残滓

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:6人

冒険期間:11月06日〜11月11日

リプレイ公開日:2006年11月14日

●オープニング

 それ等は因縁の場所に出現する事もあるが、場所を選ばず出現する事もある。
 江戸から徒歩二日ほど離れた、とある町近くの川原にそれ等は出現した。
「嗚呼」と、濁った鳴き声が響き渡る。
 大鴉の黒い翼の音が、寒くなり始めた秋の夜更けに遠くまで聞こえた。
 幸いにも、しばらくはその川原から動くつもりは無い様である。何故川原から動かないのか定かでは無い。
 ただ一本生えている枯れた木に、巣とおぼしき物がある。
 その木の下には、二体の死人憑きが、木の周りを徘徊していた。
「私が‥悪かったんです」
 冒険者ギルドに、酷く項垂れた、恰幅の良い商人がやって来た。小間物を扱うというその商人は、あちこちの村や町、江戸近辺を中心に商いをしているという。
「商品を、大鴉に簪などを奪われた丁稚を罵倒したのです」
 丁稚は悪くない。けれども、丁度その時、同じように大鴉に商品を奪われた丁稚が居て。
「まさか、あのような姿になってしまうとは‥」
 主人に罵倒された丁稚は、まだ、入って間もない坊やのような少年二人であるという。叱り過ぎたと、様子を見に行けば、寝床はもぬけの空。さては、逃げ出したかと、やり切れない思いを胸にしていたら、商人の下に知らせが届いたのだという。
「どうか、あの子等を助けてやってください」
 そうして、元凶になった、あの大鴉をどうか、退治して下さいと、深々と頭を下げて、商人は依頼を願い出たのだった。

 川原に彷徨う少年二人の死人憑きと、大鴉を退治して下さい。

●今回の参加者

 ea0276 鷹城 空魔(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea1192 クレセント・オーキッド(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb7840 葛木 五十六(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

桐沢 相馬(ea5171)/ エグゼ・クエーサー(ea7191)/ コバルト・ランスフォールド(eb0161)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ クーリア・デルファ(eb2244)/ 千住院 亜朱(eb5484

●リプレイ本文

●帰らない想い
「幾ら共にした時間が短くても、叱られて逃げ出す子供達なのかどうかを雇い主である貴方が見誤ってどうするの」
 やりきれない想いが依頼書を手にした冒険者達の間に広がった。クレセント・オーキッド(ea1192)は、依頼者の商人に、嘆息交じりに語る。彼女に商人を責めるつもりなど無い。彼女の隣に居た冒険者が、やれやれと言った表情で、クレセントの肩を叩く。
 クレセントの言葉で、はっとした顔をする商人に、彼女は頷く。雇い主として、ちいさな子供を預かる商人が忘れていた部分を思い出して貰いたかったのだ。その気持ちはどうやら商人に伝わったようである。
 鷹城空魔(ea0276)が、目じりに水滴を溜める商人にそっと声をかける。
「誰が悪いってわけじゃない。別におっちゃんだって嫌って怒ったんじゃない。‥ただ、運がなかっただけなんだ。ひでー話だけど‥運がなかっただけなんだ‥」
「この結果を予測しろというのも酷な話」
 戻らない子供達と同じくらいの身長で、商人を見上げる上杉藤政(eb3701)は、唇をかみ締める商人に、やはり軽く頷く。藤政には、あまり覚えの無い感情ではあったが、怒りから罵倒する事は良くある事である。
 叱責する側としてみれば、怒っている本人の人格まで否定しているわけでは無いのだが、叱られる側としてみれば、歳が若ければ若いほど、自分の全てを否定されているような気持ちになる事もあるようなのだ。今回の叱責も、仕事に関して怒っているだけであり、全てを否と言われているのでは無い。理解するには、子供たちはあまりにも小さかったのかもしれない。
 全て。今思えばなのだが。
 見送る冒険者から武器への祝福を受け、深く頭を下げる商人を後に残し、冒険者達は丁稚二人が死人憑きになって彷徨うという川原を目指し歩き始める。

「‥俺も昔は修行サボったり、悪戯して怒られて、家出したりもしたっけな〜まぁ、俺の場合は腹が減ったら戻ってきちまうけどさ?」
 空魔は軽い調子で言ってはいるが、僅かに眇められた目は、取り返しのつかない事実を見ていた。
 自身が、勘当中の葛木五十六(eb7840)は、空を仰ぐ。
「悲しい話ですね、怒られてどんな気持ちだったのか‥拙者には彼らの気持ちは察する事しか出来ませんが、さぞ悲しくやるせない気持ちだったのではないでしょうか」
「恐らくは、大鴉に取られたものを取り返したかったのでしょうが‥。大鴉ともども、彼らを退治することが、死んだ彼らにとって最大の供養なんでしょうね」
 乱雪華(eb5818)が、五十六に頷いた。
「できれば痛めつけずに倒したいところですが、そうもいかないのが残念でたまりません」
 フィリッパ・オーギュスト(eb1004)の言葉が全てであった。

●川原
 問題の川原に着く前から、嫌な鳴き声が聞こえていた。
 嗚呼。嗚呼。
 その声は、禍々しさを含んだ鳴き声であり。
「見えました」
 五十六が腰の刀に手をかけながら呟く。空を飛ぶ大鴉に挑みたい気持ちはあるが、その為の術を見につけていない自分が少し悔しい。武術の腕は、磨けば磨くほど深くなる。極めようとする流派の開祖を思い、今は自分に出来るだけの戦いをしようと足を踏み出した。
 こちらが大鴉を視認したのと同じように、大鴉も冒険者達の接近を認めていた。
 嗚呼。
 酷くしゃがれた鳴き声が耳障りだ。大鴉は、巣からばさりと羽を広げて飛び掛ってくる。
 ざわつく動物達を押さえていた空魔が、鷹ノ心を撫ぜて放つ。
「‥頼むぞ、鷹ノ心」
 見晴らしの良い川原の石を蹴散らしながら、冒険者達はまだ、点のようにしか見えない丁稚の姿をした死人憑きへと向かって走る。
「くっ‥これでは‥」
 大鴉を抑えるために飛び出した鷹ノ心と、大鴉が入り乱れる。持ち慣れない弓を構える雪華は上手く目標を絞れないでいた。大勢の冒険者を見て、逃げ出そうとする大鴉は、確かに、鷹ノ心で足止めを食らっていた。
 だが。
「まずいな」
 同じように、金色の光を纏いながら陽の魔法を打とうとしている藤政も大鴉を捕らえかねていた。離れたと思えば、また近づくのだ。遠距離攻撃を何処で放つかを見極める為、大鴉を相手にする二人は嫌な時間を過ごす事になった。
 聖なる結界を藤政と雪華を守るよう張り巡らすクレセントは、遠くに見える丁稚達が見えないものかと目を凝らす。
「哀れね」
 本当に哀れなのは、その姿を何時までも晒す事だと、クレセントは理解している。討つ事にためらいは無い。もうそこにあるのは、丁稚達であって、丁稚達では無いのだから。白では無く、灰色の慈愛だと言われたが、それでも、聖職者として行う行動は間違っていないと彼女は思うのだ。
 ゆらゆらと、踊るように、ちいさな丁稚の姿をした死人憑き二体は木を中心に周っていた。その小さな手は木の上の巣を掴もうとしているかのように空を掻く。
「簪は商人にちゃんと届けますからね。迷わず成仏してください」
 五十六が、刃を滑らせ、抜刀すると、人の接近に気がついた死人憑きは、その表情を変える。いや、表情など無いのだが、生ある者を害するだけの存在が、冒険者達の接近でその使命を思い出したかのように木から離れて向かって来る。
 空魔の千代錦が吠え立てるが、死人憑きの歩みは止まらない。真っ直ぐに冒険者を目指している。
「こんなの、望んで無いだろっ?」
 一呼吸置く間に、空魔が増える。抜刀する空魔の姿が、何人も川原に出現した。しかし、人を害そうとする死人憑きには、命ある者にしか興味は無さそうであった。
「援護するわ」
 大鴉に近づこうと移動している雪華の鳴弦の弓が複雑な音を鳴り響かせる。打つようなその弦の響は、真っ直ぐに進んできていた死人憑きの動きを鈍らせた。
「では、まいりましょう」
 フィリッパの薔薇の茎のような鞭が接近してきた死人憑きを弾く。苦痛など感じてはいないのだろうが、その可愛らしい顔がフィリッパに向けられる。
「残念ですが」
 その顔を見て、辛くないわけでは無い。だが、手も緩めない。五十六が切り付ける刃が、ざっくりと死人憑きを切り裂く。空魔の刃もそれに続き、フィリッパの薔薇の鞭も再度打ち付けられ、死人憑き二体はがっくりと膝をついた。あと僅かで、倒れるだろうという時、フィリッパの手から聖水が取り出される。清められて、死での旅路を送れるようにとの願いを込めて。
「お眠りなさい、今はただ安らかに。願わくばこの子たちの信じるものの加護がありますように」
 清めの塩と聖水が振りまかれ、死人憑きは丁稚となり、そうして今度こそ、黄泉路へと旅立った。

 一方、逃がさないので精一杯の大鴉だったが、このままでは逃げられてしまう。
 川原をひた走り、大鴉の移動についていっていた三人だが、ついに川原の外れまで移動していた。その先は、うっそうとした森である。森の上空へと逃げられたら、これまで以上に弓も遠距離魔法も上手くは当たらないだろう。
 ずっと見ているだけであったが、見ていただけに、その動きがかなり推測されるようになる。離れた瞬間を狙って、雪華の弓がびょうと音を立てて大鴉に飛び、藤政の陽の魔法が金色の光の線となって放たれる。
 酷い悲鳴が響き渡った。
 大鴉に二人の攻撃は当たったが、落下する大鴉は、森の奥へと落ちていった。あの傷では助からないはずだとは見て取れたが、その生死は残念ながら確認出来なかった。

●葬送
「少年達よ。次の輪廻では幸せに過ごしてほしい。私が貴殿らにしてあげられることは祈ることのみだ」
「品物はちゃあんと旦那様に届けておくから、もう安心してお休みなさい‥」
 藤政が黙祷し、クレセントが丁稚達の履いていた草履を拾う。木の近くで鼻緒が切れた草履が見つかったのだ。僅かでも、形見として商人に手渡す事が出来る。死人憑きとなった彼等の遺体は残らないのだから。
「鴉って、光るものとかをよく巣や気に入った場所に溜め込む習性がありますから。たぶん、丁稚さんたちが取り返したかったものも、ここにあるかと」
 雪華が、木の上を眺める。同じように、五十六も木の幹を撫ぜた。乾き、朽ちようとしている木。このまま、放っておいても、いずれは倒れるだろう。けれども、このまま放っておく事はだれもしたくは無かった。
「この木が無くなれば、もう大鴉は住み着く事も無いですよね」
 川原にぽつんと立つ木は、彼らの手で倒される。生木では無い為、驚くほど簡単に、木は倒された。ぼろぼろだった木は、粉々に崩れ、小さな破片となる。手にすれば脆く粉になり。
「本当に運が悪かったんだよな‥」
 空魔がその空の巣を見てぽつりと呟いた。
 大鴉は、木が朽ちたらここから離れていただろう。そうしたら、丁稚達は襲われる事など無かったかもしれない。
 だが、もしもは無い。
 落ちた巣の中からは、金色の細工の小さな花簪が二本、折れ曲がり、細工を潰された姿で転がり出てきた。

 冒険者達は、商人に簪と遺品を届けた。崩れた花簪を手渡すフィリッパの横で、クレセントが軽く頷いた。
「受け取って。この簪が貴方の元に届く事が、あの子達の願いだったと思うから」
 うつむく商人に、五十六も穏やかに声をかける。
「あまり自分を責めないように、人は魔がさす事があるものです。同じ事を繰り返さない事が大事ですよ」
「墓を‥作ってやっては貰えないだろうか」
 藤政の声に、商人は、顔を上げた。藤政は、自責の念にかられている商人の心も軽くしてやりたかった。亡くなった丁稚達の為に何かをする事で、商人の気も落ち着くのでは無いかと思ったからである。
 もちろんですと頷く商人は、少し立ち直りかけていた。
 少し離れた場所でそのやりとりを見ていた雪華は、先に店を出ると空を仰ぎ、自分にも言い聞かせるように呟いた。
「これで、少しでも丁稚さんたちの供養になるといいんですが‥。探し物は無事届けましたから、安らかに成仏してくださいね」