。元気一杯で、代わらぬ小坊主の姿に、笑みが深くなり。今この時の幸せは、先代住職の手柄だろうと、そっと胸内で祝いの言葉を紡ぎ。
「女の子さんでしたね」
櫻が、お茶をいただきつつ、元気な赤ちゃんを思い出して笑みを浮かべれば、若住職がお茶をのみつつ笑い。
「こうして、この時にお会い出来たのも、何かのご縁。もしよろしければ、皆さんに名付け親になってもらえませんでしょうか。冒険者さんに立ち会ってもらって名を貰う。きっとどんな世になっても元気で過ごせるでしょう」
「‥‥若さんにしては、ないすなお言葉です」
何を言い出すのかと伺っていた小坊主は、その言葉に、こくこくと同意を告げて、縁起が良いって言うし、どの道、名は誰かに頼みたいって嫁さんは言っていたねえと、お婆さんも頷く。
「‥‥睦月生まれの女の子、か」
アキは少し考える。
「北風や雪の中でも、咲く花や香りが和ませてくれるように‥‥。どんな時でも、周囲の気持ちを綻ばせてくれるような‥‥そういう子でいて欲しい、から‥‥小梅、とか?」
ほころぶ境内の花を見て、アキは思う。ご先祖様の加護があればと願いを込めて。
「鈴音は如何でしょう」
鈴の音を思い出し、玲瓏はひとつ頷く。
「邪気を祓う、軽やかで心地良い鈴の音が、子供の笑い声のようだと思います」
健やかにと、願いを込めて、祝いの言葉と共に、玲瓏は告げる。
「今日は暖かいですから‥‥小春‥‥時期としては、小梅になりますか。小雪‥‥雪花なども綺麗でしょうか」
学が浅いものですからと、櫻は一生懸命に名を考える。
梅の花を見て、思い出すのは桜の花。
拾われた時期に咲いていた花故に、櫻と名がついた。それを思い、首を横に振る。
「‥‥私も、誰かには生まれた事を喜んで頂けたのでしょうか‥‥あのように」
僅かに笑みを浮かべた櫻へ、若住職首を傾げて、ゆっくりと頷いた。
「この世に生まれ出たという事実、それがすでに御仏の大きな祝福であり、喜びであると思います」
きっとと、頷く住職の言葉に、櫻ははっと顔を上げた。
小坊主が私だって、親無しなんですよと、後からこっそり走って櫻に何かを手渡した。奥様から、会えて嬉しかったと言葉が添えられて。春の日の巡り合せに、櫻はしみじみとそれを眺め。
奥様と小坊主と相談した住職は、『小梅』と名付けた。
この日を忘れないようにと。
とある冬の日の小春日和。
梅の咲き誇る小さな寺の一角で。
たまたま出会う縁は広がり。
また、何時か。
花咲く季節に会えるかもしれない。
冷たい冬も、何時までも冬ではなくて。
やがて春がやって来る。
吹く風は未だ冷たいが、その中に、花の香りが混ざり、玲瓏、アキ、櫻の間を抜けて行く。
またね。
手を振る小坊主に手を振り返し。
冒険者達は何時ものように、ギルドへと報告に戻る。
何時ものように。
変わらずに。
また。