君を想う

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月22日

リプレイ公開日:2006年12月27日

●オープニング

 師走も押し迫ったその日は、雪でも降りそうな空模様であった。
 垂れ込めた雪雲が江戸の町を覆う。

「御免下さいませ」
 ギルドの門を叩くのは、白くなった髪を高く結い上げ、熨斗目花色の鮫小紋に、白い椿が染め出された黒橡の帯を隙く締めた、年配の武家の女性だった。
 小柄ではあるが、年輪を刻んだ切れ長の目元といい、引き結ばれた口元といい、しっかりとした存在感をにじませている。何処の御内儀であろうか。
「‥お手を煩わせて申し訳ございませんが‥手紙を‥‥探してきては下さいませんか」
「手紙でございますか?」
「はい。手紙でございます」
 聞けば、ご主人が先日の戦で亡くなり、荷物を整理し、江戸を引き払う事になったのだという。その折、若い頃の約束を思い出したのだと、老女は自嘲気味の笑いを口元に刷いた。
「埋めた手紙‥を掘り出して欲しいと」
「小娘でもあるまいし、必要ないと言えば、必要はございませんが‥」
 それでも、冒険者ギルドへと足を向けた彼女は、心残りなのだろう。若い頃に、どちらかが先に亡くなった時に掘り出して読もうという、嫁ぐ折に交わした手紙だという。
「自分の手で、掘り出して見とうございましたが、それもままなりません」
「お化け鼠ですか」
「はい、どうやら、そこに棲み付いておりまして」
 禍々しい気配に逃げ帰って来たのだと言う。
「わかりました。廃屋の庭の白椿の木の下に埋まっている、手紙をお届けすればよろしいですね」
 よろしくお願いしますと、女性は美しいお辞儀をした。

 江戸の町から少し離れた旧家の廃屋で、お化け鼠を倒し、庭の白椿の木の下に埋まっている手紙を掘り出してください。

●今回の参加者

 ea7136 火澄 真緋呂(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9922 桜 あんこ(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5698 三笠 流(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb9829 神子岡 葵(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●曇天
 あと僅かで雪が降るのだろう。
 真っ黒な雪雲の下、冒険者ギルドで、依頼人の背後からすぐに声をかける者達が居た。
「誰かを想う気持ちは大切。その想いがつまったお手紙、絶対探し出して届けるよ」
火澄真緋呂(ea7136)がひときわ明るい笑顔で頷くと、神子岡葵(eb9829)が、その、品の良い物腰からは想像がつきにくい、きっぱりとした気合で歩み寄ってくる。
「お化け鼠退治ね、おもしろそうじゃない」
 思い立ったが吉日だと、葵は自分の信条を心の中で反芻し、再度依頼人に笑いかける。
「あなたが見た鼠って、白い?黒い?灰色?」
 老婦人は、軽く首を横に振る。気配しか窺えなかったのだと、申し訳無さそうに葵に告げた。
「うん、いいの。ちょっと聞いて見たかっただけだから」
 特に理由は無いのだけれど、葵は、黒い鼠は、なんか嫌だなと思ったのだ。
「よろしくお願いしますわね。思い出の手紙なのですわね」
 刈萱菫(eb5761)が笑顔で挨拶をした。その横で、柔らかな茶の髪を揺らして桜あんこ(ea9922)が腰の物を押さえて軽く会釈する。
「素敵な思い出の大事なお手紙を掘り出すお手伝いができて光栄です」
「庭の、どの辺り‥ですか?」
 勢い込んで老女に詳細を聞こうと身を乗り出す真緋呂は、話しながら、襟を正す。出来るだけ行儀良くしようと思っていたのだ。そんな彼女に、老婦人は穏やかに頷いた。
「白椿の木は1本のみなのでしょうか?」
 同じように、廃屋や庭の地形を詳しく聞き取るのはあんこである。椿の木の本数や、手紙の入れ物。木の特徴。出来るだけ詳しく聞き取る。的確な質問は、老婦人の記憶を呼び起こしたのか、出立前にかなり詳細な話が聞ける事となった。
 もちろん、廃屋となるほどの年数が経っているのだから、全てがそのままとはいかないのは充分承知である。

「夫婦になったときに交わした手紙‥‥か」
 曇天を見上げ、三笠流(eb5698)はギルドを振り返る。さぞ心残りだろうなと、老婦人の心中を想いやる。自身の大切な人を思えば、必ず手紙は探し出し、老婦人に手渡したいと思うのだ。
「お嫁入り前のお手紙って、内容が気になっちゃうね」
「私もいつか、素敵な殿方とっ‥‥」
 女性としては、なんとなく気になる。真緋呂が小さく溜息を吐くと、あんこが小さく拳を握って、やはり小さな声でこっそりと誓いを口にし、あらぬ方向を向いてガッツポーズを作っている。どんな恋愛をして、どんな風に結婚をしたのか。それは見合いだったのか、そうでないのか。
 仔細はわからないけれど、こんな手紙を遺すほどの仲だったのだ。
「大切な、思い出のお手紙だから、大切に渡せますように!」
「何としても回収したいところですわね。なんにせよ、ある程度は退治しないと探すのもままならないかしら」
 頷きあう真緋呂とあんこを眺め、菫が微笑んだ。
 
●鼠
 その廃屋は、町外れにぽつんとひとつ建っていた。
 朽ちた板壁には蔓草が絡みつき、かえって崩れ落ちるのを防いでいるかのようだ。人通りの無い細い道は、途中から雑草が増え、歩くのもままならない。老婦人が歩いたとみられる雑草の踏み後が、この寂れた場所にある物の大切さを示していた。
 菫が馬の灘風を待機させる。この先はいつ戦闘になるかもしれず、危険だからだ。
 屋敷に近づくと、まるで、屋敷全体がざわめくような、怪しい気配がした。老婦人の足も、ここで止まっている。多少勘の良い人物ならば、ここで引き返すのが懸命であろう。
 広い屋敷。広い庭。それら全てを覆うような圧迫感。がさごそと動く気配は多数で、神経を逆撫でする。
「獣道‥まだ、よくわからないな」
 後方を警戒しつつ、真緋呂は鼠の行動ルートを特定しようとしていた。庭に近づけばわかるのかもしれないが、まだ多少距離がある。
 全員が庭に入る前に、全体が視界に入る距離に近づくと、葵は淡い緑色の光に包まれる。黒い瞳は見えないものを見ているというか、感知する。
 ひとつ。ふたつ。みっつ‥‥‥。
 小さくは無いが、大きくも無い。その吐息はおおよそ十。一体の大きさは三尺強。
「数は十。一体三尺より僅かに大きいって所ね」
 ほうと、息を吐くと、葵は仲間に頷いた。
 その瞬間。雪崩を打ったような音が響いた。
 女性の多い冒険者達を与し易しと見たのか、お化け鼠が走り込んできた。あるお化け鼠は塀を倒さんばかりに体重をかけて上から、あるお化け鼠は木々の合間を縫って、別のお化け鼠は廃屋の床下から、床上から。一斉に襲い掛かって来た。
「ま、なんとかなるわよね」
 術を詠唱するには時間が足らない。葵は構えていた日本刀を持ち、灰色の鼠に切りかかる。
「黒じゃなくて良かったわ!」
「んっと、後衛って言ってられないみたいね!」
 あんこも日本刀の鯉口を切ると、すらりと引き抜いた。振り抜き様に、なびくお化け鼠の尻尾を見て、葵が唸る。
「尻尾、なんだか分断切ってしまいたい気分」
「椿の木を傷つけないよう、気をつけようね」
 間合いによっては、小刀でお化け鼠に対応しようとしていたが、真緋呂も日本刀を抜刀した。高く結わえた髪が弾む。椿の木に辿り着く前の雑草生い茂る屋敷の入り口で一斉に攻撃されたのは、良かったとも言えるかなと思う。椿の木は、なるべく無事で。老婦人が江戸を離れても、同じように在って欲しいと思っていたから。
 塀の上から飛びかかってくる鼠を、流のイシューリエルの槍デビルスレイヤーが、円を描くように切り伏せる。天使の名を冠するその長槍は長身の流の手によって、縦横無尽に刃を振るう。
「数さえわかれば、殲滅も容易だろう。魔性の者という訳でもなさそうだな」
「そうですわね。‥でも、油断せずいきましょう?」
 床から出てきた灰色のお化け鼠に菫がラハト・ケレブを閃かせる。赤銅色の刀身が、曇天の空を舞う。何処か神々しさを持つその刀身は、曇天であっても容赦無くお化け鼠を切り伏せた。
 前後左右。上空に関しても警戒を怠らない冒険者達の刃によって、お化け鼠の初手行動は全て封じられ、勢いをつけて襲って来ていた為、回避もままならない残りのお化け鼠達も、一匹、また一匹と屠られて行った。
「‥もう、居ないみたい」
 猛攻が収まる頃合を見て、葵は再び淡く緑色の光に包まれる。吐く息はもう何処にも無く。気を張っている他の冒険者達にも、何となくそれは知れた。
 ざわめくような音はもう無く、風も入り込まないこの雑草の生い茂る庭に、深とした静寂が、屋敷を覆ったからだった。
 鼠は当分見たくないなと、その手で屠ったお化け鼠を思い出し、頭を左右に振ると、葵は軽く肩をすくめた。

「白い椿は一本だけだったな?」
 流が、聞き込んだ話を確認する。それでも、複数あるかもしれないと、よく椿の木々を観察する。
 広い庭に、無数の椿。縁側から半円を描くように植えられた、様々な椿の木は、高低をつけ、縁側から見て椿の森か山のような姿に見える。雑草さえなければ、手入れがされていなくても、見事な椿の庭である。
 半円の中心辺りにあるという白い椿を見つけるのは、そう、手間のかかる作業ではなかった。
 老婦人の話通り、膨らみかけた蕾から、花弁がこぼれるように、色をつけていたからだ。
 その白い椿だけ他の椿とは僅かに離れて植えられており、自然交配もされていないようである。暗い庭に、目に鮮やかな白い色を覗かせた、咲くばかりの椿の木が冒険者達を迎えていた。
 縁側から見て、木の奥、一尺ばかり下にあるという、手紙の入った桐の箱は、何重もの布に包まれて姿を現した。布は腐食し、ぼろぼろであったし、箱も変色はしていたが、きちんと箱として残っていた。手のひらに乗るぐらいの小さな箱である。濃紺の平打ち紐が封印のように十字にかけられ、絞められていた。
 あんこが、裾が汚れるのも構わず、しゃがみ込み、変色したその木の箱を、自らの着物の袖で、撫ぜるように拭いて、溜息を吐いた。
「あったね‥‥」
「あら、雪ですわ」
 菫の声に顔を上げれば、曇天の雪雲からは、はらり、はらりと、真っ白な雪が落ちてきていた。その僅かな白は、まるで花開く前の椿の、目の前の蕾のようだった。

●初雪
 雪の中を、人は急ぎ足で町を行く。
 老婦人は雪が本降りになる前にと、船着場へ移動していた。船着場の茶屋で、川原に振る雪を眺めて、緋毛氈の椅子に座る老婦人に、冒険者達は歩み寄った。
「素敵なご主人様だったのですね」
 あんこが、立ち上がる老婦人に、茶色く変色している木の箱を手渡した。
「ありがとう‥ございました」
 胸に抱かれたその箱の中身は、誰しも気になる所であったが、誰もそれを言い出す者は居なかった。深い皺の刻まれた老婦人は、少女のように微笑んで、冒険者達に頭を下げた。目には、一筋の涙があったような、顔を上げるとその涙は拭かれていたのか、もう光るものは無かった。
「お元気でお過ごしください」
 深く頭を下げると、老婦人は、思い残す事は無いのか、振り返る事無く、船へと歩いていった。
 老婦人と、亡くなった伴侶のように、どちらが、先に逝ってしまっても、残されたほうが、心穏やかに後の人生を歩めるような絆を築きたいと、微笑んだ顔と、その後ろ姿を見て流は目を細めた。
「『あしひきの八峯の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君』‥‥とか?」
 真緋呂は、万葉集の歌を思い出していた。椿を植えたというわけでは無いけれど。二人はこんな気持ちだったのでは無いかなと、想いやる。
 はらはらと降る雪が本降りになりそうな中、冒険者達は、それぞれの想いを胸に、帰還するのだった。