海から山へ、山から海へ

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月05日〜12月10日

リプレイ公開日:2006年12月13日

●オープニング

 江戸から離れたとある場所に仲の良い二つの村があった。
 二つの村を繋ぐその道は、海の村から山の村へと繋がる一本道である。
 峠を越える辺りから、潮の香りがしはじめて、海の村へと行く人はわくわくする峠道であった。海の村から、山の村へと行く人は、様々に移り変わる季節を木々の芽吹きや紅葉などで感じられ、やはり、気持ちの良い峠道であった。
 海のものを山へ。山のものを海へと、週に一度、その峠を越えて行き来していたのだ。
「熊鬼が出やがってねぇ」
 ふたつの村を代表して来た壮年の男性が深い溜息を吐いた。
「幸い、人に怪我ぁ無かったんだが、荷車は壊れちまって。野菜とか果物とか、獣肉なんかは全部持っていかれちまったんでさぁ」
「それは災難でしたね」
 ギルドの受付が相槌を打つ。男は、また、はあと溜息を吐く。
「そんだけで済んだんだもんな。でもよ、しばらくしたら、また出やがった」
 今度は、海の村からの荷車が襲われたという。
「普通に行き来する分にぁ、出ねえんだ。これが」
 どうやら、荷車が定期的に通る事を知っているらしい。
「このまま、放っておいたら、俺等がやられちまう。だからって、村の行き来が無くなるんは困るんだ。どっちも、親類縁者だらけなんでなぁ」
「熊鬼退治でよろしいですか?」
「ああ、お願いするな。退治さして貰ったら、鍋ご馳走するってみんな張り切ってるからさ」
 
 熊鬼を退治して、海の村と山の村の一本道を安全に通れるようにして下さい。

●今回の参加者

 ea5910 ミリオン・ベル(28歳・♀・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 ea8921 ルイ・アンキセス(49歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb0112 ジョシュア・アンキセス(27歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 eb6966 音羽 響(34歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb9127 藤堂 綾音(23歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9536 イサキワ・セツナ(26歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●期待のお鍋
「ジャパンに来て初めて知った料理!スープに色々な具が入ってるんだよね! ヨシェナヴェっていうんだっけ?今からちょー楽しみだよー」
 わくわくと、顔に書いて、ミリオン・ベル(ea5910)が大きな碧の目を輝かせて笑う。何やら洋風の発音になってはいたが、ヨシェナヴェとは、寄せ鍋の事に違いないと、周囲の冒険者は微笑ましく頷く。その横で、 藤堂綾音(eb9127)が、やはり同じように期待に黒曜石のような瞳を輝かせている。
「お鍋は、この時期はほかほかに暖まれてとても好きですの。困ってる人を助けるため、お鍋のため。頑張りますの♪」
「鍋‥‥良いですよね‥‥」
 鍋には色々あるけれど、海の村といえば、海鮮だと、ルイ・アンキセス(ea8921)は、たくわえた、見事な緋の髭を撫ぜながら、未だ見ぬ鍋を思い浮かべる。濃厚な牡蠣が浅く煮込まれ、それをほおばると、とろりとした甘みが口に広がる。油の乗った白身魚はぷっくりと口の中ではじけ、その魚介類のうまみを吸った大根や白菜などの野菜の旨みは何ものにも変えがたく。
 夢の中へと入りつつあるルイだったが、それを見ていたルイの息子、ジョシュア・アンキセス(eb0112)が彼の足を蹴り飛ばす。
「おい、行くぞ」
「‥‥痛いな」
 日常茶飯事のじゃれあいなのだろう、蹴ったジョシュアは、高く結わえた緋の髪をわざと大きく揺らし、ちらりとルイを振り返る。女性と見紛うばかりの顔立ちではあるが、れっきとした男性である。そんなジョシュアに蹴られたルイは、軽く肩を竦めただけで、何となく嬉しそうで。
「そろそろ、出かけましょうか?」
 何処か、微笑ましい冒険者の親子二人を見て、くすりと音羽響(eb6966)が微笑んだ。
「熊鬼を退治して、村の人たちが安全に行き来出来るようになると良いですね」
 背筋を伸ばし、きちんとした物言いをする剣真(eb7311)の言うように、さっくりと熊鬼を退治して、早く鍋に辿り着きたい。
 もちろん、村人の安全が第一である。
 しかし。鍋も大事なのである。
 

●峠
 冷たい空気が鼻腔をくすぐり、誰かが小さなくしゃみをする。海が近いせいか、海鳥の鳴き声が聞こえる。海鳥が多いという事は、魚も多いという事でもある。
「まかしといてー!」
 ミリオンが、朗らかに笑う。
 冒険者達は熊鬼が出る為の習性を利用する事にしていた。確実に熊鬼が出てくる為に自らを囮をするのだ。
「大丈夫ですの。私たちが、がんばりますの」
 申し訳ないから一緒に行こうかと、申し出る村人へ、綾音がたおやかに笑う。万が一の事があってはいけないと、冒険者の誰もが思っていた。
「もちろん力仕事は男の人の役目だよねー」
 小さなミリオンが小首を傾げて、また笑う。そう、小さくは無いが、苦労するほどの大きさでは無い荷車である。おおらかなルイが快く頷く。

 がらがらと、軽快な音を立て、荷車が峠へとさしかかる。
「ほら、綺麗だぞ。‥‥この峠で繋がれた村々の仲が良いと言うのも頷けるなあ。心の棘も抜けてしまう」
 もうそろそろ、紅葉は終わりである。
 しかし、雑木林が立ち並ぶ峠沿いから、さらに奥まった山へと続く、紅葉を取り混ぜた山の色は、寒さを増した今日は、くっきりと色鮮やかに浮き上がる。
 冬には雪が、春には若葉が、夏には木陰が、海の村と山の村を繋ぐこの道を彩るのだろう。
 遅れがちな真は、その穏やかな木々に釣られてか、一本道で、大勢が一緒ではあるものの、ついふらふらっと、獣道に足を踏み入れそうになっては、はっと、我に返っている。
 台車の後ろを押しているジョシュアは、流れる雲を見て目を細める。分厚い雪雲が、ちぎれ飛ぶように青い空を横切っていく。もうじき雪が降るのかもしれない。そう、周りを警戒していたジョシュアと、ふらりと獣道へと足を踏み入れかかっていた真が、熊鬼の接近に気が付いた。
 なだらかな坂道である。
 その両輪には、前もって用意していた車輪止めを、真が押し込み、響がそれに倣う。
「くるぞっ!」
 ジョシュアがショートボウに矢をつがえて叫ぶ。
 その声が終わらないうちに、黒っぽいこげ茶色の熊の毛皮を持つ体躯、鋭い牙を光らせる猪の頭。見上げるほど大きな熊鬼が、雑木林を揺らし、冒険者達の前に立ち塞がった。熊鬼は、いつもと毛色の違う、荷運びを一瞥するが、巨大な棍棒を軽々と振り上げた。姿形で問題になるのは、一人だけだと認識したのかもしれない。
「‥逃がさんよ」
 熊鬼は、棍棒を振り下ろしたその時、自らの間違いに気が付いたかもしれない。だが、その時点では、逃げる事は叶わなかった。
 熊鬼の攻撃を檜の棒で受け止め、はじくルイ。そこへ、ミリオンとジョシュアが矢を放つ。
「モンスターなんかに手加減はしないんだから!」
「おらおらおらおらー!」
 ぐらりと体を傾がせる熊鬼に、法城寺正弘を抜刀した真が走り込み、一太刀を浴びせる。
 勝敗は、決まったも同然であった。

●海の鍋、山の鍋
「自分はしし鍋が良いですが‥」
 熊鬼を退治したならば、鍋である。真が切り出すと、ジョシュアが得たりとばかりに頷いた。
「俺も絶対肉だ」
「しし鍋が、ちょっと気になってますの」
 悩みながら言う綾音も、微妙にしし鍋に傾いている。ルイは、最初から海に決めていた。肉を連呼するジョシュアに、一応声をかけるが、あっさりと蹴られていた。
 何処か寂しそうなルイと、肉を食べる気まんまんのジョシュアを、やっぱり響が微笑ましく見て。
「では、私は海に参りますわ」
「あたし、レンジャーだから山に入ることが多いんだよねー。逆に海に行くことは少ないから、この機会に海の幸をたっぷりいただいちゃう!」
 ミリオンが、嬉しそうに頷くと、しし鍋ご一行様と、牡蠣鍋ご一行様はそれぞれ鍋を堪能しに、峠の道を別れて行った。

「へぇ、あっという間だったんかぃ」
 流石冒険者さんは違うよぉと、山の村へと辿り着いた冒険者達は、村人から、大変な歓迎を受けた。村人達は、とても穏やかで、どの顔も、とても人のよさそうである。それは、やはり、美しい山間にあり、食が足りているからなのかもしれない。
「うわ、すげー」
 ジョシュアは、薄く切られたしし肉の美しさに、目を見張った。牡丹と呼ばれる由来のひとつは、その鮮やかな花の色にある。つやつやと光った紅色の肉は、外側に白い脂肪のひだを付け、大皿に牡丹の花のように盛られていた。
 真は、木片のような茸を見つけて手に取った。
「これは‥見たこと無いです」
「ぶさいくやけど、煮ると美味いぞ?」
 茶色に煮しめたような色合いをする茸は、うっすらと緑がかっている。山を知らない人にとっては、見た目の悪い茸なのだが、煮込めば煮込むほど味のある、歯ごたえのさっくりとした茸だ。その他にも、たとえ家族ですら在り場所を教えないという、舞茸や、粘りのあるナメタケが、これでもかっ!と、囲炉裏に吊るされた、黒光りする大鍋に投入される。笹掻きにされた牛蒡も、たっぷりと加えられる。そうして、煮立った時点で、しし肉がたっぷりと投入され、使い込まれた木の鍋蓋が落とされる。ぱちぱちとはぜる炭と、黒い鍋の縁に味噌の泡が立ち始めると、蓋が上げられる。そうして、ざくざくと大きく切られた太い葱が鍋を覆うように乗せられて。
「美味いー」
 はふはふと、囲炉裏を囲んで食べるしし鍋の美味い事は、他に類を見ない。まずは、肉。と、ジョシュアは大ぶりの肉をぱくついた。自家製の味の濃い味噌が、どっしりとした味のしし肉を倍も美味くさせ、とろりと葱が甘く、熱く口の中でほとばしる。
 熱々の味噌汁に、肉汁と茸の旨みと葱の甘みが溶け出して、絶品である。鍋の下の方からは、里芋がごろごろと姿を現し、新たな歓声を呼ぶ。
「歯ごたえが」
 綾音も、しし肉と格闘中だ。しし肉は、柔らかくは無い。けれども、噛めば噛むほどに、野趣溢れる味わいが口に広がり、食べ終わると寂しくなり、ついまた手が出て止まらなくなる。
「まだ拙い、ですけれど‥楽しんでいただければ嬉しいですの」
 ご馳走して貰った御礼にと、綾音が袖を翻して、舞を舞う。段々と暗くなる夜更け。囲炉裏の灯りと、美味しい匂いと、可愛らしい舞とで、山の村の一日は暮れて行くのだった。

 潮騒が、耳に付く。
 夜の海は、ごうという海鳴りを呼ぶのかもしれない。ひとりで聞くには物悲しい海鳴りだが、浜辺近くで炊き上がる炎の前では、お囃子に等しかった。
「んまーい!あー、一生懸命働いた後のご飯は格別だよー。このプリプリしててクリーミーな貝、牡蠣‥だっけ?最高だね!素晴らしいね!!」
 きらきらと目を輝かせ、焚き火の炎にその金の髪を光らせて笑うミリオンは、初めての牡蠣に、舌鼓を打っていた。
 大人の手に余るような大きな牡蠣を鍋いっぱいに入れる。入れた牡蠣は、煮え立つ前に大きなどんぶりに救い出されて、三人の前に置かれる。軽く火を通しただけの牡蠣は、それはもう甘くて、とろりとして、ぷつりと噛むと、暖かい海のクリームが口に広がる。
 甲羅の割られる音が響くと、大きな海老や蟹がまるで雑魚のように鍋に放り込まれる。野菜は無い。海辺に来たのだから、死ぬほど美味い海の幸を食べていけど、海の村の漁師達が、黒光りした顔で笑う。
「美味いなあ!あ。どんどん飲もう。どんどん」
 持参の酒を振舞うと、漁師達は、客人のくせにと、自分達の取って置きの酒も出し、注ぎつ注がれつ、飲んでは笑い。食べては笑い。
 とろける牡蠣を頬張り、ぷっくりとした海老を食み、清酒を流し込んで、幸せそうに笑うルイだったが、胚を置く瞬間、ふっと溜息を吐く。息子ジョシュアと鍋を食べたかったようだが、好みが違うから仕方が無い。またの機会もあるだろうと、空を見上げれば、満天の星。
 響は、陽気で、人の良い村人達を見て、冒険者で良かったと、こっそり微笑んだ。
 人々に、弥勒菩薩様のご加護がありますように。と。