山葡萄を採ってきて!

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 41 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月15日〜11月19日

リプレイ公開日:2006年11月23日

●オープニング

 冒険者ギルドへは、様々な依頼が舞い込む。
 国家に関わる一大事から、退治、護衛、万相談事。時には誰かの熱いお願い事もあったりする。
「‥お願いがあるの」
「他当たって下さい」
「話は最後まで聞きなさいよ!」
「はいはいはい」
「はいは、一回」
「はいはい」
 ギルドの受付に顔を出した女の子は、名前をゾフィと言った。
「‥まあいいわ。葡萄を食べに連れて行って欲しいの」
「他当たって下さい」
「だから!話は最後まで‥」
「はいはいはい」
「はいは‥」
「一回?」
「そうよ?!」
 金色の髪の、今年十四歳になるハーフエルフの少女は、おじいさんと毎年この季節、葡萄狩りに出かけていたという。
 所が、昨年、保護者である祖父が亡くなり、今は親戚の家で暮らしているという。親戚といっても、遠い親戚で、下働きと言っていい。働きに出るのなら、給金は貰える。だが、その家の中では、彼女は一応保護される対象なのだ。
 ただ働き。
 彼女は、頭も良く、勝気だった。何度も出て行こうかと思ったと笑う。
 だが、彼女が十八になるまでは、その家で暮らさなくてはならないという、亡き祖父の遺言があるというのだ。
 祖父の遺言と、もうひとつ。
 その家には体の弱い少年が居るのだという。
 今年十五になる少年は、肺の病を患い、あと半年。あと半年と、医者に言い続けられてこの歳まで生き延びたと言う。
「連れてってあげたいのだけど、険しい山道だし。遠いし。小鬼も出るし。だからお願い!葡萄だけでも食べさせてあげたいの!」
「小鬼が出るんですか。‥それじゃあしょうがありませんね」
 お駄賃を溜めたのだと、少女は偉そうな顔をして、受付に手渡した。
 どうなることかと、聞き耳を立てていた冒険者達は、受付と少女にこっそり拍手した。

 山葡萄を採ってきて下さい。

●今回の参加者

 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb5521 水上 流水(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9049 紫 天狗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ネム・シルファ(eb4902)/ ジュリアンヌ・ウェストゴースト(eb7142

●リプレイ本文

 水上流水(eb5521)が、小さなゾフィの目線までしゃがみ込むと、微笑んだ。
「ゾフィさん、よろしく頼む。西洋では『レディ』といったかな、そんな女性の手助けができるのは男として本懐だ」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
 はきはきと喋り、ぺこりとお辞儀をするゾフィに、流水の微笑みは深くなる。 凛々しく心優しい女性の手助けをするのは、彼としては当然の事。たとえ、彼女が道端で同じような話をしていたとしても、やはり手助けになろうと声をかけたはずである。
 カイ・ローン(ea3054)も、ゾフィの気持ちに引かれて一歩踏み出した。小さな少女の前向きなその心意気を受けようと思ったのだ。
「困っている女性は放っておけない」
「泣かせる話じゃない。嫌いじゃないわよ、そういうの」
 金色の髪をふわりと揺らし、微笑むマクファーソン・パトリシア(ea2832)に、ゾフィは同じ色を見出してか、目を丸くしている。そんな少女の頭をシルフィリア・ユピオーク(eb3525)が自然な動作で撫ぜる。艶やかな微笑が、少女に向けられた。
「あたいらに任せておきな。美味しい葡萄を取って来てあげるよ」
 何も心配する事など無いのだと、少女に軽くウィンクをする。高く結わえたポニーテールがふわりと揺れた。
「事情が事情ですし、取りに行きますか」
 別の依頼から戻って来たばかりの所に、この少女の姿を見てしまった山本建一(ea3891)は、小さく頷く。いろいろ複雑な事情を耳にしてしまったのだ。やはり、葡萄を採りに行く仲間に名乗りを上げる。
「いろいろあるみたいですけど、依頼、かなえてあげましょうか」
 リフィーティア・レリス(ea4927)も、小さな少女の姿に足を止め。
「まあ、よろしくな」
「よろしく」
 紫天狗(eb9049)は、金色の髪をかきあげながら、ギルドの奥から歩み寄った。
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜」
 ゾフィを中心とした輪を、多少遠巻きに見ながらではあったが、トマス・ウェスト(ea8714)が、参加の意思を示す。医療に携わる者としても、少年の病状が気になる所なのかもしれない。
 ぺこりとお辞儀をする少女に、冒険者達はそれぞれ頷くのであった。

「う〜ん、なんか肩が重いね〜」
 出掛けに、トマスが首を左右に振る。肩凝りかと見れば、金髪の少女が後ろに居るのだ。連れのようだとギルドの受付が軽く突っ込んだが、トマスは見えないようである。いつもの事なので、それ以上は突っ込みは入らない。
「ん〜?我が輩には何も見えないが〜?」
 不思議そうなトマスに、仲間達が苦笑する。
「お、体が軽くなってきたぞ〜、アレはなんだったのかね〜?」
 ギルドを後にし、歩きながら、やはり首を左右に動かすトマスには、最早誰も突っ込まないのであった。
 葡萄の生る山までは、馬で移動出来る場所もある。カイは、ひょいとばかりに、ゾフィを馬に乗せた。きゃあと歓声を上げる少女に気になる事を馬上でそっと聞いた。
「気に障ったら悪いですけど、道中の安全のため効きたいのですが、狂化の特別な条件はありますか?」
「人が亡くなってしまったのを間近で見た時。何も答えられなくて食べられなくて、動けなくなってしまうの。それって、ちょっとだけ、皆より色んな行動が大きくなるって事‥だと思うけど、やっぱり怖いですか」
「いや。ちょっとだけ、ゾフィも周りも大変だなと思うが、怖く無い」
顔を上に持ち上げるように、カイを見て良かったと笑うゾフィに、カイも笑いかける。今回は狂化に触れる事は無いようで、胸を撫で下ろす。

 小鬼は出没するのは出没するらしいが、大勢の冒険者の行軍には鳴りを潜めているらしく、かさりともしなかった。
 そうして、難無く辿り着いた場所は、切り立った岩壁であった。
 深い山の中にぽっかりと立つ灰色の岩。その上から山葡萄の蔦が見え隠れする。
「まあ何だ。人には向き不向きっていうのがあるからな」
 長い銀髪をさらさらと揺らしながら、リフィーティアが仲間達を見て笑う。パトリシアも、道中自然薯や胡桃などを、ふらりと離れては収穫し、戻ってきていた。大収穫。秋も終わろうとする山は恵みの宝庫であった。
「悪いんだけど私は体力より感覚で勝負するからこれはお願いね。あと、帰りも頼むわね」
 頭を下げるパトリシアに、愛想よく頷くのは流水。少年の為ならば、ゾフィの為でもある。
「死なない程度に頑張れ」
 リフィーティアの声援に崖のぼりをするのは流水ただ一人。カイの援護を受け、ゾフィの心配そうな顔に、笑顔で答え、切り立つ崖を登り、なんとか無事葡萄を収穫する事が出来た。
 一方、魔法で葡萄収穫を狙っていたシルフィリアだったが、気をつけていても、落下の衝撃はいかんともしがたく、多少見目の悪い葡萄が沢山収穫出来た。
「うっそ〜!」
「けひゃひゃひゃ、鮮度を保つのかね〜?なら我が輩がアンチセプシスをかけてあげよう〜。元々実験体の保存の為に習得した奇跡だがね〜」
「ジュースとか、ジャムにすると良いらしいな」
 料理法を聞き込んでいた流水が、シルフィリアの手元を覗き込んで笑うと、シルフィリアもゾフィもつられて笑った。
 トマスが葡萄を新鮮に保てるようにと、細かい気遣いを見せる。やはり、ゾフィからは遠巻きではあったが、その気持ちは暖かいものもあるのだろう。ふと、ゾフィに誰かを重ねて見ているかのような遠い目は、誰にも見られる事は無かったし、トマスも見られたくは無いだろう。

 無事、葡萄を収穫して戻ると、案の定。ゾフィの親戚達はいい顔をしては居なかった。
 少年の母親とその姑。そうして、年配の使用人が一人。ご主人はどうやら仕事に出ているようで居なかったが、実質、家で長く顔を合わせるのはこの三人であろう。
 只今戻りましたと、ぺこりとお辞儀をするゾフィを複雑な表情で見る三人。
 名立たる冒険者達が、ゾフィを連れて現れ、少年を診察するという非日常の状態に言葉も無い。
 それを見て、リフィーティアは小さく呟く。
「こじれなきゃ良いけどなー」
 ゾフィと家人の関係は徐々に良くなっていっているようだし、あえて何か口添えをするのは逆効果では無いかと思っていたのだ。それでも、彼女が少年の為に葡萄を採りに行ったという事実だけは、事実として、伝えようとも思っていた。だが、それ以上は、余計な手出しかもとも思うのだ。
「我が輩も同じことしかいえないね〜。まあ、数日は大丈夫そうだがね〜、けひゃひゃひゃ」
 少年を診察した何処か気だるいトマスの言葉に、家人は押し黙る。同じように診ていたカイも、専門家以上の診断は下せず。
「葡萄やら、山の物やらは、大変ありがとうございました。何方でも、同じお見立てですのね」
 その、好意には、丁寧にお礼を告げられるが、暇を即される冒険者達が、ぐっと黙っているゾフィと少年を見た。このまま立ち去っては、ゾフィの立場が無い。
「気持ちが負けたら、治る物も治らないよ。医者がなにを言おうと、元気になって今度はこの子と一緒に葡萄を取りに行くんだって、気持ちを強く持ちな」
 少し、膝を寄せたシルフィリアの言葉に、線の細い少年は、はっと顔を上げた。シルフィリアは少年に頷くと、今度は、家人へ向かって、問いかけるように話す。
「この葡萄を採ってくるのにさ‥御駄賃を貯めてって言ったって、養って貰ってる身で貰える御駄賃なんて高が知れてるだろうに、それを掻き集めてまで依頼にまわすなんて、早々できる事じゃないよ」
 何故、冒険者達がゾフィと一緒に来たのか。動揺していて、それに思いが至らなかった家人も、その言葉に、ようやく、冒険者達が我が家にやって来た理由に思いを向ける。だが、老婦人の口から出たのは、まだ、なじる言葉だった。
「‥家の恥を、よそ様に広めてくるなんて‥やはり、あの男の‥」
「それが、この娘に対するあなた達の気持なの!いい加減認めてあげないと彼の元から去って、取り返しのつかない事になるわよ!」
 クールな容姿に反して、内には熱血の気があるパトリシアが、ついに切れた。ゾフィの立場を悪くしてはならないと、我慢していた分だけ、反動は大きい。祖父の遺言を守り、少年を支えていたのは彼女では無いかと。
「全然関係ない俺が言うのも何だけど、仲が悪かったっていってもそれはゾフィ本人には関係ないわけだし。普通に接してやってもいいんじゃないのかなーって」
「この子のお爺さんがどう言う人かは知らないけどさ、この子は性根の真っ直ぐな良い子だと思うよ」
 リフィーティアと、シルフィリアも口々にゾフィを庇う。
 そう、禍根は彼女では無く、彼女の祖父との間の話。しかし、人の感情は、正論だけでは動かない。家人達も、充分理解しており、ようやく、ここまでゾフィとの関係を漕ぎ着けた所なのだ。
 押し黙る家人に、流水が葡萄料理の作り方を説明し始める
「焼酎漬けは時間がかかるんですよ」
 その穏やかな物言いに、ふっと、雰囲気が変わった。少年の母親が、差し出された潰れた葡萄を手に取って微笑む。
「そうなんですか」
「ゾフィさんが色々教わっていましたから」
「ありがとうございます。‥ゾフィ!作って頂戴ね」
 命令調の言葉に、冒険者達は息を呑んだ。だが、次の言葉で、胸を撫で下ろす事になる。
「そうして、一緒に食べましょう」
「はい!」
 直ぐに、仲良しとはいかないであろうが、冒険者達が葡萄を取ってきてくれたおかげで、確実に数歩、彼女の立場は変わった。いずれは、変わるものであっても、それが早いに越した事は無い。
「言いたいことはちゃんと言った方がいいよ。それで何が変わるわけでもないかもしれないけど、何も言わなければ絶対に変わらないからね」
 カイは、立ち去り際に、思い出したようにゾフィに囁く。はいと頷くゾフィの顔を覗き込み、諦めない限り、いつだって可能性はあるのだからと、微笑んだ。